「今日学校休んじゃダメかなぁ…?」
朝。
まだ眠気の残る頭でスマートフォンを手に取った乙羽は、学校から届いていたメールを開き、しばらく画面を眺めていた。
「……なにこれぇ……」
メールの件名には、大きな文字でこう書かれていた。
『序列戦の開催について』
「序列戦~……。なんでぇ……? 絶対出ないとダメなのぉ……?」
朝から聞こえてきた乙羽の情けない声に、部屋でくつろいでいたリーゼロッテが顔を上げた。
「……なんですか、乙羽。朝からうるさいですよ」
「先生ぇ、これ見てぇ……」
乙羽はスマートフォンを差し出し、メールの内容を見せた。
「学校で強い人の順番を決めないとダメみたいぃ……。私、全然興味ないのにぃ……。こういうの、ほっといてほしいんだけどぉ……」
「ふむ……」
リーゼロッテは画面に目を通し、少し考え込むように顎へ手を添えた。
「まあ、今さら乙羽の強さを隠すのは難しいでしょうね。配信であれだけ見せてしまっているのですから」
「うぅ……。別に見せたかったわけじゃないんだけどぉ……」
「それは知っています。ですが、学校側にも全国大会に向けて実力を把握しておきたい事情があるのでしょう。だったら、条件をつけたらどうです?」
「条件~? どんなぁ?」
「そうですねぇ。戦いには参加するけれど、順位を理由に目立つような活動はしない。そういう約束をしておくのです」
「……戦うのに、目立たないのぉ?」
「ええ。例えば、上位者への取材や広報活動は、乙羽より上の順位になった生徒を中心にしてもらう。序列戦に参加したからといって、何もかも引き受ける必要はありませんからね」
「んぅ……。でも、順位はどうするのぉ……?」
「そこは乙羽も分かっているでしょう? 手加減をしたところで、全校生徒を相手にすれば、結局は勝ってしまう。無理に負けようとするのも、かえって不自然です」
「そうなんだよねぇ……。負けられたらいいんだけどぉ……」
「まったく、勝てることを悩むなんて贅沢な話ですね」
リーゼロッテは呆れたように息をついたが、すぐに口元へ笑みを浮かべた。
「なら、序列2位くらいを目指しましょう? 1位は政宗君や生徒会長に譲ればいいんですよ」
「……どっちにしろ、目立つのは諦めろってことぉ?」
「ええ。少なくとも、今の乙羽が完全に目立たずに済む方法は、私には思いつきませんね」
「そんなぁ……」
乙羽がベッドの上でがっくりとうなだれた、そのときだった。
コンコン、と軽いノックの音がしたかと思うと、返事を待たずに姉の静が部屋へ入ってきた。
「乙羽、リーゼロッテ。朝から何を騒いでるんだ? なんかあったのか?」
「お姉ちゃん、これ見てぇ……」
乙羽は助けを求めるような目で、静にスマートフォンを差し出した。
「ん?序列戦……?へぇ、面白いことを考えるじゃん」
メールを読み終えた静は、感心したように頷いた。
「まあ、乙羽に勝てるとは思えないけど」
「自分でも分かってるけどぉ……。出たくないよぉ……」
「今さら強さを隠すのは難しいですよ!」
「うぅ……。先生までぇ……」
リーゼロッテの追い打ちに、乙羽は布団を引き寄せて顔を半分隠した。
そんな妹の姿を見て、静は面白そうに笑った。
「乙羽の配信って、こないだの配信以外も結構切り抜きにされてバズってるんだよ? 知ってた?」
「えぇ……? なんでぇ……?」
「なんでって、そりゃあんたが規格外だからでしょ。本人が普通にやってるつもりでも、見てる側からしたら普通じゃないんだって」
「普通にやってるだけなのにぃ……」
「はいはい」
静は軽く受け流すと、スマートフォンの画面を指で示した。
「で、私はこれ、チャンスだと思うけどな」
「……チャンスぅ?」
「そう。序列戦も配信するんだろ? だったら、乙羽だけじゃなくて、琴や柳も含めたパーティーのことを知ってもらういい機会じゃん。固定視聴者を増やせるかもしれないし、スパチャだって今より増えると思うよ?」
「スパチャ……」
その言葉を聞いた瞬間、乙羽の表情がほんの少しだけ変わった。
頭の中に浮かんだのは、いつもお世話になっているリーゼロッテへのお礼だった。
(先生にも、いつものお礼でもっとお菓子とか買ってあげたいしぃ……。あ、そういえば購買にあったアクセサリー、かわいかったなぁ……)
目立つのは嫌だ。序列なんて興味もない。できることなら、学校では普通の生徒として静かに過ごしたい。
けれど、お金が増えるのは嬉しい。
それに、配信を通して琴や柳のことも知ってもらえるのなら、悪い話ばかりでもないのかもしれない。
「お菓子が買えますね!」
「先生、そこなのぉ……?」
「大事なことですよ! お菓子は心の栄養ですからね!」
「リーゼロッテは少し自重しなさいよ」
静の冷静な突っ込みにも、リーゼロッテはまったく気にした様子がなかった。
乙羽はしばらく考え込んでいたが、やがて、諦めたように小さく息を吐いた。
「……やってみるかぁ」
「お、やる気になった?」
「だってぇ……。どうせ出なきゃいけないなら、スパチャが増えたほうがいいしぃ……。それに、1位は主席の人に譲ればいいんだよねぇ? そしたら、私は2位で済むしぃ……」
「ふふっ」
静はこらえきれずに笑った。
「乙羽、本当に目立ちたくないんだな。もう遅いと思うけどさ」
「うぅ……」
静はふと思い出したように口を開いた。
「そうだ。あと、近いうちに引っ越ししようと思ってるから。詳しい話は後でしよう」
「……えっ?」
乙羽が顔を上げるよりも早く、リーゼロッテが勢いよく身を乗り出した。
「静! 引っ越しですか! それなら、私のコレクションを置く部屋もお願いしますよ? 今の部屋では、そろそろ手狭になってきたところですからね!」
「いや、まだ何も決まってないからな? というか、なんで真っ先に自分のコレクションの話になるんだよ」
「大切な問題だからです!」
「先生、ちょっと静かにしてぇ……。頭が追いつかないよぉ……」
全校序列戦に、配信に、スパチャ。そして、引っ越し。
朝起きてメールを確認しただけなのに、どうしてこんなに考えることが増えてしまうのだろう。
乙羽は再びスマートフォンの画面を見つめ、深々とため息をついた。
「今日学校休んじゃダメかなぁ…?」
「ダメに決まってるでしょう!」
「ダメだろ」
リーゼロッテと静の声が、見事に重なった。
「……あわわっ。二人とも息ぴったりぃ……」




