「え、ええっ!? あ、あのぉ……」
序列戦についての話もひと段落し、乙羽たちは帰宅することになった。
毎日配信しているわけでもないし、序列戦が終われば、しばらくは平穏な日常に戻れる。乙羽としては、そんな期待を抱いていたのだが――。
「……なんで、こんなことになってるんだよ」
学校を出ようとした柳が、校門付近の光景を見て足を止めた。
そこには、明らかに生徒ではない人々が集まっていた。校門から出てくる生徒たちを眺め、誰かを探すように視線を動かしている。そのうちの何人かが乙羽たちの姿を見つけると、途端に表情を明るくした。
「あっ、いた! ティンカーベルだ!」
「本物だ! 配信で見たときと同じだ!」
「すみません、ちょっといいですか!」
「この前のパーティー配信、すごく面白かったです!」
あっという間に、何人もの人が乙羽たちを取り囲むように集まってきた。
「えっ、ええっと……?」
乙羽は突然のことに目をぱちぱちさせた。
琴も戸惑ったように周囲を見回し、どうしたらいいのか分からない様子で乙羽の袖をそっとつまんでいる。
「ど、どうしよう……。こんなにたくさん……」
「うーん……。ファン、なのか?」
柳は困ったように頬をかいた。
過去2回のパーティー配信でティンカーベルの名前が知られたのは分かっている。学校の場所もすでに世間に知られている以上、こうして見に来る人が出てくること自体は、ある程度予想できた。
相手も最初は、ただ話をしたいだけなのだろう。
「すみません、あたしたち、これから帰るところなんで。話なら配信のときにでも――」
「次の配信はいつですか?」
「今度はどこのダンジョンに行くんですか?」
「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
「握手だけでもいいので!」
「ねえ、音無乙羽さんですよね? いろいろ聞きたいんですけど!」
「え、ええっ!? あ、あのぉ……」
乙羽は困ったように眉を下げた。
ひとつの質問に答える前に、別の質問が飛んでくる。琴も「えっと、その……」と口を開いては、どう答えていいのか分からずに閉じてしまう。
リーゼロッテは、そんな乙羽の様子を心配そうに見つめていた。
「乙羽、大丈夫ですか? ずいぶん困っているようですが……」
序列戦についての話もひと段落し、乙羽たちは帰宅することになった。
毎日配信しているわけでもないし、序列戦が終われば、しばらくは平穏な日常に戻れる。乙羽としては、そんな期待を抱いていたのだが――。
「……なんで、こんなことになってるんだよ」
学校を出ようとした柳が、校門付近の光景を見て足を止めた。
そこには、明らかに生徒ではない人々が集まっていた。校門から出てくる生徒たちを眺め、誰かを探すように視線を動かしている。そのうちの何人かが乙羽たちの姿を見つけると、途端に表情を明るくした。
「あっ、いた! ティンカーベルだ!」
「本物だ! 配信で見たときと同じだ!」
「すみません、ちょっといいですか!」
「この前のパーティー配信、すごく面白かったです!」
あっという間に、何人もの人が乙羽たちを取り囲むように集まってきた。
「えっ、ええっと……?」
乙羽は突然のことに目をぱちぱちさせた。
琴も戸惑ったように周囲を見回し、どうしたらいいのか分からない様子で乙羽の袖をそっとつまんでいる。
「ど、どうしよう……。こんなにたくさん……」
「うーん……。ファン、なのか?」
柳は困ったように頬をかいた。
過去2回のパーティー配信でティンカーベルの名前が知られたのは分かっている。学校の場所もすでに世間に知られている以上、こうして見に来る人が出てくること自体は、ある程度予想できた。
相手も最初は、ただ話をしたいだけなのだろう。
「すみません、あたしたち、これから帰るところなんで。話なら配信のときにでも――」
「次の配信はいつですか?」
「今度はどこのダンジョンに行くんですか?」
「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
「握手だけでもいいので!」
「ねえ、音無乙羽さんですよね? いろいろ聞きたいんですけど!」
「え、ええっ!? あ、あのぉ……」
乙羽は困ったように眉を下げた。
ひとつの質問に答える前に、別の質問が飛んでくる。琴も「えっと、その……」と口を開いては、どう答えていいのか分からずに閉じてしまう。
リーゼロッテは、そんな乙羽の様子を心配そうに見つめていた。
「乙羽、大丈夫ですか? ずいぶん困っているようですが……」
「せ、先生ぇ……。どうしたらいいのぉ……?」
「帰りたいのであれば、そう伝えればよいのでは?」
「そ、それができたら苦労してないよぉ……!」
小声で助けを求める乙羽だったが、周囲の人々はそんなやり取りにも気づかず、次々に話しかけてくる。
「乙羽さん、こっち向いてもらえますか?」
「柳さんもお願いします!」
「琴さん、配信で使っていたあの装備って――」
「……あー、うん。気持ちは分かったからさ。悪いけど、あたしたちも帰らないといけないんだよ」
柳は、なるべく穏やかな口調で繰り返した。
しかし、相手は引き下がらなかった。
「えー、少しくらいいいじゃないですか!」
「せっかく来たんですから、もうちょっと!」
「どうせ明日も学校なんですよね? また会えますよね?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
柳の笑顔が、わずかに引きつった。
最初はファンに声をかけられたのだと思い、できるだけ丁寧に対応しようとしていた。応援してくれること自体はありがたいし、せっかく話しかけてくれた相手を無下にするのも気が引ける。
だが、帰りたいと何度伝えても聞いてもらえないとなれば、話は別だ。
「すみません、本当に帰りたいんで。そこ、通してもらえます?」
柳が少しだけ声を低くすると、相手のひとりが不満そうに口を尖らせた。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか。こっちはファンなんですよ?」
「……ファンなら、こっちの都合も考えてくれませんかね」
柳の声から、先ほどまでの愛想が消えた。
それでも相手は、悪びれた様子もなく続ける。
「いやいや、ちょっと話すだけですよ? そんなに警戒しなくても」
「写真くらい、いいでしょう?」
「配信ではあんなに楽しそうだったのに、普段は違うんですね」
「…………は?」
柳の眉がぴくりと動いた。
さすがに、言い方というものがある。
「おい、あたしたちが帰るって言ってるの、聞こえてる?」
「だから、ちょっとくらい――」
「ちょっとくらい、じゃねえんだよ」
柳は、とうとう苛立ちを隠さなくなった。
声を荒らげたわけではない。それでも、先ほどまでとは明らかに違う空気に、近くにいた何人かが口をつぐんだ。
「あたしたちだって、学校が終わったら帰るんだよ。配信してるからって、いつでもお前らの相手をしなきゃいけないわけじゃないだろ」
「や、柳……」
琴が不安そうに声をかける。
乙羽もどうにか場を収めようと、慌てて両手を振った。
「あ、あのっ! み、皆さん、応援してくださるのは嬉しいんですけど、今日はもう帰らないといけなくてぇ……!」
「ほら、乙羽もこう言ってるんで――」
「いや、君はいいよ。乙羽さんと話したいんだから」
「…………」
柳の表情から、とうとう笑顔が消えた。
自分たちの都合は無視するくせに、乙羽だけは特別扱いする。その態度が、柳の我慢をさらに削っていく。
当の乙羽はというと、どうして自分ばかり名指しされるのか分からず、ますますおろおろしていた。
「えっ、わ、私ですかぁ? あの、私も帰りたいんですけどぉ……」
「乙羽、大丈夫です。無理に答える必要はありませんよ」
リーゼロッテは乙羽のそばに寄り、周囲を警戒するように視線を巡らせた。
彼女が心配しているのは、乙羽が困っていることだけではない。人々がこれだけ近くに集まり、本人の意思を無視して距離を詰めていること自体が気に入らなかった。
乙羽に何かあってからでは遅い。そう考えているのか、リーゼロッテはいつでも動けるよう、乙羽のすぐそばを離れようとしなかった。
「……あのさ。いい加減にしてくれない?」
柳がもう一度口を開いた、そのときだった。
「おい! 何を騒いでいる!」
人だかりの向こうから、鋭い声が響いた。
騒ぎを聞きつけてやってきたのは、綾小路政宗だった。
彼は集まった人々と、その中心で困り果てているティンカーベルの面々を見比べると、すぐに状況を察したようだった。
「学校の敷地周辺で、何をしているんだ。彼女らは帰宅しようとしているんだぞ」
「いや、俺たちはただファンとして――」
「ファンなら何をしてもいいというわけではないだろう!」
政宗の一喝に、言い訳しかけた男が口をつぐんだ。
「話をしたい、応援したい。その気持ち自体を否定するつもりはない。だが、相手が帰りたいと言っているのに取り囲み、何度も要求を押しつけるのは応援とは呼べない。迷惑行為だ」
政宗は周囲を見渡し、はっきりと言い切った。
「ここは学校だ。生徒たちの通行を妨げるな。これ以上騒ぎを大きくするようなら、学校側にも正式に報告する」
副会長としての立場を背負った政宗の言葉には、簡単には引き下がれない強さがあった。
人々は互いに顔を見合わせ、ようやく少しずつ距離を取っていく。まだ不満そうな者もいたが、これ以上しつこくすれば自分たちの立場が悪くなると理解したのだろう。
やがて人だかりに隙間ができ、乙羽たちはようやく通り抜けられるようになった。
「……助かったぁ」
柳は深々と息を吐き、肩の力を抜いた。
「まったくだよ。ファンなのはありがたいけど、あれじゃあな……」
「迷惑な連中だな……」
琴はまだ落ち着かない様子で、胸元に手を当てていた。
「は、はい……。私、どうしたらいいのか分からなくて……」
乙羽もようやく安堵したのか、へなへなと肩を落とす。
リーゼロッテはそんな乙羽の顔を覗き込んだ。
「乙羽、具合は悪くありませんか? 何かされたりはしていませんね?」
「だ、大丈夫、先生……。ちょっとびっくりしただけだからぁ」
「そうですか。ならよいのですが……」
リーゼロッテはまだ心配そうだったが、乙羽が無事だと分かると、ひとまず小さくうなずいた。
一方、政宗は彼女たちの様子を確認してから、軽く息を吐いた。
「まったく……。配信で人気が出るのは悪いことではないが、こういう問題も起こるんだな」
「……すみません。あたしたちのせいで騒ぎになって」
柳が少し申し訳なさそうに言うと、政宗は首を横に振った。
「君たちが謝ることじゃない。応援する側にも守るべき節度がある。それを忘れている人間がいた、それだけの話だ」
「ありがとうございます、主席先輩さん……」
乙羽がぺこりと頭を下げる。
「いや。今後も同じことが起こる可能性はある。困ったことがあったら、ひとりで抱え込まずに学校へ相談してくれ」
「は、はい!」
乙羽たちは政宗に礼を言い、ようやく学校を離れた。
これでひと安心。
そう思いたかったのだが、帰り道でも乙羽の胸には、先ほどの騒ぎが引っかかっていた。
学校の場所は、すでに知られている。過去2回のパーティー配信で自分たちのことを知った人が、実際に会おうとして押しかけてきたのだ。
今日のようなことが、これからも続くのだろうか。
(……うぅ。私、普通に学校に通って、普通に帰りたいだけなのになぁ……)
乙羽は小さくため息をつき、仲間たちとともに帰路を歩いていった。
「帰りたいのであれば、そう伝えればよいのでは?」
「そ、それができたら苦労してないよぉ……!」
小声で助けを求める乙羽だったが、周囲の人々はそんなやり取りにも気づかず、次々に話しかけてくる。
「乙羽さん、こっち向いてもらえますか?」
「柳さんもお願いします!」
「琴さん、配信で使っていたあの装備って――」
「……あー、うん。気持ちは分かったからさ。悪いけど、あたしたちも帰らないといけないんだよ」
柳は、なるべく穏やかな口調で繰り返した。
しかし、相手は引き下がらなかった。
「えー、少しくらいいいじゃないですか!」
「せっかく来たんですから、もうちょっと!」
「どうせ明日も学校なんですよね? また会えますよね?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
柳の笑顔が、わずかに引きつった。
最初はファンに声をかけられたのだと思い、できるだけ丁寧に対応しようとしていた。応援してくれること自体はありがたいし、せっかく話しかけてくれた相手を無下にするのも気が引ける。
だが、帰りたいと何度伝えても聞いてもらえないとなれば、話は別だ。
「すみません、本当に帰りたいんで。そこ、通してもらえます?」
柳が少しだけ声を低くすると、相手のひとりが不満そうに口を尖らせた。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか。こっちはファンなんですよ?」
「……ファンなら、こっちの都合も考えてくれませんかね」
柳の声から、先ほどまでの愛想が消えた。
それでも相手は、悪びれた様子もなく続ける。
「いやいや、ちょっと話すだけですよ? そんなに警戒しなくても」
「写真くらい、いいでしょう?」
「配信ではあんなに楽しそうだったのに、普段は違うんですね」
「…………は?」
柳の眉がぴくりと動いた。
さすがに、言い方というものがある。
「おい、あたしたちが帰るって言ってるの、聞こえてる?」
「だから、ちょっとくらい――」
「ちょっとくらい、じゃねえんだよ」
柳は、とうとう苛立ちを隠さなくなった。
声を荒らげたわけではない。それでも、先ほどまでとは明らかに違う空気に、近くにいた何人かが口をつぐんだ。
「あたしたちだって、学校が終わったら帰るんだよ。配信してるからって、いつでもお前らの相手をしなきゃいけないわけじゃないだろ」
「や、柳……」
琴が不安そうに声をかける。
乙羽もどうにか場を収めようと、慌てて両手を振った。
「あ、あのっ! み、皆さん、応援してくださるのは嬉しいんですけど、今日はもう帰らないといけなくてぇ……!」
「ほら、乙羽もこう言ってるんで――」
「いや、君はいいよ。乙羽さんと話したいんだから」
「…………」
柳の表情から、とうとう笑顔が消えた。
自分たちの都合は無視するくせに、乙羽だけは特別扱いする。その態度が、柳の我慢をさらに削っていく。
当の乙羽はというと、どうして自分ばかり名指しされるのか分からず、ますますおろおろしていた。
「えっ、わ、私ですかぁ? あの、私も帰りたいんですけどぉ……」
「乙羽、大丈夫です。無理に答える必要はありませんよ」
リーゼロッテは乙羽のそばに寄り、周囲を警戒するように視線を巡らせた。
彼女が心配しているのは、乙羽が困っていることだけではない。人々がこれだけ近くに集まり、本人の意思を無視して距離を詰めていること自体が気に入らなかった。
乙羽に何かあってからでは遅い。そう考えているのか、リーゼロッテはいつでも動けるよう、乙羽のすぐそばを離れようとしなかった。
「……あのさ。いい加減にしてくれない?」
柳がもう一度口を開いた、そのときだった。
「おい! 何を騒いでいる!」
人だかりの向こうから、鋭い声が響いた。
騒ぎを聞きつけてやってきたのは、綾小路政宗だった。
彼は集まった人々と、その中心で困り果てているティンカーベルの面々を見比べると、すぐに状況を察したようだった。
「学校の敷地周辺で、何をしているんだ。彼女らは帰宅しようとしているんだぞ」
「いや、俺たちはただファンとして――」
「ファンなら何をしてもいいというわけではないだろう!」
政宗の一喝に、言い訳しかけた男が口をつぐんだ。
「話をしたい、応援したい。その気持ち自体を否定するつもりはない。だが、相手が帰りたいと言っているのに取り囲み、何度も要求を押しつけるのは応援とは呼べない。迷惑行為だ」
政宗は周囲を見渡し、はっきりと言い切った。
「ここは学校だ。生徒たちの通行を妨げるな。これ以上騒ぎを大きくするようなら、学校側にも正式に報告する」
副会長としての立場を背負った政宗の言葉には、簡単には引き下がれない強さがあった。
人々は互いに顔を見合わせ、ようやく少しずつ距離を取っていく。まだ不満そうな者もいたが、これ以上しつこくすれば自分たちの立場が悪くなると理解したのだろう。
やがて人だかりに隙間ができ、乙羽たちはようやく通り抜けられるようになった。
「……助かったぁ」
柳は深々と息を吐き、肩の力を抜いた。
「まったくだよ。ファンなのはありがたいけど、あれじゃあな……」
「迷惑な連中だな……」
琴はまだ落ち着かない様子で、胸元に手を当てていた。
「は、はい……。私、どうしたらいいのか分からなくて……」
乙羽もようやく安堵したのか、へなへなと肩を落とす。
リーゼロッテはそんな乙羽の顔を覗き込んだ。
「乙羽、具合は悪くありませんか? 何かされたりはしていませんね?」
「だ、大丈夫、先生……。ちょっとびっくりしただけだからぁ」
「そうですか。ならよいのですが……」
リーゼロッテはまだ心配そうだったが、乙羽が無事だと分かると、ひとまず小さくうなずいた。
一方、政宗は彼女たちの様子を確認してから、軽く息を吐いた。
「まったく……。配信で人気が出るのは悪いことではないが、こういう問題も起こるんだな」
「……すみません。あたしたちのせいで騒ぎになって」
柳が少し申し訳なさそうに言うと、政宗は首を横に振った。
「君たちが謝ることじゃない。応援する側にも守るべき節度がある。それを忘れている人間がいた、それだけの話だ」
「ありがとうございます、主席先輩さん……」
乙羽がぺこりと頭を下げる。
「いや。今後も同じことが起こる可能性はある。困ったことがあったら、ひとりで抱え込まずに学校へ相談してくれ」
「は、はい!」
乙羽たちは政宗に礼を言い、ようやく学校を離れた。
これでひと安心。
そう思いたかったのだが、帰り道でも乙羽の胸には、先ほどの騒ぎが引っかかっていた。
学校の場所は、すでに知られている。過去2回のパーティー配信で自分たちのことを知った人が、実際に会おうとして押しかけてきたのだ。
今日のようなことが、これからも続くのだろうか。
(……うぅ。私、普通に学校に通って、普通に帰りたいだけなのになぁ……)
乙羽は小さくため息をつき、仲間たちとともに帰路を歩いていった。




