「先生ぇ!? 半年って、聞いてないんだけどぉ!」
地球へ帰還した柳と琴は、リーゼロッテに案内されるまま乙羽の家へ向かっていた。
タイムジェイルでの長い修行を終え、ようやく地球へ戻ってきたのだ。体感では半年近くにも及ぶ日々だったが、地球ではまだ2日ほどしか経っていない。
それでも、2人の中ではずいぶん昔の出来事のように感じられた。
「……なんか、変な感じだな」
柳がスマートフォンを確認しながら呟く。
「こっちじゃ、ほとんど時間が経ってないんだもんな。あたしらはあんなに修行してたってのに」
「時間の感覚が違う場所だったからね。戻ってきた実感も、まだ少し薄いかな」
琴も同意するように頷いた。
そんな2人の前を、リーゼロッテが小さな羽を動かしながら進んでいく。
「ふふ。ですが、これでようやく乙羽に会えますね」
「先生、あんた本当にそればっかりだな……」
「当然です。私だって、ずっと会いたかったのですから」
リーゼロッテは少しも悪びれずに答えた。
やがて乙羽の家に到着すると、リーゼロッテが玄関の呼び鈴を鳴らした。
少しして扉が開き、顔を出した乙羽は、目の前にいる2人を見てぱっと表情を明るくした。
「あっ! 琴ちゃん、柳ちゃん!」
「よっ、乙羽。久しぶり……って言うほどでもねえか」
「ふふ。久しぶり、乙羽」
2人の姿を見た乙羽は、嬉しそうに笑った。
けれど、その笑顔はすぐに申し訳なさそうなものへと変わった。
「……あのね、琴ちゃん、柳ちゃん。ごめんねぇ」
「ん?」
「私のせいで、2人まで巻き込んじゃって……」
乙羽は視線を落とし、言葉を続けた。
「私が自分のことを隠してたから、みんなに比較されるような配信になっちゃったみたいで……。2人は何も悪くないのに、いろいろ言われることになっちゃったし……」
配信で自分の実力が明かされたこと。それによって、仲間たちまで比較の対象にされてしまったこと。
乙羽はずっと、そのことを気にしていたのだ。
しかし、琴は困ったように笑いながら首を横に振った。
「ああ。その話なら、もういいよ」
「……え?」
「なんだか、結構昔のことみたいに感じるね」
琴の言葉に、乙羽はぱちぱちと瞬きをした。
すると、隣にいた柳が大きく頷いた。
「ああ。先生に監禁されてたからな」
「か、監禁!?」
「いや、まあ……間違ってはいませんね」
リーゼロッテが妙に冷静に頷いた。
「ちょっと先生ぇ!?」
「私の家で修行をしていただけですよ?」
「それを監禁って言うんだよ!」
柳が即座に突っ込む。
「外部との連絡もできないし、課題が終わるまで帰れないし、毎日魔物を山ほど相手にさせられるし……。あれ、普通に考えたら監禁だろ!」
「必要な訓練だったと思いますが?」
「必要かどうかを決めるのは、せめて本人に相談してからにしてくれ!」
柳の抗議に、リーゼロッテは小さく首を傾げた。
「そうですね。次からは、もう少し説明を増やしましょう」
「次がある前提なのやめろ!」
乙羽は2人のやり取りを見て、困ったように笑った。
それから、改めて柳と琴に向き直る。
「……えっとぉ。2人とも、本当に大丈夫だったの?」
「まあな。正直、最初は何度も帰りたくなったけどよ」
柳は苦笑しながら、自分の拳を握ったり開いたりした。
「でも、あそこで鍛えられたのは間違いねえ。剣も魔法も、前とは全然違う。あたしら、半年くらい頑張ったんだぜ?」
「半年!?」
乙羽は思わずリーゼロッテを振り返った。
「先生ぇ!? 半年って、聞いてないんだけどぉ!」
「ええ。お二人は、とてもよく頑張っていましたよ」
「そういうことじゃないよぉ!」
乙羽は頬を膨らませた。
「私、相談してって言ったよねぇ? 勝手に決めないでって……!」
「……はい。確かに、そのように言われましたね」
リーゼロッテは少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
「ですが、柳さんと琴さんが強くなりたいと希望されたので、私の家へ連れて行き、基礎から指導することにしたのです」
「だからって、半年もぉ……!」
「地球では2日ほどしか経っていませんよ?」
「そういう問題じゃないのぉ!」
乙羽の抗議に、柳は思わず吹き出した。
「ははっ! 乙羽、そこは気にするんだな!」
「気にするよぉ! 私だって、先生が何日か留守にするって聞いてただけだもん!」
「……ああ、そういや先生、そんなこと言ってたな」
柳は腕を組み、少し考え込んだ。
「でもよ、乙羽。あたしらだって、ただ連れて行かれただけじゃねえんだぜ。自分たちで強くなりたいと思って、最後までやりきったんだ」
「柳ちゃん……」
「まだ、お前には追いつけそうにねえけどな」
柳は照れくさそうに笑った。
「それでも、あたしらも頑張ったんだ。もう、お前だけが全部背負う必要はねえんだよ」
琴も静かに頷いた。
「私たちも、ようやく少し分かった気がするんだ。乙羽がどうして目立ちたくなかったのか。強いことそのものが嫌なんじゃなくて、周りから勝手に見方を変えられるのが嫌だったんでしょう?」
「……うん」
乙羽は小さく頷いた。
「普通に学校に行って、普通に友達と話して……。それだけでよかったんだよぉ。強いからって、みんなに特別扱いされたかったわけじゃないの」
「そうだよね」
琴は穏やかに微笑んだ。
「私たちも、これからは自分の力で戦える。少なくとも、今までみたいに乙羽に守ってもらうだけじゃないよ」
「……ああ。これが乙羽の見てた世界だったんだなって、修行中にも何度も思ったよ」
柳は真剣な顔で乙羽を見つめた。
「だから、もう一人で抱え込むことねえんだ。お前がどれだけ強くても、あたしらはあたしらで頑張る。お前が手加減したいなら、それでもいい。けど、無理して隠す必要はねえんだよ」
乙羽はしばらく黙って2人を見つめていた。
そして、ふにゃりと笑った。
「……そっかぁ。2人とも、強くなったんだねぇ」
「おう!」
「うん」
「えへへ……。なんだか、ちょっと安心したよぉ」
乙羽の表情から、ようやく申し訳なさが薄れていく。
もちろん、これですべてが解決したわけではない。自分の秘密を勝手に明かされたことへの傷つきも、周囲の目が変わってしまったことへの戸惑いも、すぐになくなるものではないだろう。
それでも、こうして自分の気持ちを理解しようとしてくれる仲間がいる。
それだけで、少しだけ心が軽くなった。
「……ところで、2人とも」
乙羽はふと、何かを思い出したように首を傾げた。
「レベル、どれくらいになったの?」
「60だ」
柳があっさり答えた。
「……んぅ?」
乙羽の動きが止まった。
「えっとぉ……今、なんて?」
「レベル60。あたしも琴もな」
「……60?」
「はい。お二人とも、レベル60にしておきました」
リーゼロッテが、まるで今日の夕食の献立でも伝えるような調子で補足した。
「この世界では、レベル60ほどあればAランク相当の実力を持つ冒険者として扱われるそうなので。もちろん、実際の評価は戦闘技術や経験にも左右されますが」
「いや、先生ぇ……。そういう説明を今するんだぁ……」
乙羽は呆れたように呟いた。
けれど、2人の立ち姿や雰囲気を改めて見れば、確かに以前とは違っていた。魔力の扱いも安定しているし、無駄な力みも減っている。
「……まぁ、なんか強くはなってるよねぇ」
「だろ?」
柳が得意げに笑う。
「まだ乙羽ほどじゃねえけど、これならあっちの世界のダンジョンだって、前よりずっと楽に攻略できると思うぜ」
「私もそう思う。今なら、以前なら苦戦していた相手にも対応できるはずだよ」
琴も頷いた。
「そうでしょう?」
リーゼロッテは満足そうに微笑んだ。
「これで、乙羽だけが強いという状況ではなくなりました。お二人も十分に戦えるようになったのですから、乙羽も少しは安心して力を使えるのではありませんか?」
「……んー」
乙羽は腕を組み、少し考え込んだ。
確かに、柳と琴が強くなったのは嬉しい。自分が前に出なくても2人が戦えるのなら、無理に力を隠し続ける必要も少なくなるだろう。
とはいえ、いきなり全力を出すつもりもなかった。
「まぁ、私も全力を出すつもりはないけどぉ……。ある程度はやろうと思ってたし……」
乙羽は少しだけ顔を上げた。
「……じゃあ、序列戦で3席まで取ろうかぁ」
「……おお?」
柳が目を丸くした。
「お前、今、自分から順位の話をしたよな?」
「えっ? う、うん……。だって、いつまでも逃げてるわけにもいかないかなぁって……」
「ふふっ。乙羽が少しはやる気になってくれてよかったですね」
リーゼロッテが嬉しそうに笑った。
「いや、先生。あんたはちょっと黙ってろ」
柳がすかさず突っ込む。
「ええっ、どうしてですか?」
「どうしても何も、今回の件は先生にも責任があるだろ!」
「……それは否定できませんね」
リーゼロッテは素直に頷いた。
乙羽はそんな先生を見て、小さく息を吐いた。
「……先生。これからは、ちゃんと相談してねぇ?」
「はい。約束します」
「本当だよぉ?」
「本当です」
リーゼロッテは真面目な顔で答えた。
乙羽はまだ完全に許したわけではない。それでも、今後は勝手に決めず、話し合ってから行動する。その約束だけは、もう一度確かめておきたかった。
「……よし。じゃあ、序列戦のことも、みんなで相談して決めようねぇ」
「ああ!」
「うん」
柳と琴が力強く頷いた。
その様子を見て、乙羽はようやくいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
今度は、1人で抱え込まなくてもいい。
自分がどこまで力を出すのかも、仲間とどう戦うのかも、これからは自分たちで考えていけばいいのだ。
「……ただ、タイムジェイルはもう勘弁だけどな」
柳がぼそりと呟いた。
「ふふっ。私も、できれば遠慮したいかな」
「ええ? あれほど成長できる場所なのに?」
リーゼロッテが不思議そうに首を傾げる。
「先生は一回、あたしらと同じメニューをやってみろ!」
「私は剣術が専門ではありませんので……」
「そういう問題じゃねえ!」
柳の声が家の中に響き、琴が楽しそうに笑った。
乙羽もつられて笑いながら、久しぶりに戻ってきた日常の温かさを感じていた。
まだ解決しなければならないことはある。周囲の目も、序列戦も、これからの学校生活も。
それでも今は、こうして仲間たちと笑っていられる。
それが、乙羽にとって何より嬉しいことだった。




