教えてリーゼロッテ先生!
「……あー、ばんわ。今日はちょっと特別なゲストを呼んでるよ」
配信を開始した静は、いつもの調子でカメラに向かって手を振った。
「今日は、うちの同居人である乙羽の先生、妖精のリーゼロッテをゲストに迎えてやっていくよ。異世界出身っていう、ちょっと変わった経歴の持ち主だからね。せっかくだし、こっちの世界とあっちの世界の違いとか、いろいろ聞いてみようと思ってるわ」
「どうも、こんばんは。リーゼロッテと申します。今日はよろしくお願いしますね」
静の隣に座ったリーゼロッテが、にこやかに頭を下げた。
銀色の髪に、透き通るような羽。人間とは明らかに違う姿をした妖精が、画面の向こうに向かって丁寧に挨拶している。
その姿に、コメント欄はさっそく反応を始めた。
『ばんわー』
『ん? 誰?』
『妖精? コスプレじゃなくて?』
『静さんの知り合い?』
『え、ティンカーベルの先生じゃん』
『乙羽ちゃんたちの配信見てないのか?』
『情弱め』
『いや、全員があの配信見てるわけじゃねえだろw』
『初見さんに厳しい界隈で草』
『お前ら、初手からケンカすんなw』
「はいはい、ケンカしないー。初めて見る人もいるんだから、仲良くね」
静が苦笑しながらコメントをたしなめる。
「リーゼロッテは、最近配信で話題になっている冒険者パーティー、ティンカーベルの先生でもあるの。そっちから知っている人もいると思うけど、今日は普段の攻略配信とはちょっと違う感じでやっていくからね」
「ふふ、そうなのですね。私自身、こうして皆さんとお話しする機会はあまりありませんから、楽しみにしていますよ」
『先生の雑談配信!?』
『これは見るしかない』
『乙羽ちゃんの先生ってことは、あのフェンちゃんもこの人の召喚獣なの?』
『いや、情報量が多いな』
『とりあえず妖精さんかわいい』
「さて、と。それじゃあ、さっそく質問していこうかな」
静は少し姿勢を正した。
「まず聞いてみたいんだけど、リーゼロッテから見て、この世界の冒険者のレベルってどうなの?」
「レベル、ですか?」
「そう。こっちでは冒険者の強さを測る指標のひとつとして使われているでしょう? もちろん、レベルだけで実力が決まるわけじゃないけど、ある程度の目安にはなるからね」
「なるほど。そういう扱いなのですね」
リーゼロッテは納得したようにうなずいた。
「そうですね……。私は鑑定が使えますので、あちらの世界では、趣味も兼ねて、さまざまな知的生物のレベルを鑑定していたのですよ」
「趣味で?」
「はい。人間だけではありませんよ。エルフやドワーフ、獣人、魔族など、種族を問わずですね。もちろん、鑑定できる相手にも限りはありますが」
『趣味で他人のレベルを調べてたのかw』
『異世界にも鑑定スキルあるんだ』
『魔族って普通にいるんだな』
『さらっと新情報が出てきたぞ』
「それで、あちらの世界ではどのくらいが普通なんですか?」
静が尋ねると、リーゼロッテは少し考えるように視線を上げた。
「そうですね。私が暮らしていた城の周辺に出没するゴブリンやウルフなど、比較的弱いモンスターでレベル5程度でしょうか。初級ダンジョンであれば、レベル30程度をひとつの目安にしていましたね」
「……ん? 30?」
「はい。その程度の実力があれば、初級ダンジョンの最下層まで到達することも十分に可能でしたよ」
「思ったより低くない?」
静は思わず聞き返した。
地球の冒険者にとって、レベルは重要な指標だ。とはいえ、レベル30という数字だけでダンジョンの最下層まで到達できると言われても、すぐには実感が湧かない。
そもそも、ダンジョンの攻略難度は階層の深さだけで決まるものではない。魔物の種類や生息密度、地形、罠、環境による制約など、さまざまな要因が絡み合っている。
同じレベルでも、得意な戦闘形式やスキル構成によって攻略の難易度は大きく変わる。単純な数値だけを比較しても、実際の戦闘能力を正確に把握できるわけではないのだ。
それでも、リーゼロッテの話には気になる点があった。
「つまり、レベル30くらいあれば、初級ダンジョンなら最後まで攻略できるくらいの実力があるってこと?」
「ええ。もちろん、ダンジョンによって難易度は異なりますし、個人の適性にも左右されます。ただ、一般的な初級ダンジョンであれば、そのくらいを目安に考えていました」
「なるほどね……」
静は納得したようにうなずいた。
「でも、上を見ればきりがないですよ?」
リーゼロッテは、どこか楽しそうに付け加えた。
「たとえば、あちらの世界でAランク冒険者と呼ばれる方々なら、レベル100程度に達していることも珍しくありません。Sランクであれば、レベル300程度は普通にいらっしゃいましたね」
「…………は?」
静の動きが止まった。
『300!?』
『ちょっと待て』
『Sランクで300が普通ってどういうことだよ』
『こっちの基準と違いすぎない?』
『レベル100でも十分高いだろ!?』
『異世界の冒険者、強すぎないか?』
『いや、レベルの算出方法が違う可能性もあるだろ』
『そこは確認したいところだな』
「えっと……。それって、レベルの計算方法がこっちと違う可能性はないの?」
静は、視聴者のコメントを拾うように質問した。
「その可能性はありますね。レベルという数値が、世界を越えて完全に同じ基準で算出されていると保証できるわけではありませんから」
リーゼロッテはあっさりと認めた。
「ただ、私が鑑定した範囲では、レベルが高い方ほど、身体能力や魔力、スキルの扱いなどにおいて、相応の実力を持っていることが多かったですね。ですから、単なる飾りの数字というわけでもありません」
「なるほど。レベルそのものの定義が同じかどうかは分からないけど、少なくとも、あちらの世界では強さの目安として機能しているわけね」
「はい。もちろん、相性や戦術によって、格上の相手に勝つこともありますよ。レベルが高ければ必ず勝つ、という単純なものではありません」
静は腕を組み、少し考え込んだ。
地球でも、レベルやステータスは冒険者の実力を推定するために利用されている。しかし、数値が近い者同士でも、戦闘経験やスキルの組み合わせによって結果が大きく変わることは知られていた。
異世界でも、その点は変わらないらしい。
ただし、Sランク冒険者の平均的なレベルが300という話は、地球の冒険者にとって簡単に聞き流せるものではなかった。
「……そうなると、あちらの世界では、Sランクになるための基準も違うの?」
「そうですね。明確な強さを持っていなければ、Sランクに昇格することは難しかったですよ」
「なるほど。つまり、Aランクは人類が到達できる実力のひとつの目安で、Sランクはその先にある、明確な実力を持った人たちということね」
「概ね、そのような理解でよいと思います」
『地球のSランクって何なんだ……』
『いや、こっちも強さだけで決まるわけじゃないだろ』
『そもそも異世界のランク制度と同じとは限らない』
『でも、比較対象としては気になるな』
『協会の人、これ見てる?』
「ふふ。あまり数字だけにとらわれないほうがいいですよ。レベルが高いことと、すべての状況で優れていることは別ですから」
リーゼロッテは穏やかに笑った。
「それに、私の世界でも、レベルが低くても優れた技術を持つ方はいました。逆に、レベルは高くても、その力を十分に活かせない方もいましたからね」
「……そういうところは、こっちと変わらないのね」
静は少し安心したように息を吐いた。
異世界の冒険者が全員、地球の冒険者より圧倒的に優れているというわけではないらしい。少なくとも、リーゼロッテの話を聞く限りでは、単純な数値の比較だけで結論を出すのは危険だった。
「じゃあ、もうひとつ聞いてみようかな」
静は、隣に座る妖精へと視線を向けた。
「あなた自身は、どのくらいのレベルなの?」
「私ですか?」
「そう。さっきから他人のレベルの話ばかりしているけど、リーゼロッテ自身はどうなのかなって」
「ああ、なるほど」
リーゼロッテは、納得したようにうなずいた。
「私は何千年も生きているフェアリープリンセスだとお話ししていますが、実際には休眠期もかなり長いのですよ。ですから、自分の意識があって、年月を過ごしているという自覚のある期間を合計すると、数千年ほどになる、ということですね」
「……数千年」
「はい。正確に何年生きているのかは、私にも分かりません。長く眠っている間は、時間の経過をほとんど意識していませんから」
静は、しばらく言葉を失った。
『数千年!?』
『長生きとかいうレベルじゃない』
『人類の歴史を何回見送ってるんだよ』
『休眠期を除いて数千年ってことは、実際にはもっと長いのか?』
『妖精の時間感覚どうなってるんだ……』
『乙羽ちゃん、そんな先生と普通に暮らしてるのか』
「……あのさ。何千年も生きているっていうのは、つまり、私たちが知らない時代のことも知っている可能性があるってことよね?」
「そうですね。ただ、私がすべての出来事を見ていたわけではありませんよ。眠っている期間もありましたし、興味のないことには関わらないことも多かったですから」
「それでも、十分すごい話だと思うけど……」
静は苦笑した。
地球の冒険者制度が始まってからの歴史など、リーゼロッテの生涯と比べれば、ほんの一瞬にすぎないのかもしれない。
もっとも、長く生きているからといって、すべての知識を持っているわけではない。経験したことと、知識として学んだことは別だ。リーゼロッテ自身も、その違いは理解しているようだった。
「それだけ長く生きていたら、強い相手ともたくさん戦ってきたんじゃない?」
静が尋ねると、リーゼロッテは懐かしそうに目を細めた。
「そうですね。強い方との出会いは、それなりにありましたよ」
「ちなみに、どのくらい強い相手がいたの?」
「そうですね……。悪いことを考えていた魔王で、レベル1000程度の方がいらっしゃいましたね」
「…………え?」
『1000!?』
『さっきのSランクが300だったよな?』
『数字のインフレが止まらない』
『魔王って実在するのかよ!』
『しかも悪いことを考えていた魔王って言い方w』
『先生、今のところ一番さらっと恐ろしいこと言ってる』
「……魔王って、そんなに強いの?」
静は、思わず聞き返した。
「その方は、かなり強かったですね。ただ、魔王と呼ばれる方が全員同じくらいの強さというわけではありませんよ」
「それは、どういうこと?」
「魔王というのは、魔族という種族や勢力をまとめる王という立場でもありましたから。私の知る限りでは、世界中に何人もいらっしゃいましたよ」
「世界中に何人も……?」
「はい。その中には、人間の領土への侵略を企てていた方もいました。そういう方は討伐対象になることがありましたね。一方で、人間との共存に尽くしていた魔王もいましたよ」
リーゼロッテは、特別なことを話しているという様子もなく続けた。
「私も、暇があれば勇者パーティーの相談役のような立場で、サポートをして遊んでいました。そうして、侵略を企てていた魔王を討伐することもありましたね。レベル1000程度の相手であれば、過去に数十回は討伐に関わったことがありますよ」
「…………は?」
静は、今度こそ完全に固まった。
『数十回!?』
『魔王討伐ってそんなに何回もやるものなの!?』
『勇者パーティーの相談役って何だよw』
『暇があれば魔王討伐に参加する妖精』
『この人、人生のスケールがおかしい』
『レベル1000の魔王を数十回って……』
『これ、笑い話みたいに聞いていい内容じゃないだろ』
『冒険者協会、今すぐアーカイブ保存しろ』
「……待って。今、数十回って言った?」
「はい」
「レベル1000の魔王を?」
「ええ。もちろん、毎回同じ方というわけではありませんよ」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
静は額に手を当てた。
レベル1000という数字も衝撃的だが、それ以上に、そんな相手との戦いを何度も経験しているという事実が重い。
地球の冒険者が挑むダンジョン攻略とは、戦闘の規模も、求められる能力も、まるで違うのかもしれない。
そして何より、リーゼロッテ本人は、それを誇るでもなく、ただ昔の思い出話のように語っているのだ。
「……あなたの世界では、魔王というのは、必ずしも悪い存在ではなかったのね」
静は、ようやく話を整理するように口を開いた。
「ええ。結局のところ、魔王というのは魔族をまとめる王という立場ですから。人間の王が全員善人というわけではないのと同じですね」
「なるほど……。肩書きだけで善悪が決まるわけじゃない、と」
「そういうことです。人間との共存に尽くす魔王もいれば、侵略を企てる魔王もいる。ですから、討伐するかどうかは、その方が何をしようとしているかによって決まることが多かったですね」
静は、ゆっくりとうなずいた。
「……興味深い話ね。こっちの世界では、魔王という言葉自体が、どうしても人類の敵という印象で受け取られがちだから」
「ふふ。物語では、そういう役割を与えられることも多いのでしょうね」
「ええ。まあ、実際に存在するかどうかとは別の話だけど」
「そうですね。言葉の意味や印象は、世界によっても違うものですから」
リーゼロッテは穏やかに微笑んだ。
その一方で、コメント欄では、すでに配信の趣旨が変わり始めていた。
『今日の配信、想像してたのと違いすぎる』
『異世界の冒険者事情を聞くつもりが、魔王討伐史を聞かされている』
『これ、冒険者協会の研究部門に見せたほうがいいんじゃないか?』
『魔王が善悪じゃなくて立場の名前っていうのは面白いな』
『異世界にも政治や勢力争いがあるってことか』
『先生、まだまだ話の引き出しありそう』
静はコメントを眺め、思わず苦笑した。
「……なんだか、最初に想像していた雑談配信とは、ずいぶん違う方向に来ちゃったわね」
「そうですか? 私は楽しいですよ?」
「あなたはそうでしょうね……」
静は、隣の妖精を見てため息をついた。
まだ配信を始めてから、それほど時間は経っていない。
それなのに、異世界の冒険者のレベル事情から、数千年という寿命、さらには魔王討伐の経験談まで飛び出してしまった。
この調子で話を続けていたら、いったいどこまで新しい話が出てくるのだろう。
静は少しだけ不安になりながらも、次の質問を考え始めるのだった。




