「アイドル活動でしょうか!? 面白そうですね!」
翌日。
昨日の配信を終えた乙羽たちは、いつもどおり学校へ登校していた。
4階層での魔法キャンセルの実演に、巨大化したフェンちゃん。今回も規格外な出来事はいくつもあったが、配信そのものは大きなトラブルもなく終わっている。
少なくとも、乙羽たちはそう思っていた。
ところが、昼休みが終わる頃になって、柳のもとに呼び出しの連絡が届いたのだ。
「……また呼び出しかよ」
連絡を確認した柳が、露骨に嫌そうな顔をした。
「えっ、えぇっ!? また怒られるぅ?」
隣で聞いていた乙羽が、びくりと肩を震わせる。
「いや、昨日の配信はまぁ、規格外なのは今回もだったが、そこまで注意される内容ではなかったはずだ」
「そ、そうなのぉ……?」
「ああ。魔法キャンセルも、フェンちゃんがでっかくなったのも、今さらっちゃ今さらだしな……。少なくとも、あたしたちが何かやらかしたわけじゃねえだろ」
柳はそう言いながら、スマートフォンの画面をもう一度確認した。
呼び出し場所は、生徒会室。
しかも、放課後に来るようにとのことだった。
「政宗パイセンとか瑠奈パイセンもコメントしてくれてたからな。感想とかじゃね?」
「そ、そうかなぁ……。でも、わざわざ呼び出すほどのことなのかなぁ……」
「まぁ、行けば分かるだろ」
柳はそう言って立ち上がったが、琴は少し考え込むように首を傾げた。
「……それで、わざわざ生徒会室に呼ぶか?」
「……それは、そうだな」
柳も思わず足を止めた。
ただの感想や雑談なら、廊下ですれ違ったときにでも話せばいい。わざわざ生徒会室に呼びつける理由としては、少し弱い気がする。
「うぅ……。やっぱり、何か怒られるのかなぁ……」
「だから、何もやらかしてねえって」
「でもぉ……」
「乙羽、考えても仕方ない。行こう」
琴に促され、乙羽は不安そうにうなずいた。
そして放課後。
3人が生徒会室を訪れると、そこには見覚えのある2人が待っていた。
「お、来た来たー!」
明るい声を上げたのは、五代瑠奈だった。
その隣には、落ち着いた様子で椅子に座るアリスの姿もある。
「あれ? 瑠奈パイセンに、アリスさん?」
柳が意外そうに目を瞬かせた。
てっきり、何かの注意を受けるのだと思っていたのだが、目の前の2人からは、少なくとも説教をするような雰囲気は感じられない。
「昨日はおつかれー! マジかっこよかったー!」
瑠奈は机に身を乗り出すようにして、満面の笑みを浮かべた。
「魔法を完成させずに攻撃するとか、あれ何!? しかも最後はフェンちゃんがあんなに大きくなるし! 配信、めっちゃ盛り上がってたじゃん!」
「え、えへへ……。ありがとぉ……」
乙羽は照れくさそうに笑った。
褒められるのは嬉しい。だが、こうして改めて話題にされると、やはり少し恥ずかしい。
「それで……今日は何の用なんだ?」
柳が本題を尋ねると、アリスは軽く咳払いをした。
「すまないね。今回はスカウトというか……学校の宣伝活動の依頼だね」
「……宣伝活動?」
柳が聞き返す。
予想していなかった言葉に、乙羽も琴もそろって首を傾げた。
「そうそうー! 私、広報担当なんだよー!」
瑠奈が元気よく手を挙げた。
「そこでっ! 今、一番この学校で人気のあるティンカーベルの出番ってわけー!」
「いや……」
柳は一瞬、言葉に詰まった。
それから、困惑した顔で瑠奈とアリスを交互に見た。
「……え? 何するん?」
「例えば、どのような活動をするのでしょうか?」
琴も落ち着いた声で尋ねる。
ただ宣伝と言われても、具体的に何をするのか分からない。まさか、校門の前でチラシでも配れという話ではないだろう。
そんな中、リーゼロッテがぱっと顔を輝かせた。
「アイドル活動でしょうか!? 面白そうですね!」
「ちょっ、先生ぇ!?」
乙羽が慌てて振り返る。
「い、いやいや、まだ何をするかも聞いてないからねぇ!?」
「そうなのですか? ですが、学校の宣伝ということであれば、歌や踊りなども効果的なのではありませんか?」
「いや、なんでそこでアイドルに飛ぶんだよ……」
柳が額を押さえた。
先生が興味を持ってくれるのはいい。だが、本人が楽しそうに話すほど、嫌な予感が強くなっていく。
乙羽はというと、すでに自分が何かのステージに立たされている光景を想像してしまっていた。
(また目立ちそうだよぉ……)
できることなら、学校では普通に過ごしたい。
配信でさえ、本人の希望とは裏腹に注目を集めてしまっているというのに、学校の公式な宣伝活動にまで参加することになったら、いったいどうなってしまうのだろう。
そんな乙羽の心配をよそに、瑠奈は指を1本立てた。
「ま、いきなりアイドル活動ってわけじゃないよ! まずはPVかなぁ」
「……PV?」
「そう! 冒険者育成学校の公式動画がほしいんだよねー!」
瑠奈は机の上に置いてあった資料を手に取り、3人に見せた。
「学校の紹介って、今までは施設の写真とか、授業風景を撮った動画が中心だったんだよね。でも、それだけだと、実際にどんな生徒がいて、どんなことを学べるのかって、なかなか伝わらないじゃん?」
「まぁ、確かに……」
柳は資料に目を落とした。
「そこで、実際に活動している生徒を起用したPVを作りたいって話になったんだ。ダンジョンでの活動も見せられるし、冒険者を目指す生徒たちにとっても、学校生活をイメージしやすくなるでしょ?」
アリスが補足するように説明した。
「もちろん、安全面や撮影内容については学校側で確認する。無理なことをさせるつもりはないよ。君たちには、普段の活動や訓練の様子を見せてもらえればと思っている」
「なるほど……。つまり、あたしたちの配信を見て、学校の宣伝にも使えると考えたわけか」
「そういうこと!」
瑠奈は大きくうなずいた。
「昨日の配信を見て、ティンカーベルってすごくいいなって思ったんだよねー! みんな個性があるし、実際にダンジョンで活動してるし、何より見ていて面白い! 学校の魅力を伝えるなら、ぴったりだと思うんだ!」
「うーん……」
柳は腕を組み、少し考え込んだ。
学校の宣伝という目的自体は分かる。自分たちの活動が役に立つのなら、協力することそのものに抵抗はなかった。
ただ、気になることもある。
「それって、公式動画なんだよな? あたしたちの配信とは別に撮影するってことか?」
「うん! 撮影用に別で作る予定だよ。もちろん、君たちの配信映像を使いたい場合は、ちゃんと許可を取るからね!」
「そこは大事だな……」
柳はうなずいた。
琴も資料を受け取り、内容を確認している。
「撮影時間や公開範囲、使用する映像については、事前に決めておきたいですね」
「もちろん! そのへんはこれから相談して決めるつもり!」
瑠奈は元気よく答えた。
そして、今度は乙羽のほうへ顔を向ける。
「で、どうかな? ティンカーベルのみんなに、ぜひ協力してほしいんだけど!」
「え、えっとぉ……」
乙羽は困ったように視線を泳がせた。
学校の宣伝に協力する。それ自体は悪い話ではない。
けれど、公式動画となれば、いつもの配信以上に多くの人の目に触れる可能性がある。
しかも、学校が自分たちを起用したいと考えるほど、ティンカーベルの知名度が上がっているということでもある。
「……これ、断ったらダメなやつ?」
柳が、どこか遠い目をしながら尋ねた。
「いやいや、そんなことないよー! もちろん、本人たちの意思が一番大事だからね!」
瑠奈は慌てて両手を振った。
「ただ、せっかくの機会だし、前向きに考えてくれたら嬉しいなーって!」
「……そういうことなら、まずは詳しい話を聞いてからだな」
柳はため息交じりに答えた。
「撮影内容も分からないうちに、はい、やりますとは言えないだろ」
「うんうん、それでいいよ! 今日はまず相談ってことで!」
瑠奈はにこにこと笑っている。
その横で、アリスも穏やかにうなずいた。
「こちらとしても、君たちの意向を無視して進めるつもりはない。条件を整理して、改めて正式に依頼するよ」
「分かりました。こちらも、みんなと相談してから返事をします」
「……ところでさ!」
ひととおりPVの説明を終えた瑠奈が、ぱっと顔を上げた。
「個人的なお願いなんだけど、フェンちゃんに乗ってみたいなーって!」
「……は?」
柳が目を細めた。
「待て待て。なんで今その話になるんだよ」
「だって、あんなに大きなフェンリルだよ!? 乗ってみたいじゃん!」
「いや、気持ちは分からなくもねえけど……」
「待て、瑠奈。私も乗りたい」
横からアリスまで口を挟んだ。
「アリスも!?」
「当然だろう。あれほど立派なフェンリルに乗れる機会など、そうそうないからね」
「ちょっとー! じゃあ、2人で乗せてもらおうよ!」
「……お前ら、完全にそれが目的になってないか?」
柳が呆れたようにため息をつく。
乙羽はというと、2人の勢いに押されながらも、困ったように笑っていた。
「えっとぉ……フェンちゃんが嫌じゃなければ、いいと思うよぉ?」
「ほんと!? やったー!」
瑠奈が歓声を上げた。
「ふふ、ありがとうございます。フェンちゃんも喜ぶと思いますよ」
リーゼロッテも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、放課後にでも行きましょうか。フェンちゃんのところまで案内しますね」
「よろしくお願いしまーす!」
「私からも頼むよ」
こうして、学校の公式PVについて話し合うはずだった生徒会室では、いつの間にかフェンちゃんに乗る約束まで決まってしまったのだった。
放課後。
乙羽たちは瑠奈とアリスを連れ、フェンちゃんのもとへ向かった。
そして、巨大化したフェンちゃんを目の前にした2人は――。
「うわぁぁぁっ! すっごーい!!」
「これは……想像していた以上だね」
瑠奈は目を輝かせ、アリスも感嘆の声を漏らした。
その後、2人は念願のフェンちゃんの背中へ。
ふわふわの毛並みに大喜びする瑠奈と、最初こそ平静を装っていたものの、乗り心地のよさに思わず表情を緩めるアリス。そんな2人を見て、乙羽たちも自然と笑顔になる。
ひとしきり楽しんだあと、瑠奈は名残惜しそうにフェンちゃんを振り返った。
「いやー、最高だった! これ、絶対みんなにも体験してほしいなー!」
「……それは、PVに使うという意味か?」
柳がすかさず尋ねる。
「んー、どうしよっかなー?」
瑠奈は悪戯っぽく笑った。
「ま、それはみんなが出演を引き受けてくれてから考えようかな!」
「結局そこにつながるのかよ……」
柳はまたしてもため息をついた。
帰り際、瑠奈は乙羽たちに向き直った。
「じゃあ、PVの件はみんなで相談してみてね! 返事、待ってるから!」
「はい。分かりました」
琴が答えると、瑠奈とアリスは満足そうにうなずいた。
こうして、2人はフェンちゃんとの楽しい時間を終え、学校の宣伝企画については正式な返事を待つことになったのだった。




