「先生、それはトレインだよぉ……」
「ふむ……」
二層の探索を始めてしばらく。リーゼロッテはフェンちゃんの背中に揺られながら、通路の先を眺めていた。
柳と琴は、現れる魔物を一体ずつ着実に倒している。乙羽の支援魔法もあって戦闘は順調だったが、リーゼロッテにとっては少々物足りないらしい。
「先生、どうかしたのぉ?」
乙羽が尋ねると、リーゼロッテはぱっと顔を上げた。
「いえ。もう少し効率よく進めないかと考えていたところです」
「効率よく?」
「ええ。フェンちゃん、あちらの通路に行きましょう」
リーゼロッテの指示で、フェンちゃんが通路の奥へと駆け出した。
しばらくすると、前方から魔物の唸り声が聞こえてくる。リーゼロッテはその気配を確かめると、今度は別の通路へとフェンちゃんを誘導した。
さらに別の通路を回り、戻ってきた頃には――。
「……先生?」
乙羽の背後に、十匹ほどの魔物がぞろぞろと続いていた。
嫌な予感を覚えながら声をかけると、リーゼロッテは散歩の途中で呼ばれたかのように振り返った。
「この方が楽ではありませんか? まとめて倒せば、何度も戦わずに済みますよ」
「そうだけどぉ……そうじゃないんだよぉ……」
乙羽は頭を抱えた。
「お、おう……これはさすがに周りに迷惑かけそうだ……」
柳も後ろを振り返り、引きつった笑みを浮かべる。
『先生、まさか全部連れてきたのか?』
『いや、効率だけなら分からなくもないけど……』
『十匹まとめては普通に危ないぞ』
『低難易度ダンジョンの攻略法じゃなくて、先生の独自戦術で草』
『後ろを歩いてる乙羽ちゃんの顔がもう困ってそうw』
琴は魔物の数を確認し、すぐに表情を引き締めた。
「先生、それはダンジョンではトレインと言って禁止行為なんだ。悪質だと罰則になる」
「えっ、そうなのですか?」
リーゼロッテは意外そうに目を瞬かせた。
「はい。ほかの冒険者がいる可能性もありますし、魔物を引き連れて歩くのは危険です」
琴の説明を聞き、乙羽も困ったように頷く。
「まぁ……先生が弱いモンスターばかりで飽きるってのはわかるけどぉ……少し自重かなぁ。みんな、まだまだ対処できないと思うしぃ……」
柳と琴なら、支援魔法があっても十匹を同時に相手にするのは危険だ。
それに、自分たちだけならともかく、ほかの冒険者が通りかかったら大変なことになる。乙羽としては、余計な騒ぎを起こすのだけは避けたかった。
リーゼロッテはしばらく考え込んだあと、納得したように頷いた。
「なるほど……。MMORPGではこのやり方をよく見ましたので」
『ゲームの攻略法を現実に持ち込んだのかw』
『先生、ここはゲームじゃないんだよ!』
『効率厨の発想で草』
『でも先生なら十匹くらい余裕なんだろうな……』
「MMORPGって……先生、そんな理由だったのかよ!」
柳が思わずツッコむ。
乙羽も、なんとも言えない顔でリーゼロッテを見つめた。
「先生ぇ……ゲームの知識をそのまま持ってこないでよぉ……」
「ですが、効率的ではあるでしょう?」
「効率だけで考えないでぇ……」
乙羽の声には、切実なものが混じっていた。
しかし、リーゼロッテはまだ疑問が残っている様子だった。
「ふむ……では、モンスターハウスの場合はどうでしょう?」
「話が続いてる!?」
柳が声を上げた。
「大量の魔物がいる場所なら、まとめて引きつけて倒す方が効率的ではありませんか?」
「ああ、その場合は少しずつ引いてくれると助かるな」
柳は頭を掻きながら答えた。
「一気に全部引っ張ってこられると、あたしたちも対処しきれないからな。少数ずつなら、こっちも戦いやすい」
『実際、数を分けるのは大事だな』
『通路が狭いなら、前に出てくる敵の数も制限できるぞ』
『柳ちゃん、ちゃんと攻略配信してる!』
『先生に戦術講座をする日が来るとはw』
琴はコメントをちらりと確認してから頷いた。
「そうだな。状況を見て、無理のない数に分ける。それなら戦術として使える場合もある。ただし、ほかの冒険者を巻き込まないことが前提だ」
「分かりました。次からは気をつけましょう」
リーゼロッテは素直に頷いた。フェンちゃんも、分かったと言いたげに尻尾を揺らしている。
乙羽はようやく息をついた。
「あんまり無茶したらだめだよぉ?」
「ええ、もちろんです」
リーゼロッテは笑顔で答えた。
乙羽はその笑顔を見て、少しだけ不安になった。先生が「もちろん」と言ったときほど、安心できないことがある気がする。
『乙羽ちゃん、先生の保護者みたいになってるなw』
『先生が一番自由人なの笑う』
『次は何をやらかすんだ……』
「……先生、ほんとに頼むよぉ」
乙羽の小さな願いは、ダンジョンの通路に静かに消えていった。
しばらく進むと、一行は通路の先にひとつの部屋を見つけた。
「おっ、部屋があるな!」
柳が少し弾んだ声を上げる。
「こういうとこに宝箱とかありそうだよな」
「室内に魔物がいるかもしれないからな。気をつけていこう」
琴は慎重に周囲を見回した。
乙羽も部屋の向こうに意識を向け、魔物の気配を探る。
「んー……魔物の気配はないよぉ」
「ええ。乙羽も魔物を探知できますからね」
リーゼロッテが当然のように付け加えた。
「お前もできんのかよ……!」
柳が思わず乙羽を振り返る。
「本当になんでもできるな……魔法師ってなんなんだ……」
琴も感心するというより、半ば呆れたように呟いた。
「えぇ……先生がぁ……覚えなさいって……」
乙羽は視線を泳がせながら答えた。
「お前、魔法の威力以外に気をつければ、一人でここを進めそうだぞ……」
(だからいやなんだってばぁ……。一人でも配信しないといけない決まりだしぃ……)
乙羽は内心で頭を抱えた。
「ど、どうかなぁ……。先生がいてくれるから、私ができてるんだしぃ……」
「何を言うんです! 乙羽の努力の成果でしょう?!」
リーゼロッテは、まるで自分のことのように誇らしげに胸を張った。
「もぅ……扉あけよぅよー。視聴者さんも困ってるよぉ……」
乙羽はこれ以上話が続く前に、部屋の扉へと視線を向けた。
『乙羽ちゃん、褒められるの苦手そうだなw』
『先生は弟子の努力をちゃんと見てるんだな』
『魔物探知もできるのは普通に便利だな。探索役として優秀すぎる』
『乙羽ちゃんの能力を一つ知るたびに、できることが増えていくんだがw』
一行は慎重に扉を開けた。
その先には、二十畳ほどの広さがある部屋が広がっていた。
そして、部屋の中央には宝箱がひとつだけ置かれていた。
「ほらな! 宝箱発見!」
柳が得意げに声を上げる。
「ここはあたしに任せとけ! 罠の解除ならできるからな!」
「さすがトレジャーハンターだな」
琴が感心したように頷いた。
「何が入ってるんだろうねぇ」
乙羽も宝箱を眺めながら首を傾げる。
柳は慎重に宝箱の周囲を調べ、仕掛けがないか念入りに確認した。蓋の隙間や鍵穴、箱の下まで確かめ、罠がないことを確認してから、ゆっくりと蓋を開ける。
しかし、中に入っていたのは金貨でも、貴重な装備品でもなかった。
一枚の紙。
そこには、大きくこう書かれていた。
『ハズレ』
「……なんだよこれ!」
柳はがっくりと肩を落とした。
「せっかく見つけたのに、ハズレかよ!」
『ハズレって書いた紙が宝箱に入ってるのかw』
『逆に凝ってるな、この罠』
『柳ちゃん、念のため紙も調べた方がいいんじゃ……』
『宝箱を開けた達成感を返してwww』
コメントが流れたが、柳はすでに紙をつまみ上げていた。
「こんなのいらねえよ!」
腹立ちまぎれに、紙をびりびりと破り捨てる。
次の瞬間。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
けたたましい警報音が部屋中に鳴り響いた。
「えっ、な、なんだ!?」
柳が慌てて周囲を見回す。
「柳、その紙自体がトラップですね」
リーゼロッテが落ち着いた声で告げた。
「は!? どういうことだよ、先生!」
「紙に魔物を呼び出す術式が書かれています。普通の人には見えないものですが……」
リーゼロッテが説明を終えるより早く、部屋の空間が次々と歪んだ。
光が走り、床や壁際に魔法陣が浮かび上がる。
そして――。
十五体ほどの魔物が、次々と部屋の中へ転移してきた。
「うわっ、マジかよ!」
柳が思わず声を上げる。
『十五体!? ちょっと多すぎないか!?』
『出口を確保しろ! 囲まれたらまずいぞ!』
『さっきのトレインよりひどいじゃねぇか!』
『柳ちゃん、落ち着いて! まずは位置取り!』
魔物たちは一斉にこちらを向き、唸り声を上げた。逃げ道を塞ぐように広がり、部屋の扉もいつの間にか閉ざされている。
「すまん! あたしが余計なことした!」
柳が申し訳なさそうに叫んだ。
「やれやれ……やるしかないか。どうやら扉も開かないようだな」
琴は剣を構え、魔物たちを見据えた。
『壁を背にした方がいい! 背後を取られるな!』
琴はコメントを一瞥すると、すぐに柳へ声をかけた。
「柳、壁際へ! 囲まれないようにするぞ!」
「分かった!」
二人は素早く位置を変え、魔物たちに向き直った。
リーゼロッテはフェンちゃんの背中から周囲を観察し、乙羽は二人の様子を見つめていた。
(……ピンチなのかなぁ……? 基準がわからなすぎるぅ……)
「クソ! 支援もらって敵自体はそこまで強くないけど、数が多いな!」
柳は迫ってきた魔物を斬り払い、すぐさま次の敵へと向き直った。
支援魔法のおかげで動きは軽く、普段なら苦戦しない相手だ。しかし、十五体もの魔物が狭い部屋にひしめいている。倒しても倒しても、別の魔物が間を詰めてくる。
琴も剣を振るいながら、戦況を見極めていた。
「乙羽、半分魔法でやれるか?」
「ま、魔法……?」
(えぇ……? 魔法……? あ、でも……雷でビリッとするくらいなら、バレないよねぇ……)
乙羽は一瞬だけ考え込み、それから小さく頷いた。
「わかったぁ……」
指先に、淡い光が灯る。
次の瞬間、パチッ、と乾いた音が響いた。
雷を受けた数体の魔物が、身体を硬直させてその場に倒れ込む。まるでスタンガンでも受けたかのような、短い一撃だった。
『おっ、今の雷か?』
『ちょっとした麻痺魔法みたいな感じか?』
『いや、あの数を一瞬で止めたの、普通にすごくない?』
乙羽は内心でほっとした。
(よかったぁ……これなら、そんなに目立たな――)
その考えは、次の瞬間に打ち砕かれた。
指先から放たれた雷が、まっすぐな光の筋となって部屋を横切る。レーザーのように伸びた雷光は、複数の魔物をまとめて貫くように走り、壁際まで激しく照らし出した。
轟音とともに、魔物たちが次々と床に崩れ落ちる。
「……えっ」
乙羽は固まった。
(あれぇ……? ビリッとするだけのつもりだったんだけどぉ……)
「お前……風と火だけじゃ……? 雷もなのか!?」
柳が驚きの声を上げた。
「そんなこと言ってる場合じゃない! チャンスだ、さっさと仕留めるぞ!」
琴はすぐに残った魔物へと駆け出した。雷で動きを止められた魔物が多い今なら、一気に数を減らせる。
「お、おう! 分かった!」
柳も我に返り、琴と連携して残りの魔物を倒していく。
『雷魔法まで使えるのかよ!?』
『風と火と雷……属性いくつあるんだ?』
『乙羽ちゃん、魔法を使うたびに新情報が出てくるなw』
『今の雷、威力も射程もおかしくない?』
乙羽はコメント欄をちらりと見て、肩を落とした。
(わぁ……雷魔法もバレちゃった……。まぁ……いまさらだよねぇ……)
『火属性好き:雷まで使えるのか! 乙羽ちゃんの魔法、もっと見たい!(300円)』
「おっ、スパチャありがとな! いや、見たい気持ちは分かるけど、これ以上何が出てくるんだろうな……」
柳はコメントに礼を言いつつ、倒れた魔物がまだ動かないか確かめていた。
『魔法研究中:雷で動きを止めて、近接組が仕留める。連携としてはかなり合理的だな(500円)』
「確かに、今のは助かったな」
琴も短く応じた。
乙羽は二人の会話を聞きながら、そっと顔を伏せる。
(褒められてるのは嬉しいけどぉ……できれば普通の魔法使いだと思われたかったよぉ……)
(あとは適当に殴っておこ……)
これ以上魔法を使うと、また何かがバレそうな気がする。乙羽はそう考え、残った魔物の隙を見て近づくと、できるだけ力を抑えて拳を振るった。
もっとも、本人がどれだけ力を抑えたつもりでも、魔物は一撃で吹き飛んでしまうのだが。
『あっ、殴ったw』
『結局そっちも使うんかい!』
『魔法も格闘もできるって、どういうことだよ……』
『クロネコ:柳ちゃんも琴さんもかっこいい! 乙羽ちゃんも無理せず頑張って!(5000円)』
「おおっ、クロネコさん、ありがとな!」
柳が戦闘の合間に声を上げた。
「みんな、応援ありがと。もう少しで片付くからな!」
琴も残った魔物を見据えたまま、落ち着いて言葉を添える。
乙羽もぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございまぁす……」
(みんな頑張ってるのに、私だけ変なことばっかりしてる気がするよぉ……)
『たまごサンド:乙羽ちゃんも柳ちゃんたちも、無事に終わりますように!(100円)』
柳と琴が残った魔物を片付け、最後の一体が床に倒れたところで、ようやく部屋に静けさが戻った。
「はぁ……なんとか終わったな」
柳は息をつき、剣を下ろした。
「ああ。数は多かったが、乙羽が隙を作ってくれたおかげで助かった」
琴も頷き、乙羽へ視線を向ける。
「ありがとう、乙羽」
「う、ううん……どういたしましてぇ……」
乙羽は曖昧に笑った。
その一方で、リーゼロッテは満足げに頷いていた。
「素晴らしいですね、乙羽。雷魔法もきちんと使いこなせています」
「せ、先生ぇ……」
褒められて嬉しくないわけではない。けれど、今は素直に喜べなかった。
(先生は満足そうだけどぉ……また配信で変なことが知られちゃったよぉ……)
『先生、めっちゃ嬉しそうw』
『弟子の活躍を見守る先生の顔だ』
『乙羽ちゃん、隠す気があるのかないのか分からなくなってきたなw』
『政宗:雷魔法の制御も見事だったな。だが、本人はあまり目立ちたくなさそうだ(1000円)』
コメント欄に流れた政宗のスパチャを見て、柳が声を上げる。
「おっ、主席パイセンもありがとな!」
乙羽はその名前を見ても、まだ顔と名前が結びついていない。
「……政宗さん、ありがとうございまぁす」
(えっとぉ……誰だったかなぁ……?)
そんな内心はもちろん配信には伝わらない。
乙羽はそっと顔を伏せた。
どうして自分は、普通にダンジョンを探索するだけのことができないのだろう。
そんな疑問を抱えながら、一行は閉ざされていた扉へと向き直った。
『ミケ猫:みんなの連携よかった! 次も応援してる!(100円)』
『SHIZUKA:乙羽、帰ったら魔法の威力について話し合おう(100円)』
「……はぁい」
乙羽の返事は、いつもより少しだけ小さかった。




