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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「……ああ、乙羽に会いたいですね」

 それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。


 剣術の基礎を叩き込まれ、魔法の扱いを覚え、さまざまな魔物との実戦を繰り返す。失敗しては教えられ、何度も挑戦し、少しずつ自分のものにしていく。


 そんな日々を経て、柳と琴のステータスは着実に成長していた。


 以前なら不安定だった魔法も、今では狙ったとおりに発動できる。柳は影を操って敵の動きを封じ、琴は必要な形の剣を魔力から作り出す。剣術と魔法を組み合わせた戦い方も、実戦の中で自然と身についていた。


 2人は訓練場の片隅で休憩を取りながら、自分たちの動きを確認していた。


「……ねぇ、柳」


「何?」


「これ、あっちの世界じゃ相当使えると思うよ」


「ああ。あたしもそう思ってる。多分、いつものダンジョンならすぐ終わりそうだな」


「でしょう? 私も今なら、苦戦することはないと思う」


 琴は自分の手を見つめ、指先に魔力を集めた。


 淡い光が集まり、短い剣が形作られる。以前は形を維持するだけでも苦労していたのに、今では必要なときに、必要なだけの剣を安定して生み出せるようになっていた。


 琴は剣を消し、静かに息を吐く。


「……これが、乙羽の見ていた世界なのかもな」


 柳の言葉に、琴は顔を上げた。


「乙羽が?」


「ああ。あいつ、ずっとこんな場所で戦ってたんだろ。あたしたちが知らない魔物と戦って、知らない魔法を覚えて……それを全部、自分の中にしまい込んでた」


 柳は膝に肘をつき、少しだけ遠くを見るような目をした。


「今なら、ちょっとだけ分かる気がするんだよな。強くなるのが当たり前みたいな場所で、周りに同じ経験をしたやつもいなかったら……そりゃ、話せる相手もいねえよな」


「……そうだね」


 琴も、静かに頷いた。


 乙羽がどんな思いで自分の力を隠してきたのか。そのすべてを理解できたわけではない。それでも、ここで過ごした時間が長くなるほど、彼女が歩いてきた道の遠さを少しずつ実感していた。


「乙羽は、寂しい思いをしてるかな?」


 琴がぽつりと尋ねた。


「まだあっちじゃ2日も経ってねえんだろ?」


 柳はそう答えてから、少しだけ表情を引き締めた。


「ただ……あいつには胸を張って言いたいな。舐めんな、って」


「ふふっ」


「いや、笑うところじゃねえだろ」


「ごめん。でも、柳らしいと思って」


 琴は口元を緩めたまま、言葉を続けた。


「私たちが強くなれば、乙羽ももう、全部を1人で隠さなくていい。今までみたいに、何も知らないふりをして、私たちに合わせる必要もないんだから」


「……ああ。そうだな」


 柳は大きく頷いた。


「もう1人で抱え込まなくていいんだって、ちゃんと言ってやりたい。あいつがどんなに強くても、何を知ってても、あたしたちは変わらねえってな」


「うん。私たちも同類になればいいんだよ」


「同類って言い方、なんか嫌じゃね?」


「そう? 私はいいと思うけど」


「……まあ、いいか」


 柳は苦笑しながら立ち上がった。


 琴もそれに続く。


 2人とも、もう以前のような不安は感じていなかった。もちろん、乙羽の力に追いついたなどとは思っていない。けれど、少なくとも、彼女の隣に立つための一歩は踏み出せたはずだ。


 そのとき、少し離れた場所でお茶を飲んでいたリーゼロッテが、読んでいた本から顔を上げた。


「……ああ、乙羽に会いたいですね」


「「急にどうした!?」」


 柳と琴の声が、見事に重なった。


 リーゼロッテは不思議そうに首を傾げる。


「どうしたも何も、私はもう十分に待ったと思うのですが。そろそろ地球に帰ってもよい頃ではありませんか?」


「いやいや、先生。まだ訓練が終わったかどうかの確認もしてねえだろ!」


「そうですよ。私たちの成長を確かめる必要もありますし……」


「お二人とも、もう十分に成長しましたよ。魔法も安定しましたし、実戦での判断力も身につきました。私としても、これ以上ここに留まる理由はありません」


 リーゼロッテは本を閉じ、テーブルの上に置いた。


「それに、地球に戻れば乙羽に会えますからね」


「結局、それが一番の理由じゃねえか……」


 柳が呆れたように呟く。


「ふふっ。先生も寂しかったんですね」


 琴が微笑むと、リーゼロッテは少しだけ胸を張った。


「当然です。乙羽は大切な教え子ですから」


 その言葉には、いつもの穏やかな響きがあった。


 けれど、次の瞬間には、リーゼロッテは立ち上がっていた。


「さあ、それでは最終試練をしましょう。問題がなければ、地球へ帰還しますよ」


「おっ、やっと帰れるのか!」


 柳が勢いよく立ち上がる。


「乙羽、待ってろよ。今度こそ、あたしたちも胸を張って会いに行くからな!」


「ふふっ。楽しみだね」


 琴も笑顔で頷いた。


 ところが、リーゼロッテは2人の様子を見て、にこりと微笑んだ。


「今までの訓練で、基礎は十分に身につきました。魔法も安定しましたし、実戦での判断力も向上しています。ですが――」


 リーゼロッテが指を鳴らした。


 次の瞬間、訓練場の向こう側に、巨大な魔法陣がいくつも浮かび上がった。


「ここからは、数をこなしましょう」


「…………は?」


 魔法陣が、ひとつ、ふたつ、みっつ……いや、そんな数ではない。


 視界の果てまで、無数の召喚陣が広がっていく。


「ちょ、ちょっと待て! あれ全部、魔物か!?」


「ええ。さまざまな種類を用意しました。お二人なら、もう少し負荷を上げても問題ないでしょう?」


「いやいやいや! さっきまで十分成長したって言ってたじゃねえか!」


「ええ。ですから、次の段階です」


 リーゼロッテは、まるでお茶のおかわりでも勧めるような口調だった。


「目標はレベル60。そこに到達するまで、繰り返しましょう」


「……琴」


「何?」


「今すぐ乙羽に会いたい」


「……私もよ」


 その返事を聞いたリーゼロッテは、満足そうに頷いた。


「ふふ。では、始めましょうか」


 そして、魔法陣が一斉に輝いた。


 柳と琴も、すぐに表情を引き締める。


 帰ったら、乙羽に伝えたいことがたくさんある。


 自分たちがどれほど成長したのか。そして、これからは彼女だけに秘密を抱えさせたりしないということを。


 2人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


 ――今度は、私たちが乙羽の隣に立つ番だ。


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