「乙羽は真面目ですよ。少し、力加減が苦手なだけです」
配信は、しばらく静とリーゼロッテの雑談を中心に進んでいた。
異世界と地球の違い、魔法の仕組み、冒険者としての経験。リーゼロッテの話は静にとっても興味深いものばかりで、コメント欄も賑わっていた。
そんな中、静がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ひとつ聞いておきたいことがあるのだけれど」
「はい、何でしょう?」
「乙羽に魔法を教えているというのは聞いているわ。でも、そもそも、どんなきっかけで乙羽に魔法を教えることになったのかしら?」
リーゼロッテが乙羽の先生を名乗っていることは知っている。実際、乙羽が彼女を慕っている様子を見れば、師弟としての関係があることは疑いようもない。
けれど、2人がどこで出会い、どうして師弟関係になったのか。その詳しい経緯については、静も聞いたことがなかった。
『確かにそれは気になる』
『乙羽ちゃんが先生を召喚したんだよね?』
『その前から知り合いだったの?』
視聴者からも、次々と疑問のコメントが流れていく。
リーゼロッテはコメントに目を向けてから、懐かしそうに微笑んだ。
「そうですね……。この世界でダンジョンが出現したのは、2年ほど前でしたね?」
「ええ、そうね」
「乙羽と知り合ったのも、その頃だったと思います。夢の中で、何度も会っていたのですよ」
「夢の中で?」
静が目を瞬かせる。
「はい。夢の中で乙羽といろいろな話をしましてね。魔法に興味を持ったあの子に、使い方を教えることもありました」
『夢の中で魔法を習ってたの!?』
『なんだか不思議な話だな』
『それが今の乙羽ちゃんにつながってるのか?』
「ただ、夢の中の出来事ですからね。目が覚めると、細かいことは忘れてしまうものです。乙羽も、私と過ごした時間をはっきりとは覚えていなかったのでしょう」
「それで、現実では初対面のような反応だったわけね……」
「ええ。私としては少し寂しくもありましたが、仕方のないことですから」
リーゼロッテは、少しだけ寂しそうに笑った。
その表情があまりにも自然だったため、静もそれ以上は疑わず、納得したようにうなずいた。
「それで、乙羽が覚醒した頃に、あなたを召喚したということ?」
「はい。私も驚きましたよ。まさか、夢の中で会っていた子と、現実の世界で再会することになるとは思いませんでしたから」
『夢で会ってた相手を召喚したのか』
『不思議な縁だなあ』
『先生が乙羽ちゃんを大事にしてる理由が分かった気がする』
「召喚の資料を読んで、乙羽がその方法を再現したということなのかしら?」
「おそらくは。本人も、どこかで見たことがあるような気がした、と話していましたね」
「どこかで見たことがある、ねぇ……」
静は苦笑した。
普通なら、資料を読んだだけで召喚魔法を再現できるとは限らない。それでも、乙羽が実際に召喚を成功させたのなら、何かしらのきっかけがあったのだろう。
「夢の中で学んだことが、何となく頭に残っていたのかもしれませんね」
リーゼロッテは、それ以上詳しく説明することなく、穏やかに話を締めくくった。
「今は、あの子の先生として、この世界で一緒に暮らしています。魔法だけでなく、こちらの世界で安心して過ごせるよう、いろいろ教えていくつもりですよ」
「それは頼もしいわね。あの子、放っておくと何をするか分からないところがあるから」
「静、それは少しひどいのではありませんか?」
「ふふっ。あなたも、そう思うことがあるでしょう?」
「……否定はしませんね」
『先生も否定しないの草』
『乙羽ちゃん、先生公認で何をするか分からない子』
『でも、こういう関係いいな』
コメント欄に笑いが広がる。
静も楽しそうに笑いながら、リーゼロッテへと視線を戻した。
「今日は聞きたいことがたくさんあるわね。せっかくだし、もう少し先生の話を聞かせてもらおうかしら」
「ええ。私に答えられることでしたら、何でもお話ししますよ」
こうして配信は、リーゼロッテと乙羽の不思議な縁をきっかけに、さらに盛り上がっていった。
* * *
リーゼロッテと乙羽の出会いについての話がひと段落すると、静は少し考え込むように視線を落とした。
夢の中で魔法を教わり、その経験が現実での召喚につながったという。にわかには信じがたい話だが、乙羽が魔法を使えるようになった経緯には、まだ分からないことも多い。
「……それで、結局のところ、乙羽ってどの程度の強さなのかしら?」
静が改めて尋ねると、コメント欄にも反応が流れ始めた。
『それは気になる』
『殴り賢者の実力、先生から見たらどうなんだ?』
『あの火力でまだ本気じゃないってこと?』
リーゼロッテは、すぐには答えず、困ったように眉を下げた。
「そうですねぇ……。ただ、本人がどう考えているか分からないことまで、私が勝手に話すのはよくないでしょう?」
「それもそうね」
静は素直にうなずいた。
「姉としては心配だから、少しだけ聞いておきたかったのよ。もちろん、あの子が話したくないことまで無理に聞くつもりはないわ」
それから、視聴者にも向けるようにカメラを見た。
「みんなにも、乙羽がまだ覚醒して間もないことは知っておいてほしいわね。あの子自身、魔法については勉強中なのだから、温かく見守ってあげてちょうだい」
『了解、これからも生暖かい目で見ます』
『本人が困ってるなら、あんまり無茶を期待するのも違うよな』
『でも殴り賢者は見たい』
「ふふっ。最後のコメントは、あまり生暖かくないですね」
リーゼロッテが苦笑すると、静も思わず笑った。
「それで先生。乙羽は、魔法を覚えるのが早いほうなの?」
「そうですね。飲み込みは早いと思いますよ。ただ、知識を覚えることと、実際に使いこなすことは別ですから」
「やっぱり、そういうものなのね」
静は腕を組んだ。
「魔法の仕組みが分かっていても、毎回思いどおりに使えるとは限らない。そういうことかしら?」
「ええ。使い方を理解していても、状況に合わせて調整するには練習が必要です。乙羽も、まだ学んでいる途中ですからね」
『なるほど』
『知識と実践は別ってことか』
『ゲームみたいに覚えたら即マスター、とはいかないんだな』
「それなら、乙羽がときどき不思議な魔法の使い方をするのも、そのせいなのかしら?」
「そうかもしれませんね。本人は一生懸命やっているのですけれど、思ったとおりにならないこともあるようです」
『あれ、本人なりに頑張ってたのか』
『確かに「よわーく、よわーく」って言ってることあるな』
『手加減しようとしてるのは分かる』
「ええ。ですから、乙羽には、これからもっと練習してもらわなければなりませんね」
リーゼロッテは教師らしい顔でうなずいた。
「強い魔法を使えるようになることだけが大切なのではありません。必要なときに、必要な分だけ使えるようになることも大切なのですよ」
「なるほどね。強くする練習だけじゃなくて、力加減の練習も必要というわけね」
「そのとおりです」
静はしばらく考え込んだあと、ふっと笑った。
「……あの子、本人なりに一生懸命やっているのに、周りからは何を考えているのか分からないと思われてしまうこともあるから」
「乙羽は真面目ですよ。少し、力加減が苦手なだけです」
「その『少し』が、ずいぶん大きな問題なのだけれどね……」
『先生、乙羽ちゃんに甘いw』
『でも、力加減が苦手なのは本当なんだろうな』
『これからは生暖かく見守るか……』
静はコメント欄に目を向け、最後にもう一度カメラへと視線を戻した。
「みんな、乙羽は何も考えずに力を振り回しているわけじゃないの。本人なりに練習しているし、まだ慣れていない部分もある。だから、これからも焦らず見守ってあげてほしいわね」
「ええ。私も、あの子が安心して力を扱えるように、これからも教えていくつもりです」
リーゼロッテは優しく微笑んだ。
「……まあ、あまり派手にやりすぎないよう、私からも言っておきますね」
『先生、よろしくお願いします』
『殴り賢者の手加減講座、開講か?』
『次の配信でも「よわーく、よわーく」が聞けそう』
「ふふっ。さて、本人が聞いていたら、どんな顔をするのでしょうね?」
リーゼロッテが楽しそうに言うと、静は小さく肩をすくめた。
「……たぶん、『えぇっ!? わたし、ちゃんと手加減してるよぉ!?』って慌てるんじゃないかしら」
『言いそうw』
『絶対言う』
『本人のいないところで評価が固まっていく乙羽ちゃん』
コメント欄が笑いに包まれる。
乙羽の強さについて、詳しい答えが出たわけではない。それでも、本人が努力していることや、まだ練習中であることは、少しずつ視聴者にも伝わったようだった。
* * *
「それから、もうひとつ気になっていたことがあるのだけれど」
静は少し考えてから、リーゼロッテへと視線を向けた。
「乙羽のステータスカードについてよ。あの子、ずっとレベルが2から上がらないと言っていたでしょう?」
「ええ。あのステータスカードですね」
リーゼロッテは、少し考えるように首を傾げた。
「詳しい仕組みまでは私にも分かりませんが、鑑定装置の測定方法が関係している可能性はあると思います」
「測定方法?」
「ええ。こちらの世界で使われている装置が、どのような基準でレベルを判定しているのか、私には分かりませんからね。表示された数字だけで、その人の実力すべてが分かるとは限らないのではないでしょうか」
『なるほど?』
『装置の基準によって違う可能性があるってことか』
『でも、レベル2であの戦い方なのは不思議だな』
静は腕を組み、考え込んだ。
「確かに、レベルだけで実力が決まるわけではないものね。戦い方や経験、持っているスキルによっても変わるでしょうし」
「そうですね。ですから、数字だけで判断するよりも、実際の戦い方を見てあげてほしいですね」
リーゼロッテは、それ以上踏み込んだ説明をしなかった。
静も、無理に追及することはしなかった。鑑定装置の仕組みについては専門家でも分からないことがあるのだろうし、今ここで結論を出せる話でもない。
「分かったわ。あの子がレベル2のままなのは気になるけれど、今すぐどうこうできる問題でもなさそうね」
「ええ。本人が困っているようなら、学校や協会にも相談してみるとよいでしょう」
『レベル2の謎、まだ解決してないw』
『でも本人が元気ならひとまずいいか』
『数字だけで決めつけるのはよくないってことだな』
「そうね。私も、もう少し様子を見ることにするわ」
静はそう言って、ひとまず話を切り上げた。
「ところで先生。乙羽の戦い方について、何か気になるところはある?」
「そうですね……。あの子は、武器を使うよりも、自分の身体を動かして戦うほうが得意なようです」
「だから、パンチやキックが多いのね」
「ええ。本人がやりやすい方法を選んでいるのでしょう。戦い方は人それぞれですから、無理に変える必要もありません。ただ、安全に戦えるように、身体強化や魔法の使い方はこれからも練習していく必要がありますね」
『殴り賢者の由来、そこかw』
『武器を使わないスタイルなんだな』
『先生、格闘技も教えるの?』
「私にも得意不得意がありますからね。必要であれば、専門の方に教えていただくのもよいと思います」
「なるほど。何でも先生が教えるというわけではないのね」
「もちろんです。私も、知らないことはたくさんありますから」
リーゼロッテは楽しそうに笑った。
静もつられて笑い、それから少しだけ真面目な顔に戻った。
「分かったわ。あの子が自分に合った戦い方を見つけられるよう、私も見守ることにするわね」
『レベル2の謎は残ったけど、本人が練習中なのは分かった』
『次の配信も楽しみだ』
『よわーく、よわーく、頼むぞ乙羽ちゃん』
リーゼロッテはコメントを見て、くすりと笑った。
「ええ。あの子には、これからも自分の力を大切に扱ってもらいましょう」
そう言いながらも、リーゼロッテの表情には、教え子の成長を見守る教師らしい誇らしさが浮かんでいた。
* * *
「それから、もうひとつ説明しておきたいことがあります」
リーゼロッテは、ふと思い出したように言葉を続けた。
「私もティンカーベルの一員として、乙羽たちと一緒にダンジョンへ行っていますからね。パーティーの戦い方についても、少しお話ししておきましょうか」
「ええ。先生が一緒にいることは知っているわ」
「乙羽は、仲間を支える魔法も使っています。ですから、柳さんや琴さんが戦うときにも、その助けがあるのですよ」
『ああ、支援魔法か』
『確かに、パーティーなら支援も大事だよな』
『それって、戦闘力にかなり影響するんじゃない?』
静はコメント欄に目を向けてから、うなずいた。
「そうね。でも、柳ちゃんや琴ちゃんの技術まで、乙羽のおかげだと思わないでほしいわ。あの子たちの実力は本物よ」
「ほう。そうなのですか?」
「ええ。琴ちゃんは実家の道場で、幼い頃から剣術を修行していたそうよ。基礎がしっかりしているし、状況を見て動く判断力もある。柳ちゃんも、敵の動きや戦場の変化を察知するのが得意だと思うわ。私も実際に配信を見ていて感じるもの」
静は、これまでの配信で見た2人の戦いを思い返しながら説明した。
「もちろん、乙羽の支援が助けになっている部分はあるでしょう。でも、支援を受けているだけで、ああいう判断や技術が身につくわけではないもの」
『なるほどな』
『琴ちゃんの剣術は見てても分かる』
『柳も戦闘中の判断が速いよな』
『支援があっても、使いこなせるかは別ってことか』
ところが、コメント欄には、少し違う意見も流れ始めた。
『一度、支援魔法なしで戦わせてみたら?』
『素の実力がどのくらいなのか見てみたい』
そのコメントに、すぐさま反論がついた。
『お前、それ本人に言って大けがしたら責任取れんのか?』
『わざわざ危険なことをする必要ないだろ』
『支援ありで攻略できてるなら、それでいいじゃん』
静はコメント欄を見て、ため息をついた。
「……まあ、そういうことを気軽に言わないでほしいわね。本人たちは真剣に攻略しているのだから」
「ええ。それに、支援魔法を使わずに戦うことが、必ずしも実力を測る正しい方法とは限りませんよ」
リーゼロッテは穏やかに話を引き継いだ。
「こちらの世界では、スタミナポーションや回復ポーションなどは使わないのですか? 身体能力を高める効果を持つものもありますよね?」
「ええ。ダンジョンで手に入るドロップ品にあるわ。冒険者なら、回復や身体能力の補助に使うこともあるわね」
「では、支援魔法だけを特別に問題視する必要はないのではないでしょうか。道具を使って仲間を助けることも、魔法で支えることも、パーティーの戦術のひとつですから」
『確かに、消耗品を使うか魔法で支援するかの違いか』
『ポーションなしで攻略しろって言われたら困るよなw』
『支援を受けるのもパーティーの実力だと思う』
静は、なるほどという顔でうなずいた。
「言われてみれば、そうね。私もポーションは使うもの。仲間の支援を受けることだけ、ずるいと言うのはおかしな話かもしれないわね」
「もちろん、魔法とポーションがまったく同じというわけではありません。ただ、どちらも仲間を助ける手段です。支援を受けていることだけを理由に、本人たちの努力まで否定する必要はないでしょう?」
「そのとおりね」
静は素直に同意した。
「柳ちゃんも琴ちゃんも、支援を受けているからといって、何も考えずに戦っているわけではないわ。自分たちで判断し、技術を磨いている。そこはちゃんと見てあげてほしいわね」
コメント欄にも、少しずつ納得するような声が増えていった。
『確かに、支援があっても立ち回りが下手なら攻略できないしな』
『仲間の強みを活かすのもパーティーの実力』
『むしろ連携が取れてるのがすごいんだよな』
リーゼロッテは満足そうにうなずいた。
「そういうことです。私はダンジョン内での進路を確認したり、攻略の助言をしたりしていますが、戦闘そのものは皆さんに任せていますよ」
『先生の案内、かなり助かってそうだけどな』
『安全に進めるのも大事な能力だよね』
『先生、さらっと自分の仕事を少なく言ってない?w』
「ふふっ。皆さんが自分で経験を積むことも大切ですからね」
「……先生は、そういうところがあるわよね」
静は少し呆れたように笑った。
「乙羽のことを考えてくれているのは分かるけれど、あなたも含めて、ティンカーベルは少しばかり規格外なのよ」
「そうでしょうか?」
「そうなのよ」
静は即答した。
「私、配信は毎回見ているのだから。乙羽が手加減しようとしていることも、柳ちゃんたちが頑張っていることも、ちゃんと分かっているつもりよ」
そこで、静は少しだけ表情を引き締めた。
「だからこそ、乙羽にはもう少し手加減するように言っておいてちょうだいね。本人は抑えているつもりでも、見ているこっちは毎回ひやひやするのだから」
「ふふっ、分かりました。私からも、よく言い聞かせておきますね」
『先生、よろしくお願いしますw』
『次の配信でも「よわーく、よわーく」って聞こえそう』
『乙羽ちゃん、本人なりには頑張ってるんだよな……』
リーゼロッテはコメント欄を眺めながら、柔らかく微笑んだ。
「ええ。あの子が安心して冒険できるように、これからも支えていきますよ」
静はその言葉にうなずき、配信の向こうにいる視聴者たちへ、最後にもう一度語りかけた。
「みんなも、乙羽たちの攻略を楽しんで見てあげてね。強さだけじゃなくて、あの子たちが積み重ねてきた努力や連携にも注目してもらえたら嬉しいわ」
『了解!』
『次の攻略配信も楽しみにしてる』
『乙羽ちゃん、柳ちゃん、琴ちゃん、先生、みんな頑張れ!』
コメント欄には、応援の言葉が次々と流れていった。
こうして、乙羽の魔法やティンカーベルの実力についての話は、ひとまず穏やかな形でまとまったのだった。
もちろん、それは乙羽をかばうために、リーゼロッテがその場で考えた作り話だった。




