「えへへ……。じゃあ、まずは序列戦だねぇ」
翌日。
隠すことにこだわるのをやめた乙羽は、ティンカーベルのメンバーとともに、姉の静に連れられて冒険者協会を訪れていた。
もっとも、乙羽自身はまだ、何もかもを積極的に公表しようと決めたわけではない。自分の力を必要以上に隠すことはやめる。それでも、異世界で過ごした日々や、そこで身につけた技術まで話すつもりはなかった。
そこは、これからも守るべき秘密だ。
「うわぁ……。やっぱり、何度来ても大きいねぇ」
乙羽は目の前にそびえる冒険者協会の建物を見上げた。
広い敷地には、装備を身につけた冒険者たちが次々と出入りしている。入口付近には依頼を終えたばかりらしい一団が集まり、少し離れた場所では、受付を済ませた冒険者が仲間と今後の予定を相談していた。
学校で見かける生徒たちとは違う、実際にダンジョンへ潜り、魔物と戦って生活している人たちの姿。
乙羽にとっては見慣れた光景でもあったが、柳と琴にとっては、普段通っている学校とは違う空気を感じる場所だった。
「ま、そりゃそうだろ。ここは冒険者の本拠地みたいなもんだからな」
柳が入口を眺めながら答える。
「学校の施設とは、雰囲気が全然違うね」
琴も周囲を見回していた。
「ふふ。2人とも、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
リーゼロッテは乙羽の肩に腰掛けながら、のんびりとした声で言った。
「先生は緊張感なさすぎだろ……」
「そうでしょうか?」
「そうだよ!」
柳が即座に突っ込む。
そのやり取りを聞きながら、先頭を歩いていた静が振り返った。
「はいはい、そこまで。今日は私が案内するんだから、みんなちゃんとついてきてね」
「はぁい」
乙羽は素直に返事をした。
静はSランク冒険者として協会でも顔が知られている。今回も事前に話を通してあるらしく、入口の警備担当者は彼女を見ると、すぐに姿勢を正した。
「静さん、お疲れさまです。本日はお連れの方々もご一緒ですか?」
「ええ。今日は少し相談があってね。担当の方に取り次いでもらえる?」
「承知しました。すぐに確認いたします」
警備担当者は丁寧に頭を下げ、受付へ連絡を入れた。
その様子を見ていた乙羽は、静の袖をそっと引いた。
「お姉ちゃんって、やっぱり有名なんだねぇ」
「Sランク冒険者だからね。これくらいは普通よ」
「そっかぁ……」
乙羽は感心したように頷いた。
柳はそんな2人を見比べて、呆れたように肩をすくめる。
「いや、乙羽。お前も大概だからな?」
「んぅ?」
「いや、何でもねえ」
柳は言いかけて、結局口を閉じた。
今ここで話を広げても、説明が面倒になるだけだろう。
やがて受付の職員がやってきて、静たちを奥の応接室へ案内した。
廊下を歩いていると、すれ違う冒険者たちが静に気づき、軽く会釈をしたり、驚いたように目を向けたりしている。その視線は、自然と一緒に歩く乙羽たちにも向けられた。
「……あの子たち、誰だ?」
「静さんと一緒にいるってことは、関係者か?」
「もしかして、最近配信で話題になってるティンカーベルじゃないか?」
小声で交わされる会話が、乙羽の耳にも届く。
以前なら、こういう視線を向けられるたびに、どうにか目立たないようにしなければと考えていた。
けれど、今は少し違う。
見られること自体は、もう仕方がない。自分たちが何をしているのか、何を目指しているのか。それを必要以上に隠すことはしなくてもいいのだ。
もちろん、何もかもをさらけ出す必要はないけれど。
「……乙羽?」
隣を歩く琴が、そっと声をかけた。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよぉ」
乙羽は柔らかく笑った。
「ちょっと、みんなに見られてるなぁって思っただけ」
「まあ、静さんが一緒だからな。そりゃ目立つだろ」
柳はそう言ってから、にやりと笑った。
「それに、これからはあたしたちも堂々としてりゃいいんだろ?」
「……うん。そうだねぇ」
乙羽は小さく頷いた。
やがて応接室へ通されると、職員が人数分のお茶を用意してくれた。
「静さん、お待たせいたしました。ご相談の内容を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。今日は、この子たちのことで相談したいの」
静は乙羽たちを順番に見渡した。
「ティンカーベルの今後の活動について、協会としてどのような支援が可能なのか、一度話をしておきたくてね」
職員は静の言葉を聞き、少しだけ表情を引き締めた。
「承知いたしました。皆さんの活動実績や、今後のご希望についてお聞かせいただけますか?」
「もちろん。そのために来たのだから」
静は落ち着いた口調で答えた。
乙羽は隣に座る柳と琴を見た。
これから何が決まるのかは、まだ分からない。
けれど、少なくとも今回は、誰かに勝手に決められた道を歩くために来たわけではない。
自分たちで話し、自分たちで考え、自分たちの意思でこれからを決めるために来たのだ。
乙羽は背筋を少しだけ伸ばし、職員のほうへ向き直った。
「えっとぉ……。よろしくお願いしますねぇ」
その言葉に、静は小さく微笑み、柳と琴も頷いた。
ティンカーベルの新しい一歩は、こうして冒険者協会から始まろうとしていた。
冒険者協会の応接室。
支部長を前に、静はまず最初に、はっきりと告げた。
「まずはっきり言うわね。この子たちは、もうすでにAランク程度の実力はあるわ」
その言葉に、向かいに座っていた支部長はわずかに眉を上げた。
「……Aランク、ですか」
「ええ」
静は迷いなくうなずいた。
支部長は視線を乙羽たちへ向ける。乙羽はいつもどおりのんびりと座っていたが、柳と琴はそれぞれ少し緊張した様子で、支部長の反応をうかがっていた。
「まあ、音無乙羽さんについては分かります。彼女の実力は、冒険者協会の基準では判断できませんからね。リーゼロッテさんも同様です。お二人については、すでに召喚登録も済ませてありますし」
「はい。そうですね」
リーゼロッテは、特に気にした様子もなく答えた。
「ですが……桜庭さんと柳生さんも、ですか?」
支部長の視線が、柳と琴に向けられる。
配信で見せた戦闘や、静から聞いている話だけでは、まだ判断しきれないのだろう。
静はそんな支部長の疑問に、落ち着いた口調で答えた。
「ええ。今の二人なら、学校でこれ以上教わることも、そう多くはないでしょうね。もちろん、冒険者として必要な経験はまだ積んでいく必要があるけれど、少なくとも学校の授業だけで成長を待つ段階ではないわ」
「なるほど……」
「だから、今回、本登録をすることにしたのよ。学校を卒業するまで待つ必要もないでしょう?」
「はぁい。私たちも、そろそろちゃんと冒険者として活動してみたいなぁって」
乙羽がふわりと手を挙げるようにして答えた。
「多分、学校のほうも、私たちの扱いに困ると思うのでぇ……」
「……それは、まあ、否定できないな」
柳が苦笑する。
実際、乙羽たちの実力は、学校が想定している一般的な生徒の成長速度から大きく外れている。特に乙羽については、実力を把握しようにも、まともな基準が存在しないのだ。
これまでどおり授業を受け、通常の課題をこなすだけでは、彼女たちにとって十分な経験を積めない可能性が高かった。
「ただ、支部長さんからすれば、あたしたちはまだまだだと思ってるんだろうけどね」
柳が肩をすくめる。
「配信を見てたら分かるだろ? あたしたちは、まだ乙羽の足元にも及ばないって」
「柳、まだ結果を出していないんだ。そんなに大きな態度を取るのはよくない」
琴がすかさずたしなめた。
「分かってるよ。別に、今すぐ認めろって言ってるわけじゃねえし」
「ならいいけど」
柳は少し不満そうに口を尖らせたものの、それ以上は言い返さなかった。
乙羽は2人のやり取りを眺めてから、支部長へと視線を戻した。
「んぅー……。でも、多分これから、見方がガラッと変わると思うんだよねぇ」
「ほう?」
支部長が興味深そうに反応する。
「それは、何か理由があるのですか?」
「えっとぉ……。まあ、実際に活動してみたら分かると思いますぅ」
乙羽は曖昧に笑った。
わざわざ今ここで、すべてを説明する必要はない。自分たちがどれほど成長したのか、そしてこれからどこまで進めるのかは、実際の活動を通じて示していけばいい。
支部長はしばらく乙羽の顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「ふむ……。ただ、静さんの配信以降、皆さん自身の配信は行っていないようですね。現時点で確認できる情報だけで判断するなら、桜庭さんと柳生さんは、よく見積もってもBランク相当といったところでしょうか」
「あら。随分と高いところから始めるのね」
静は意外そうに目を細めた。
「私は、この子たちには初めのランクから始めてもらうつもりだったのだけれど」
「もちろん、いきなり飛び級というわけにはいきませんよ」
支部長は苦笑した。
「実力があることと、冒険者としての実績があることは別です。まずは段階を踏んでいただき、一定の実績を積んでもらいます。依頼の達成記録や、実際に討伐した魔物の記録、ドロップ品の提出なども確認したうえで、改めてランク査定を行う必要がありますからね」
「なるほどな。まあ、プロとして活動する以上、それは当たり前だよな」
柳は納得したようにうなずいた。
「強いからって、いきなり高ランクになれるわけじゃないってことか」
「そのとおりです。冒険者のランクは、単純な戦闘能力だけで決まるものではありません。依頼を安定してこなせるか、状況に応じて適切な判断ができるか、周囲の安全に配慮できるか。そういった点も含めて評価します」
「分かりました。私たちも、そのつもりで来ています」
琴が真剣な表情で答えた。
「今回は、学校に通いながら冒険者として活動する場合、どういう扱いになるのかを聞きに来ました」
「なるほど。そちらが本題でしたか」
支部長は机の上に置いていた資料を手元へ引き寄せた。
「結論から言えば、学校に在籍しながら冒険者として活動すること自体は禁止されていません。ただし、冒険者として本登録するには、学校側から許可を得ていただく必要があります」
「許可、ですかぁ?」
乙羽が首を傾げる。
「ええ。学校側が、その生徒は本登録をしても問題なく活動できると判断することが条件になります。学業や学校行事に支障が出ないこと、活動中の責任を理解していることなど、確認すべき点はいくつかあります」
「まあ、そうなるよな。学校に通ってる以上、勝手に何でもできるわけじゃないってことか」
柳は腕を組んだ。
冒険者として活動する時間が増えれば、それだけ学校で過ごす時間は減る。本人たちに実力があったとしても、学校側が何の条件も設けずに認めるとは限らない。
琴も考え込むように視線を落とした。
「学校側の許可を得るには、どのような条件が必要なのでしょうか?」
「基本的には、学校側の判断次第です。ただ、皆さんの場合は少々事情が特殊ですからね。通常の生徒と同じ基準で判断するのが適切かどうか、学校側も検討することになるでしょう」
支部長はそう答え、乙羽たちを順番に見た。
「それに、皆さんは学校の看板ともいえる立場でしょう? ティンカーベルとして配信も行っていますし、学校側としても、卒業まで完全に籍を抜かれるようなことは望まないはずです」
「……ああ、なるほどな。つまり、冒険者として活動するのはいいけど、学校とのつながりは残しておけってことか」
「ええ。少なくとも、在籍そのものは続けていただくことになるでしょうね」
支部長は静かにうなずいた。
その話を聞いていた乙羽が、ふと顔を上げる。
「……だったらぁ、序列戦で1席から3席を取ったらどうですかぁ?」
「序列戦、ですか?」
「はい。学校の中で、どれくらい戦えるかを見せる大会ですぅ。そこで1席から3席に入れたら、実力も分かりやすいと思うんですけどぉ……」
乙羽の提案に、支部長は少し考え込んだ。
「なるほど。確かに、学校内での実績としては分かりやすいでしょうね。学校側がそれを判断材料にして、皆さんの本登録を認めるというのであれば、協会としても問題ありません」
「じゃあ、序列戦で結果を出せば、話を進めやすくなるってことね」
静が確認する。
「はい。ただし、序列戦で上位に入ったからといって、それだけで冒険者としてのランクが決まるわけではありません。あくまで学校側の許可を得るための材料のひとつです。その後は、協会の規定に沿って実績を積んでいただきます」
「もちろんよ。そこは最初から分けて考えているわ」
静は落ち着いた笑みを浮かべた。
「この子たちが本当に冒険者としてやっていけるかどうか、実績を積みながら確かめていく必要があるものね」
「はい。私たちも、まずはできることから始めたいと思っています」
琴が答え、柳も力強くうなずいた。
「せっかくここまで来たんだ。ちゃんと結果を出して、認めてもらうさ」
「えへへ……。じゃあ、まずは序列戦だねぇ」
乙羽はいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
以前なら、できるだけ目立たずに済む方法を探していたかもしれない。けれど今は、無理に自分の実力を隠し続けるつもりはなかった。
それでも、何もかもをさらけ出すつもりもない。
自分がどこまでできるのか。何を見せるのか。そして、何を秘密にしておくのか。
それは、これから自分で決めていけばいい。
「では、皆さんの本登録については、学校側との確認が取れてから、正式な手続きを進めましょう。こちらでも必要な資料を用意しておきます」
「分かりました。よろしくお願いします」
静が代表して頭を下げる。
乙羽たちも、それぞれ支部長に向かって礼をした。
こうして、ティンカーベルの冒険者協会への相談は、ひとまず次の段階へと進むことになったのだった。




