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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「せ、先生……。これ、上達してるのかなぁ……?」

「よし、扉も開かねぇし、ここで立ち止まってても仕方ねぇな。先に進もうぜ!」


柳の声を合図に、一行は宝箱の罠があった部屋を後にした。


リーゼロッテはフェンちゃんの背に乗ったまま、空間魔法で把握した地図を確認している。


「この先を進めば、階段に近づけるはずです」


「はずって言ったぁ……」


「地図は正確ですよ?」


「先生がそう言うと、なんか不安になるんだよぉ……」


「ひどいですね、乙羽」


そんな二人のやり取りに、配信のコメント欄が流れていく。


『先生への信頼が揺らいでるw』


『地図は完璧でも本人の行動が信用できない』


『フェンちゃん、今度は安全運転で頼むぞ』


「フェンちゃんは安全運転ですよ。ね?」


リーゼロッテが声をかけると、銀色の狼は小さく鳴いた。


そのまま通路を進んでいると、琴がふと足を止めた。


「待て。天井に何かいる」


全員が顔を上げる。


薄暗い天井に張り付いていたのは、半透明のスライムだった。しかも一匹ではない。通路の先にも、いくつかの影が見える。


「うわっ、上からかよ!」


柳が声を上げた瞬間、スライムが落ちてきた。


「柳、下がれ!」


琴が柳の肩を引いて後退させる。落下したスライムは床にべちゃりと広がった。


「助かった、琴!」


「礼はいい。あれに触れるな。装備にまとわりつかれると厄介だ」


琴は剣を構え、落ちてきたスライムを素早く切り払う。柳も距離を取りながら、通路の端にいる個体を確実に仕留めていった。


乙羽は二人の動きを見守りながら、支援魔法がきちんと働いていることを確認する。


(うん……二人ともちゃんと戦えてる。私が余計なことをしなければ大丈夫そう……!)


『天井チェック大事だな』


『琴さんの反応速い!』


『柳ちゃんも冷静に距離取ってるのいいね』


『乙羽ちゃん、ちゃんと二人を見てるんだな』


最後のコメントを見た柳が、少し得意げに笑った。


「へへっ、支援をもらってるからな。これくらいはやらねぇと!」


「調子に乗るな。まだ先があるぞ」


琴に釘を刺され、柳は「わかってるって!」と返した。


一行はスライムを片付け、再び通路を進んでいく。


ところが、今度は壁から乾いた音が響いた。


カチッ。


「――罠だ!」


琴が叫ぶ。


直後、壁の小さな穴から矢が飛び出した。


柳は身をひねってかわし、琴も剣で矢の軌道をそらす。乙羽は反射的に動きかけたものの、二人が自力で対処できているのを見て踏みとどまった。


「危ねぇ……! 今度は矢かよ!」


柳が壁を睨む。


「穴の位置を見ろ。一定間隔で並んでいる。中央を通るのは避けたほうがいい」


「なるほどな。壁際を歩けばいいってわけか」


『罠の位置を見て進路を変えるの大事』


『矢は一発だけとは限らないから、発動した後も確認してね』


「よし、コメントもそう言ってるな。慎重に行くぞ!」


柳はコメントを参考にしながら、琴と一緒に矢の射線を避けて進んでいく。


乙羽も二人の後ろをついていった。


(よかったぁ……。今のところ、私が何かしなくても進めてる……)


そう思った直後だった。


「うおっ!?」


柳の足元が突然崩れた。


床の一部が落ち、深い穴が口を開ける。底には鋭い杭が並んでいた。


「柳!」


琴がとっさに腕をつかみ、落下しかけた柳を引き戻す。


柳は穴の縁にしがみつきながら、青ざめた顔で底を覗いた。


「……いや、これ洒落にならねぇだろ!」


「だから足元も確認しろと言っただろう」


「天井と壁を見てたら床が抜けたんだよ!」


「言い訳するな」


「厳しいな、おい!」


『これは普通に危険』


『落とし穴は前方の床の色や継ぎ目も見るといいよ』


『琴さんナイス救助!』


琴は柳を引き上げてから、床の継ぎ目を確かめた。周囲にも同じ仕掛けがある可能性を考え、剣の先で床を軽く叩きながら進路を探る。


柳も気を取り直し、今度は慎重に足元を確認し始めた。


乙羽は穴の底を覗き込んだ。


(うわぁ……あれに落ちたら大変だよぉ……。ダンジョンって、魔物だけ気をつければいいわけじゃないんだねぇ……)


「乙羽、下がっていろ。床がどこまで仕掛けになっているかわからない」


「はぁい」


琴に言われ、乙羽は素直に後ろへ下がった。


リーゼロッテはフェンちゃんの背で地図を確認しながら、落ち着いた様子で通路の先を見渡した。


「落とし穴に、壁の矢、天井からのスライム……。よくある仕掛けですが、連続して配置されているようですね」


「先生、こういうの慣れてるんだねぇ……」


「ええ。ダンジョン攻略では、魔物だけでなく罠への警戒も基本ですから」


リーゼロッテは地図と実際の通路を見比べた。


「地図で通路の構造は把握できますが、個々の罠がどこに仕掛けられているかまでは別の話です。皆さんも、引き続き足元や壁に注意してくださいね」


「はーい……。先生が最初からそう言ってくれると、ちょっと安心するよぉ」


『先生、やっぱり攻略経験者なんだな』


『地図があっても罠は別か。そりゃそうだよな』


『乙羽ちゃん、先生にはちゃんと頼ってるんだねw』


その後も一行は、壁の仕掛けを確認し、床の怪しい場所を避けながら通路を進んだ。


柳と琴は手際よく罠を見抜いていく。時にはコメントの助言も参考にしながら、危険な場所を避けて進んでいた。


だが、罠を見つけるたびに立ち止まる必要があり、思うように進めない。


「くっそー! 魔物を倒すより、罠を調べるほうが面倒じゃねぇか!」


柳が額の汗をぬぐった。


「罠があるとわかっているなら、確認するしかないだろう」


「わかってるけどよぉ……。こうも続くと、さすがに嫌になるぜ」


柳は通路の先を睨み、それから乙羽へ視線を向けた。


「……なあ、乙羽。ここら辺、魔法でまとめて焼いてくれねぇか?」


「えっ?」


「罠も魔物も、まとめてどうにかできたら楽だろ?」


「そ、そうだけどぉ……」


乙羽は困ったように視線を泳がせた。


(最弱魔法だと、どうしてああなるのかよくわからないんだよねぇ……。だったら、普通の初級魔法なら……もう少し加減できるのかなぁ?)


これまでの失敗を思い返し、乙羽は慎重に魔力を練った。


(うん。今度は普通の火魔法。初心者が使うくらいの、普通のやつ……!)


「えっと……じゃあ、少しだけねぇ……」


乙羽が前方へ手を向けた。


次の瞬間。


ゴォォォォォッ!!


十メートル近く先まで、一直線に炎が噴き出した。


まるで巨大な火炎放射器のような炎が通路を走り、床や壁に仕掛けられていた罠をまとめて焼き尽くしていく。奥にいた魔物たちも炎に呑まれ、あっという間に姿を消した。


炎が収まった頃には、通路の先はすっかり静かになっていた。


「…………」


「…………」


柳も琴も、しばらく言葉を失っていた。


乙羽はゆっくりと手を下ろす。


(……あれぇ? また、やりすぎちゃった……?)


「お……おう……助かった……」


柳が半歩ほど後ずさった。


「罠も焼き切れたんじゃねぇか……? いや、うん。すげぇな……」


「乙羽……お前、今のを初級魔法のつもりで撃ったのか?」


琴の問いに、乙羽はおずおずとうなずいた。


「う、うん……。普通の火魔法なら、ちょっとは調整しやすいかなって……」


「普通……?」


柳の声が裏返った。


『ちょっと待ってwww』


『通路ごと焼いてるんだが!?』


『火炎放射器どころか業務用超えてる』


『罠対策としては完璧……なのか?』


『乙羽ちゃん、初級魔法って言葉の意味知ってる?』


『主席パイセン、これ見てどう思う?』


コメント欄が一気に流れ始めた。


その中に、見慣れた名前が現れる。


『政宗:魔力の放出方向を絞り、一定距離まで維持したのか。威力だけでなく制御も異常だな(2000円)』


柳はコメントを見つけると、思わず声を上げた。


「主席パイセン! 分析してる場合か! これのどこが普通なんだよ!」


『政宗:普通とは言っていない(100円)』


「そこは否定しねぇんだな!?」


『wwwww』


『主席君、もう完全に応援側で草』


『でも分析はやめないんだなw』


琴は焼け焦げた通路を確認し、警戒を解かないまま剣を収めた。


「……少なくとも、目の前の罠はなくなった。進めるかどうか確認しよう」


「そうだな……。うん。助かった。マジで助かったよ、乙羽」


柳の言葉に、乙羽は小さく頭を下げた。


「ど、どういたしましてぇ……」


『クロネコ:柳ちゃんも琴さんも罠への対応が見事だった! 乙羽ちゃんも、みんなを助けてくれてありがとう!(5000円)』


柳はコメントを見つけ、ぱっと表情を明るくした。


「クロネコさん、ありがとな! いやー、今日は罠が多くて参ったぜ!」


琴もカメラへ軽く会釈する。


乙羽は恐縮しながら、小さく手を振った。


(うぅ……。助けられたのはよかったけど、また変なことしちゃったよぉ……)


そんな乙羽の様子を見て、リーゼロッテが嬉しそうに微笑んだ。


「乙羽、魔法の制御が上達しましたね。以前よりも、炎をまっすぐに維持できていましたよ」


「せ、先生……。これ、上達してるのかなぁ……?」


「ええ。とても素晴らしい成長です」


「そっかぁ……」


褒められているはずなのに、乙羽の顔は晴れなかった。


(制御できて、これなんだよぉ……!)


『先生は嬉しそうw』


『弟子の成長を喜ぶ師匠と、目立ちたくない弟子』


『乙羽ちゃん、これ以上成長したらどうなるんだ……』


『SHIZUKA:帰ったら、今の魔法についても話し合おう(100円)』


「……はぁい」


乙羽の返事は、どこか力がなかった。


それから先は、リーゼロッテの地図のおかげで迷うことなく進めた。罠の少ない通路を選び、柳と琴が周囲を確認しながら歩いていく。


やがて、通路の先に下へ続く階段が見えてきた。


「おっ! あれ、階段じゃねぇか!」


柳が駆け寄りかけ、琴に肩をつかまれる。


「待て。最後まで確認しろ」


「わ、わかってるって!」


二人は周囲を調べ、安全を確認してから階段の前に並んだ。


その先に続くのは、第三階層。


「よし、今日はここまでだな!」


柳がカメラへ向き直り、いつもの調子で笑った。


「次回はこの三階層から攻略していくぜ! 柳と琴の活躍も、乙羽の謎魔法も、引き続き楽しみにしててくれよな!」


『お疲れさま!』


『三階層突入おめでとう!』


『次回も見るぞー!』


『政宗:次の階層で、さらに実力を見せてもらおう』


「主席パイセン、まだ審査員気分かよ!」


柳のツッコミに、コメント欄が笑いで埋まる。


乙羽はその光景を見ながら、ほっと息をついた。


(よかったぁ……。今日はこれで終わりだよねぇ……)


そう思ったのも束の間。


「乙羽、帰ったら魔法の練習をしましょうね」


リーゼロッテがにっこりと告げた。


「……えぇぇぇ……」


第三階層を目前に、乙羽の小さな悲鳴が配信の最後を飾るのだった。

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