↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殴り賢者はバレている  作者: 七風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/247

「……先生、あんまり遠くに行かないでねぇ!」

4層へと足を踏み入れた乙羽たちを出迎えたのは、これまでの階層とはずいぶん違う光景だった。


 視界の先には、どこまでも続いているかのような広い草原が広がっている。風に揺れる草の向こうには小高い丘がいくつもあり、その合間を魔物たちが動き回っていた。


 空間に余裕があるため、魔法を使うにも動きやすそうだ。これなら、味方を巻き込む心配も少なく、乙羽もいろいろな魔法を試せるだろう。


「わぁ……。4層って、こんなに広いんだねぇ」


 乙羽は目を輝かせながら、周囲を見渡した。


「そうだな。3層までとはずいぶん雰囲気が違う。見通しがいい分、魔物の位置も把握しやすそうだ」


 琴が冷静に周囲を確認する一方、柳はさっそく武器を構えた。


「んじゃ、さっさと進もうぜ。せっかく広いんだし、ここなら乙羽も魔法を使いやすいだろ?」


「うん! 今日は、いろんな魔法を使ってみようと思ってるんだぁ」


「……いろんな魔法、ねぇ」


 柳は乙羽の言葉に、少しだけ不安そうな顔をした。


 これまでの戦闘を思い返せば、乙羽の魔法は威力が高い。本人は敵を拘束するつもりでも、実際には魔物を跡形もなく消し飛ばしてしまうことすらある。


 もっとも、乙羽自身に悪気はない。本人としては、できるだけ周囲に迷惑をかけず、味方の役に立ちたいだけなのだ。


「乙羽、今回は威力を抑える練習も兼ねてみたらどうだ?」


 琴が提案すると、乙羽は元気よくうなずいた。


「うん! そうするねぇ。えっとぉ……まずは、風魔法で魔物をちょっと浮かせてみようかなぁ」


「ちょっと、な……?」


 柳が念を押すようにつぶやいたが、乙羽は気づいていない。


 少し離れた草原では、角の生えたウサギ型の魔物が数匹、草を食んでいた。その近くにはゴブリンの姿もある。


 乙羽はその中から、こちらに気づいて近づいてきた魔物を狙った。


「じゃあ、いくよぉ……!」


 乙羽が手をかざす。


 詠唱はない。彼女の周囲を淡い風が渦巻いたかと思うと、次の瞬間、魔物たちの足元から強い上昇気流が巻き起こった。


 ――ヒュオオオオッ!


「えっ?」


 乙羽が目を丸くした。


 魔物たちの身体が、地面からふわりと浮き上がる。


 そこまでは、狙いどおりだった。


 問題は、そのあとだった。


 風の勢いは乙羽が想定していたものより、はるかに強かった。浮き上がった魔物たちは、そのまま草原の上空へと勢いよく打ち上げられていく。


 ゴブリンも、角ウサギも、まとめて空の彼方へ。


「えっ、えええっ!? た、高い! 高すぎるよぉ!」


 乙羽は慌てて手を下ろしたが、すでに魔物たちはかなりの高さまで上昇していた。


 やがて風の勢いが弱まり、魔物たちは重力に引かれて落下を始める。


 ドサッ、ドサドサッ!


 草原に落ちた魔物たちは、そのまま動かなくなった。


「…………」


 乙羽は、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。


「……おい、乙羽」


「は、はいっ!?」


「今の、ちょっと浮かせるつもりだったんだよな?」


「そ、そうだよぉ! ほんのちょっとだけ、浮かせようと思ったのにぃ……!」


 柳は額に手を当てた。


「なんで空まで飛んでいくんだよ……」


「わ、わたしにも分からないよぉ……。ちゃんと弱めにしたつもりだったのにぃ……」


 琴は落ち着いた様子で魔物の状態を確認し、それから乙羽へと視線を戻した。


「……威力の調整が、まだ難しいようだな」


「うぅ……。もっと練習しないとぉ……」


 乙羽はしょんぼりと肩を落とした。


 その様子を見ていたリーゼロッテは、くすりと笑った。


「乙羽、魔法の出力を抑えることも大切ですが、どの程度の力が必要なのかを把握することも重要ですよ」


「そ、それは分かってるんだけどぉ……」


「焦る必要はありません。少しずつ慣れていきましょう」


「うん……。先生、ありがとう……」


 乙羽は気を取り直すように顔を上げた。


 その一部始終は、当然ながら配信にも映っていた。


『ちょっと浮かせるとは』

『ちょっとの基準が壊れてるw』

『魔物が流れ星みたいに飛んでったんだが』

『いや、あの高さから落ちたら普通に危ないだろ……』

『本人めっちゃ困ってるの草』

『乙羽ちゃん、魔法の出力調整は苦手なのかな』

『でも一瞬で複数倒したのはすごい』

『威力を抑えようとしてこれなの、逆に怖いw』


『マサムネ:対象を拘束する目的なら、上昇速度を抑える必要がありそうだな。とはいえ、複数体を同時に捉えた制御精度は見事だ(500円)』


「えっとぉ……。ありがとうございます、政宗さん……。でも、できれば普通に浮かせたかったんだけどなぁ……」


 乙羽は困ったように笑った。


 すると、別のスパチャも飛び込んできた。


『ねこまる:魔法の威力調整って難しいんだな……。次はうまくいくといいね!(300円)』


「うん! 次は、もうちょっと上手にやってみるねぇ」


 乙羽が画面に向かって手を振ると、コメント欄には応援の言葉が増えていった。


『がんばれー!』

『失敗しても次がある!』

『ただし次も空まで飛ばす可能性』

『それはそれで見たいw』


「も、もう! 次はちゃんとするもん!」


 乙羽が頬を膨らませると、柳が横から口を挟んだ。


「まあ、魔法が難しいなら、いつもどおり殴ればいいんじゃねえの?」


「えぇっ!? そ、それは……」


「いや、実際に強いだろ。乙羽の拳」


「う、うーん……。でも、せっかく魔法を使えるんだから、もうちょっと上手になりたいよぉ……」


 乙羽は真剣な顔で答えた。


 どうやら本人は、本気で魔法の練習をしたいらしい。


 その気持ちを汲んだのか、リーゼロッテが一歩前に出た。


「では、私たちが魔物を集めてきましょうか。乙羽たちは、そこで待っていてください」


「集めるって……どうやって?」


 柳が尋ねると、リーゼロッテはにこりと微笑んだ。


「簡単ですよ。フェンちゃん、行きましょう」


「わふっ!」


 リーゼロッテの足元にいたフェンちゃんが、元気よく鳴いた。


 2人は草原の奥へと歩いていく。フェンちゃんは鼻を動かしながら周囲の匂いを探り、リーゼロッテは魔物の気配を確かめるように視線を巡らせていた。


「……先生、あんまり遠くに行かないでねぇ!」


「大丈夫ですよ。すぐ戻りますから」


 リーゼロッテは振り返り、軽く手を振った。


 そして、魔物の群れを見つけると、フェンちゃんと一緒にそちらへ向かっていった。


 最初に見つけたのは、ゴブリンの集団だった。さらにその先には角ウサギや、見慣れない小型の魔物もいる。


 リーゼロッテはそれらを見渡すと、楽しそうに微笑んだ。


「ちょうどいいですね。それでは、少しだけ失礼します」


 彼女が指先を軽く動かす。


 すると――。


 ふわり。


 ゴブリンたちの足が、地面から離れた。


 続いて角ウサギも、別の魔物たちも、次々と宙へ浮かび上がっていく。


『ギャッ!?』

『ギャギャッ!?』


 魔物たちは慌てて手足をばたつかせたが、地面へ戻ることはできない。


 リーゼロッテはその様子を眺め、満足そうにうなずいた。


「はい。これで集まりましたね」


 フェンちゃんも、宙に浮かぶ魔物たちを見上げて、楽しそうに尻尾を振っている。


 リーゼロッテは、そのまま魔物たちを連れて乙羽たちのもとへ戻り始めた。


 ただし、彼女が連れてきたのは、最初に見つけた数匹だけではなかった。


 道中で見つけた魔物も、目に入った魔物も、気づけば片っ端から浮かせていたのである。


 乙羽たちのところへ戻ってきた頃には、頭上に浮かぶ魔物の数は数十匹にまで増えていた。


「…………え?」


 乙羽は、空を見上げたまま固まった。


「せ、先生……? それ、どうしたのぉ……?」


「魔物を集めてきました」


「いや、集めすぎだろ!?」


 柳が思わず叫んだ。


 琴も、さすがに驚きを隠せない様子で空を見上げている。


「……数十体を同時に拘束しているのか。しかも、あれだけ離れた場所から……」


「はい。乙羽たちが練習するのに、ちょうどいい数かと思いまして」


「ちょうどいいって……!」


 柳は言葉を失った。


 リーゼロッテにとっては、本当に大したことではないのだろう。浮かせた魔物たちは暴れているものの、彼女の魔法から逃れる気配はまったくない。


 そのうえ、リーゼロッテ自身は息ひとつ乱していなかった。


「では、まずはこちらを片づけましょうか」


 リーゼロッテが軽く手を振る。


 すると、宙に浮かんでいた魔物たちの動きが止まり、次々と魔力の光に包まれていった。


 光が弾けるたび、魔物の姿が消えていく。


 あっという間に、数十体いた魔物の大半が処理されてしまった。


 残った魔物たちは、まだ空中に浮かんでいる。


「……先生。今の、何をしたんだ?」


 柳が尋ねると、リーゼロッテは不思議そうに首を傾げた。


「普通に魔法で倒しただけですが?」


「普通って……」


「そうですよ。まとめて処理したほうが早いでしょう?」


 リーゼロッテは、何でもないことのように答えた。


 コメント欄が、一気に騒がしくなる。


『待って待って待って』

『数十体まとめて浮かせたぞ!?』

『さっきの乙羽ちゃんの魔法と規模が違いすぎるw』

『先生、魔法の先生っていうか魔法そのものが違う』

『あれだけの数を同時に制御してるの、どういうこと?』

『しかも息切れひとつしてないんだが』

『フェンちゃんも普通に見てるのかわいい』

『先生の「普通に」が一番信用できない』


『アリス:あの数を同時に拘束して、さらに攻撃へ移行するとは……。魔力制御も処理速度も、常識的な範囲を超えているわね(500円)』


『マサムネ:対象の選別、拘束、攻撃をほぼ連続して行っている。少なくとも、今の映像だけでは魔法の全容を判断できないな(500円)』


「ありがとうございます。ですが、特別なことはしていませんよ?」


 リーゼロッテが穏やかに答えると、コメント欄にはさらに困惑の声が増えた。


『特別なことしてない人は数十体まとめて倒さないんよ』

『先生の基準どうなってるのw』

『地球の魔法使いが見たら卒倒しそう』

『これが異世界の魔法なのか……?』


 リーゼロッテは残った魔物たちを見て、ふと思いついたように乙羽たちへ視線を向けた。


「そうですね。残りは、乙羽たちにお任せしましょうか」


「えっ? あ、うん……?」


 乙羽が返事をするより早く、リーゼロッテは指先を軽く弾いた。


 次の瞬間、残っていた魔物たちが一斉に前方へ飛んでいった。


「えっ、ちょっ!?」


 ゴブリンたちが風を切りながら、乙羽たちのほうへ迫ってくる。


「先生ぇぇぇ!?」


「ははっ! そう来るかよ!」


 柳は笑いながら武器を構え、琴もすぐに戦闘態勢へ移った。


「乙羽、来るぞ!」


「う、うんっ!」


 乙羽は慌てて拳を握った。


 飛んできた魔物の1体が地面に着地するより早く、乙羽が踏み込む。


「えいっ!」


 ドンッ!


 拳が魔物に命中し、その身体が吹き飛んだ。


 続けて、もう1体。


「それっ!」


 ドゴッ!


 こちらも一撃で戦闘不能になる。


 乙羽は魔法を使うのをいったん諦め、次々と迫る魔物たちを拳で迎え撃った。


 柳が横から斬り込み、琴が動きを見極めて確実に仕留める。3人の連携は滑らかで、魔物たちは次々と倒れていった。


「……やっぱり、乙羽は殴ってるときが一番迷いがないな」


 柳が感心したようにつぶやく。


「そ、そんなことないよぉ! わたしだって、魔法も頑張るもん!」


「はいはい。期待してるって」


「もぉ……!」


 乙羽は頬を膨らませながらも、迫ってきたゴブリンをきれいな一撃で吹き飛ばした。


『結局殴るんかいw』

『殴り賢者、今日も健在』

『魔法の練習をしに来たはずでは?』

『でも拳の威力もおかしいんだよなあ』

『柳と琴のフォローもいい感じ』

『3人とも動きが噛み合ってるな』


『ねこまる:魔法もすごいけど、やっぱり乙羽ちゃんの拳が一番安心して見られるの不思議だなw(500円)』


「えへへ……。ありがとうございますぅ」


 乙羽は照れくさそうに笑った。


 やがて、最後の魔物が倒れる。


 草原には再び静けさが戻り、戦闘の終わりを確認した柳が、ゆっくりと武器を下ろした。


「……ふぅ。ひとまず片づいたな」


「うん。みんな、お疲れさまぁ」


 乙羽も息を整えながら、仲間たちを見回した。


 リーゼロッテはというと、最初から最後まで涼しい顔のままだった。フェンちゃんも彼女の足元に戻り、尻尾を振りながら乙羽たちを見上げている。


 柳はそんなリーゼロッテをじっと見つめ、どうにも気になっていたことを口にした。


「……なあ、先生」


「はい、何でしょう?」


「さっきの魔法、あれだけの魔物をまとめて浮かせて倒したんだよな? 魔力とか、大丈夫なのか?」


 リーゼロッテは、きょとんとした顔をした。


「え? 0.1%も使ってませんが?」


「…………は?」


 柳が固まった。


 琴も、思わずリーゼロッテを見つめる。


「……0.1%も、ですか?」


「はい。あれくらいでしたら、ほとんど魔力を消費しませんよ」


 リーゼロッテは、あっさりと言い切った。


 乙羽は「さすが先生ぇ……」と感心していたが、柳は額を押さえていた。


「いやいやいや! あの数をまとめて処理して、0.1%も使ってないって、どういうことだよ!?」


「どういうこと、と言われましても……。そのままの意味ですが」


「そのままの意味で納得できるか!」


 柳の叫びが、草原に響き渡った。


『0.1%www』

『残り99.9%あるってこと!?』

『先生、魔力の桁が違うんじゃないか』

『あの規模でほぼ無消費は意味わからん』

『乙羽ちゃんの出力調整も大概だけど先生は別方向におかしい』

『このパーティー、戦力のバランスどうなってるんだw』


『マサムネ:本人の申告どおりなら、魔力量だけでなく、魔法の効率も相当に高いことになる。現状の地球の常識では測りきれないな(1,000円)』


『アリス:……あの魔法を0.1%未満で使えるなら、残りの魔力で何ができるのか想像もつかないわね(1,000円)』


 コメント欄には驚きと笑いが入り混じり、次々と反応が流れていく。


 乙羽は画面を見て、少し困ったように笑った。


「えっとぉ……。先生は、すごいんだよぉ。わたしも、もっと頑張らないとねぇ……」


「乙羽はもう少し、魔法の出力を調整できるようになるとよいですね」


「うぅ……。は、はい……」


 リーゼロッテに穏やかに言われ、乙羽はしゅんと肩を落とした。


 それでも、落ち込んでばかりはいられない。


 自分の魔法が思ったとおりに扱えないのなら、練習するしかないのだ。拳で戦うのは得意だけれど、せっかく魔法を使えるのだから、もっと上手に使えるようになりたい。


 乙羽は小さく拳を握り、気合いを入れ直した。


「よぉし……! 次こそ、ちゃんと調整してみせるからねぇ!」


「おう、その意気だ!」


 柳が笑いながら応じ、琴も静かにうなずいた。


 4層の攻略は、まだ始まったばかり。


 草原の向こうには、さらに多くの魔物の気配がある。乙羽たちはそれぞれの武器を構え直し、次の戦いへ向けて歩き出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。