「普通の女の子になりたいだけな のにぃ……」
ファミレスでコラボメニューを注文し終えた一行は、ようやく本来の目的である反省会を始めることになった。
テーブルには料理と飲み物が並び、リーゼロッテの前には、注文特典のグッズが入った袋が大切そうに置かれている。
「さて、と。じゃあ、今回の反省会を始めるぞ!」
柳が仕切り直すように手を叩いた。
「まずは先生のことからだな」
「私ですか?」
リーゼロッテが不思議そうに首を傾げる。
「そうだよ。先生、ゲームのやりすぎ!」
柳がびしっと指を向けた。
「……ゲームのやりすぎ、ですか?」
「ダンジョンで魔物を大量に集めようとしただろ! あれ、ゲームなら効率のいいやり方なのかもしれないけど、現実じゃ人の命がかかってるんだぞ!」
「そうだな。ゲームと現実では、失敗したときの結果が違う。ゲームならやり直せることもあるが、現実ではそうはいかない」
琴も真剣な顔で続けた。
「今回、私たちは先生がいるから助かった場面も多かった。だが、他の冒険者まで巻き込むようなことになれば、取り返しがつかない」
「むぅ……」
リーゼロッテは少し考え込んだ。
「確かに、他の冒険者を巻き込むのは問題ですね。そこは反省します」
素直に認めた先生を見て、柳は少しだけ表情を和らげた。
「それに、あたし達はまだレベルが低いんだ。いきなり大量の魔物を連れてこられても困るんだよ」
「ですが、乙羽が処理すれば問題ないのでは?」
「先生?」
乙羽がじっとリーゼロッテを見た。
「……えっ、何か問題が?」
「大ありだよぉ……」
乙羽は頬杖をついた。
「それじゃあ、私と先生だけのパーティーになっちゃうでしょぉ……。柳ちゃんと琴ちゃんにも戦ってもらいたいし、私だって、みんなで攻略したいんだよぉ」
「そういうことだ」
琴が頷いた。
「乙羽が強いからといって、すべてを任せていては、私たちがパーティーを組んでいる意味がなくなる。私たち自身も成長しなければならないからな」
「なるほど……。確かに、それでは乙羽と一緒に攻略する意味が薄れてしまいますね」
リーゼロッテも納得した様子だった。
「先生は強いから、どうしても効率を優先しがちなんだろうけどさ。あたし達はまだまだこれからなんだ。そこは分かってくれよ」
「はい。今後は皆さんの実力に合わせて、無理のない攻略を心がけます」
「よし! それならオッケーだ!」
柳は満足そうに頷いた。
そのやり取りを聞きながら、琴がふと口を開く。
「……もっとも、このパーティーがいつまで続くかは分からないがな」
「え?」
乙羽が顔を上げた。
「私たちは学生だ。卒業や進路のこともある。いずれ、それぞれ別の道を進むことになるかもしれない」
「まぁ、そうだな……」
柳は少しだけ声の調子を落とした。
「いつ解散になるかなんて、今は分かんない。でもさ、あたしはこのパーティー、結構気に入ってるんだよな」
「私もだ」
琴は迷いなく答えた。
「乙羽は規格外だし、先生もいろいろと規格外だが……。一緒に攻略するのは楽しい。だから、今のうちはこのメンバーでできることを増やしていきたいと思っている」
「琴、今さらっとあたしまでまとめて規格外扱いしなかったか?」
「気のせいだ」
「絶対気のせいじゃねぇだろ!」
いつもの調子で言い合う2人を見て、乙羽は小さく笑った。
(……そっかぁ。2人とも、このパーティーのこと気に入ってくれてるんだぁ……)
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
乙羽自身、目立ちたくない気持ちは変わらない。それでも、柳や琴と一緒にダンジョンを攻略する時間が嫌いなわけではなかった。
むしろ、2人が自分を仲間として見てくれていることが、少し嬉しかった。
「……えへへ。私も、みんなと一緒に攻略するの、楽しいよぉ」
「おっ、乙羽もそう思ってくれてるのか!」
柳が嬉しそうに身を乗り出す。
「もちろんだよぉ。ただ、先生が急に魔物をいっぱい連れてきたりしなければ、もっと安心できるかなぁ……」
「うっ……。善処します」
リーゼロッテは少し気まずそうに目をそらした。
「そこはちゃんと反省してくれよ、先生!」
ひとしきり笑ったあと、琴が姿勢を正した。
「……さて。次の問題だ」
「まだあるのかよ?」
「むしろ、こちらが本題かもしれないな」
琴の視線が乙羽に向く。
乙羽は嫌な予感を覚えた。
「……な、なにかなぁ?」
「乙羽。お前の火力についてだ」
「……あぁ~」
乙羽はすぐに目をそらした。
柳も真剣な表情で頷く。
「今回の火魔法も雷魔法もそうだけどさ……。ちょっと威力がおかしくないか?」
「ちょっと、なのかなぁ……?」
「そこは自覚してるんだな……」
「だってぇ……。先生が最弱魔法とか初心者魔法でいいって言ったんだよぉ……」
「乙羽、魔法の基礎的な威力と、実際に放たれる魔法の威力は別の話ですからね」
リーゼロッテは、どこか教師らしい顔で説明した。
「乙羽の魔力制御は上達していますが、魔法そのものの威力については、まだ調整が必要かもしれません」
「先生、そこはもっと早く教えてほしかったよぉ……」
「すみません。私も、ここまでの差が出るとは思っていませんでした」
「先生でも予想できなかったのかよ……」
柳は額に手を当てた。
「いや、今回だけなら、すげぇ魔法を使える奴がいたって話で済むかもしれない。でも、これが続いたら、そのうち苦情が来そうなんだよな」
「苦情?」
乙羽が恐る恐る聞き返す。
「そりゃそうだろ。ダンジョンで大きな爆発を起こしたり、通路を丸ごと焼いたりしたら、他の冒険者だって驚くし、危険を感じるだろうからな」
「冒険者協会としては、ダンジョン攻略が進むこと自体は歓迎されるかもしれない。だが、ダンジョンにいるのは私たちだけではないんだ」
琴の声は真剣だった。
「乙羽の魔法が他の冒険者に被害を与えるようなことになれば、問題になる。威力が高いこと自体が悪いわけではないが、使う場所や状況は考えなければならない」
「うぅ……」
乙羽は困ったように眉を下げた。
柳が少し身を乗り出す。
「だからさ、乙羽。どうにかできないか? 魔法を使うたびに周りを吹っ飛ばすわけにもいかないだろ?」
「私たちも、乙羽の力に頼りたい場面はある。だが、毎回あの威力では、安心して任せることも難しい」
琴も率直に告げた。
「……お前の力を否定したいわけじゃないんだ。ただ、これからも一緒に攻略していきたいからこそ、何か方法がないか相談したい」
2人の言葉に、乙羽はしばらく考え込んだ。
魔法を使えば、思った以上の威力が出てしまう。
かといって、何もしなければ柳と琴を守れない場面もある。
どうすればいいのだろう。
「んぅ~……」
乙羽は腕を組み、うなりながら考えた。
そして、ぽつりと口を開く。
「……使わない方がいいと思うよぉ……」
「は?」
柳が固まった。
「いや、魔法を使わないって、それじゃあ本末転倒だろ!?」
「ううん。攻撃魔法を、ってことだよぉ」
乙羽は慌てて補足した。
「私、支援魔法と回復魔法は使えるしぃ……。だったら、攻撃は格闘を中心にして、みんなの支援と回復をする役に回ればいいんじゃないかなぁ……?」
「格闘を中心に、支援と回復……?」
琴が考え込むように繰り返した。
「うん。支援と回復ができる格闘家とか、どうかなぁ……」
乙羽は、これなら魔法の威力を気にせずに済むのではないかと、少しだけ期待を込めて2人を見た。
しかし。
「……乙羽」
柳が、ものすごく言いにくそうな顔をしていた。
「それ、普通の格闘家って言っていいのか……?」
「えぇ……? 格闘家は格闘家だよぉ……?」
「いや、支援も回復もできる格闘家って時点で、だいぶ普通じゃない気がするんだが……」
琴も静かに頷いた。
「それに、乙羽の場合、普通に殴るだけでも威力が問題になるのではないか?」
「…………あっ」
乙羽は、ようやくそのことに気づいたように口を閉じた。
「……どうしようぅ……」
乙羽はテーブルに視線を落とし、しょんぼりと肩を落とした。
そして、ぽつりと本音をこぼす。
「……私は目立ちたくないの。普通な女の子がいいんだよぉ……」
「乙羽……」
柳が少しだけ表情を変えた。
「今でさえ、殴り賢者とかいうあだ名つけられてるしぃ……。攻撃魔法の威力も、なんかおかしいし……」
乙羽は頬を膨らませる。
「別に、制御したくないってわけじゃないんだよぉ……。威力が自分でも変なのはわかってるけどぉ……」
そこで言葉を切り、困り果てたように両手を広げた。
「……ムリなんだもん」
いつもの間延びした口調だったが、その声には本気で困っている様子がにじんでいた。
柳はすぐには返事をしなかった。
琴も、乙羽の顔をじっと見つめている。
これまでの乙羽は、どれだけ規格外のことをしても、どこか困惑しているだけに見えた。だが、目立ちたくないという気持ちは、最初から変わっていないのだろう。
「……そっか」
柳が、少し声を落として言った。
「乙羽は別に、強いところを見せたいわけじゃないんだよな」
「うん……。普通に学校に通って、みんなとご飯食べて、たまにダンジョンに行って……。そういうのでいいんだよぉ……」
「いや、最後のは普通なのか?」
「そこは今、突っ込まないでよぉ……」
乙羽が恨めしそうに柳を見る。
琴は小さく息を吐いてから、静かに頷いた。
「わかった。なら、無理に攻撃魔法を使う必要はない。私たちも、乙羽が目立たずに済む方法を考えよう」
「琴ちゃん……」
「ただし、危険なときまで無理に力を抑えろとは言わない。自分や仲間の安全が最優先だ。それだけは忘れるな」
「……うん」
乙羽は、少しだけ表情を和らげた。
柳も腕を組み、考え込む。
「じゃあ、次からは基本的にあたしと琴で攻撃する。乙羽は支援と回復を中心にして、どうしても必要なときだけ攻撃するってのはどうだ?」
「それなら、少しは目立たずに済むかなぁ……」
「少なくとも、通路を焼き払うよりはいいだろうな」
琴の言葉に、乙羽はこくこくと頷いた。
「うん……! それがいいよぉ……!」
ようやく解決策が見えてきた気がして、乙羽の顔に安堵が浮かぶ。
――しかし。
「ですが、乙羽」
リーゼロッテが、ここで口を挟んだ。
「格闘を中心にするのでしたら、拳の威力についても考えなければいけませんね」
「…………」
乙羽の表情が、ぴたりと止まった。
「普通に殴っても、魔物が吹き飛んじゃうんだよねぇ……」
「はい。ですから、攻撃魔法を使わないだけでは解決しません」
「……うぅ。先生、そこは黙っててほしかったよぉ……」
乙羽はテーブルに突っ伏した。
柳と琴は顔を見合わせる。
どうやら、乙羽が普通の女の子になるための道のりは、まだまだ長そうだった。
「……とりあえず先生」
柳が、テーブルに突っ伏している乙羽を横目に、リーゼロッテへと向き直った。
「先生は乙羽の最弱の魔法を把握してるんだろ? 実際、どのくらいの威力になるんだ?」
「そうですねぇ……」
リーゼロッテは少し考えるように顎に手を当てた。
「レベル50程度の冒険者が使う中級魔法、といったところでしょうか」
「…………は?」
柳の動きが止まった。
琴も、飲み物を口に運ぼうとしていた手を止める。
「……どういうことなんだよ……」
琴の声が、いつもより低くなった。
「ええと、つまり……乙羽が最弱の魔法を使っただけで、レベル50程度の冒険者が使う中級魔法くらいの威力が出る、ということか?」
柳が確認するように聞き返す。
「はい。おおむね、その認識で間違いありません」
リーゼロッテはあっさりと頷いた。
「いやいやいや! それ、最弱の魔法って言っていいのか!?」
柳が思わずテーブルに身を乗り出す。
「だって、先生が最弱魔法でいいって言ったんだよぉ……」
乙羽が顔を上げ、恨めしそうにリーゼロッテを見た。
「ええ。乙羽の魔法の中では最弱ですから」
「そういう問題じゃないよぉ……!」
「……待て。そもそも、レベル50の冒険者が使う中級魔法というのは、どの程度のものなんだ?」
琴が冷静さを取り戻そうとしながら尋ねた。
「一般的には、低級の魔物なら一撃で倒せることもありますし、中級の魔物に対しても十分な威力を発揮しますね。もちろん、魔法の種類や相手の耐性にもよりますが」
「それを……乙羽は最弱の魔法でやるのか……?」
「そうなりますね」
「…………」
柳と琴は、揃って乙羽を見た。
乙羽は困ったように眉を下げる。
「だ、だからぁ……。私だって、普通に魔法を使いたいんだよぉ……」
「いや、普通の基準がもう分からないんだが……」
柳が頭を抱えた。
琴も深く息を吐く。
「これでは、攻撃魔法を使わないようにするという方針も、単なる対症療法にしかならないな……」
「うぅ……。どうしたらいいのぉ……」
乙羽の悲しげな声が、ファミレスのテーブルに響いた。
リーゼロッテはそんな乙羽を見て、少し考えてから口を開く。
「やはり、魔法の威力を抑える練習をする必要がありますね。乙羽、帰ったら改めて訓練しましょう」
「……はぁい」
返事はしたものの、乙羽の表情は晴れなかった。
普通の女の子として過ごしたいだけなのに、どうして魔法の訓練まで必要になるのだろう。
そんな疑問を胸に抱きながら、乙羽は残っていたソフトクリームをひと口食べた。
「じゃあ、乙羽のあのパンチは、最弱の魔法を拳に付与させた威力ってことか?」
柳が思いついたように尋ねる。
「当ててなかっただろう、あれは」
琴が冷静に突っ込んだ。
「た、たしかに……」
「ふむ……魔力が勝手に付与される、という可能性はあるかもしれませんね」
リーゼロッテは、いかにも考え込んでいるように頷いた。
「魔力が勝手に付与されるとかはありそうだな」
柳も納得したように頷く。
「最弱でもAランク相当の冒険者の魔法クラスとなると、魔力が漏れ出ているのかもしれないな」
琴も真面目に考察を続けた。
「んぅ……そうしてほしいかなぁ……」
乙羽は小さく呟く。
(今さら、ただ殴ってるだけなんて言えないよぉ……)
もちろん、リーゼロッテは知っている。
乙羽が魔力など一切使わず、ただ拳を振るっているだけだということを。
それでも、乙羽が自分の力を隠したがっているのはわかっている。
だから、あえて否定しない。
2人の推測に少しだけ話を合わせて、乙羽が困らないようにしているのだ。
「なるほど……その可能性も考慮しておきましょう」
リーゼロッテは穏やかに微笑んだ。
乙羽は、そんな先生の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
(先生ぇ……ありがとぉ……)
もちろん、口には出さない。
ここで感謝などしたら、柳と琴に余計なことを聞かれるかもしれないからだ。
「それで、今回の雷魔法だが……あれはどうしたものだろうか」
琴が話題を切り替えた。
「ああ、あれは正直助かるぜ? 敵をまとめて止められるんだからな。あれも最弱で使ってたのか?」
「そうだねぇ……。バチッてさせるつもりが、なんか出ちゃったねぇ……。麻痺させる程度にしたつもりなんだよぉ?」
乙羽は困ったように頬を掻いた。
本当は、相手の動きを少し止められれば十分だった。
それなのに、気づけば雷が一直線に走り、想定以上の威力を発揮していたのだ。
「ダンジョンが今のタイプじゃなかったら使えるんじゃないか? 外のエリアとかよ」
柳がテーブルに肘をつきながら提案する。
「外のエリア?」
「おう。今回みたいな狭い通路じゃなくて、周囲に十分な空間がある場所なら、多少派手な魔法でも使いやすいだろ?」
「そうだな。火魔法は火事になりそうだが、風や雷なら、そこまで被害はないかもしれないぞ」
琴も同意した。
「乙羽、今の狭い場所が悪いだけなんだ。そう考えてみたらどうだ?」
「狭い場所が……悪いだけ……」
乙羽は、琴の言葉をゆっくりと繰り返した。
たしかに、今回のダンジョンでは通路も部屋も狭かった。
少し威力が大きくなっただけで、壁や床に被害が出る可能性がある。火魔法なら火災の心配もあるし、雷魔法も味方を巻き込まないとは限らない。
けれど、十分に広い場所なら。
周囲への被害を気にせず、敵の動きを止めるために魔法を使えるかもしれない。
「……そっかぁ。場所によって使い分ければいいんだねぇ」
乙羽の表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
「そういうことだ。全部使うなって話じゃねぇんだよ」
柳は笑って言った。
「乙羽の魔法が役に立つのは、あたし達だってわかってる。だから、どうすれば安全に使えるかを考えればいいんだ」
「……ああ。私たちも一緒に考える」
琴も静かに頷く。
乙羽は2人の顔を見比べた。
目立ちたくない。普通の女の子として学校生活を送りたい。
それは今も変わらない。
けれど、自分の力を全部封じ込めることだけが、正解というわけでもないのかもしれない。
「……ありがとぉ。ちょっとだけ、考えてみるねぇ」
乙羽は小さく笑った。
(……できれば、普通に使える魔法が1つくらいあってほしいんだけどなぁ……)
そんな本音は、やっぱり口には出さなかった。




