「でも、縁談はこわいよぉ……」
昼休み。
ティンカーベルの4人が教室で昼食を取っていると、何人かの生徒が声をかけてきた。
「なあ、昨日の配信見たぞ! ダンジョン攻略、すごかったな!」
「琴の剣技、めちゃくちゃ格好よかった!」
「柳もいい動きしてたよな! あんなに戦えるとは思わなかったぜ!」
「えへへ……そ、そうかなぁ?」
乙羽は照れくさそうに頬を緩めた。
声をかけてきたのは、同じクラスの生徒たちだった。彼らは配信を見た感想を伝えに来ただけらしく、戦いの様子がすごかったとか、次の配信も楽しみにしているとか、そんな話を楽しそうにしている。
「いやあ、俺もあんなダンジョン攻略、一度くらい見てみたいぜ!」
「見るだけならいいけど、自分で行くのは遠慮したいな……」
「それは分かる!」
そんなやり取りに、柳も笑って応じていた。
自分たちの配信を見てくれた人がいて、面白かった、格好よかったと言ってもらえる。乙羽も、少しくすぐったい気持ちになりながら、悪くないなと思っていた。
(えへへ……私たちの配信、ちゃんと楽しんでもらえたんだぁ)
学校で少し有名になったような気分だ。
もちろん、目立ちすぎるのは困る。けれど、頑張ったことを素直に褒めてもらえるのは、やっぱり嬉しかった。
「次の配信も楽しみにしてるからな!」
「うん! ありがとぉ!」
乙羽が笑顔で返事をすると、クラスメイトたちは満足したように自分たちの席へ戻っていった。
ところが、それからしばらくして。
「おーい、ティンカーベルってここにいる?」
教室の入り口から、聞き慣れない声がした。
顔を上げると、そこには別のクラスの生徒たちが立っていた。制服の着こなしや雰囲気からして、どうやら2年生らしい。
「ん? 俺たちだけど、何か用?」
柳が返事をすると、彼らはぱっと表情を明るくした。
「やっぱりここか! 昨日の配信、見たぜ!」
「俺も! あのダンジョン攻略、すごかったな!」
「特に音無! あの戦闘力、マジで1年生なのかよ!」
「えっ、あ、ありがとう……?」
乙羽は少し戸惑いながらも、ぺこりと頭を下げた。
最初は、同じクラスの生徒たちと同じように、配信を見て応援してくれているのだと思った。
実際、彼らの言葉にも悪意は感じられなかった。純粋に驚いているようだったし、興奮している様子からして、本当に配信を楽しんでくれたのだろう。
「琴も剣の腕、すごかったな! あれ、どこで習ったんだ?」
「柳も近接戦闘できるんだな。配信者って聞いてたから、もっと後ろで喋ってるタイプかと思ってたぜ」
「リーゼロッテ先生もすごかったよな! フェンちゃんに乗って移動してるところ、あれどうなってんだ?」
「ふふっ、秘密です」
リーゼロッテは余裕たっぷりに微笑んだ。
「えー、教えてくれよ!」
「申し訳ありません。企業秘密ということで」
「企業秘密って、先生は会社でもやってんのかよ!」
そんな軽口も飛び交い、最初のうちは和やかな雰囲気だった。
しかし、彼らの興味は、次第に乙羽へと集中していった。
「なあ、音無。やっぱりSHIZUKAさんの弟子だから、あんなに強いのか?」
「えっ?」
「だって、あのSHIZUKAさんの妹なんだろ? 特別な訓練とか受けてるんじゃねえの?」
「あ、あのぉ……」
「それとも、SHIZUKAさんから直接魔法を教わったのか? どんな修行をしたんだよ?」
「えっとぉ……」
「あと、昨日の魔法な。あれって普通の支援魔法とは違うんだろ? どうやってあんな威力を出してるんだ?」
「え、ええとぉ……」
乙羽は困ったように笑いながら、どう答えたものかと考え込んだ。
応援してくれるのは嬉しい。自分たちの戦いを見て、すごいと思ってくれたことも素直に嬉しかった。
けれど、戦い方や魔法の詳細について聞かれると、話は別だった。
正直に答えるわけにはいかないこともあるし、かといって、適当に誤魔化せば余計に疑われるかもしれない。
(ど、どうしよう……。どこまで答えればいいんだろう……)
乙羽が返事に困っていると、別の生徒がさらに口を挟んできた。
「なあ、結局、SHIZUKAさんの弟子だから強いってことでいいのか?」
「いや、でも、あの戦い方は普通じゃないだろ。何か特別な秘密があるんじゃねえの?」
「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん!」
気づけば、教室の入り口にはさらに何人かの生徒が集まっていた。
どうやら、配信を見た2年生たちの間でも、ティンカーベルの話題は広がっているらしい。
「おいおい、ちょっと待てって。質問攻めにしすぎだろ」
柳が割って入った。
「えー、いいじゃん。別に聞いてるだけだろ?」
「聞いてるだけでも、限度ってもんがあるだろ。乙羽、困ってんじゃねえか」
「そ、そんなことはぁ……」
乙羽は反射的に否定しかけたものの、集まった視線に気づいて口をつぐんだ。
明らかに困っていた。
それでも、生徒たちはなかなか引き下がらなかった。
「いや、だって気になるじゃん。あんなに強いんだぜ?」
「そうそう。SHIZUKAさんの弟子なのかって聞いてるだけだろ?」
「そこを教えてくれれば、いろいろ納得できるんだけどな」
「うぅ……」
乙羽はとうとう、助けを求めるようにリーゼロッテを見上げた。
リーゼロッテは、それまでの穏やかな笑顔を消していた。
「……皆さん」
静かな声だったが、そこには明らかな不満が滲んでいた。
「応援してくださるお気持ちは、とても嬉しく思います。ですが、本人が答えに困っているのに、何度も同じことを尋ねるのは感心しませんね」
「いや、俺たちは別に……」
「それに、乙羽は私の弟子なんですよ!」
「せ、先生……」
「大切な弟子が困っているのに、黙って見ていられるわけがないでしょう!」
リーゼロッテは乙羽を庇うように一歩前へ出た。
いつもは余裕たっぷりの彼女が珍しく怒っているのを見て、生徒たちもさすがに気まずそうな顔をした。
だが、まだ納得していない者もいたらしい。
「でもさ、先生の弟子なら、先生が教えたことくらい話してもいいんじゃねえの?」
「そうですよ。SHIZUKAさんの弟子なのかどうかだって、別に隠すようなことじゃないでしょう?」
「……はぁ」
リーゼロッテが呆れたように息を吐いた、そのときだった。
「君たち、ティンカーベルが困っているだろう?」
落ち着いた声が教室に響いた。
生徒たちが一斉に振り返る。
人だかりの向こうから歩いてきたのは、綾小路政宗だった。
「……だれぇ?」
乙羽は、思わず首を傾げた。
「お前なあっ!?」
柳が即座にツッコミを入れる。
「主席パイセンだぞ! いい加減覚えろ!」
「あっ……! あの、主席の人ぉ?」
「そうだよ! なんで毎回そんな反応なんだよ!」
「え、えへへ……ごめんなさぁい……」
乙羽が申し訳なさそうに頭を下げる。
その一方で、周囲の生徒たちも、何とも言えない顔をしていた。
「……え、覚えてなかったのか?」
「いや、綾小路先輩って2年主席だよな……?」
「配信でも話題になってた人だろ……?」
そんな小声があちこちから聞こえてくる。
政宗は一瞬だけ言葉を失ったものの、すぐに気を取り直した。
「……とにかく、今はその話は置いておこう」
政宗は周囲を見回した。
「配信を見て興味を持つのは構わない。僕だって、彼女たちの戦いには驚かされたからね。だが、興味があるからといって、本人たちが答えにくいことまで無遠慮に尋ねていいわけじゃないだろう?」
「そ、それは……」
「応援したいのなら、まず相手の気持ちを考えることだ。彼女たちは君たちの好奇心を満たすために、ここにいるわけじゃない」
政宗の言葉に、生徒たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「……悪かったよ」
「ごめん、ちょっと聞きすぎた」
やがて、集まっていた生徒たちは少しずつ教室から引き上げていった。
ようやく人だかりがなくなると、柳が大きく息を吐いた。
「はぁ~……助かったぜ。ありがとな、主席パイセン!」
「いや、当然のことをしただけだよ」
政宗は軽く笑い、それから乙羽たちへと向き直った。
「君たちも大変だったね。配信が人気になるのはいいことだけど、ああいう騒ぎが続くようなら、先生たちにも相談したほうがいい」
「うん……ありがとぉ」
乙羽はほっとしたように頷いた。
リーゼロッテも、先ほどまでの怒った顔を少し和らげる。
「ええ。助かりました。乙羽にあれこれ尋ねるのなら、まず私を通していただきたいものですね」
「先生、そこは別にいいからぁ……」
乙羽が小声で突っ込むと、柳が笑った。
ひとまず騒ぎは収まった。これでようやく昼食に戻れる――そう思った乙羽だったが、政宗はまだ帰ろうとしなかった。
「……それと、音無さん」
「ふぇ?」
「この間はすまなかったね」
政宗は、先ほどよりも少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「昨日、君たちの配信を見たんだ。君が使い慣れていない魔法を、必死に制御しようとしているのを見てね。僕は、君に一方的に主席としての義務を押しつけてしまっていたんだと思う」
乙羽はぱちぱちと瞬きをした。
「僕は、力を手に入れたなら、それを磨いて使いこなすのが当然だと思っていた。けれど、君は違ったんだね。新たな力を手に入れて、どう扱えばいいのかも分からない。そんな状態で主席になってしまったんだろう?」
「あ、えっとぉ……」
「ああ、その苦悩に気づけなかったのは僕の落ち度だ。君の事情も知らず、自分の価値観ばかり押しつけてしまった。本当にすまなかった」
政宗は軽く頭を下げた。
昨日のように大げさな謝罪ではない。それでも、言葉の一つ一つに真剣さが感じられた。
乙羽は少し困ったように頬を掻く。
「えっとぉ……私、そんなに気にしてないよぉ?」
「そうか。それならよかった」
政宗はほっとしたように笑った。
「ただ、君ほどの力を持つ人間なら、これからいろいろな話が舞い込んでくると思うんだ」
「いろいろな話?」
「ああ。各方面からのスカウトもあるだろうし、場合によっては縁談のような話も出てくるかもしれない」
「…………え?」
乙羽の笑顔が固まった。
「……縁談?」
「うん」
「なんでぇ……?」
あまりにも素直な疑問だった。
政宗は一瞬きょとんとしたものの、すぐに説明を始めた。
「君はSクラスの姉であるSHIZUKAさんの妹だ。そして、あれだけの戦闘力を持って、早くもダンジョン攻略に参加している。これだけ注目される条件が揃っているんだ。将来を考えて、君との縁を結びたいと考える家が出てきても不思議じゃない」
「そ、そうなのぉ……?」
「それに、最近の研究では、覚醒した能力や魔法師としての才能が、本人だけでなく家族にも何らかの影響を及ぼすのではないか、という説も増えているんだ」
政宗は真剣な顔で続けた。
「もし、君の子供がその才能を強く受け継いで生まれてきたら? そう考える人間がいてもおかしくないだろう?」
「…………」
乙羽は、ゆっくりとリーゼロッテのほうを向いた。
「……先生」
「はい?」
「こわいよぉ……」
「ふふっ。そうですねぇ」
リーゼロッテは口元を押さえ、笑いをこらえている。
「どうしてこうなるのぉ……。私、普通に学校に通いたいだけなのにぃ……」
乙羽は両手で顔を覆った。
魔法を使えば目立つ。使わなくても、殴れば目立つ。ダンジョンに行けば配信で話題になり、昼休みに教室でご飯を食べようとしただけで質問攻め。そして今度は、まだ考えたこともない将来の結婚や子供の話まで飛び出してきた。
いったい自分は、いつになったら普通の学生生活を送れるのだろう。
「……あの、主席パイセン」
柳が、笑いをこらえながら口を挟んだ。
「乙羽、まだ学生だぜ?」
「もちろん分かっているよ! 今すぐ縁談を受けろと言っているわけじゃない!」
「いや、そういう話じゃなくてさぁ……」
琴も呆れたように息を吐く。
「将来の可能性を説明しているつもりなのは分かるが、今の乙羽には少々話が飛躍しすぎているんじゃないか?」
「……む」
政宗はようやく、自分がまた先走っていたことに気づいたらしい。
「そ、そうだね。すまない。僕はただ、君が周囲の期待に振り回されず、自分の望む道を選んでほしいと思ったんだ」
「う、うん……気持ちはありがたいよぉ……」
乙羽は顔を上げたものの、まだ不安そうだった。
「でも、縁談はこわいよぉ……」
「……分かった。今は忘れておいてくれ」
政宗は苦笑した。
どうやら、自分が伝えたかったことは、まだ半分も伝わっていないらしい。
それでも、乙羽が困っているのなら、これ以上余計な話を続けるべきではないだろう。
「とにかく、君が自分の望む道を進めるよう願っているよ。誰かの期待に無理に応える必要はないからね」
「……うん。ありがとぉ」
乙羽はようやく笑顔を浮かべた。
その様子を見て、政宗も満足そうに頷く。
そして、彼が教室を去ったあと。
乙羽は机に突っ伏した。
「……柳ちゃん」
「ん?」
「私、普通に学校に通いたいだけなんだけどなぁ……」
「知ってるよ。だから、そんなに心配すんなって!」
柳は笑いながら乙羽の肩を軽く叩いた。
琴も静かに頷く。
「そうだな。少なくとも、今すぐ縁談の心配をする必要はないだろう」
「……そうだよねぇ?」
乙羽は顔を上げた。
けれど、頭の片隅には、どうしてもあの言葉が残っていた。
――もし、自分の子供が強い魔法の才能を受け継いだら。
「……こわいよぉ……」
「まだ考えてんのかよ!」
柳のツッコミが、昼休みの教室に響き渡った。




