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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「スカウト来たんだけどぉ…」

 昼休み。


 神奈川冒険者育成学校の学食で、乙羽たちは四人掛けのテーブルを囲んでいた。


 乙羽は日替わり定食を前に、ようやく一息ついていた。朝のホームルームでは担任に散々注意され、クラスメイトからも昨日の配信について質問攻めにされてしまったのだ。


(うぅ……。今日はもう、何事もなくお昼を食べたいよぉ……)


「なあ、乙羽」


 向かいに座っていた柳が、箸を持ったまま身を乗り出した。


「お前さぁ、体術ってどこまでできるんだ?」


「えっ? た、体術?」


「そう。昨日、綾小路を吹っ飛ばしただろ? あれ、マジで何だったんだよ。普通に肩を押しただけで、あんなことになるか?」


「そ、それはぁ……」


 乙羽は困ったように視線を落とす。


「パンチとキックくらいしかしらないよぉ……?」


「いや、そういうことじゃなくてだな……」


「ほ、本当だよぉ? 格闘技とか習ったことないもん……」


 柳はしばらく乙羽を見つめたあと、隣の琴へ視線を向けた。


 琴もまた、真剣な顔で考え込んでいた。


「あの風圧で吹っ飛んだのは……拳に風魔法を仕込んで、殴る振りをしただけということなのか?」


「う、ううん……そうだねぇ……」


 乙羽は一瞬だけ言葉に詰まり、それから曖昧に頷いた。


(そ、そういうことにしておこう……! ただのパンチでしたなんて、もう言えないよぉ……!)


「だって、ケガさせないように当てたらまずいでしょ?」


「……なるほど。直接当てずに、風魔法で衝撃を伝えたのか」


 琴は納得したように頷いた。


「確かに、あの威力なら相手に直接触れずに済む。相手を傷つけないための工夫というわけだな」


「う、うん……。そんな感じぃ……」


(琴ちゃん、お願いだからそれ以上考えないでぇ……!)


 乙羽は内心で頭を抱えた。


 もちろん、風魔法など使っていない。


 ただ、手加減して殴っただけだ。


 それなのに、二人は真剣に乙羽の戦闘技術を分析してくれている。訂正する勇気は、もう残っていなかった。


「つーかさ」


 柳が腕を組んだ。


「お前の場合、自分にバフかけて防御力を上げれば、敵に突っ込んでも平気ってことなのかもな」


「えっ!?」


「昨日、あたしたちにも身体強化をかけてくれたじゃん。動きも速くなったし、反応もしやすくなった。あれ、自分にもかけられるんだろ?」


「そ、それは……」


「だったら、攻撃を避けるより、強化した身体で近づいて殴った方が早いって考え方もあるよな。お前、魔法師なのに接近戦もできるってことじゃね?」


「わ、私、魔法師だもん!」


 乙羽は思わず声を上げた。


「うん? いや、魔法師なのはわかってるけどよ」


「そ、そうじゃなくてぇ……! 私は魔法師だから、ちゃんと魔法で戦うんだよぉ……!」


(そう! 私は魔法師! 殴り賢者じゃないもん! 普通の魔法師だもん!)


 柳は少しだけ疑わしそうな顔をしたものの、ひとまずそれ以上は追及しなかった。


 そこで、隣をふわふわと飛んでいたリーゼロッテが口を開いた。


「昨日もお話ししましたが、乙羽の魔法攻撃は、従来の魔法師よりも強く発動してしまうようなのですよ」


「先生、それってどういうことですか?」


 琴が尋ねると、リーゼロッテは二人にもわかるように説明を始めた。


「回復魔法や支援魔法については、特に問題ありません。しかし、遠距離攻撃の魔法は威力だけでなく、効果の及ぶ範囲まで広くなってしまうのです」


「範囲まで?」


「はい。昨日のように周囲に仲間がいる状況では、乙羽が攻撃魔法を使うことで、皆さんまで巻き込んでしまう可能性があります。だからこそ、乙羽は危険だと判断したのでしょう」


 柳と琴は顔を見合わせた。


「なるほどな……。確かに、あの威力で範囲まで広がるなら、味方が近くにいると使いづらいわけか」


「攻撃魔法を使わないのではなく、使えない状況だったのだな……」


「う、うんー。まだ制御が下手だからぁ……」


 乙羽は二人の言葉に合わせて、小さく頷いた。


「近くに敵がいて、……その、近接で攻撃すれば、巻き込まないだろうって思ったのぉ」


 それは、乙羽なりに考えた末の行動だった。


 強力な攻撃魔法を放てば、敵だけでなく周囲まで巻き込んでしまうかもしれない。だから、できるだけ被害の出ない方法を選ぼうとしたのだ。


 ただし、その方法が拳で殴ることだったのは、乙羽自身も少しおかしいと思っていた。


(だってぇ……魔法を使うより、殴った方が簡単なんだもん……。でも、それを言ったらまた殴り賢者って言われちゃうよぉ……)


 柳は納得したように頷いた。


「そっか。味方を巻き込まないように、あえて近接戦闘を選んでたんだな」


「う、うん……」


「乙羽、そこまで考えてたのか……。私はてっきり、単純に殴る方が得意なのかと思っていた」


「琴ちゃん!?」


 乙羽は慌てて顔を上げた。


「ち、違うよぉ! 私、魔法師だからねぇ!?」


「わ、わかっている。そう何度も言わなくても……」


 琴は少し困ったように頷いた。


 柳はそんな二人のやり取りを見て、楽しそうに笑った。


「ははっ! まあいいじゃん。あたしたちが前に出て敵を引きつけて、乙羽が後ろから支援と回復。攻撃魔法が危ないときは、あいつの謎の拳で倒す。これならパーティーとしても戦いやすいだろ!」


「謎の拳ってなにぃ……!?」


「いや、だって説明がつかねぇんだもん!」


「つ、つくよぉ! 風魔法だよぉ……!」


「はいはい、風魔法な!」


 柳は明らかに信じていない顔で笑った。


 琴も何か言いたそうにしていたが、結局、口を閉じて定食へと視線を戻す。


 リーゼロッテだけは、満足そうに頷いていた。


「ふふっ。乙羽は本当に仲間思いですね。強力な魔法を使えるからこそ、周囲への影響を考えて戦い方を選んでいるのですから」


「先生ぇ……! そこで褒めないでぇ……!」


 乙羽は両手で顔を覆った。


(違うのぉ……! 私、ただ普通にダンジョンを探索したいだけなのにぃ……! どうしてみんな、私のことをどんどんすごい魔法師だと思っていくのぉ……!?)


 目の前には、まだ半分以上残っている日替わり定食。


 乙羽は小さくため息をつき、冷めないうちに食べようと箸を持ち直した。


 せめて昼休みくらいは、平和に過ごしたい。


 そう願いながら。


 昼休み。


 乙羽たちが学食で昼食を食べていると、テーブルのそばにひとりの女子生徒が立ち止まった。


「君が音無さんだね」


「は、はい?」


 突然声をかけられ、乙羽は箸を持ったまま顔を上げた。


 目の前に立っていたのは、整った制服姿の女子生徒だった。落ち着いた物腰で、どこか人を惹きつける雰囲気がある。


「ああ、ごめんね。私は如月アリス。生徒会長をしている」


「せ、生徒会長さん……!?」


 乙羽は思わず背筋を伸ばした。


 生徒会長が、どうして自分のところに?


 嫌な予感がした。


「昨日の配信を見させてもらった。今日は君をスカウトに来たんだ」


「……は?」


 最初に反応したのは柳だった。


「おい! いきなりスカウトってなんだよ! 乙羽はあたし達のメンバーだぞ?」


「そ、そうだ! 生徒会長、引き抜きなんですか?」


 琴も慌てて口を挟んだ。


「わ、私たちは正式にパーティーを組んでいるんだが……!」


「えぇ……」


 乙羽は二人の勢いに押されながら、困ったようにアリスを見上げた。


(なんでぇ……? お昼ご飯を食べてただけなのにぃ……。生徒会長さんまで、私に何の用なのぉ……?)


 アリスは二人の反応を見て、少し申し訳なさそうに笑った。


「ああ、すまない。言い方が悪かったね。君を今のパーティーから引き抜こうという話ではないんだ」


「ほ、本当か?」


「もちろん。君たちが正式に組んだパーティーであることは知っているよ」


 柳はまだ警戒した様子だったが、ひとまず口を閉じた。


 アリスは乙羽へと向き直る。


「生徒会には、治安部門という組織も組み込まれているんだ」


「治安部門……?」


「そう。学校内で魔法やスキルを使った暴力行為が起こることが、たまにあってね」


 アリスは穏やかな口調で説明を続けた。


「生徒同士のトラブルが大きくなる前に、校内を見回ったり、事情を聞いたり、問題を起こした生徒を検挙したりする部門なんだ。もちろん、私たちだけですべてを判断するわけではないけれどね」


「へぇ……そんなのがあるんだな」


 柳が意外そうに呟いた。


「生徒会って、そういうことまでやっているのか……」


 琴も感心したように頷く。


 アリスは二人に軽く頷いてから、改めて乙羽を見た。


「それで、昨日の配信を見て思ったんだ。君の力を、その治安部門で貸してもらえないかとね」


「えぇ……」


 乙羽の表情が固まった。


(ま、待ってぇ……! 治安部門って、トラブルが起きたところに行くってことだよねぇ……? 問題を起こした人を捕まえたりするんだよねぇ……?)


 昨日は綾小路と揉めた。


 その前には、上級冒険者たちとも揉めた。


 自分が普通にしているつもりでも、なぜか周囲が騒ぎになってしまう。


 そんな自分が治安部門に入ったら、どうなるのだろう。


(絶対、もっと目立つよぉ……! 私、普通に学校生活を送りたいだけなんだけどぉ……!)


 乙羽は恐る恐る尋ねた。


「え、えっとぉ……それって、私が入らないといけないんですかぁ……?」


「いや、もちろん強制ではないよ。君の意思を尊重する」


 アリスは即座に答えた。


「ただ、昨日の配信を見る限り、君には優れた戦闘能力がある。それに、回復や支援もできるようだね。治安部門では、相手を制圧する力だけでなく、周囲の生徒を守る力も重要なんだ」


「うっ……」


 乙羽は返事に詰まった。


 褒められているはずなのに、全然嬉しくない。


 むしろ、昨日の配信をどこまで見られたのかが気になって仕方がなかった。


 隣では、リーゼロッテが興味深そうにアリスを見つめている。


「なるほど。校内の秩序を守るための組織なのですね」


「ああ、そういうことだよ」


 アリスはリーゼロッテにも微笑みかけた。


「もちろん、君たちのパーティー活動を妨げるつもりはない。治安部門の活動と両立できる範囲で、協力してもらえたらと思っている」


「うーん……」


 乙羽は困り果てた顔で俯いた。


 断ってもいいと言われている。


 それはわかっている。


 けれど、生徒会長がわざわざ自分のところまで来て、力を貸してほしいと頼んでいるのだ。どう答えれば角が立たないのか、乙羽にはまったくわからなかった。


(どうしよぉ……。普通に過ごしたいだけなのにぃ……。どうして私のところには、次から次へと面倒な話が来るのぉ……?)


「えっとぉ……それって、人手不足なんですかぁ?」


 乙羽はおずおずとアリスを見上げた。


「ん? まあ、人手が多いに越したことはないけれど……」


「私、夕食当番が多いのでぇ。お姉ちゃんもご飯作れないしぃ……コンビニのお弁当ばっかじゃ栄養がぁ……」


 あまりにも予想外の返答に、アリスが一瞬言葉を止めた。


「……夕食当番?」


「はいぃ……。私が作らないと、うちの食事が大変なことになっちゃうんですぅ……」


「おいおい、マジかよ! SHIZUKAさんって料理ダメなのか!?」


 柳が驚いたように身を乗り出した。


「Sランク冒険者だぞ!? ダンジョンじゃあんなに格好いいのに、家じゃ料理できねぇのか!?」


「私も意外だな……。あの人は何でもできるイメージがあるが」


 琴も不思議そうに首を傾げた。


「うぅ……。お姉ちゃん、料理だけは本当にダメなんだよぉ……。この前も、簡単なものなら作れるって言ってたのにぃ……」


「作れなかったのか?」


「うん……。なんか、すごいことになっちゃってぇ……」


 乙羽は遠い目をした。


(あれはもう、料理って呼んでいいのかわからなかったよぉ……)


 柳は興味津々だったが、乙羽は姉の料理について詳しく語る気にはなれなかった。


 アリスは軽く咳払いをして、話を本題へ戻した。


「ふむ……。そうだな。まず、治安部門について少し誤解があるようだから、説明させてほしい」


 アリスはテーブルの空いている席を示し、三人が聞きやすいように少し姿勢を変えた。


「高校でいう風紀委員会のようなものだと思ってほしい。服装の乱れなどについて厳しく取り締まっているわけではないよ。生徒の自主性も大切だからね」


「風紀委員会かぁ……」


 乙羽が小さく呟く。


「ただ、この学校は外部から少々危険視されている。さて、なぜだと思う?」


 アリスの問いに、柳が先に答えた。


「まあ、冒険者って肩書きだけで、外に出れば危険な奴だって一般の人は思うんだろうな。魔法だのスキルだのを使える人間が集まってるわけだし」


「確かに。粗暴な者も多いからな。力を持っているからといって、全員が節度を守れるわけではない」


 琴も同意した。


 アリスは満足そうに頷いた。


「その通り。実際、この学校の生徒が外で問題を起こせば、学校全体の評判に関わる。だからこそ、校内でのトラブルを未然に防ぎ、生徒自身にも責任ある行動を身につけてもらいたいんだ」


「なるほどぉ……」


 乙羽はしばらく考え込んでいたが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。


「うぅーん……。例えば、二年主席の人みたいに絡んでくる人が多いってことぉ?」


「ぶっ……!」


 柳が吹き出しかけ、慌てて口元を押さえた。


「お、お前、本人がいないからって……!」


「えっ? だってぇ……。昨日、普通にしてたのに、ずっと実力を見せろって言われたんだよぉ……」


「そ、それは……まあ、確かにそうだったが……」


 琴も返答に困っている。


 アリスは額に手を当て、苦笑した。


「いや、確かにあれは綾小路も悪かったと思うが……」


「だよなぁ!」


 柳が勢いよく頷いた。


「乙羽、別に自分から喧嘩売ってたわけじゃねぇし!」


「う、うん……。私、普通に帰りたかっただけなのにぃ……」


「ただね」


 アリスの声が少し落ち着いたものに変わった。


「周りから見ると、君は得体が知れないと思われているんだろうな」


「……えっ?」


 乙羽が瞬きをする。


「入学試験では主席。レベルは低いと聞いているのに、実技では信じられない力を見せる。回復も支援もできるうえ、近接戦闘までこなしてしまう。昨日の配信だけを見ても、君がどんな冒険者なのか、簡単には判断できない」


「そ、そんなことないよぉ……。私は普通の魔法師だもん……」


「うん。その自己評価と、周りから見える君の姿に大きな差があるんだ」


 アリスは責めるような口調ではなく、むしろ事情を理解しようとするように話していた。


「だから、君がどんな人間で、何ができるのか。周囲にわかってもらうことも、学校生活を円滑に進めるためには必要だと思う」


「で、でもぉ……」


 乙羽は視線を落とした。


 目立ちたくない。


 強いと思われたくない。


 ただ、柳や琴と一緒に学校生活を送り、家に帰って夕食を作って、夜は先生とアニメを見たりゲームをしたりしたいだけなのだ。


 なのに、どうして自分の力を周りに見せなければならないのだろう。


 アリスは少し考えてから、穏やかに提案した。


「一度、全力でやってみたらどうだい?」


「……ぜ、全力?」


「そう。君自身がどこまでできるのか、きちんと確かめてみるんだ。自分の力を把握できれば、必要以上に恐れることもなくなるかもしれない」


「えぇ……」


 乙羽の顔が引きつった。


(ぜ、全力ぅ……!? そんなことしたら、絶対に大変なことになるよぉ……! 魔法なんて使ったら、どこまで吹き飛ぶかわからないもん……!)


 リーゼロッテが乙羽の肩のあたりまで飛んできて、嬉しそうに微笑んだ。


「いい考えですね! 乙羽の本当の実力を知ることは、大切だと思います!」


「先生ぇ……!?」


「もちろん、周囲に被害が出ないよう、場所と方法は慎重に選ぶ必要がありますが」


「そういう問題じゃないよぉ……!」


 乙羽は頭を抱えた。


 柳は腕を組み、少し興味を持った様子で乙羽を見る。


「でも、まあ……。あたしもちょっと気になるのは確かだな。乙羽が本気で戦ったらどうなるのか」


「私も、仲間として知っておきたい気持ちはある……。ただ、乙羽が嫌なら無理にとは言わない」


 琴はそう言って、乙羽の様子をうかがった。


 アリスも急かすことはしなかった。


「返事は今すぐでなくてもいい。治安部門への参加も、全力を試すことも、君が納得してから決めてくれればいいよ」


「う、うん……」


 乙羽は小さく頷いた。


 けれど、心の中では別の問題が大きくなっていた。


(全力なんて出したら、普通の学校生活どころじゃなくなっちゃうよぉ……! どうしよう……。どうしたらいいのぉ……!)


 せっかくの昼休み。


 乙羽の定食は、すっかり冷めてしまっていた。

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