(先生ぇ……そういうのは先に言ってほしいよぉ……!)
「よーし! それじゃあ、第二回ダンジョン配信、始めていくぜ!」
柳の元気な声とともに、配信がスタートした。画面にはいつもの石造りの通路が映し出され、コメント欄が少しずつ流れ始める。今日はスパチャも解禁されている。前回よりも賑やかな配信になりそうだった。
『スパチャ解禁おめでとう!』
『今日はどこまで潜るんだ?』
『乙羽ちゃん、今日もかわいい!』
「おっ、さっそくコメント来てるな! ありがとな!」
柳が笑顔で手を振った、その直後だった。
『SHIZUKA:解禁おめでとう お小遣いだ がんばれよ!(30000円)』
「……は?」
柳が固まった。
「えっ、SHIZUKAさんから?!」
琴も思わず画面を見つめる。昨日、二人ともSHIZUKAと話をしたばかりだ。そんな相手が配信に来てくれただけでなく、いきなり三万円も投げてきたのだから驚くのも無理はない。
「す、すごいな……本当に見てくれているんだな」
琴はいつもより口数が少ないながらも、明らかに動揺していた。Sランク冒険者が自分たちの配信を見ているというのは、やはり緊張するらしい。
一方、乙羽は頬を赤くして、画面の向こうにいる姉を思い浮かべた。
「お、お姉ちゃん、家で言えばいいのにぃ……」
思わずこぼれた声は、配信にも拾われていた。
『お姉ちゃん呼びかわいいw』
『身内から三万円は強すぎる』
『SHIZUKAさん、気前よすぎだろ!』
乙羽はますます恥ずかしくなり、少しだけうつむいた。
(うぅ……みんなに聞かれちゃったよぉ……)
でも、わざわざ配信に来て応援してくれたのは、やっぱり嬉しい。口元が緩みそうになるのを、乙羽はなんとかごまかした。
「三万円……私の取り分は、いくらになるのでしょう?」
リーゼロッテが画面を覗き込み、何やら真剣に考え始めた。
「これだけあれば、スカブルのガチャを……」
『先生、この配信スパチャは学校で使えるお金だから課金はできないよぉ?』
『学食とか購買とか装備販売所で使うやつだろw』
『先生、まさか課金する気だったのかwww』
『スパチャをソシャゲの課金に使おうとするなw』
『計画立ててたのかよwww』
「…………え?」
リーゼロッテの表情が止まった。しばらく画面を見つめたあと、目に見えて肩を落とす。
「そう、でしたか……」
「先生、そんなに落ち込むことあるか?!」
柳のツッコミに、コメント欄が笑いで埋まった。
やがてSHIZUKAのスパチャ騒ぎが落ち着いたころ、また新しい通知が表示される。
『政宗:まだお前らの実力を見せてもらったわけじゃないからな!(1000円)』
「お、主席パイセンかよ」
柳がコメントを読み上げると、琴が少し首を傾げた。
「先輩も見ているんですか?」
「へぇ……主席の人なんだぁ」
乙羽が何気なく呟く。
『名前覚えられてないwwww』
『昨日あんなに話したのにwww』
『政宗くん、存在は認識されてるぞ! よかったな!』
『主席って肩書きで認識されてて草』
「いや、本人が聞いたら泣くぞ、それ!」
柳は笑いながらコメントにツッコミを入れた。乙羽は政宗の顔を思い出そうとしたものの、どうにもはっきりしない。
(えっとぉ……昨日の、あの人だよねぇ……?)
名前と顔が結びついていないことに、乙羽は内心で申し訳なくなった。けれど、今さら聞き直すわけにもいかない。
「ま、まあ、見てくれてるなら頑張らないとな。まずは行けるとこまで行く、ってことでいいんだよな?」
柳が確認すると、琴も頷いた。
「ああ。乙羽、今回も支援魔法をよろしく頼む」
「おう、乙羽! 支援魔法頼むわ!」
「はぁい。任せてねぇ」
乙羽は二人に支援魔法をかけた。身体強化に反応速度の強化、防御面の支援も加えておく。前回も経験している二人は、魔法の効果を確かめるように軽く身体を動かした。
「おお、やっぱり動きやすいな!」
「反応もいい。これなら戦いやすそうだ」
二人が準備を整えたところで、リーゼロッテが乙羽に尋ねる。
「さて、今日は私はどうしましょう?」
「先生が参加するとぉ……すぐに敵が消えそうだよぉ?」
「そうだな。先生が倒すとマジであたしらの配信が先生主役になっちまうしな」
「そうだな。先生には休んでいてもらってもいい」
「そうだねぇ。危なくなったら助けてねぇ」
「ふむ……」
リーゼロッテは少し考えると、すっと片手を掲げた。
「サモン! 我が声を聞き、姿を現せ!」
彼女の前に魔法陣が浮かび上がり、淡い光が広がっていく。その光の中から現れたのは、子犬ほどの大きさをした銀色の狼だった。ふわふわの毛並みに、つぶらな瞳。見た目だけなら、とても強そうには見えない。
「わぁ……かわいい!」
乙羽の顔がぱっと明るくなった。銀色の狼はリーゼロッテの足元に寄り添い、嬉しそうに尻尾を振る。
『召喚獣が召喚獣を召喚するな!』
『待て待て、先生は召喚獣じゃないだろw』
「失礼な! 私はフェアリープリンセス、獣ではありませんよ!」
リーゼロッテが胸を張る。
「フェンちゃんは幻獣ですが」
『結局そっちは幻獣なのかよ!』
『フェンちゃん? まさかフェンリルか?!』
『やっぱりフェンリルくさいんだが!』
『先生の召喚獣だろ? 絶対なんかもってる!』
コメント欄がざわつくが、正体についてはまだ誰にも分からない。
リーゼロッテはフェンちゃんの背中にひょいと乗り、満足そうに頷いた。
「では、私はお友達に乗って、皆さんをサポートしましょうか」
「お、おう……あんまり派手にやらないでくれよな」
本当に分かっているのだろうか。柳は少し不安になったものの、これ以上考えるのはやめておいた。
一行はダンジョンの通路を進み始めた。最初の階層は、学校が推奨する低〜中難度のダンジョンらしく、石造りの通路が続いている。ところどころに分岐があり、曲がり角の先は見通せない。
「右の通路に気配がありますね。二体ほどでしょうか」
フェンちゃんの耳がぴくりと動き、リーゼロッテが進行方向を示した。
「よし、あたしが先に行く!」
柳が前に出る。曲がり角から現れた魔物に素早く反応し、攻撃を受け流してから一撃を叩き込んだ。支援魔法によって動きが強化されているとはいえ、相手の攻撃を見極める判断力は柳自身のものだ。
もう一体が横から飛びかかると、琴が剣を抜き、冷静に迎撃した。魔物の動きを見切って攻撃をかわし、隙を突いて切り伏せる。
「よし、倒した!」
「問題ないな。乙羽の支援があると、かなり動きやすい」
二人の戦いぶりを見ながら、乙羽はほっとした。
(よかったぁ……二人ともちゃんと戦えてるよぉ……)
自分が余計なことをしなければ、二人の活躍を見てもらえる。できれば、このまま最後まで何事もなく進んでほしい。
『柳ちゃん、動きいいな!』
『琴さんの剣さばきかっこいい!』
『支援魔法ってこんなに変わるのか……』
『先生と乙羽ちゃん、さっきから余裕ありすぎない?』
「この調子なら、順調に進めそうだな!」
柳が笑顔で言うと、琴も頷いた。
「ああ。ただ、油断はしない方がいい」
その後も、リーゼロッテとフェンちゃんが魔物の気配を察知し、通路の先を案内してくれた。二人が敵を片っ端から倒すわけではない。あくまで進む方向を教えたり、危険を知らせたりする役目だ。
柳と琴は何度か魔物と戦いながら、着実に通路を進んでいった。
しかし、進むにつれて遭遇する魔物の数が増えてきた。前方から一体、さらに横道から二体。柳と琴がそれぞれ対応するものの、別方向から現れる敵まで相手にするのは難しい。
「うわっ、まだ来るのかよ!」
「柳、右だ!」
琴が声を上げ、迫ってきた魔物を受け止める。柳も目の前の敵を押し返したが、別の一体が二人の隙を突こうとしていた。
乙羽は二人の位置を確認した。
(ど、どうしよう……! 二人とも頑張ってるけど、あっちの魔物まで来ちゃったら危ないよねぇ……?)
少しだけ手を貸したい。でも、自分が攻撃するとまた妙なことになるかもしれない。
(先生が最弱魔法でいいって言ってたよねぇ……みんながいない敵を狙えばいいかなぁ……)
乙羽は二人から離れた位置にいる魔物へ視線を向け、詠唱もせずに小さな火の魔法を放った。
次の瞬間、通路の奥で爆発が起きた。
轟音が石壁に反響し、熱風が一行のところまで吹き抜ける。魔物の姿は爆炎の向こうに消え、周囲には焦げた跡が残った。
「…………」
乙羽は無言で魔法を放った手を見つめた。
(えっ……あれぇ……? 最弱魔法だよねぇ……?)
どうやら、今回も加減を間違えたらしい。
『なんだあれ……』
『殴りだけじゃねぇじゃん!』
柳は目の前の光景を見てから、ゆっくり乙羽へ顔を向けた。
「お、おう……お前が魔法使わないってこういうことか……」
「ま、まぁまだ一層……近接で頼む……」
琴も爆発の跡を見つめながら、なんとかそう言った。
「はぁい……」
乙羽は小さく返事をした。
(うぅ……また目立っちゃったよぉ……。普通に手伝いたかっただけなのにぃ……)
リーゼロッテはフェンちゃんの背中で、何事もなかったかのように微笑んでいる。
「今のは、かなり控えめな魔法だったのですが」
「先生、それは今言わなくていいから!」
柳の悲鳴に、コメント欄はさらに盛り上がった。
その様子を見ていた視聴者のひとりが、スパチャを送った。
『クロネコ:柳ちゃんも琴さんもかっこいい! 乙羽ちゃんも無理せず頑張って!(5000円)』
「おっ、クロネコさん、ありがとな!」
柳がすぐに反応する。
『おお、初めて見る名前だ』
『応援スパチャ助かる!』
『クロネコさん、これからもよろしく!』
乙羽もカメラに向かって小さく頭を下げた。
「ありがとうございまぁす……」
(応援してくれるのは嬉しいけどぉ……できれば、あんまり変なところは見られたくないよぉ……)
もちろん、そんな心の声は誰にも届かない。
それからも一行は慎重に進み、魔物を倒しながら通路を抜けていった。柳と琴が前衛として戦い、乙羽は二人の支援を続ける。危険な場面では無理をせず、リーゼロッテとフェンちゃんの案内も活用した。
やがて、一行は下の階層へ続く階段を発見した。
「おっ、階段だ! よし、ここまで来られたな!」
「一度、休憩を取ろう。次の階層に進む前に、装備や体調を確認しておきたい」
琴の提案に、柳も賛成した。階段のそばで休憩を取りながら、二人は水分を補給し、装備を確認する。乙羽もようやく一息ついた。
「思ったより順調だったねぇ」
「乙羽の支援があったからな。助かった」
「二人とも、ちゃんと戦えてたよぉ」
「おう、そう言ってもらえると嬉しいぜ!」
柳が笑い、琴も小さく頷いた。
そのとき、リーゼロッテが不思議そうに首を傾げた。
「ところで、皆さんは先ほどから地図を気にしていましたが……地図を書くなんて効率が悪いのでは? 私、空間魔法でこのダンジョンの階層把握できますが?」
「……え?」
乙羽は目を丸くした。
「それはやくいってほしかったよぉ……」
『マッパーいらず!www』
『どんだけチートなんだ!』
『探索の常識が壊れていくwww』
『先生、できることは最初に全部教えてください!』
乙羽は両手で顔を覆った。せっかくみんなで道を確認しながら進んできたのに、まさか先生が最初から階層を把握できたとは。
(先生ぇ……そういうのは先に言ってほしいよぉ……!)
リーゼロッテはきょとんとしている。
「聞かれませんでしたので」
「そういう問題じゃないよぉ……!」
乙羽の悲鳴が、ダンジョンの通路に響いた。
そして配信画面には、最後のスパチャが表示された。
『SHIZUKA:リーゼロッテあとで何が出来るかをパーティーで共有しておきなさい(100円)』
乙羽はその通知を見て、深々と頷いた。
「……はぁい」
第二回ダンジョン配信は、まだ始まったばかりだった。




