「……頑張ってみるよぉ」
「なあ、今使える魔法の確認だけしてもいいか? 秘匿情報に当たるかもしれないけどさ」
柳が少し遠慮がちに尋ねた。
「そうだな。今後の戦略に組み込めるかもしれないし、把握しておいて損はないだろう」
琴も頷く。
乙羽は少しだけ考えた。
自分の力を全部話すのは避けたい。けれど、2人と一緒にダンジョンへ潜る以上、連携に必要な情報まで隠すわけにはいかない。
「えっとぉ……」
乙羽が答えようとしたところで、リーゼロッテが指を折りながら口を開いた。
「回復魔法、支援魔法、攻撃魔法、召喚魔法、それからテイムですかね」
「お前なんなんだよw」
柳が即座に突っ込んだ。
「いや、待て。多くないか?」
琴まで思わず目を細める。
「回復と支援だけでも十分にありがたいのに、攻撃魔法に召喚魔法、それにテイムまで使えるのか?」
「ええ。乙羽は器用ですからねぇ」
リーゼロッテは、まるでごく普通のことを説明するように微笑んだ。
「いやいやいや! 器用で片づけていい数じゃねぇだろ!」
柳は頭を抱えた。
「しかも、攻撃魔法は威力がおかしい。回復と支援も使える。召喚にテイムまでって……乙羽、お前、本当にレベル2なんだよな?」
「そ、そうだよぉ?」
乙羽は視線を泳がせた。
(先生ぇ! なんでそんなにさらっと全部言っちゃうのぉ!)
もちろん、リーゼロッテは乙羽がどこまで隠したいのかを理解している。
だからこそ、今挙げたのは、すでに周囲に知られているか、今後の連携に関わる範囲の能力だけだ。
本当の実力まで明かしたわけではない。
「……まあ、使えるものがわかったのは助かる。全部を一度に使う必要はないからな」
琴は一度息をつき、冷静さを取り戻した。
「そうだな。乙羽は攻撃だけじゃなくて、回復や支援でも俺たちを助けられるってことだ。そこを前提に作戦を考えようぜ」
「うん……それなら、できると思うぅ」
乙羽は少しだけ安心した。
自分の力を全部見せなくても、仲間と協力する方法はある。
せめて、このくらいの話で収まってくれればいいのだけれど。
「ところで先生、召喚魔法とテイムって、どう使い分けてるんだ?」
柳がさらに尋ねた。
「おや?」
リーゼロッテの目が、楽しそうに輝いた。
「それはですねぇ……」
(あっ、これ長くなるやつだぁ……)
乙羽はそっと、冷めかけた紅茶に手を伸ばした。
「基本的に、テイムというのは連れていく獣魔を扱うものですね」
リーゼロッテは、柳の質問に答えるように説明を始めた。
「一方、召喚というのは、こちらに来てもらい、用事が終われば召喚獣には元の場所へ戻ってもらうものです」
「なるほど……。呼び出している間だけ、こっちに来てもらうってことか」
柳が頷く。
「そういうことです。テイムされた獣魔は、基本的に主人についていくことになります。元の場所に戻れない場合もありますし、主人と一緒に暮らすのではなく、どこかの住処に住んでもらうこともありますね」
「へえ。じゃあ、召喚とテイムじゃ、かなり違うんだな」
「ええ。契約の仕方も、関係性も違いますから」
リーゼロッテはそこで、少しだけ表情を和らげた。
「ちなみに、私の場合は乙羽の魔力によって、この世界に来ています。乙羽が『帰って』と言えば帰ることはできますが……」
彼女は乙羽の隣に寄り、にっこりと笑った。
「私は嫌ですね」
「先生、そこは即答なんだなw」
柳が吹き出した。
「だって、せっかく乙羽と一緒にいられるのですよ? わざわざ帰りたいと思いますか?」
「お、おう……。まあ、そうだな」
あまりにも迷いのない返答に、柳も少しだけ言葉に詰まる。
琴は小さく頷いた。
「つまり、先生は乙羽に呼ばれているけれど、自分の意思で一緒にいるわけだな」
「もちろんです!」
リーゼロッテは胸を張った。
「私は乙羽の先生ですし、友人でもありますからね」
「……先生ぇ」
乙羽は少し照れくさそうに、リーゼロッテを見上げた。
(そういうこと、さらっと言うんだからぁ……)
「なるほどな。召喚魔法っていうから、呼び出したら命令に従う存在なのかと思ってたぜ」
「そのあたりも、召喚の仕組みや契約によって違いますよ。少なくとも、私をただの召喚獣だと思われるのは心外ですねぇ」
「はいはい、先生は特別ってことなw」
柳が笑い、琴も小さく口元を緩めた。
「……でも、そうなると乙羽の召喚魔法も、どういう相手を呼べるのか気になるな」
「えっ?」
乙羽の笑顔が、ぴたりと止まった。
(……そこまで話が進むのぉ?)
魔法の説明をしていただけのはずなのに、いつの間にか自分の能力をさらに掘り下げられそうになっている。
乙羽は助けを求めるようにリーゼロッテを見た。
すると先生は、楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ。それは、また別のお話ですね」
(先生ぇ……!)
乙羽は心の中で悲鳴を上げた。
「そうですね。今、私を召喚していることで、相当な枠を使っているわけです」
リーゼロッテは、どこか得意げに人差し指を立てた。
「ゲームでよくあるでしょう? コストというものですよ」
「ああ、パーティーの編成とかで使う、あれか?」
「そうです! 私、これでも数千年生きているフェアリープリンセスですよ? 他の召喚が入れる隙がないくらいに強いんです!」
リーゼロッテは胸を張った。
「ですから、今の乙羽が追加で召喚できるとしたら、ただの愛玩動物のような、弱い子になってしまうでしょうね」
「なるほど。先生を呼び出してる分、召喚魔法で別の相手を呼ぶのは難しいってわけか」
柳は納得したように頷いた。
「先生は元の世界では強者ということか?」
琴が確認するように尋ねる。
「ん~……知らないかなぁ……」
乙羽は曖昧に首を傾げた。
実際、リーゼロッテが強いことは知っている。
一緒にダンジョンを攻略したことだってあるのだから。
ただ、どれほどの立場で、どれほど特別な存在なのかとなると、乙羽にも詳しく説明できるわけではなかった。
「私は妖精女王とは血縁ではありませんが、プリンセスというのは種族名なので」
リーゼロッテは、いつもの調子で続けた。
「まぁ、あちらの世界でいうなら……世界に5人ほどしかいない、プリンセスという種族に至った存在。そう思ってもらえればいいですね」
「……は?」
柳の顔から笑みが消えた。
「ちょ、ちょっと待て。世界に5人ほどしかいないってことか?」
「ええ。あちらの世界では歴史書に出るくらいの働きをしてますよ?」
「やべぇじゃん……」
「確かに、ただの召喚獣と呼ぶには規格外だな……」
琴も珍しく困惑している。
一方のリーゼロッテは、2人の反応を見て満足そうに頷いていた。
「ふふん。少しは私のすごさがわかりましたか?」
「先生、今めちゃくちゃ得意げだなw」
「当然です!」
「いや、まあ、すごいのはわかったけどよ……」
柳は乙羽へ視線を移した。
「お前、そんな存在を普通に連れ歩いてるのか?」
「えっとぉ……気づいたら一緒にいるのが普通になってたからぁ……」
「その感覚がもうおかしいんだよ!」
「えぇ……?」
乙羽は困ったように眉を下げた。
(だって先生は先生だしぃ……)
数千年生きていようが、世界に5人ほどしかいない種族だろうが。
乙羽にとってリーゼロッテは、異世界で魔法を教えてくれた大切な先生なのだ。
そんな相手を、今さら特別扱いしろと言われても困ってしまう。
「……まあ、いい。先生がとんでもなく強いってことはわかった」
柳は深く息を吐いた。
「ただ、これで乙羽の召喚魔法については、あんまり期待しないほうがよさそうだな」
「そうですね。私がいる限り、追加の召喚は難しいでしょう」
リーゼロッテはあっさりと認めた。
「……なんか、先生がいるだけでパーティーの戦力がすごいことになってないか?」
「今さらだろう、柳」
琴の冷静な一言に、柳はぐっと言葉を詰まらせた。
乙羽は、そんな2人のやり取りを聞きながら、そっと紅茶を飲んだ。
(……お願いだから、これ以上私のことまで掘り下げないでねぇ……)
「まぁ、乙羽が今のような狭いダンジョン空間で、無理に魔法を使うのはやめておいた方がいい。私もそこには賛成しましょう」
リーゼロッテは、先ほどまでの得意げな顔を引っ込め、真面目な表情で続けた。
「ですが、訓練を怠ってはいけませんよ」
「はぁい……。じゃあ、広いエリアで魔法を使えばいいんだねぇ?」
「基本的にはそうですね。周囲の安全を確認したうえで、使い方を練習していきましょう」
「いや、乙羽。あたし達がもう追い詰められたって時は、遠慮なく使ってくれ」
柳がすぐに口を挟んだ。
「そうだな。仲間が危険な状況なら、威力を気にして手をこまねいているわけにもいかない」
琴も頷く。
「ただし、できる限り最弱の魔法で頼む」
「そうだなぁ……」
柳は腕を組み、何かを思いついたように顔を上げた。
「先生、ゲームとかでよくあるキャンセルってのはどうだ?」
「キャンセル、ですか?」
「例えば火魔法なら、完成する前にボール程度の大きさの火だけ出して、そのまま投げるとかさ。最後まで魔法を完成させなければ、威力も抑えられるんじゃないか?」
「なるほど……」
琴も興味深そうに頷いた。
「大きな魔法をそのまま使うのではなく、途中で止めて利用するわけか」
「そうそう。完成させる前にやめられるなら、使い道はありそうだろ?」
2人の視線がリーゼロッテへ集まった。
「そうですねぇ……」
リーゼロッテは少し考えてから、乙羽へ視線を向けた。
「乙羽は無詠唱で魔法を使えますから、ある程度、自分の好きなタイミングで魔法の構築をやめることはできるはずです」
「ふむ……。じゃあ、途中で止めること自体は可能なのか」
「ええ。ただし、途中で止めれば、すべての魔力が即座に消えるというわけではありません」
リーゼロッテはテーブルの上で指先を動かし、説明を続けた。
「魔法の構築を中断しても、残った魔力はすぐに消えるわけではないのです。その残りかすを攻撃に利用できるかどうかは、訓練次第でしょうね」
「つまり、完成前の火を投げるってのも、練習すればできるかもしれないってことか!」
「可能性はあります。ただ、途中で止めた魔法がどういう形で残るのか、どの程度の力を持つのか。それを確かめる必要はありますね」
「おお……! なんか、急に現実的な対策が出てきたな!」
柳は嬉しそうに身を乗り出した。
「乙羽、これならどうだ? 大きな魔法を使わずに済むし、威力の調整もしやすくなるかもしれないぜ」
「えぇ……。途中で止めるのぉ……?」
乙羽は困ったように首を傾げた。
魔法を使うだけでも大変なのに、完成させずに止めて、さらにそれを攻撃に利用する。
聞いているだけなら便利そうだが、実際にできるかどうかは別の話だ。
「まぁ、最初から上手くできるとは思わないことですね。まずは安全な場所で、少しずつ試してみましょう」
リーゼロッテは優しく微笑んだ。
「はぁい……」
乙羽は力なく返事をする。
(普通の女の子になりたいだけなのに、どうして魔法を途中で止める練習まで始まるんだろう……)
けれど、柳と琴が自分のために真剣に考えてくれているのはわかっていた。
それに、もし本当に魔法をうまく制御できるようになれば、今より安心してダンジョンに潜れるかもしれない。
「……頑張ってみるよぉ」
乙羽は小さく息を吐き、そう答えた。
「よし! じゃあ、次の探索までに先生と特訓だな!」
「柳、勝手に予定を決めるな。乙羽にも都合があるだろう」
「おっと、そうだった。悪い悪い!」
「ふふっ。大丈夫ですよ。帰ったら、私がしっかり見てあげますからね」
「先生ぇ……ほどほどにしてねぇ……」
乙羽の願いが聞き届けられるかどうかは、まだわからなかった。




