「先生も一緒に学校行くのぉ?」
その日の夜。
音無家のリビングでは、すっかり家に馴染んだリーゼロッテが、テーブルの上でお茶を飲んでいた。
「リーゼロッテちゃん、お茶のおかわりはいかが?」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「お菓子もあるから、遠慮しないで食べてね。あらあら、こんなに小さいのに、ちゃんとお茶も飲めるのねぇ」
「はい。妖精ですので」
「うふふ、かわいいわねぇ」
奏は目を細めながら、リーゼロッテの前に新しいお茶菓子を置いた。
リーゼロッテも特に遠慮することなく、出されたお菓子を受け取っている。
乙羽はソファーに座り、その様子をぼんやり眺めていた。
(先生、もう普通にうちの子みたいになってるぅ……)
ついさっきまで、地球のステータスがおかしいだの、自分の振りをしていた誰かがいるのではないかだのと、頭を抱えていたのが嘘のようだ。
リーゼロッテは相変わらず落ち着いているし、奏はすっかり妖精をかわいがっている。
その向かいでは、静がテーブルに肘をついていた。
「それで、乙羽の進路なんだけど」
「ふぇっ? し、進路?」
「そう。今日、適性試験を受けたでしょ。だったら、冒険者育成学校への進学も考えてみたら?」
「ええっ!?」
乙羽は思わず背筋を伸ばした。
「ぼ、冒険者育成学校って……私、普通の高校に行くつもりだったんだけどぉ……」
「普通の高校に進むのもいいけど、せっかく魔法師の適性が出たんだから、選択肢を増やしておいて損はないでしょ?」
「そ、それはそうかもしれないけどぉ……」
静は真面目な顔で続けた。
「神奈川冒険者育成学校なら、通うのにも困らないし。冒険者になるかどうかは、入学してから考えたっていいんだから」
「うぅ……」
乙羽は困ったように視線を泳がせた。
冒険者になるつもりなんて、今のところない。異世界では散々いろいろな経験をしたのだから、地球ではできるだけ普通に暮らしたいと思っていた。
けれど、静の言うことにも一理ある。
魔法が使える以上、地球の魔法やダンジョンについて学んでおくのは無駄ではないだろう。何より、知らないことが多すぎるのも事実だった。
すると、テーブルの上でお茶を飲んでいたリーゼロッテが、そっと手を挙げた。
「静さん、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん? なに?」
「その学校に乙羽が通うことになった場合、私も一緒に行けば、昼間も乙羽と一緒にいられるのですか?」
「ええ。妖精も登録すれば、同行できるんじゃないかな。詳しい手続きは確認が必要だけど」
「そうなのですね!」
リーゼロッテの表情がぱっと明るくなった。
「それなら、ぜひ乙羽と一緒に通いたいです」
「せ、先生ぇ……」
乙羽は思わず顔を覆った。
(先生、学校に行く理由が私と一緒にいたいからになってるぅ……!)
いや、気持ちは嬉しい。嬉しいのだけれど、これでは断りづらいではないか。
リーゼロッテは乙羽の顔を覗き込みながら、にこやかに尋ねた。
「乙羽、私と一緒に学校へ行くのは嫌ですか?」
「い、嫌じゃないよぉ! 嫌じゃないけどぉ……!」
「でしたら、問題ありませんね」
「そ、そういうことじゃなくてぇ……!」
乙羽があたふたしていると、奏が楽しそうに笑った。
「あらあら。乙羽、リーゼロッテちゃんと一緒なら、学校も楽しそうねぇ」
「お母さんまでぇ……!」
静はそんな二人を見て、小さく頷いた。
「よし。じゃあ、育成学校への申請を進めよう」
「えっ、もう決定なのぉ!?」
「まだ決定じゃないわよ。ただ、時間がないの」
静はスマートフォンを取り出し、画面を確認した。
「神奈川冒険者育成学校の最終締め切り、もうすぐだったはずよ。今までやっていたのは、進路の申請。適性試験はまた別なの」
「……え?」
乙羽は目をぱちぱちさせた。
「し、申請と適性試験って、別なのぉ?」
「そう。進学希望を出すことと、実際に冒険者としての適性を調べることは別の手続きなの。今日受けたのは、あくまで適性試験のほうね」
「そ、そうだったんだぁ……」
どうやら、地球の学校制度についても、まだまだ知らないことだらけらしい。
静は乙羽に向き直った。
「普通の高校に進む道も残ってる。でも、育成学校を希望するなら、早めに決めないと間に合わないわよ」
「うぅ……」
乙羽はソファーの上で小さくなった。
普通の高校に行って、普通の友達を作って、普通の生活を送る。
それが帰ってきてからの目標だったはずなのに、妖精の先生は家に馴染んでいるし、姉には冒険者育成学校を勧められているし、進路の締め切りまで迫っている。
(私、地球に帰ってきただけなのにぃ……。なんでこんなに忙しいのぉ……?)
テーブルの上では、リーゼロッテが新しいお菓子を手に取っていた。
「乙羽、こちらのお菓子もおいしいですよ」
「先生はちょっと緊張感持ってぇ……!」
リビングには、奏の楽しそうな笑い声が響いた。




