「えへへ……。みんな、優しいねぇ」
「はーい! みんな、こんルナ〜!」
Lunaの明るい声とともに、コラボ配信が始まった。
「今日はなんと、ティンカーベルのみんなと一緒にダンジョンに来てまーす! 取材も兼ねたコラボってことで、いつもとちょっと違う配信になりそうだよ!」
瑠奈はカメラに向かって手を振り、それから隣に立つ乙羽へと視線を向けた。
「それじゃ、さっそく出発……といきたいところなんだけど、今日は乙羽ちゃんから先にお話があるんだよね?」
「うん。そうなんだよぉ」
乙羽は、いつものようにのんびりとうなずいた。
ただ、その視線はいつもより少しだけ真剣だった。
今日の配信が始まったら、ちゃんと自分の口で話そう。
そう決めていた。
「えっとねぇ……今日は、みんなに私からお話ししたいことがあるんだぁ」
『お?』
『乙羽ちゃんから話があるの?』
『ゆっくりでいいよー』
『なんだろう?』
乙羽は流れていくコメントを見つめてから、ゆっくりと言葉を続けた。
「まずは、ごめんなさい」
普段と変わらない声だったが、その言葉にはきちんとした謝意が込められていた。
「今まで、私が弱いふりをしてたことで、みんなをだましてたみたいになっちゃったよねぇ。そう思わせちゃったことは、本当にごめんなさい」
乙羽は、カメラから目をそらさなかった。
これまで、自分のことをどう話すかは、ずっと慎重に考えてきた。
学校では普通に過ごしたかった。友達と話して、授業を受けて、一緒に遊ぶ。そんな当たり前の日常を大切にしたかった。
配信でも、必要以上に目立たないようにしていた。
けれど、自分がどう見られているのかを気にするあまり、説明しないままにしていたこともあった。
今になって、すべてを話すつもりはない。
それでも、自分が話すと決めたことについては、きちんと自分の言葉で伝えたかった。
『事情はもう知ってるから、そんなに気にしないで!』
『いや、あれは仕方ないでしょ』
『そもそも隠せてたと思ってたの乙羽ちゃんだけでは?』
『最初から何かおかしいとは思ってたw』
『弱いふりっていうか、本人も困ってたんだろうな』
『あれだけの力をいきなり扱えって言われても無理でしょ』
『騙されたなんて思ってないよー!』
『自分から話してくれてありがとう』
乙羽は、コメント欄を見て、少しだけ目を丸くした。
「えへへ……。みんな、優しいねぇ」
『いや、実際に隠せてなかったしw』
『あの戦闘見て弱いと思い続けるほうが難しい』
『本人がどういうつもりだったのかは気になってたけどね』
『ちゃんと説明してくれたなら十分だよ』
「でもねぇ、私も、自分の力をちゃんと扱えるかどうか、わからなかったんだよぉ」
乙羽は、ここからは誤解のないようにと、少し言葉を選んだ。
「魔法の知識はあるの。どういう仕組みなのかとか、どうやって使うものなのかとか、そういうことは知ってるんだぁ」
『知識だけはあったってことか』
『理屈がわかるのと実際に使えるのは別だもんな』
『スポーツだってルールを知ってるのと上手にできるのは違うしな』
「そうそう。知ってることと、実際にうまく使えることは違うんだよねぇ」
乙羽は、こくこくとうなずいた。
「どれくらい力を出せばいいのか、どう調整すればいいのか。そういうのは、実際にやってみないとうまくわからないこともあるんだよぉ」
頭の中に知識があったとしても、それを現実の動きに落とし込めるとは限らない。
魔法の性質を理解することと、思いどおりの威力で発動させることは別の問題だった。
力が強ければ強いほど、少しの調整の違いが大きな差になる。
乙羽はそれを、自分自身の経験として知っていた。
「だから、ずっと自分でも、どこまでできるのか、どうすればいいのか、よくわからなかったんだぁ。みんなが思っているほど、最初から何でもできたわけじゃないんだよぉ」
『なるほどなぁ』
『いきなり覚醒したら制御が怖いのもわかる』
『自分がどれくらいの力を出してるか、わからないのは怖いよな』
『知識だけ詰め込まれても実践は別ってことね』
『そもそも、あの状況で加減しようとしてたのがすごい』
『乙羽ちゃんが無理してたのは伝わったよ』
『説明聞いて納得したわ』
「ありがとうねぇ。そう言ってもらえると、うれしいよぉ」
乙羽の表情が、少しだけ柔らかくなった。
すべての人が同じように考えてくれるわけではないだろう。
それでも、こうして自分の言葉を聞いてくれる人がいる。それだけでも、話してよかったと思えた。
そして乙羽は、隣に立つ二人へと視線を向けた。
「それとねぇ……もうひとつ、みんなにお願いしたいことがあるんだぁ」
琴と柳が、乙羽のほうを見る。
「私ね、柳ちゃんと琴ちゃんが強いのは、私が支援してるからだとか、私のおかげで強く見えてるだけだとか……そういうふうに思われるのは、嫌なの」
今度の言葉には、先ほどまでとは違う、はっきりとした意思があった。
「二人は、二人自身の力で強くなったんだよぉ。いっぱい頑張って、いっぱい修行してきたんだもん」
琴と柳は、リーゼロッテのもとで修行を積んできた。
その鍛錬は決して楽なものではなかったはずだ。
繰り返し身体を動かし、失敗し、考え、また挑戦する。二人はそうやって、自分たちの力を磨いてきた。
それを、乙羽の支援魔法があったからという一言で片づけられるのは、乙羽自身が嫌だった。
「だから今日は、私から支援魔法をかけないことにしたんだぁ」
『えっ、支援なし!?』
『第五階層で二人だけってこと?』
『なるほど、今日は琴ちゃんと柳ちゃんの実力を見せる回か!』
『これは楽しみすぎる』
『修行の成果、見せてくれ!』
『乙羽ちゃん、二人のこと信頼してるんだな』
「柳ちゃんと琴ちゃんが、本当はどれくらい強いのか。二人が自分の力で戦うところを、ちゃんと見てほしいなぁ」
乙羽は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「二人とも、すっごく強くなったんだよぉ。だから……今日は二人のこと、いっぱい見てあげてねぇ」
「……だってさ。よかったな、乙羽」
柳が、横から声をかけた。
「えへへ……よかったぁ」
「ま、そういうことなら、遠慮はいらないわね」
琴も小さく笑う。
「こっちだって、最初から自分の力を証明するつもりだったんだから」
「当たり前だろ。今さら支援がねえくらいで困るかよ」
柳はカメラのほうを向き、にっと笑った。
「私たちが乙羽のおまけじゃねえってこと、ちゃんと見せてやるよ」
『かっけえええ!』
『二人とも気合い入ってる!』
『おまけじゃない宣言きた!』
『これは本気の戦闘が見られそう』
『琴ちゃんの目がガチだ』
『柳ちゃんもやる気満々じゃん!』
「はいはい、二人とも気合い入りまくりじゃん! いいね、そういうのアツいって!」
瑠奈は、三人の様子を見て楽しそうに声を上げた。
「じゃあ、ここからは私が実況担当ね! 解説はリーゼロッテ先生にお願いして、現場の様子をバッチリお届けしちゃうよ!」
「ええ。戦闘の解説はお任せください」
リーゼロッテは優雅に微笑んだ。
「ただし、今回は私も攻略には手を出しません。地図を確認しながら道案内をし、索敵で把握した敵の位置や数を報告します。それから、必要な解説に徹しますね」
「うん。私も見てるだけにするねぇ」
乙羽がそう答えると、琴と柳はそろって前を向いた。
これで準備は整った。
「それじゃあ、フェンちゃん。お願いねぇ」
乙羽が声をかけると、足元に座っていた小さな狼が顔を上げた。
「ワフッ!」
次の瞬間、フェンちゃんの身体が光に包まれる。
小さかった身体がぐんぐんと大きくなり、やがて人を何人も乗せられるほどの巨大な狼へと変わった。
「わっ、何度見てもすごいね! フェンちゃん、マジで大きくなるじゃん!」
瑠奈が目を輝かせる。
『フェンちゃんでっか!』
『乗り物になってるw』
『これで移動しながら取材するのか』
『絵面がすでに強いんだよなあ』
「これなら移動中も撮影できるね。乙羽ちゃん、私も乗せてもらっていい?」
「うん。瑠奈ちゃんもおいでぇ」
乙羽は慣れた様子でフェンちゃんの背中に乗ると、瑠奈へ手を差し伸べた。
瑠奈もカメラを構えたまま、その背中へと乗り込む。
フェンちゃんの背中は広く、二人が座っても十分な余裕があった。
「よーし、それじゃ出発!」
瑠奈の掛け声とともに、琴と柳が歩き出す。
第五階層へ向かう道は、リーゼロッテが地図で確認しながら案内していた。
「この先、通路を二つ進んだところに魔物の群れがあります。索敵では十二体。前衛型が八、遠距離攻撃型が四です」
「了解。柳、前衛は任せるわ。後ろの四体は私が処理する」
「おう。前の八体を引きつけて、そのまま押し込む」
二人は歩きながら、短い言葉だけで役割を決めた。
『今の打ち合わせ一瞬で終わったぞw』
『歩きながら普通に作戦決めてる』
『この二人、連携慣れしてるなあ』
「これくらいなら、話しながらでも大丈夫よ」
琴はコメントに返事をしながら、通路の先へ目を向けた。
「敵が見えたわね。じゃあ、行くわよ!」
二人が駆け出す。
通路の先には、前衛型の魔物が八体、後方には遠距離攻撃型が四体。魔物たちは侵入者に気づくと、すぐさま迎撃態勢を取った。
柳は正面から突っ込むのではなく、敵の攻撃範囲を見極めながら一気に距離を詰めた。
先頭の魔物が腕を振り下ろす。
柳は身体をひねって攻撃をかわし、その懐へ踏み込む。次の瞬間、鋭い一撃が魔物の胴へ叩き込まれた。
一体が崩れ落ちる。
その横を抜けた柳は、続く敵の動きに合わせて足を運び、攻撃の連鎖を途切れさせない。
「おらっ、まず一体!」
『速っ!』
『今の攻撃、見てから避けたのか?』
『動きに無駄がないな』
一方、琴は後方の遠距離型へ向かっていた。
魔物が放った攻撃をかわしながら、琴は相手の射線に入らないよう斜めに移動する。狙いを定め直そうとした魔物たちの間へ、彼女は一気に踏み込んだ。
「後ろを放置するわけにはいかないものね」
最初の一撃で一体を倒し、続けて二体目へ。敵が反撃するより早く、琴は残る魔物との距離を詰めていた。
「琴ちゃん、後ろの一体、左に逃げてるよ!」
瑠奈が実況しながら声を上げる。
「見えてるわ。大丈夫」
琴は即座に進路を変え、逃げようとした魔物の前へ回り込む。
「逃がさないよ」
一撃。
最後の遠距離型が倒れた。
『瑠奈ちゃんの実況助かる!』
『琴ちゃん、ちゃんと見えてたw』
『後衛から処理する判断が早いな』
『四体をあっという間に片づけたぞ』
前衛を相手にしていた柳も、残る魔物の動きを誘導していた。
一体が大きく踏み込んだ瞬間、柳はその横をすり抜ける。敵の攻撃が空を切り、体勢が崩れたところへ、柳の一撃が決まった。
「よし、こっちも終わりだ!」
最後の魔物が倒れ、通路に静けさが戻った。
十二体。
それだけの魔物を相手にして、二人は支援魔法を一切受けることなく、短時間で戦闘を終わらせた。
瑠奈は思わず声を弾ませる。
「えっ、ちょっと待って! 今の戦闘、支援なしだよね!? 琴ちゃんも柳ちゃんも、ほとんど動き止めずに倒しちゃったんだけど! ヤバくない!?」
「はい。支援魔法は一切使用されていません」
リーゼロッテが、落ち着いた声で解説する。
「二人とも、基礎能力だけでなく、状況判断と連携の精度が大きく向上しています。相手の動きを見てから対応するだけでなく、相手がどう動くかを予測して先に位置を取っているのです」
「なるほどねー! だから二人が別々に動いてるように見えても、ちゃんとお互いをカバーできてるんだ! 息ピッタリじゃん!」
瑠奈が納得したようにうなずく。
『前に見たときと全然違うぞ』
『これが修行の成果か』
『支援なしでこの速度はおかしいw』
『二人ともめちゃくちゃ強くなってる』
『乙羽ちゃんの支援がなくても普通に強いじゃん!』
柳は軽く肩を回し、琴のほうを見た。
「次も同じ感じでいけそうだな」
「そうだね。遠距離型がいたら、私が先に潰すよ。柳は前衛を引きつけて」
「おう。まあ、この程度なら話しながらでも余裕だろ」
『余裕そうで草』
『倒したあとに反省会じゃなくて次の作戦立ててる』
『攻略速度が速いのに雑じゃないのがいいな』
「次の群れも、すぐ近くにいます」
リーゼロッテが告げた。
「数は九。先ほどと同じく、前衛型が中心です」
「了解。じゃあ、次も行くわよ」
琴が振り返る。
柳は拳を軽く握り、笑った。
「何体来ようが関係ねえ。全部ぶっ飛ばしてやるよ」
「ふふっ、頼もしいねぇ」
乙羽はフェンちゃんの背中から、二人の姿を見守っていた。
(うん。二人とも、ちゃんと強くなったねぇ)
自分が何かをしてあげる必要はない。
二人は自分で考え、自分で動き、自分たちの力で勝った。
それが、乙羽にはうれしかった。
次の魔物の群れが見える。
琴が敵の配置を確認し、柳へ視線を送った。
「今度は右から回り込むね。前をお願い」
「わかった。後ろは任せたぜ」
「うん、任せて」
二人は、また自然に左右へ分かれた。
『この連携、見ていて気持ちいいな』
『支援なしでも安定してるのがすごい』
『二人の努力がちゃんと見える』
『琴ちゃんも柳ちゃんも本当におめでとう!』
『ダンジョン好き:二人の成長が見られて嬉しいです!(1,000円)』
『冒険者見習い:支援なしでこの戦いぶり、すごい!(2,000円)』
第五階層の攻略は、まだ始まったばかりだ。
けれど、配信を見ている誰もが、少しずつ理解し始めていた。
琴と柳は、乙羽の支援があるから強いのではない。
二人自身が、強くなったのだ。
そして今日、その事実は、戦いを重ねるたびに、誰の目にもはっきりと示されていく。




