「煽ってないもん……」
「あー、音無ー! お前、昨日の配信やりすぎだー!」
朝のホームルーム前。
教室に入ってきた乙羽を見つけるなり、担任が声をかけた。
「えっ!? な、何がですかぁ……?」
「何がじゃない! ダンジョン初日から綾小路と揉めるなー!」
「ふぇぇ……!?」
教室中の視線が乙羽に集まった。
乙羽は思わず肩をすくめ、助けを求めるようにリーゼロッテを見た。リーゼロッテは制服の胸元からひょこっと顔を出し、不思議そうに首を傾げている。
「お前、自分がどれだけすごいことをやったのか、わかってるか? あの綾小路だぞ? 二年生の主席だぞ?」
「え、えっとぉ……」
「しかも、配信であれだけ煽っておいて、最後には壁まで吹っ飛ばしたんだぞ!?」
「煽ってないもん……」
乙羽は小さな声で反論した。
「……何?」
「煽ってないもん……。絡んでくるんだもん……」
あまりにも情けない声だった。
担任は額に手を当てた。
「お前なぁ……。自分の配信、あとで見直したか?」
「み、見ましたぁ……」
「じゃあ、どうしてああなった!?」
「わ、私にもわかんないよぉ……! 普通に答えてただけなのにぃ……!」
乙羽としては本当にそうなのだ。
綾小路が勝手に絡んできて、勝手に怒って、勝手に自分の実力を疑ってきた。最後に肩を押したら、なぜか壁まで飛んでいった。
自分から喧嘩を売った覚えなど、まったくない。
「『ダンジョンって、そんなに強いのぉ?』って、あれは何だ! あの発言のせいでコメント欄が大騒ぎだったんだぞ!」
「だ、だってぇ……本当に、そんなに強いのかなって……」
「お前はもうちょっと言い方を考えろ!」
「うぅ……ごめんなさぁい……」
しゅん、と乙羽の頭が下がる。
しかし、担任はまだ納得していなかった。
「それに、綾小路だけじゃない! 最初に絡んできた上級冒険者たちとも揉めてただろうが!」
「それは先生がぁ……」
「先生?」
担任の視線が、乙羽の胸元へ向いた。
そこからリーゼロッテが堂々と姿を現す。
「はい! 私です!」
「お前もかー!」
「ええっ!? 先生まで怒られてるぅ!?」
乙羽は慌ててリーゼロッテを両手で抱え込んだ。
「先生、お願いだから大人しくしててぇ……!」
「ですが、乙羽は何も悪いことをしていませんよ?」
「そういう問題じゃないんだよぉ……!」
担任は深々とため息をついた。
「……いいか、音無。お前の実力がどうこうって話をしてるんじゃない。ダンジョンは危険な場所だ。初日から他の冒険者と揉めて、挙げ句の果てに二年主席を壁に叩きつけるような騒ぎを起こすなって話だ」
「わ、私だって普通に帰りたかったんだよぉ……」
「だったら、もう少し普通に振る舞え!」
「普通にしてたもん……!」
乙羽の抗議に、教室のあちこちから笑い声が漏れた。
柳が机に肘をつき、にやにやしながら口を挟む。
「いやぁ、乙羽。あんた、マジで自覚ねぇんだな」
「柳ちゃんまでぇ……!」
「だってよ、あの綾小路があんな顔するなんて、あたし初めて見たぜ?」
「琴ちゃんはぁ……?」
乙羽はすがるように琴を見る。
琴は少し困ったように目をそらした。
「……乙羽。言いたいことはわかるが、もう少し言葉を選んだ方がいいとは思う」
「琴ちゃんまでぇぇぇ……!」
乙羽は机に突っ伏した。
(なんでぇ……! 私、ただ学校に通いたいだけなのにぃ……! 昨日だって、普通にダンジョンを探索して、普通に帰りたかっただけなのにぃ……!)
その頭上で、リーゼロッテがぽつりと呟いた。
「しかし、乙羽の実力を疑ったのは、あの方々の方ですからね。乙羽が正当に評価されるためにも、あれは必要なことだったと思います」
「先生ぇぇぇ!! 今は黙っててぇぇぇ!!」
「なぜですか!?」
「また話がややこしくなるからだよぉぉぉ!!」
担任は天井を仰いだ。
「……お前ら、頼むから次の配信では平和にやってくれ」
乙羽は顔を上げ、こくこくと何度もうなずいた。
「う、うん……! 今度こそ、絶対に何も起こさないよぉ……!」
柳が小さく笑う。
「それ、昨日も言ってなかったか?」
「言ってないよぉ!?」
教室に、また笑い声が広がった。
(……もうダンジョンなんて行きたくないよぉ……!)
「でもぉ……うちの学校の生徒がケガして困るって苦情はあったよぉ? ケガしなかったもん……」
「……まぁー、それはあるだろうなぁ」
乙羽の言葉に、担任は少しだけ考えるような顔をした。
「うちらはまだノービスが多いからなー。このクラスでも、適性がまだ定まってない奴もいるだろー?」
教室を見渡しながら、担任は続ける。
「レベルを上げて、段階的に自分の適性に合わせて成長していくわけだがー……」
そこで、担任は乙羽に視線を戻した。
「お前、何個属性持ってるー?」
「えっ?」
「火と風の二属性なのはわかってる。だが、回復も支援もしてるだろー? 昨日の配信、こっちでも確認してるんだぞー」
「そ、それはぁ……」
乙羽は目を泳がせた。
(ど、どうしよう……。回復も支援も、先生に教えてもらったから使えるだけなんだけどぉ……! でも、そんなこと言ったら先生がまた余計なことを言いそうだよぉ……!)
「私も……わかんないです……」
「わかんない?」
「は、はい……。できるから、やってみただけでぇ……」
担任はしばらく乙羽の顔を見つめていた。
それから、深いため息をつく。
「……お前なぁ」
「は、はいぃ……!」
「柳生と桜庭がお前の支援バフで動きがよくなったわけだがー……。普通のパーティーでは、支援も回復も攻撃魔法も使えて、さらに体術まで使える魔法師なんていなーい」
「そ、そうなのぉ……?」
「そうなんだよ!」
担任の声が教室に響いた。
「魔法師は魔法師、剣術家は剣術家、トレジャーハンターはトレジャーハンター。それぞれ適性に合わせて訓練して、パーティーで役割を分担するんだ。全員が何でもできるわけじゃないんだぞー!」
「で、でもぉ……」
「でもじゃなーい!」
担任は乙羽の机を指で軽く叩いた。
「お前、自分が規格外だってそろそろ自覚しろー?」
「そ、そうなのぉ……? できるからやってみただけなのにぃ……」
乙羽は困り果てた顔で俯いた。
(だってぇ……! 先生が教えてくれたんだもん……! 教わったことを使ってみただけなのにぃ……! どうして私だけ、こんなに怒られるのぉ……?)
胸元から顔を出したリーゼロッテが、うんうんと満足そうに頷く。
「さすが乙羽です! 私が教えた魔法を、これほど自在に使いこなせるなんて!」
「先生ぇぇぇ!!」
乙羽の悲鳴が教室に響き渡った。
「また余計なこと言わないでぇぇぇ!!」
「えっ? 私は事実を述べただけですが?」
「そういうところだよぉぉぉ!!」
担任は片手で顔を覆った。
「……なるほどなぁ。妖精先生に教わって、できることを片っ端から試した結果がこれかぁ……」
「うぅ……」
「いや、だからって納得できるわけじゃないんだがなー……」
担任はもう一度、乙羽をじっと見た。
「とにかくだ。自分が何をできるのか、ちゃんと把握しろ。できるからって何でも試せばいいってもんじゃない。特にダンジョンじゃ、仲間の安全にも関わるんだからなー」
「は、はい……」
乙羽はしょんぼりと頷いた。
(うぅ……。今度こそ、普通の魔法師っぽく振る舞おう……。火と風の魔法を使って、たまに支援して、回復も必要なときだけ……。体術はなるべく使わない……!)
そう心に決めた乙羽だったが、担任は最後にもう一言付け加えた。
「あと、次の配信では壁を壊すなよー」
「こ、壊そうと思って壊したんじゃないもん……!」
教室のあちこちから笑い声が上がった。
(なんでぇ……! 私、普通に学校生活を送りたいだけなのにぃ……!)




