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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「……勝っていいのかな?」

 冒険者協会での相談を終えたティンカーベルの4人は、その足で学園の生徒会室へと向かっていた。


 柳と琴の冒険者としての本登録には、学園側の許可が必要になる。協会からは、序列戦で上位の成績を収めれば許可を得やすくなる可能性があるとも聞いていた。


 それならば、学園の事情をよく知っている生徒会に話を聞いておこう。そう考えたのである。


 生徒会室では、会長の如月アリスと広報担当の五代瑠奈、書記の藤堂ヒカルが、机を囲んで雑談していた。


「いやー、最近ほんと忙しいよねー。広報の仕事も増えてきたし、そろそろ誰かに手伝ってほしいんだけど」


「瑠奈、あなたの場合は仕事の合間に配信を見ている時間も長いからね。まずはそこを減らしたらどうだ?」


「えー? ちゃんと仕事はしてるじゃん!」


「仕事をしていることと、配信を見ていないことは別の話ですよ」


「ヒカルまでそんなこと言うー?」


 瑠奈が頬を膨らませた、そのときだった。


 生徒会室の扉がノックされ、4人の少女たちが入ってきた。


「あ、失礼しまーす」


 先頭の柳が軽く手を上げ、その後ろから琴、乙羽、リーゼロッテが続く。


 彼女たちの姿を見た瞬間、瑠奈の表情がぱっと明るくなった。


「お? ティンカーベルじゃーん! どしたどした? PVの件で来てくれたのかな?」


「まぁ、それもあるけどな。ちょっと相談したいことがあってさ」


 柳が気軽に答える。


 しかし、瑠奈がさらに話しかけようとしたところで、ヒカルがふと眉をひそめた。


「……待ってください」


「ん? どしたの、ヒカル?」


「琴さんと柳さんから、以前お会いしたときよりも強い圧を感じるのですが……」


 ヒカルの視線が、2人の少女へと向けられる。


 以前の柳と琴も、学園の生徒としては十分に優秀だった。けれど、今の2人から感じる気配は明らかに違う。立ち姿や視線の運び方、何気なく部屋へ入ってきたときの動作にまで、以前にはなかった余裕と鋭さが感じられた。


 アリスも腕を組み、興味深そうに2人を見つめた。


「ああ、私も思っていた。琴さんも柳さんも、ずいぶん雰囲気が変わったね。それに……」


 今度は乙羽へ視線を移す。


「音無さんも、以前とは雰囲気が変わったように見える」


「だよねー!」


 瑠奈が勢いよく身を乗り出した。


「うちも思った! 特に琴ちゃんと柳ちゃん! こないだ会ったときとは別人なんだけど! え、なになに? 何があったん?」


「いや、別に大したことじゃねえよ」


「大したことがない人間は、そんなふうに変わらないと思いますが……」


 ヒカルが冷静に指摘すると、柳は少しだけ目をそらした。


「……まぁ、いろいろあったんだよ」


「いろいろ、ねぇ……」


 アリスはそれ以上追及せず、今度は乙羽へ視線を向けた。


 乙羽はいつものように、ふにゃりと笑っている。ただ、その笑顔の奥に以前のような遠慮が薄れていることは、アリスにも感じ取れた。


「それで、音無さんはどうしたのかな? 何か心境の変化でもあった?」


「んぅ~……。まぁ、お姉ちゃんにいろいろ晒されちゃったからぁ、もう強さを隠すのはやめたっていうかぁ……」


「ああ、なるほど」


 アリスは納得したように頷いた。


「へぇ……。じゃあ、あのわざとらしい演技はもうしないってことかな?」


「……え?」


 乙羽の笑顔が固まった。


「わ、わざとらしいっ!?」


 思わず声が裏返る。


「んぅ~? わたし、そんなにわざとらしかったかなぁ……?」


「それそれ!」


 瑠奈が机を叩きそうな勢いで反応した。


「その反応も含めて、それだって! いや、かわいかったけどさー! 見てるこっちは、どこまで本気なのか分かんなくて!」


「えぇ……。普通にしてただけなんだけどぉ……」


「本当に?」


「ほ、本当だよぉ……?」


 乙羽は困ったように眉を下げた。


 柳は横で肩を震わせ、琴も口元に手を当てている。リーゼロッテに至っては、どこか楽しそうに乙羽の様子を眺めていた。


「先生まで笑ってるぅ……」


「いえ、乙羽が自然体でいられるようになったのなら、よいことだと思いまして」


「そ、そういうことじゃなくてぇ……!」


 乙羽が抗議するものの、生徒会の3人はそれぞれ納得したような顔をしていた。


 ヒカルが改めて口を開く。


「まあ、私たちはこれでも2年生の学園十席以内に入っていますからね。人の実力や雰囲気が変われば、ある程度は分かります。もちろん、何があったのかまでは分かりませんが」


「そういうことだね」


 アリスも頷いた。


「柳さんと琴さんは、単に自信がついたというだけじゃない。実際に戦う力が伸びたんじゃないかな?」


「……話がはえーな」


 柳は少し驚いたように頭を掻いた。


「まぁ、隠してもしょうがねえか。さっき冒険者協会に行ってきたんだけどさ、あたしたちが本登録するには、学校の許可が必要になるって言われたんだよ」


「冒険者としての本登録、ですか?」


 ヒカルが確認する。


「ああ。卒業まで待って自動的に登録されるのを待つんじゃなくて、今のうちから正式に冒険者として活動したいんだ。だから、学校側がどう考えてるのか知りたくてさ。パイセンたち、なんか知ってる?」


「なるほど。そういう相談だったんだね」


 アリスは椅子の背にもたれ、少し考え込んだ。


 隣では、琴も静かに頷いている。


「私たちも、学校を辞めるつもりはありません。ただ、本登録を認めてもらうには、学園側の許可が必要だと聞きました。もちろん、冒険者として活動することに反対する先生がいる可能性もあるとは思っています」


「うん。そこは分かってるよ」


 柳が肩をすくめた。


「だから、先に話を聞いておこうと思ってな。学校と揉めたいわけじゃねえし」


「そのあたりは、ちゃんと考えているんだね」


 アリスは感心したように頷いた。


「ただ、許可を出すかどうかは、学校側の判断になる。生徒会だけで勝手に決められる話でもないからね」


「そこは理解しています」


 琴が答える。


「だからこそ、こちらとしても学校側に説明できる材料を用意したいと思っています」


「うんうん。そういう話なら、まずは序列戦が関係してくるかな」


 アリスは机の上に置かれた資料へ手を伸ばした。


「序列戦だけど、来月から始めることが正式に決まったんだ」


「へぇ……」


 乙羽が興味深そうに声を漏らす。


「来月なんだねぇ」


「そう。詳しい日程や対戦形式については、これから調整するところだけどね。少なくとも、参加者の実力を確認する機会にはなるはずだよ」


 アリスはそこで言葉を切り、4人の顔を順番に見た。


「それで、音無さん。序列戦には参加するつもりなのかな?」


「うん。たぶんねぇ」


 乙羽はあっさりと頷いた。


 そして、まるで明日の予定を確認するかのような気軽さで、続けた。


「……勝っていいのかな?」


「…………は?」


 瑠奈が目を丸くした。


 ヒカルも一瞬、言葉を失う。


 アリスだけはすぐに表情を戻したものの、その目には明らかな興味が浮かんでいた。


「へぇ……。それは、どこまで勝つつもりで言っているのかな?」


「んぅ~……。どこまでって言われてもぉ……」


 乙羽は困ったように頬を掻く。


「せっかくだから、上のほうを取れたらいいなぁって。柳ちゃんと琴ちゃんもいるしねぇ」


「いや、乙羽。そこはもうちょっと言い方ってもんがあるだろ……」


 柳が呆れたように突っ込んだ。


「えぇ? だって、勝っていいのかなぁって聞いただけだよぉ?」


「その聞き方が問題なんだよ!」


 瑠奈は2人のやり取りを見つめたあと、ゆっくりとアリスへ顔を向けた。


「……ねえ、アリス。これ、うちが思ってるより、ずっと面白いことになりそうじゃない?」


「そうだね」


 アリスは楽しそうに笑った。


「どうやら、来月の序列戦は、面白い展開になりそうだ」


 生徒会室の空気が、わずかに変わった。


 単なる冒険者登録の相談に来たはずのティンカーベルだったが、その話はいつの間にか、来月の序列戦そのものへとつながり始めていた。


「まぁ~、別に先輩たちをバカにしてるんじゃないよぉ?」


 乙羽は、慌てた様子の瑠奈たちに向かって、のんびりとした口調で説明した。


「ただ、私たち、今日の配信で階層をかなり進めようかと思ってぇ」


「まぁ、行けるのに止まる必要もないしな」


 柳もあっさりと頷いた。


「言い方は悪いかもしれませんが……私たちが進めるところまで進むつもりです」


 琴が少し申し訳なさそうに付け加えると、瑠奈は3人の顔を順番に見た。


「え、ちょっと待って? 今日の配信って、これから行くってこと?」


「はい。ですから、ちょうどよい機会だと思うのですが」


 それまで静かに話を聞いていたリーゼロッテが、ぱっと表情を明るくした。


「あなた方、先ほどからPVの話をしていましたね? でしたら、今日の配信についてきたらいかがです?」


「……ティンカーベルの配信に、ですか?」


 ヒカルが確認する。


「はい。実際の攻略を間近で見られますし、PVの素材にもなるでしょう?」


「なるほどね」


 アリスは納得したように頷いたが、すぐに少し困った顔をした。


「ただ、PVの件は瑠奈の担当なんだ。私とヒカルは、放課後に先生との会議へ呼ばれていてね。今日は一緒に行けそうにない」


「そういうことでしたか」


 琴が頷く。


 すると、瑠奈の目がみるみる輝き始めた。


「なるほどね……! それ、めっちゃ面白いじゃん!」


 瑠奈は椅子から身を乗り出し、乙羽たちを見つめた。


「だって、ティンカーベルの本気の攻略が間近で見られるんでしょ? いつもの配信を見てるだけでも楽しいのに、今回は取材も兼ねて同行できるってことじゃん!」


「まぁ、そういうことになるな」


 柳が苦笑する。


「もちろん、危なくなったらちゃんと下がってもらうけどな」


「分かってるって! うちだって冒険者なんだから、そのへんの判断はできるよ!」


 瑠奈は胸を張って答えた。


 学園十席に入る実力者でもある彼女にとって、ダンジョン探索は単なる見学ではない。危険があることも、戦闘中に何を優先すべきかも理解している。


 だからこそ、ティンカーベルの攻略を間近で見られることに、広報担当としてだけでなく、ひとりの冒険者としても興味を惹かれていた。


「ねえねえ、それならSNSにアップしてもいい? もちろん、配信で公開される範囲の情報を中心にするし、学校の広報としても使いたいんだけど!」


「うん。別にいいんじゃねえか?」


 柳は乙羽たちへ視線を向けた。


「あたしたちも、もう乙羽の強さを隠すのはやめたしな。宣伝になるなら、どんどん使ってくれよ」


「私も構いません。ただ、個人的な事情や、公開するつもりのない情報まで載せるのは控えてください」


 琴が念を押す。


「もちろん! そこはちゃんと守るって!」


 瑠奈は即答した。


 普段からティンカーベルを応援している彼女だからこそ、彼女たちが何を公開したくて、何を知られたくないのか、その線引きを大切にするつもりだった。


「じゃあ、今日の配信はうちも同行決定ってことで!」


「話が早くて助かりますね」


 リーゼロッテが満足そうに頷いた。


 ところが、そこで琴がふと思い出したように口を開いた。


「ただ、瑠奈先輩にはフェンちゃんに乗って移動してもらうことになると思います」


「……えっ? フェンちゃん?」


 瑠奈が首を傾げる。


「はい。今回はかなり先まで進むつもりですから、移動に時間をかけたくありません。フェンちゃんに乗ってもらうのが一番早いと思います」


「そっかぁ。急いじゃうかもしれないもんねぇ」


 乙羽も納得したように頷いた。


 今の3人なら、ダンジョン内を走り続けてもほとんど疲れない。戦闘で消耗することも少なく、支援魔法や索敵も組み合わせれば、移動のために長い休憩を取る必要もなかった。


 それに、フェンちゃんが大きくなれば、瑠奈を乗せたままでも十分な速度で移動できる。


「え、ちょっと待って。フェンちゃんって、めっちゃ速かったよね?!」


 瑠奈が目を輝かせた。


「そうだねぇ。でもぉ フェンちゃん安全運転だよぉ?」


「絶対乗りたい!」


「わふっ!」


 話を聞いていたフェンちゃんが、嬉しそうに鳴いた。


 瑠奈は思わず頬を緩める。


「かわいー! しかも返事してくれた!」


「フェンちゃんは賢いですからね」


 リーゼロッテが誇らしげに言った。


「それでは、準備ができたら出発しましょうか」


「はーい! あ、でもちょっと待って!」


 瑠奈は何かを思い出したように、勢いよく手を挙げた。


「うち、乗って移動するんだよね? ってことは、今日の配信、最初から最後までフェンちゃんの背中に乗ってる可能性ある?」


「状況によりますが、移動中はその予定です」


 琴が答える。


「……ヒカル、うち今日、めっちゃいい仕事するかもしれない」


「それは結構ですが、取材に夢中になって落ちないでくださいね」


「そこは大丈夫だってば!」


 瑠奈は笑いながら答えた。


 ヒカルは小さくため息をつき、アリスは面白そうに4人を眺めていた。


「まあ、瑠奈が同行するなら、PVの企画も具体的に進められそうだね。今日はしっかり取材してくるといい」


「任せて! ティンカーベルの魅力、ばっちり伝えてくるから!」


 瑠奈は力強く宣言した。


 そして、ふと乙羽のほうを振り返る。


「……ところで乙羽ちゃん。さっきから気になってたんだけど、今日って本当にどこまで行くつもりなの?」


「んぅ~……。行けるところまで、かなぁ?」


「その答え、めっちゃ不安なんだけど!?」


 瑠奈の声が、生徒会室に響いた。


 柳が笑い、琴が静かに目を伏せる。リーゼロッテは何も言わず、ただ楽しそうに微笑んでいた。


 瑠奈はまだ知らない。


 今日の取材が、彼女の冒険者としての常識を大きく揺さぶる一日になることを。


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