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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「……それはダメだと思うよぉ?」

「まぁ、乙羽の話はとりあえず先生との訓練次第ってことだな。自信がつくまでは回復と支援、あとは近接戦闘でやっていこうぜ」


柳はそう言って、ひとまず話をまとめた。


「うん、わかったぁ」


乙羽は素直に頷いた。


(とりあえずは、今までどおりでいいのかなぁ……)


回復と支援を中心に、必要なときだけ近接戦闘を行う。


それなら、今までの戦い方から大きく変える必要はなさそうだった。


魔法の訓練については、帰ってから先生に付き合ってもらうしかない。


……できれば、ほどほどにしてほしいけれど。


「まぁ、乙羽の心配より、私たちの心配をした方がよさそうだな」


琴がふと、柳へ視線を向けた。


「柳、お前のトレジャーハンターとしての才能は疑っていない」


「なんだよ? いきなり褒めるなって。照れるだろ」


柳はニヤニヤしながら、わざとらしく髪をかき上げた。


「ただ、お前は単純なミスが多い」


「……は?」


「今回の罠もそうだ。起動させたのは、ほぼお前だろう?」


「いやいやいや! ちょっと待て! あたしだけみたいに言うなよ!」


柳が慌てて身を乗り出す。


「そもそも、罠を見つけるのも解除するのも、あたしが率先してやってただろ!?」


「それは認めている。お前の探索能力は高いし、宝箱を見つける勘も鋭い。だが、確認を怠って罠を踏むのは別の話だ」


「うぐっ……!」


琴の正論に、柳は言葉を詰まらせた。


「今回だって、床の仕掛けに気づかずに踏みかけただろう。矢の罠も、確認する前に近づきすぎていた」


「いや、あれは……その……!」


「それに、宝箱の件もある」


「うわぁぁ! あれはもういいだろ! ハズレって書いてあったんだから、普通は罠だと思わねぇって!」


「普通は、ハズレと書かれていたら、むしろ警戒すると思うが……」


「琴、お前あたしに厳しくねぇ!?」


「事実を言っているだけだ」


乙羽は2人のやり取りを眺めながら、そっと紅茶を口に運んだ。


(……柳ちゃん、宝探しは得意なのに、罠には弱いんだねぇ……)


トレジャーハンターとしての才能は確かにある。


実際、柳の勘がなければ見つけられなかった宝箱もあっただろう。


けれど、宝を見つけることと、安全に回収することは別らしい。


「ふむ……」


リーゼロッテが興味深そうに頷いた。


「柳さんは、もう少し慎重に行動する必要があるということですね」


「先生まで!?」


「探索の才能があるからこそ、基本を疎かにしてはいけませんよ?」


「うぅ……わかったよ……」


柳は肩を落とした。


「次からは、ちゃんと確認するって」


「その言葉、忘れるなよ」


琴が念を押す。


「わかってるって!」


勢いよく返事をする柳を見て、乙羽は小さく笑った。


(……次のダンジョンでも、また何かやらかしそうな気がするなぁ……)


そんな予感がしたものの、口に出すのはやめておいた。


「……あ、そうだ。もう1つ言いたいことがあったんだよ」


柳が思い出したように琴へ視線を向けた。


「あとは、あたしばっかり視聴者と話してるだろ? あれもダメだと思うぞ?」


「し、仕方ないだろう? あんなに大勢の人間に見られていると思うと、緊張してしまってな……」


琴は少し気まずそうに視線を逸らした。


「わ、私は忙しいんだもん」


乙羽も慌てて口を挟む。


「まぁ、乙羽は魔力の威力調整とかで神経使うんだろ? それは仕方ねぇよ」


柳はあっさりと乙羽の言い分を認めた。


「問題は琴、お前だ。ガチガチじゃねぇか!」


「なっ!?」


「いや、だってそうだろ! あたしがコメントを拾って返事してる間、お前ほとんど黙ってるじゃねぇか!」


「そ、それは……元々、人と話すのは苦手なんだ……」


琴は反論しようとしたものの、最後には小さな声になってしまった。


柳は呆れたように息を吐く。


「いや、乙羽はおっとりしてるし、ああいう雰囲気は人気が出ると思うぜ? あたしはまぁ、一番よく話すから司会みたいな感じだろ?」


「う、うん……そうかもぉ?」


乙羽は曖昧に頷いた。


「で、琴! お前はあたしたちと話すのは平気なのに、なんで視聴者とはほとんど話さないんだよ! お前宛てのコメントも結構あったはずだぞ!?」


「……ほとんど見えていなかった」


「見えてなかった!?」


柳が思わず声を上げた。


「いやいやいや! 画面に流れてただろ!? あれだけコメントがあったのに!?」


「だから、戦闘中は周囲を警戒していたし、罠の確認もしていただろう。コメントまで追う余裕がなかったんだ」


「戦闘中は仕方ねぇよ! でも、安全な場所でも全然話してなかったじゃねぇか!」


「そ、それは……」


琴は言葉に詰まった。


実際、コメントを読もうと意識していても、いざ自分宛てのものを見つけると、どう返せばいいのかわからなくなってしまう。


結局、柳が代わりに返事をして、そのまま会話が流れていく。


そんなことが何度もあった。


「……それはダメだと思うよぉ?」


乙羽がぽつりと口を挟んだ。


「乙羽まで!?」


「だってぇ、琴ちゃん宛てにコメントしてくれた人は、琴ちゃんとお話ししたいんじゃないかなぁ……?」


「うっ……」


琴はぐっと言葉を詰まらせた。


乙羽の言うことは、もっともだった。


せっかく自分に向けてコメントしてくれた人がいるのに、緊張するからといって何も返さないのでは、申し訳ない。


「別に、面白いことを言えってわけじゃねぇんだよ。挨拶でも、質問への返事でもいいんだ。お前の言葉を聞きたい人だっているんだからさ」


柳の口調は明るかったが、その言葉には真剣さがあった。


「……わかった。次からは、もう少しコメントを見るようにする」


琴は小さく頷いた。


「おう! それでいいんだよ!」


柳は満足そうに笑った。


「最初は短い返事だけでもいいと思うよぉ。少しずつ慣れていけばいいんじゃないかなぁ?」


乙羽も、そっと琴を励ました。


「……ああ。ありがとう、乙羽」


琴はほんの少しだけ表情を和らげた。


(……配信って、戦闘以外にも考えることが多いんだな……)


ダンジョンの攻略に、魔法の威力調整。


そして、視聴者とのコミュニケーション。


反省会を始める前には想像もしていなかった議題が、次から次へと出てくる。


乙羽は紅茶をひと口飲み、心の中でそっと呟いた。


(……次の配信までに、私も普通に魔法が使えるようになってるといいなぁ……)


「……そういや、これはあくまで予想なんだけどさ」


柳がふと思い出したように話題を変えた。


「今、主席パイセンが10層を攻略中らしいぜ」


「まぁ、あの人なら順調に進んでてもおかしくないよな」


「まぁ、あの程度のダンジョンでしたら、すぐにでも攻略できそうですが」


リーゼロッテがさらりと言った。


「……先生、それ外では言わないでくれ。また揉めるだろう?」


琴がすかさず釘を刺す。


「そうだよぉ! 私、関係ないのに毎回巻き込まれてるんだよぉ……?」


乙羽も頬を膨らませた。


そもそも、自分は普通に学校生活を送りたいだけなのだ。


それなのに、気づけば変なあだ名をつけられ、実力を疑われ、挙げ句の果てには周囲の人間まで巻き込んだ騒ぎになっている。


できれば、もう少し平穏に過ごしたい。


「ふふっ、すみませんね。乙羽が侮られないように、つい乙羽の自慢をしてしまいました」


「先生ぇ……自慢しなくていいんだよぉ……」


「ですが、乙羽はすごいですからねぇ」


「そういうところだよぉ……!」


乙羽はテーブルに突っ伏しそうになった。


柳はそんな2人を見て、苦笑する。


「まぁ、主席パイセンは別だぞ? あの人、今日の配信もなんか見張ってるって感じだったからな」


「見張ってる?」


琴が聞き返した。


「いや、ずっとコメントしてたわけじゃねぇけどさ。こっちの動きとか、乙羽の魔法とか、かなり注意深く見てた感じがしたんだよ」


「……あの先輩はよくわからないが、乙羽のことは認め始めたんじゃないか?」


琴が静かに言った。


「最初の頃とは、反応も違ってきている気がする」


「そうかなぁ……」


乙羽は首を傾げた。


確かに、以前よりも敵意を向けられている感じは減った気がする。


けれど、あの先輩が何を考えているのかは、いまひとつわからない。


(また、わかんないことで絡まれそうなんだけどぉ……)


乙羽にとっては、認められることよりも、面倒ごとが増えないことの方が重要だった。


「お前も大変だな……。治安部門だったか? あれもあるんだろ?」


柳が同情するように言った。


「私、忙しいから無理だよぉ……」


乙羽は即答した。


ダンジョン探索に、授業に、魔法の訓練。


さらに配信まであるのだ。


これ以上仕事を増やされたら、普通の女の子どころではなくなってしまう。


「そうですね。乙羽がいないと、ゲームの対戦相手がいませんし」


リーゼロッテが真顔で付け加えた。


「先生!?」


乙羽が勢いよく顔を上げる。


「それも理由に入ってるのぉ!?」


「もちろんです。私だって、乙羽と遊ぶ時間は大切ですからね」


「いや、先生の理由が私情すぎるだろ!」


柳が笑いながら突っ込んだ。


「……まぁ、乙羽が治安部門に入ったら、先生が一番困りそうだな」


「ええ。乙羽が忙しくなってしまいますから」


「そこは否定しないんだ!?」


柳の声がファミレスに響いた。


琴も呆れたように息を吐く。


「……乙羽。やはり、お前の周囲は騒がしいな」


「琴ちゃんまでぇ……」


乙羽は再び肩を落とした。


普通の女の子として過ごしたい。


ただそれだけなのに、どうして自分の周りには、こんなにも面倒な話が集まってくるのだろう。


(……明日は何も起きませんようにぃ……)


乙羽は心の中で、切実にそう願った。


「……って、話がずれたな」


柳が軽く咳払いをして、話を戻した。


「あたしたち、実質2日で3層まで行っただろ? これ、10層まですぐなんじゃねぇかなって思ってさ」


「ああ、そういうことか。先輩が1年かけて進んだところまで、私たちはすぐにたどり着きそうだということだな」


琴も納得したように頷いた。


「政宗君はレベル24でしたね。そのあたりが適正レベルなのでしょうか?」


リーゼロッテが思い出すように言った。


「レベル24かぁ……」


乙羽は小さく呟いた。


(24かぁ……。そこまで強くないんだねぇ……)


もちろん、口には出さない。


政宗は主席なのだから、実力者なのだろう。レベルだけで強さが決まるわけではないこともわかっている。


それでも、異世界でレベル121まで上がっていた乙羽からすれば、どうしても感覚がずれてしまう。


「先生ならソロでもクリアできるけどぉ……それじゃダメなんだもんねぇ」


リーゼロッテだけで攻略してしまえば、乙羽たちが経験を積む意味がなくなってしまう。


それに、そんなことをすれば、今以上に目立つことになるだろう。


「……そうですね」


リーゼロッテは乙羽の考えを察したように頷いた。


「ただ、そうなると乙羽。あなたは私のマスターとして、すぐにでもSランク認定を受けて活動しなければならなくなるかもしれませんよ?」


「やだぁ……」


乙羽は即答した。


「えっ、Sランク!?」


柳が目を見開いた。


「ちょっと待て、今の話からどうしてそこまで飛ぶんだよ!?」


「先生が単独で攻略できるほど強くて、その先生を召喚しているのが乙羽なんだろう? 周囲がその関係を知れば、乙羽自身の実力も調べられることになるかもしれない」


琴は真面目な顔で説明した。


「まぁ、召喚契約の仕組みや本人の実力を確認せずに、すぐSランクと認定されるとは限りませんが……。乙羽が規格外の存在だと判断されれば、特別な扱いを受ける可能性はありますね」


リーゼロッテも補足する。


「特別な扱いって、要するに目立つってことだろ!?」


柳が乙羽を見る。


「……乙羽、お前、本当に普通の学校生活を送りたいんだな」


「そうだよぉ……!なんでSランクとかいう話になるのぉ……」


「ふふっ。ですから、私のことはあまり大っぴらに自慢しない方がいいのですよ」


「それを言ったの先生だよねぇ!?」


「おや、そうでしたか?」


「そうでしたか、じゃないよぉ!」


柳はとうとう吹き出し、琴も口元を押さえて笑った。


「まぁまぁ、今すぐどうこうって話じゃねぇよ。まずは10層まで行けるかどうか、そこからだな」


「そうだな。実際に進んでみなければ、何が待っているかもわからない」


琴は頷いた。


乙羽も、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻す。


(そうだよねぇ。まだ3層までしか行ってないんだし……)


先のことを心配しても仕方がない。


そう自分に言い聞かせた。


ただ、隣ではリーゼロッテが、何やら楽しそうに微笑んでいる。


「乙羽。Sランクになれば、きっと活動の幅も広がりますよ?」


「ならないからねぇ!?」


乙羽の悲鳴が、再びファミレスに響いた。


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