「そっかぁ……。じゃあ、すこーしだけね」
# 第43話 3回目の配信、まずは3層から
「よーし、今日も行くぞ!」
柳の声に、琴が頷いた。
「うん。まずはこの先の広間だね」
「そうですね。3層は通路が入り組んでいますから、分岐を間違えないようにしましょう」
先生が地図を確認しながら答える。
「よろしくねぇ。フェンちゃんも、お願いねぇ」
「わふっ!」
乙羽に撫でられたフェンちゃんが、元気よく尻尾を振った。
『配信きた!』
『例の切り抜きから来ました』
『柳ってこの子? 確かに口調きついな』
『切り抜きだけで判断するなって。とりあえず配信見てから言え』
『いや、実際に言い方が悪いのは事実だろ』
『始まって数秒で喧嘩すんなw』
配信開始早々、コメント欄では早くも言い争いが始まっていた。
柳はちらりとコメントを見て、鼻を鳴らす。
「おーおー、今日も元気だな。攻略を見に来たんじゃねえのかよ」
「柳ちゃん、気にしなくていいよぉ」
「気にしてねえよ。好きに言わせとけ」
「……柳は、いつもどおりだね」
琴が淡々と付け加えた。
「お前、それ褒めてんのか?」
「別に」
『琴ちゃんの冷静な返し好き』
『いつもどおりって言われてるぞw』
『本人が気にしてないならいいんじゃない?』
『いや、配信なんだから言葉遣いくらい考えろよ』
「ほら、また始まった」
柳は肩をすくめ、先へ進み始めた。
「いつまでもここで立ち話してても仕方ねえだろ。行くぞ!」
「はぁい」
乙羽たちも後に続く。
しばらく進んだところで、フェンちゃんがぴたりと足を止めた。
「わふっ」
「敵か?」
柳が剣に手をかける。
フェンちゃんが通路の先を見つめると、曲がり角からゴブリンが3体現れた。先頭の1体は大きな盾を持ち、残りの2体が左右に散っている。
「正面はあたしがやる。琴、右を頼む!」
「了解」
柳が一気に距離を詰めた。
盾持ちのゴブリンが身構える。柳は正面からぶつかることなく、踏み込みの直前に軌道を変えて盾の端へ回り込んだ。
一方、琴の前には2体のゴブリンが迫っていた。
1体の棍棒をかわしたものの、もう1体が横へ回り込む。
『琴ちゃん、左から来てる!』
『そのままだと挟まれるぞ!』
『いったん下がって、2体の動きを揃えたほうがいい!』
琴の視線が一瞬だけコメントの方向へ動いた。
「……助かる」
琴は踏み込まずに後退した。追ってきた2体の動きが重なった瞬間、片方の攻撃を受け流し、もう片方の懐へ入り込む。
短い一撃で、1体が崩れ落ちた。
「ナイス、琴!」
柳も盾持ちの脇へ回り込んでいた。相手が盾を動かした隙に剣を振るい、体勢を崩したところへとどめを刺す。
残る1体も、琴の追撃を受けて倒れた。
「よし、終わり!」
柳が剣を払う。
『今の連携いいな!』
『琴ちゃん、コメントの助言をちゃんと使ったね』
『柳の盾の抜け方も上手かった』
『でも柳、最後の一撃ちょっと大振りじゃなかった?』
『結果オーライだろ。倒せてるんだから』
『いや、避けられたら隙になるって話だろ』
「お、戦い方の話になってきたな」
柳がコメントを眺める。
「最後の一撃は、ちょっと振りすぎたかもな。次は気をつけるわ」
「うん。あそこはもう少し剣を引いてもよかったと思う」
琴も頷いた。
「お前もそう思ったのかよ。終わってから言うなって!」
「戦闘中に言ったら、柳は余計に勢いづきそうだから」
「どういう意味だ!」
『琴ちゃん、柳の扱いを分かってるw』
『今の反省をすぐ口にできるのはいいな』
『批判してる人も、こういうところ見てから判断すればいいのに』
『いや、戦闘が上手いことと普段の態度は別問題だろ』
『はいはい、また始まった』
乙羽は柳と琴を見比べ、ふわりと笑った。
「2人とも、かっこよかったよぉ」
「お、ありがとな!」
「乙羽も見ててくれたんだね」
「うん。柳ちゃん、盾の横を抜けたところ、きれいだったぁ」
「だろ? ああいう相手は正面からやり合う必要ねえんだよ」
「でもぉ、口はちょっと悪いけど、柳ちゃんって頼りになるよねぇ」
「……おい」
柳の笑顔が止まった。
「それ、褒めてんのか?」
「えぇ? 褒めてるよぉ?」
「口はちょっと悪いって、余計な一言がついてんだろうが!」
「でも、悪いよねぇ?」
「琴、お前からも何か言え!」
琴は少し考えたあと、真面目な顔で答えた。
「……事実ではあると思う」
「お前まで言うな!」
『口はちょっと悪いwww』
『仲間公認で草』
『擁護してるようで追撃してるじゃんw』
『いや、でも頼りになるって言ってるんだからいいだろ』
『柳の実力は認めてるんだよな』
『乙羽ちゃん、無自覚に刺してくるタイプか?』
『切り抜きで見た印象と違って、普通に仲いいんだな』
『ミケ:みんなの連携よかった! 乙羽ちゃんもちゃんと見守ってたね!(100円)』
「ほらぁ、みんな笑ってるよぉ」
「お前のせいだろ!」
柳が声を上げると、琴が口元を押さえて笑った。
「……ふふっ」
「琴まで笑うな!」
『柳ちゃん、今日も大変そう』
『こういうやり取り見たかったんだよ』
『でも本人が嫌がってるなら、いじりすぎるのもどうなんだ?』
『本人たちが普通に話してるんだから、外野が決めつけるなよ』
コメント欄は、柳の態度をめぐる議論と、3人のやり取りを面白がる声で入り乱れていた。
先生はそんな様子を眺め、乙羽にそっと声をかけた。
「乙羽、少しは配信で実力を見せられそうですか?」
「んぅ……そうだねぇ。もうちょっと動いてみようかなぁ」
「いいと思いますよ。あなた、殴りは解禁したはずでしょう?」
「でもぉ、殴り賢者ってまた言われるかもぉ……」
「それでも初見の方は、まだあなたの実力を知りません。ただの女の子だと思っているでしょうから、少しだけ見せればいいのですよ」
「そっかぁ……。じゃあ、すこーしだけね」
「ええ。すこーしだけで」
先生は穏やかに微笑んだ。
「……先生、絶対わかってて言ってるでしょぉ」
「何のことでしょう?」
先生はすました顔で首を傾げた。
乙羽はじっと先生を見つめたものの、何を言ってもはぐらかされそうな気がして、小さく頬を膨らませた。
『先生、乙羽ちゃんに何を吹き込んでるんだw』
『殴り賢者の出番が近い?』
『乙羽ちゃんって戦闘しないの?』
『さっきから見てるけど、普通に仲間を応援してる子にしか見えない』
『この子まで炎上ネタにするのはやめてやれよ』
『リリエル:先生、今日も素敵です! フェンちゃんもかわいい!(500円)』
「お、先生のファンもいるんだな」
柳がコメントを見て笑う。
「ありがたいことですね。フェンちゃんも喜んでいますよ」
「わふっ!」
先生に撫でられたフェンちゃんが、嬉しそうに鳴いた。
『フェンちゃん、今の絶対分かってるだろ』
『先生とフェンちゃんのセット、癒やしすぎる』
『今日もフェンちゃんが元気でよかった』
『ふわふわ大好き:フェンちゃんへのおやつ代です! 先生もいつもありがとうございます!(1000円)』
「ふふっ。ありがとうございます。帰ったらフェンちゃんのおやつを少し増やしましょうか」
「わふっ!」
フェンちゃんは尻尾を振り、先生の足元にぴたりと寄り添った。
「おい、フェンちゃんのファンまでいるのかよ。人気者だなぁ」
柳が感心したように言うと、乙羽も嬉しそうに頷いた。
「フェンちゃん、かわいいもんねぇ」
「わふっ!」
『フェンちゃん推し、今日も集合してて草』
『この配信、先生とフェンちゃん目当てでも見られるのがいい』
「おい、次は乙羽も少し戦ってみるか?」
柳が振り返った。
「えぇ、いいのぉ?」
「自分から動こうとしてんだろ? だったら遠慮すんな」
「……うん。じゃあ、ちょっとだけ」
広間へ続く通路に入ったところで、角の向こうから角の生えたウサギが4体飛び出してきた。
「角ウサギか。こいつら、見た目のわりに突進が速いから気をつけろよ」
柳が注意を促す。
「琴、左の2体を頼む。あたしは右だ!」
「分かった」
2人が動き出す。
乙羽の前にも、角ウサギが1体、地面を蹴って突っ込んできた。
乙羽は半歩だけ横へずれ、ウサギの突進を避ける。
そして、ぽすっ。
軽く拳を当てた。
角ウサギは勢いを失い、その場にころんと転がった。
「……あれ?」
柳がちらりと振り返る。
「もう倒したのか?」
「うん。倒れちゃったぁ」
乙羽は転がった角ウサギを見下ろし、不思議そうに首を傾げた。
「んぅ……まだ手加減が必要なのかなぁ」
ぽろりとこぼれた一言。
柳が動きを止めた。
琴もこちらを振り返る。
『……今、手加減って言った?』
『え、まだ手加減してんの?』
『ちょっと待てwww』
『殴り賢者研究会、緊急招集』
『初見なんだけど、この子もしかして強いの?』
『いや、今のは普通に独り言だろ』
『普通の女の子は戦闘後に手加減の加減を気にしないんだよなあ』
『マサムネ:音無さん、今の一撃は見事だったな。相手の突進を避け、最小限の動きで仕留めている。だが、手加減については少々気になるところだ(1,000円)』
『アリス:乙羽さん、皆さんと一緒に楽しそうに攻略している姿が見られて嬉しいわ。今の一撃も見事だったわね。これからも応援しているわ(500円)』
「乙羽、お前……」
柳がじっと乙羽を見た。
「……どうしたのぉ?」
「いや、その顔しても誤魔化されねえからな?」
「えぇ? 誤魔化してないよぉ?」
「そういうところだよ!」
琴はコメントを眺めながら、そっと乙羽に声をかけた。
「……乙羽、今のは少しまずかったかも」
「えっ、どうしてぇ?」
「コメント、すごいことになってる」
乙羽は慌てて配信画面を見た。
流れていくコメントには、先ほどの一言を気にする声が次々と並んでいる。
「えぇ……。わたし、そんなに変なこと言ったかなぁ……?」
『いや、変というか情報量が多いw』
『乙羽ちゃん、今のは普通に気になるって!』
『本当に何も分かってない顔してるぞ』
『いや、分かってて誤魔化してる可能性もある』
『殴り賢者、奥が深すぎる』
『柳の炎上見に来たら、別の謎が生まれたんだが』
『柳の話をしに来たのに、乙羽ちゃんのほうが気になってきた』
『いや、だから柳の態度の話はどうなったんだよ』
『実力の話と炎上の話を混ぜるなって』
「おーい、乙羽。次も頼むぞ!」
柳が笑いながら声をかける。
「えぇ、まだやるのぉ?」
「自分から動くって言ったのはお前だろ!」
「そうだけどぉ……」
乙羽は転がった角ウサギをもう一度見下ろし、困ったように頬をかいた。
「失敗しないように、もうちょっと加減を考えないとだねぇ」
『また加減の話してるw』
『頼むからそれ以上しゃべらないでwww』
『乙羽ちゃん、今日の主役になりつつある』
『柳の炎上を見に来たら、殴り賢者の新情報が増えていく配信』
『ミケ:乙羽ちゃんの「ちょっとだけ」がどれくらいなのか、ますます気になってきた!(200円)』
『マサムネ:柳さんの件も含めて、実際に配信を見ることの大切さを感じるな。切り抜きだけでは分からないこともある。皆さん、引き続き攻略を見守っていこう(1,500円)』
「政宗さん、ありがとうねぇ」
乙羽は画面に向かってぺこりと頭を下げた。
けれど、コメント欄の勢いはまだ収まらない。
『乙羽ちゃん、次はどんな戦い方するんだろう』
『柳も琴もちゃんと実力あるし、普通に攻略配信として面白いんだよな』
『切り抜きだけじゃ分からないことってあるんだな』
『まあ、柳の口が悪いのは否定できないけどw』
『そこは本人も認めてるからなw』
乙羽は画面と柳を交互に見て、少しだけ困った顔をした。
「うーん……。とりあえず、次はもうちょっと上手にできるように頑張るねぇ」
「おう。期待してるぞ!」
柳が笑顔で答えた。
琴も小さく頷く。
「私たちも、引き続き周囲を確認しながら進もう。3層はまだ先が長いからな」
「はぁい!」
乙羽は元気よく返事をした。
その隣では、先生だけが相変わらず楽しそうに微笑んでいた。
こうして3回目の配信は、柳の態度をめぐる議論だけでなく、乙羽の底知れない実力にも注目が集まる展開となっていくのだった。




