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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「……うん。約束だよぉ」

「……先生ぇ」


「はい、乙羽」


 いつもと変わらない穏やかな返事だった。


 けれど、乙羽はすぐには言葉を続けなかった。少しだけ視線を落とし、それから、ゆっくりと口を開く。


「……まだ、許したわけじゃないからねぇ」


「……はい」


「でも、もう怒るのはやめるよぉ」


 リーゼロッテが、わずかに目を見開いた。


 乙羽はそんな先生の顔を見て、困ったように頬をかいた。


「先生が、わたしのことを心配してくれたのは分かってるもん。わたしに悪いことが起きないようにって、考えてくれたんだよねぇ?」


「……はい。乙羽の力を周囲に知ってもらうことで、あなたに害が及ばないようにしたつもりでした」


 リーゼロッテは、静かにうなずいた。


「ですが……私の判断で、乙羽の気持ちを置き去りにしてしまいました。守ろうとしたはずなのに、余計に傷つけてしまったようですね」


「……うん。すっごく傷ついたよぉ」


 乙羽は、無理に笑おうとはしなかった。


「わたし、普通に学校に通って、柳ちゃんや琴ちゃんと一緒に遊んだり、ダンジョンに行ったりしたかったんだもん。強いって知られるのが嫌だっただけじゃなくて……みんなに、今までどおりのわたしとして見てもらいたかったの」


「……はい」


「だから、これからは勝手に判断しないでねぇ? 先生が心配してくれるのはうれしいけど、何かする前に、ちゃんとわたしに相談して。一緒に考えよう?」


 リーゼロッテは、乙羽の目をまっすぐに見つめた。


「分かりました。これからは、乙羽に関わる大切なことを、私だけで決めたりはしません。必ず相談します」


「……うん。約束だよぉ」


「はい。約束します」


 その返事を聞いて、乙羽はようやく少しだけ表情を緩めた。


「……先生が、わたしのことを心配してくれた気持ちは、うれしいんだよぉ?」


「乙羽……」


「でも、もうばれちゃったし、隠す必要もなくなったのかなぁって。今までみたいに、何もできないふりをするのも難しそうだしぃ……」


 乙羽は、どこか諦めたようにため息をついた。


「だったら、もう少しくらいは本当の力を見せてもいいのかなぁって思ってるんだぁ。もちろん、何でもかんでも見せるつもりはないけどねぇ」


「……そうですか」


 リーゼロッテは、ほっとしたような、それでいて少し寂しそうな顔をした。


 乙羽がずっと守ろうとしてきた日常は、今回の配信によって大きく変わってしまった。もう以前とまったく同じには戻れないのかもしれない。


 それでも、乙羽自身がこれからどうするかを決めようとしている。そのことを、リーゼロッテは尊重しなければならなかった。


「ただし!」


 乙羽が、ぴっと人差し指を立てた。


「異世界転移をしたことだけは、絶対に内緒だよぉ?」


「……はい?」


「わたしが異世界に行ったことも、先生と一緒に旅をしたことも、絶対に誰にも言っちゃだめだからねぇ? そこだけは、何があっても秘密!」


 リーゼロッテは一瞬きょとんとしたあと、ふわりと微笑んだ。


「ええ。もちろんです。二人だけの秘密ですね」


「うん。そこは絶対だからねぇ……!」


「分かっていますよ、乙羽」


 その声は、いつもと同じ優しいものだった。


 乙羽は先生の顔をじっと見つめてから、小さく息を吐いた。


「……よかったぁ」


 ようやく、少しだけ安心できた。


 もっとも、リーゼロッテにはまだ何か言いたいことがあるらしい。彼女は少し考え込んだあと、ふっと小さく笑った。


「ですが……ふふ。まあ、いいでしょう」


「んぅ? 何がぁ?」


「いえ、こちらの話です。それより、私は少し出かけてこようと思います」


「お出かけ?」


「ええ。何日かかかるかもしれませんが、必ず戻ってきます。ですから、心配せずに待っていてくださいね」


「んぅ~? 何日かぁ……?」


 乙羽は不思議そうに首を傾げた。


 けれど、リーゼロッテがどこへ行くのか、何をするつもりなのかまでは、深く聞かなかった。


「……わかったぁ。気をつけてねぇ、先生」


「ありがとうございます、乙羽」


 リーゼロッテは微笑み、乙羽の頭をそっと撫でた。


 乙羽は少しだけ目を細めたものの、以前のように甘えることはしなかった。


 まだ、完全に許したわけではない。


 それでも、もう一度ちゃんと話し合うことはできた。


 今は、それで十分だった。

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