「えー……? わたしたち、なにかしましたぁ……?」
放課後。
教室を出ようとした乙羽たちは、生徒会の使いだという生徒に呼び止められた。
「ティンカーベルの皆さん、生徒会長がお呼びです。生徒会室まで来てもらえますか?」
「えー……? わたしたち、なにかしましたぁ……?」
乙羽は鞄を抱えたまま、困ったように柳の顔を見た。
生徒会長に呼び出されるようなことをした覚えはない。少なくとも、乙羽自身にはまったく心当たりがなかった。
柳も腕を組んで少し考えていたが、すぐに面倒くさそうに肩をすくめる。
「さあな。呼び出されるようなことをした覚えはねぇけど」
「柳、昨日のことじゃない?」
琴がそう言うと、柳は思い出したように顔をしかめた。
「昨日? ああ、あれか。別に悪いことはしてねぇだろ」
「まだ何も聞いていないんだけど……」
「いや、ほら、なんか呼び出される理由がありそうな顔してんじゃん」
「どんな顔だよ」
「自覚がないのが一番怖いんだけど……」
琴が呆れたように息を吐く。
昨日の放課後、校門を出たところで大勢の人に囲まれたことは、もちろん乙羽も覚えている。柳が強い口調で追い払おうとしていたのも、しつこく撮影されていたのも事実だった。
けれど、あれは普通に帰ろうとしていただけなのだ。自分たちの行動に問題があったとは思えない。
とはいえ、呼び出された以上、何かしらの理由はあるのだろう。
「じゃあ、行ってみればいいんじゃないかな。会長さんにも用事があるんだろうし」
リーゼロッテはいつもどおり落ち着いた様子で言った。
足元ではフェンちゃんが、何事かといった様子で一同を見上げている。リーゼロッテの言葉が分かっているのか、尻尾を一度だけ振ってから、乙羽の足元へ寄り添った。
「はぁい……。怒られるようなことじゃないといいなぁ……」
「大丈夫だって。あたし、悪いことしてねぇし」
「柳ちゃんの場合、悪いことをしていなくても言い方で怒られそうなんだけどぉ……」
「おい、乙羽。それどういう意味だ?」
「そ、そのままの意味ですぅ……!」
乙羽は慌ててリーゼロッテの後ろに隠れた。
「ふふ。では、参りましょうか」
こうして一行は、生徒会室へ向かった。
◇
生徒会室で待っていたのは、生徒会長の如月アリスだった。
彼女はティンカーベルの面々が入室したのを確認すると、手元の端末を机に置いた。
「急に呼び出してごめんね。授業が終わったばかりなのに」
「いや、別にいいけどよ。で、用件は?」
柳が遠慮なく尋ねる。
アリスは苦笑しながら、端末の画面を彼女たちへ向けた。
「少し確認しておきたいことがあってね。みんな、SNSは確認しているかな?」
「してねぇな。あたしらの公式アカウントなんて、配信の告知くらいしかしてねぇし」
「私も、あまり見ていないかな。学校のDttubeは確認するけど」
琴もそう答えた。
乙羽は少し申し訳なさそうに頬をかく。
「わたしも、ほとんど見てないですぅ……。配信が終わったら、あとは普通に帰りたいですし……」
「私も自分のアカウントはありますが、あまり使っていませんね。フェンちゃんの写真を載せるくらいです」
「わふっ?」
自分の名前が聞こえたのか、フェンちゃんが顔を上げた。リーゼロッテに頭を撫でられると、嬉しそうに尻尾を振る。
「そう。じゃあ、これを見てもらえるかな」
アリスが再生したのは、昨日の放課後に撮影された動画だった。
校門を出たティンカーベルの面々が、周囲に集まってきた人々に囲まれている。撮影者は少し離れた場所から、その様子をずっと撮り続けていた。
映像の中では、柳が集まってきた人々に向かって、はっきりとした口調で言い放っている。
『おい、いつまでついてくるつもりだよ。こっちは帰るところなんだわ。撮りたいなら勝手に撮ればいいって話じゃねぇぞ』
その後も、柳は相手に食い下がられるたびに言葉を返していた。
『ちょっと話を聞くだけじゃん』
『だから、帰るっつってんだろ』
『そんな言い方しなくてもよくない?』
『じゃあ、いつまでついてくるつもりなんだよ』
映像には、周囲の人々が彼女たちを取り囲み、進行方向にまで回り込んでいる様子も映っていた。
しかし、動画は柳が強い口調で返答する場面を中心に切り取られている。投稿文には、彼女たちの態度を非難するような言葉が並んでいた。
――人気が出た途端にファンを見下す配信者。
――声をかけただけなのに、この態度。
――実力も分からない新人が調子に乗っている。
そんな印象を与えるような文章だった。
動画を最後まで見た乙羽は、困ったように眉を下げた。
「うーん……。これ、わたしたちが悪いみたいになってるんですかぁ?」
「投稿した人間は、そう見せたいんだろうね。動画そのものは昨日の出来事を撮影したものだけど、前後の事情を知らない人が見れば、柳さんたちが一方的に相手を怒鳴りつけているようにも受け取れる」
「いや、実際は向こうがずっとついてきてたんだよ。こっちは帰ろうとしてんのに、周りを囲んで撮影してくるし、話しかけてくるし。あれをいちいち相手してられるかっての」
柳は腕を組み、明らかに不機嫌な顔をした。
「そもそも、あいつら全員がファンだったかどうかも分からねぇだろ。野次馬みたいなのも混ざってたし、ただ面白がって撮ってるだけの奴もいた。あんなのに愛想よくしろって言われても無理だわ」
「柳の言い分も分かるよ。帰ろうとしている人を囲んで、撮影しながら質問を続けるのは、相手にも問題があると思う。けれど、動画を見た人が同じ事情を知っているとは限らないからね」
アリスは柳を責めるでもなく、落ち着いた口調で説明した。
「配信者として活動する以上、これからも同じようなことは起こり得る。みんなが見ているのは配信だけじゃないから。学校の外での様子や、何気ない会話まで撮影されて、SNSに投稿される可能性があるんだ」
「うへぇ……。配信してないときまで見られるのは嫌だなぁ……」
乙羽は肩を落とした。
配信中なら、見られることもコメントされることも分かっている。自分たちが配信を始めたのだから、それについてはある程度仕方がないと思っていた。
でも、学校から帰るところまで撮影されるのは別の話だ。
「それで、わたしたちはどうしたらいいんでしょう?」
乙羽が尋ねると、アリスは少し考えてから答えた。
「まずは、外での行動に気を付けてほしい。特に、学校の外で大勢に囲まれたり、しつこく撮影されたりした場合は、無理に相手をしないこと。必要なら学校にも連絡してほしい。学校側としても、今回の件については対応を考えるつもりだよ」
「まぁ、あたしらはただ配信するだけだしな。やることは変わらねぇ」
柳はあっさりと言い切った。
「ただ、学校の対応も甘いと思うけどね」
琴も静かに続ける。
「普通、配信者がほぼ学校にいるなら、警備員さんが仕事するよねぇ?」
乙羽が不思議そうに首を傾げた。
「えっと……わたしたち、学校に通ってるだけなんですけどぉ……。なんで帰り道まで気を付けなきゃいけないんでしょう……」
「ふふ、返す言葉がないね」
アリスは苦笑した。
「本来なら、みんなが安心して学校生活を送れるようにするのが学校の役目だからね。今回の件については、こちらでも対応を考えるよ。ただ、すべてのトラブルを未然に防げるわけではないから、みんなにも気を付けてほしいんだ」
「悪かったな、如月先輩」
柳はそう言ったものの、口調に反省の色はあまりなかった。
「柳さん、謝るところはそこじゃないと思うけど……」
「いや、まあ、気を付けろって話は分かった。だからって、あたしらが何でもかんでも我慢するつもりはねぇぞ」
「もちろん。理不尽なことまで我慢してほしいわけじゃないよ。危険を感じたらその場を離れること。無理に言い返そうとせず、必要なら周囲の人や学校に助けを求めること。それだけは覚えておいてほしい」
「それなら分かった」
柳は今度こそ頷いた。
アリスも、それ以上は追及しなかった。
今回の動画が広まったことで、ティンカーベルを知った人は増えただろう。けれど、それが必ずしも好意につながるとは限らない。
配信を楽しみにしてくれる人がいる一方で、面白半分に騒ぎを起こす人もいる。切り取られた映像だけを見て、事情を知らないまま批判する人もいるだろう。
今後も似たようなことが起こる可能性はある。
そのことだけは、全員が理解していた。
◇
生徒会室を出ると、乙羽はほっとしたように息を吐いた。
「はぁ……。なんだか疲れたぁ。わたし、普通にダンジョン攻略して帰りたいだけなのに……」
「なら、いつもどおりやればいいだろ」
「柳ちゃんは、もうちょっと言い方を考えてもいいと思うよぉ……」
「今さらだろ。あたしの口の悪さなんて、初めからだ」
「そこは開き直るところじゃないと思うけど」
琴が呆れたように言う。
「えー、でもよ。あたしが急に丁寧な言葉遣いになったら、それはそれで気持ち悪くねぇか?」
「それは……否定できないかもしれないけど」
「琴ちゃんまでぇ……!」
乙羽が思わず声を上げると、柳は楽しそうに笑った。
「ほらな。あたしはこのままでいいんだよ」
「よくないと思いますぅ……」
「まあまあ。皆さん、あまり気にしすぎないことですよ」
リーゼロッテが微笑みながら言った。
「配信は、見てくださる方々に楽しんでもらうためのものです。全員に好かれることまで考えていては、疲れてしまいますからね」
「先生、それはそうなんだけどぉ……」
「見たい人に見てもらえばいい。そういうことでしょう?」
リーゼロッテの言葉に、柳は満足そうに頷いた。
「そうそう。あたしらは自分たちがやりたいことを見せるために配信してんだ。誰にでも好かれようとして始めたわけじゃねぇし、今回の騒ぎで方針を変えるつもりもねぇよ」
「うん。もちろん、周りに迷惑をかけないようにするのは大事だけどね」
琴が補足する。
「そうだな。そこは気を付ける。けど、必要以上にへりくだるつもりもねぇ」
「はぁい……。わたしも、普通に攻略して、普通に帰りたいですぅ……」
「乙羽は、まず普通に魔法を使えるようになるところからじゃないか?」
「うっ……!」
「柳、それは言わないであげて」
「琴ちゃん、ありがとう……!」
乙羽がほっとしたのも束の間、琴は続けた。
「でも、確かに魔法の加減は練習した方がいいと思うよ」
「琴ちゃんまでぇぇ……!」
乙羽の悲鳴が廊下に響き、リーゼロッテは楽しそうに笑った。
彼女たちにとって、配信は自分たちの活動を見てもらうためのものだ。騒ぎが起きたからといって、やりたいことをすべて諦めるつもりはない。
見たい人に見てもらえばいい。
その考えは、今も変わっていなかった。




