「私、120だったのにぃ……」
「ちょ、ちょっと待って。あんた、本当に妖精を召喚したの?」
静はリビングのテーブルに置かれた召喚魔法の本を手に取り、乙羽とリーゼロッテを何度も見比べた。
「う、うん……たぶん?」
「だから、たぶんって何よ。召喚したなら、そうなんでしょ?」
「そ、そうだけどぉ……」
乙羽が困ったように視線を泳がせると、リーゼロッテがふわりと宙に浮かび、静の前で改めて一礼した。
「初めまして。私はリーゼロッテと申します」
「……しゃべった」
「はい。会話はできますよ」
「いや、それは見ればわかるけど……!」
静は額に手を当てた。ダンジョンで珍しい魔物や未知の現象に遭遇することはあっても、自宅のリビングで妹が妖精を召喚するなど、想像したこともなかったのだろう。
やがて静は深呼吸をして、乙羽に向き直った。
「乙羽。あんた、冒険者の適性検査を受けなさい」
「……えぇ?」
「えぇ、じゃないわよ。召喚魔法の本を見て、実際に妖精を呼び出したんでしょ? それだけでも普通じゃないわ。あんたには冒険者の才能があると思う」
「そ、そうなのかなぁ……?」
「そう思うから言ってるの。検査を受ければ、もう少し詳しいことがわかるはずよ」
静の口調は真剣だった。妹を無理やり冒険者にしたいというより、せっかく可能性があるのなら確かめておきたい、という様子だった。
「でも、わたし、もう高校に合格してることになってるみたいだよぉ?」
「進路変更はできるわよ。冒険者を目指す人が少ないから、適性があれば歓迎されるしね。検査を受けてから決めたっていいでしょ?」
「うーん……」
乙羽としては、できることなら面倒なことは避けたかった。けれど、今の世界で何ができて何ができないのか、知っておくのは悪くない。
「……じゃあ、検査だけならぁ」
「よし、決まりね」
静は満足そうに頷いたが、ふとリーゼロッテに目を向けると、その表情を引き締めた。
「それと、そこの妖精さん」
「はい、なんでしょう?」
「あんたみたいな存在は、この世界じゃかなり珍しいの。登録もせずに連れ歩いていたら、悪い連中に目をつけられるかもしれないわよ。最悪、攫われる危険だってある」
「……攫われる、ですか?」
リーゼロッテは少しだけ眉を寄せた。静の言葉に冗談めいたところはなかった。
「そう。だから、乙羽の適性検査と一緒に、あんたの召喚登録も済ませるわ。正式に登録しておけば、少なくとも身元を示す手段になるし、トラブルになったときにも説明しやすいから」
「なるほど。乙羽と一緒に行動するためにも、必要なのですね」
「そういうこと」
リーゼロッテは乙羽を見た。乙羽も小さく頷く。
「先生がそれで安心できるなら、登録しておこうよぉ」
「わかりました。では、お願いします」
こうして、乙羽とリーゼロッテは静に連れられ、冒険者協会へ向かうことになった。
*
横浜市内にある冒険者協会の支部は、想像していたよりも普通の建物だった。受付や待合スペースがあり、奥には検査用の部屋が並んでいる。冒険者向けの装備を身につけた人たちが行き交っているのを見て、乙羽は少しだけ異世界の冒険者ギルドを思い出した。
「へぇ~……こっちにも、こういう場所があるんだぁ」
「冒険者協会なんだから、当たり前でしょ」
「そっかぁ」
静に案内され、乙羽は受付で適性検査を申し込んだ。簡単な説明を受けたあと、検査室へ通される。
検査は、専用の測定器に手をかざし、魔力の反応を読み取る方式だった。職員の指示に従って手を置くと、機器の表面に淡い光が走り、数秒後には結果が表示された。
「……検査結果が出ました」
職員が画面を確認し、結果表を乙羽に渡した。
そこには、名前やレベル、HP、職業適性などの項目が並んでいる。
「レベル1。HPは5。職業適性は……魔法師ですね。魔法適性については、風と火の反応が確認されています」
「……え?」
乙羽は結果表を見つめた。
(レベル1……? HP5……?)
異世界での自分のレベルは120だった。HPも、こんな数字ではなかったはずだ。
(ええぇ……私、120だったのにぃ……)
思わず声に出しそうになったが、乙羽はなんとかこらえた。ここで異世界の話をするわけにはいかない。
隣から結果を覗き込んだ静は、意外そうに眉を上げた。
「最初から魔法師なの?」
「えーっと……そうみたい」
「普通はノービスっていう、まだ何になれるかわからない状態から始まるものなのよ。魔法師の適性が最初から出るのは珍しいわね」
「へぇ~……」
乙羽は曖昧に頷いた。
(風と火だけなんだぁ……。回復も召喚も、土も水も雷も使えるんだけどなぁ……)
もっとも、地球側の検査で判明するのは、確認できた範囲の大まかな適性だけらしい。具体的にどんな魔法を使えるか、どれほどの威力があるかまではわからないという。
「適性はかなり高いようですね。ただ、実際にどのような魔法を扱えるかは、これだけでは判断できません」
「なるほどね。まあ、まずはこれからってことか」
静は納得したように頷いた。
「レベル1なのは、まだ経験を積んでいないからでしょ。これから上げていけばいいのよ」
「そっかぁ……」
(いや、経験ならいっぱいあるんだけどぉ……)
乙羽は心の中でつぶやいたが、もちろん口には出さなかった。
検査を終えたあと、職員からステータスカードについて説明を受けた。カードには名前、レベル、職業、冒険者ランクなど、冒険者として必要な基本情報が記録される。スキルや魔法の詳細は載らず、カードの情報を他人に見せるかどうかも本人が選べるという。
能力を他人に知られたくない冒険者もいるため、協会として公開情報を必要最低限にしているらしい。
「へぇ~。ちゃんと考えられてるんだねぇ」
乙羽は渡されたカードを眺めた。そこに記載されているのは、名前とレベル、職業などの基本情報だけだ。
その後、リーゼロッテの登録手続きも行われた。妖精という珍しい存在であるため、職員は慎重に確認を進めていたが、本人が意思を示し、乙羽との関係も確認できたことで手続きは無事に終わった。
「これで登録は完了です。何か問題があれば、協会へご相談ください」
「ありがとうございます」
リーゼロッテが丁寧に頭を下げる。静もひとまず安心したようだった。
「よし、これで一安心ね。あとは乙羽が進路をどうするかだけど……まあ、今日は帰ってから考えましょ」
「うん……」
乙羽はカードを握りしめたまま、複雑な気持ちで頷いた。
*
協会を出て、家へ向かう道を歩いていると、リーゼロッテが乙羽の手元を見つめた。
「乙羽、そのカードを少し見せてもらえますか?」
「ん? いいよぉ」
乙羽がカードを差し出すと、リーゼロッテは小さな手をかざした。淡い光が一瞬だけ指先に灯る。
「……なるほど」
「どうしたの、先生?」
リーゼロッテはすぐには答えず、カードに記された数値をもう一度確かめた。
「乙羽。あなたのステータス、おかしいですね」
「……え?」
「レベル1、HP5。先ほどの検査結果もそうでしたね。しかし、私が鑑定したあなたのステータスとは一致しません」
乙羽は足を止めた。
「やっぱりぃ……?」
「はい。少なくとも、あなたの本来の数値はこのようなものではありません」
乙羽はカードを見下ろした。地球側の検査ではレベル1。けれど、先生が鑑定すれば違う数値が見える。
(私、120だったのにぃ……。どうしてこっちだと、こんなことになってるのぉ……?)
わからないことは増えるばかりだった。
ただひとつ確かなのは、地球の検査が示した結果と、乙羽が異世界で積み重ねてきたものが、まるで一致していないということだった。




