「えっ!? 私、普通だよぉ……?」
「それじゃあ、まずは状況を整理しましょうか」
静は乙羽の頭を軽く撫でてから、政宗たちへと向き直った。
「政宗君たちは、どうしてこうなったのか説明してもらえる?」
「……はい」
政宗は少しだけ表情を引き締めた。
先ほどまでの勢いは落ち着いていたが、納得していない様子はまだ残っている。
「こちらの音無君が、入学時の評価に見合わない行動を取っていたので、実力を確認しようとしたんです。ところが、彼女は自分の力を隠しているような動きをしていて……」
「それで、乙羽に吹き飛ばされたと?」
「……そうです」
静は妹を見た。
「乙羽?」
「えっとぉ……。ちょっと押しただけだよぉ……?」
「うん。そこは配信で見てたから知ってる」
「じゃあ、なんで聞くのぉ……」
「一応、本人の口からも聞いておこうと思ってね」
静は苦笑した。
乙羽は姉の後ろに隠れるようにして、そっと政宗を見た。
政宗はその視線に気づくと、わずかに眉を動かしたものの、何も言わなかった。
「……まあ、いいでしょう。少なくとも、音無君の実力が尋常ではないことはわかりました」
「えっ!? 私、普通だよぉ……?」
「君は少し黙っていてくれないか!?」
「なんでぇ!?」
静は思わず笑いそうになったが、どうにかこらえた。
「はいはい。二人とも、そこまでね」
そして、周囲を見渡す。
「ところで、みんなはこの先も探索を続けるつもり?」
「その予定です」
政宗が答えた。
「ここで引き返すつもりはありません。まだ第一層ですから」
「なるほどね。じゃあ、せっかくだし、少し様子を見せてもらおうかな」
「えっ?」
乙羽が顔を上げた。
「お姉ちゃんも一緒に行くのぉ?」
「うん。協会からも様子を確認してほしいって言われてるしね。それに、私もあなたたちの実力を見ておきたいから」
「うぅ……。普通に帰りたいよぉ……」
「まだ探索は始まったばかりでしょう?」
「そうなんだけどぉ……」
乙羽は肩を落とした。
その隣では、柳が目を輝かせていた。
「マジかよ! シズチャンも一緒に探索するのか!?」
「今日はあくまで見学ね。私が前に出たら、みんなの実習にならないでしょ?」
「そ、それはそうだけど……! でも、Sランカーの戦い方を近くで見られるんだろ!?」
「ふふっ。ちゃんと勉強になるようなところを見せられるといいね」
「うおおお……!」
柳は拳を握りしめた。
「柳、落ち着け……。まだ何も始まっていないぞ」
「わかってるって!」
琴がたしなめるが、柳の興奮はなかなか収まらない。
『柳ちゃん、完全にファンの顔になってるw』
『シズチャンが見学とか豪華すぎる』
『政宗先輩もさっきまでの勢いがなくなってて草』
『これ、誰の実習なんだよw』
静はコメント欄に手を振ってから、先へ進むよう促した。
「それじゃあ、みんな。周囲に気をつけてね」
こうして一行は、第一層の奥へと進んでいった。
しばらく歩いたところで、通路の先から複数の魔物が姿を現した。
ゴブリンを中心とした小規模な群れだ。
「魔物です!」
琴が声を上げ、すぐさま剣を構える。
「おう! あたしが右を取る!」
柳も短剣を抜き、素早く位置を変えた。
政宗は仲間たちを見渡し、迷いなく指示を出す。
「前衛は二体を引きつけろ! 後衛は距離を保って援護! 通路の奥にまだいる可能性がある、背後への警戒も忘れるな!」
「了解!」
仲間たちが一斉に動き出した。
静はその様子を注意深く観察する。
(うん。指示も的確だし、仲間との連携も悪くない)
政宗は単に自信過剰なだけの少年ではないらしい。
魔物の配置を見て瞬時に役割を分け、仲間が動きやすいように指示を出している。自分が目立つことだけを考えているわけでもない。
(この子たち、ちゃんと強いわね)
前衛が魔物の注意を引きつけ、後衛が隙を作る。
その隙を逃さず、政宗自身も剣を振るった。無駄のない動きで魔物の攻撃をかわし、仲間が作った好機を確実にものにしていく。
確かに、同年代の冒険者としては優秀だ。
そして、静の視線は自然と別の二人へ移った。
「はっ!」
琴の剣が、ゴブリンの攻撃を受け流す。
相手の力を正面から受け止めるのではなく、刃の角度を変えて軌道を逸らし、そのまま踏み込んで斬り返す。
動きに迷いがない。
幼い頃から剣術を学んできた者ならではの、正確な間合いと身体の使い方だった。
(琴ちゃんも、しっかり鍛えられているわね)
一方、柳は正面から力比べをするような戦い方をしていなかった。
短剣を手に、魔物の視線が外れた瞬間に死角へ回り込む。低い姿勢から足元を狙い、相手の動きが鈍ったところで急所へ一撃を加える。
さらに、周囲の地形を利用して仲間の死角を補い、別の魔物が背後へ回り込もうとすると、すぐに位置を変えてその進路を塞いだ。
(柳ちゃんも、トレジャーハンターらしい戦い方ね。武器の扱いも上手いし、周りをよく見ている)
琴と柳。
戦い方はまったく違うが、二人とも自分の役割を理解していた。
そして、その二人の少し後ろに、乙羽がいる。
「えっとぉ……。二人とも、少しだけ支援するねぇ」
乙羽は小さく呟いた。
その手元に、淡い光が灯る。
詠唱はない。
杖を振るうことも、大きな身振りをすることもない。
ただ、琴と柳にかかっている支援魔法を確認し、必要なものを重ねていく。
身体能力を底上げする強化。
動きの速さを補う加速。
反応を助ける補助。
それらが、ごく自然に二人へと付与されていった。
「……ん?」
静は目を細めた。
(今の、詠唱していなかったわよね?)
乙羽は魔法を使ったあとも、特に何かをする様子はない。
前に出るわけでもなく、指示を出すわけでもなく、ただ二人の戦いを見守っている。
琴と柳は、自分たちの技術で魔物を倒していた。
乙羽は、その二人が危険にならないよう、支援魔法を上書きしているだけだ。
けれど、その支援が加わったことで、二人の動きは明らかに鋭くなっていた。
「……なるほど」
静は小さく呟いた。
(無詠唱で支援魔法を重ねがけしている。それも、戦闘中に状況を見ながら、必要なものだけを選んで……)
魔法の発動が速いだけではない。
誰に、どの能力を、どの程度補えばいいのか。それを戦闘の流れを見ながら判断している。
普通なら、支援魔法を使うだけでも意識を割かれるはずだ。
それなのに、乙羽はまるで観戦でもしているかのように、落ち着いた顔で二人を見ている。
(……しかも、リーゼロッテはほとんど補佐していないわね)
妖精の先生は、少し離れた場所で満足そうに頷いているだけだった。
「ふふ。二人とも、よくできていますね」
「先生、今は戦闘中だよぉ……」
「ええ、わかっていますよ。だからこそ、邪魔をせずに見守っているのです」
「そ、そうなのぉ……?」
乙羽は首を傾げた。
静はその会話を聞きながら、改めて乙羽を見る。
(……この子、いったい何なの?)
先ほどの政宗とのやり取りでは、ただ困っているだけに見えた。
けれど、実際の戦闘ではどうだ。
無詠唱で支援魔法を重ね、仲間の動きを見ながら必要な補助を与え続けている。
しかも、本人はそれを特別なことだと思っていないようだった。
(殴り賢者、なんて呼ばれていたけれど……。魔法師という枠にも収まらないわね)
乙羽が見せたのは、まだ支援魔法だけだ。
以前の適性検査では、風と火の適性があると聞いていた。
だが、今の戦い方を見る限り、それだけだと考える理由もない。
(……ほかの属性魔法も使えるのかしら? それとも、まだ知らない能力がある?)
静は慎重に考えを巡らせた。
Sランク冒険者として、さまざまな魔法師を見てきた。
強力な攻撃魔法を操る者も、複数の属性を使い分ける者も、支援に特化した者もいる。
けれど、乙羽のように、戦闘中に無詠唱で支援を重ねながら、何事もないように仲間を見守る者は知らなかった。
(……あの子、いったいどこまでできるの?)
静はふと、以前の会話を思い出した。
乙羽は、リーゼロッテから夢の中で魔法を教わったと言っていた。
それも、二年前から。
最初に聞いたときは、奇妙な話だと思いつつも、本人がそう説明するならと受け止めていた。
しかし、今の乙羽を見ていると、どうしても疑問が浮かんでくる。
(本当に、夢の中で教わっただけなの?)
もちろん、リーゼロッテが優れた教師であることは間違いないだろう。
だが、教えられた内容を実際に使いこなし、戦闘中にこれほど自然に応用できるようになるには、それ相応の経験が必要なはずだ。
(……いえ、今は決めつけない方がいいわね)
静は小さく息を吐いた。
乙羽が何かを隠しているのは、おそらく間違いない。
けれど、それが何なのかはわからない。
どんな経験を積んだのか。どこまでの魔法を使えるのか。なぜ、あれほどの力を持っているのか。
静には、まだ何一つ正確には把握できていなかった。
ただ、ひとつだけ感じていることがある。
(……少なくとも、私が今まで知っていた乙羽の実力より、ずっと上にいるんでしょうね)
それがどれほどの差なのかさえ、今の静にはわからなかった。
その間にも、戦闘は順調に進んでいた。
「よしっ、終わり!」
柳が最後のゴブリンを短剣で仕留める。
「こちらも片づいた」
琴も剣を納め、周囲を確認した。
政宗たちも、残った魔物をきっちりと倒し終えていた。
「……ふむ」
政宗は息を整えながら、乙羽へ視線を向けた。
「君自身は、ほとんど攻撃していなかったな」
「うん。二人が戦ってたからぁ」
「支援魔法は使っていたようだが……。あれも、無詠唱なのか?」
「えっ? うん、そうだよぉ?」
乙羽は何でもないことのように答えた。
「……そうか」
政宗はしばらく乙羽を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
先ほどまでは、彼女が実力を隠していることに苛立っていた。
しかし、今の戦闘を見て、少なくとも彼女が仲間を危険にさらすつもりではないことはわかった。
必要な場面で支援を行い、仲間が戦えるようにしていた。
それもまた、冒険者としての能力のひとつだ。
「……君の戦い方については、まだ理解できない部分が多い。だが、仲間を支援する判断は悪くない」
「えっ? そ、そうなのぉ?」
「そこは素直に受け取っておけ!」
柳が笑いながら乙羽の肩を叩いた。
「お前の支援、マジですごいんだからな! 身体が軽いし、反応も速くなるし!」
「えへへ……。二人が頑張ってくれたからだよぉ」
「いや、そこは自信を持っていいと思うぞ、乙羽」
琴も真面目な顔で頷いた。
「お前の支援があったから、戦いやすかった。ありがとう」
「そ、そうかなぁ……? えへへ……」
乙羽は照れくさそうに笑った。
その様子を見て、静も微笑んだ。
けれど、内心ではまだ考え続けていた。
(……本当に、あなたは何を隠しているの? 乙羽)
妹は、ただ仲間を支援しただけだと思っている。
しかし、静の目には、それだけで十分に異常な光景だった。
殴り賢者。
視聴者が面白半分につけたそのあだ名は、乙羽の実力のほんの一部しか表していないのかもしれない。
静は妹の背中を見つめながら、そっと息を吐いた。
(……もう少し、あなたのことを知る必要がありそうね)




