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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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妹の様子を見に来ました

 その頃。


 音無静は、自分の配信を続けながら、妹たちのダンジョン配信を眺めていた。


 画面の中では、乙羽が困り果てた顔で政宗に訴えている。


「だから、私は普通の女の子だよぉ……!」


「その言葉を、あの攻撃を見たあとで信じろというのか!?」


「だってぇ……!」


 乙羽が涙目で訴え、政宗が頭を抱える。


 その様子を見て、静は思わず笑ってしまった。


「いやぁ……。まさか、あんなことになるとはねぇ」


 政宗が壁まで吹き飛ばされ、リーゼロッテが魔物を一掃し、挙げ句の果てには乙羽がダンジョンそのものに疑問を抱き始めた。


 入学して間もない妹の配信とは思えない展開である。


「お姉ちゃんとしては、もう少し普通に探索してほしかったんだけどね」


『シズチャン、妹さん毎回何かやらかしてない?』

『殴り賢者、ついにダンジョンの存在そのものを疑い始める』

『先輩を吹っ飛ばした直後に「ダンジョンってなんなのぉ!?」は草』

『妖精先生の火力もおかしいんだよなぁ』

『あの二人、絶対に初心者パーティーじゃないだろ』

『でも本人はずっと困ってるんだよなw』


「そうなのよ。本人は至って真面目なの。そこがまた面白いんだけど」


 静は笑いをこらえながら、コメントを拾っていく。


「ただ、乙羽のことだからねぇ……。本人に悪気はないのに、どうしてああなるんだろう」


『お姉ちゃんも苦労してそう』

『シズチャン、妹のことどこまで知ってるの?』

『実は裏で特訓してたり?』

『あのパンチ、何か秘密があるんじゃない?』


「秘密ねぇ……」


 静は画面の中の乙羽を見つめた。


 妹が何を考えているのか、家族としてある程度はわかる。


 目立ちたくない。騒ぎを起こしたくない。できるだけ普通に過ごしたい。


 そのくせ、いざというときには放っておけない性格なのだ。


「まあ、本人なりに頑張ってるんじゃないかな。……うん、たぶん」


『最後ちょっと自信なくなってない?』

『お姉ちゃんも妹の生態を把握できてない説』

『姉妹そろって面白いなw』


「ちょっと! 私は普通だからね!?」


 静が思わず反論すると、コメント欄はさらに盛り上がった。


 そんな、いつも通りのまったりした配信を楽しんでいたときだった。


 配信画面の端に、外部からの着信通知が表示された。


「ん? 誰だろう……」


 静は通知元を確認する。


 冒険者協会。


 その文字を見た瞬間、彼女の笑顔がわずかに引きつった。


「……えっ。協会?」


 まさか、妹の配信を見ていたことが問題になったのだろうか。


 いや、そんなはずはない。静自身が何かしたわけではないのだから。


 静は配信の音声を少し下げ、通話に応じた。


「はい、音無です。どうしました?」


『音無静さんでしょうか。現在、妹さんが参加されているダンジョン配信について、少々確認したいことがありまして』


「……ああ、乙羽の配信ですね」


 静は画面をちらりと見た。


 そこでは、乙羽が相変わらず困り果てた様子で、リーゼロッテに何かを訴えている。


「確認って、何か問題でも?」


『現場で複数の冒険者が関係する事態が発生しているようです。また、配信映像には通常の新人冒険者では考えにくい戦闘の様子も映っておりまして……』


「まあ、そうでしょうねぇ……」


 政宗が吹き飛ばされた場面を見ていれば、そういう話にもなるだろう。


『可能であれば、妹さんの様子を確認していただけないでしょうか。音無さんはSランク冒険者ですし、身内の方から話を聞ければと』


 静は小さく息を吐いた。


 協会としても、配信で騒ぎになっている新人たちを放置するわけにはいかないのだろう。


 しかし、静にしてみれば、話は単純だった。


 乙羽は今、ダンジョンにいる。


 そして、おそらく本人は困っている。


「……わかりました。少しだけ見に行きます」


『ありがとうございます。現場の担当者にも連絡しておきます』


「いえいえ。まあ、私も妹の様子は気になっていたので」


 通話を終えた静は、しばらく画面を見つめた。


 それから、配信中であることを思い出して、カメラに向き直る。


「ごめんね、みんな。ちょっと出かけてくるわ」


『えっ、現場行くの!?』

『シズチャン出動!』

『妹の救援イベントきたw』

『妹の尻拭いかな?』

『いや、あれは妹だけの問題じゃないだろw』


「誰が尻拭いよ! ……まあ、ちょっと様子を見に行くだけだから」


 静は立ち上がり、外出の準備を始めた。


 妹が何をしでかしたのか、詳しく聞く必要もあるだろう。


 ただ、ひとつだけ確かなことがある。


「……乙羽、お願いだから、私が着くまで余計なことしないでね」


 もちろん、その願いが届く保証はどこにもなかった。


 そして、静はそのまま配信を続けながら、ダンジョンへ向かった。


 第一層は、彼女にとって移動に時間のかかる場所ではない。


 現場に到着するまで、そう長くはかからなかった。


「みんな、着いたよ。ほら、あそこ。うちの妹たちがいるでしょ?」


 静は通路の陰から、少し離れた場所にいる乙羽たちを見つけた。


 政宗は何やら熱弁を振るっている。


「君は主席として、もっと自覚を持つべきだろう!」


「なんで私が首席なのぉ……」


「そこからなのか!?」


 静は思わず口元を押さえた。


「……ふふっ」


『笑ってるw』

『お姉ちゃん、完全に面白がってるじゃん』

『助けなくていいんですか?』

『まだ余裕ありそう』


「だって、あれくらいなら子供同士の口喧嘩でしょ? 政宗君も、言ってること自体は間違ってないみたいだし」


 静は政宗と、その仲間たちを観察した。


 装備の扱い、立ち位置、周囲への警戒。少なくとも、ただ威勢がいいだけの学生ではない。


 政宗たちのパーティーは弱くない。むしろ、同年代の冒険者としては十分に強い部類だろう。


 実際、彼らの動きには基礎がある。危険な場所での立ち回りも、学校で実習を受けているだけの新入生とは違う。


「うん。あの子たち、ちゃんと実力はあるね」


『Sランカーのお墨付き!』

『政宗先輩、実力は認められてるぞ!』

『でも妹さんに吹っ飛ばされたんだよなぁ……』

『そこが問題なんだよw』


「それは……まあ、うん」


 静は苦笑しながら、妹の姿に目を向けた。


 乙羽はリーゼロッテの隣で、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「……乙羽も、困った子ねぇ」


 そう呟きながらも、静の表情から笑みが少しずつ消えていった。


 先ほどから、どうしても引っかかることがある。


 政宗たちが弱いわけではない。


 むしろ、普通に考えれば、入学したばかりの乙羽が彼らを圧倒できるはずがないのだ。


 それなのに、乙羽は政宗を軽く押しただけで壁まで吹き飛ばした。


 リーゼロッテの魔法も異常だったが、乙羽自身の動きもまた、静の知る妹とはどこか違っていた。


(……あの子、いつの間にあんな力を身につけたの?)


 静は画面越しではなく、実際の目で乙羽を観察する。


 魔法を使う際の魔力の流れ。


 身体の動き。


 攻撃を加減しようとする仕草。


 Sランク冒険者として、静は数え切れないほどの戦闘を経験してきた。だからこそ、目の前の光景が簡単には理解できなかった。


(力があることはわかる。でも、どういう原理で使っているのかがわからない……)


 乙羽の魔力量も、以前と比べて明らかに違っているように見える。


 いや、そもそも。


(……そういえば、最近の乙羽って、ダンジョンや冒険者の配信について、まるで何も知らないみたいな反応をしていたわよね?)


 最初は、冗談か何かだと思っていた。


 けれど、乙羽は本当にダンジョンの存在を知らないようだった。冒険者が配信をすることにも、魔法やスキルが使われていることにも、いちいち驚いていた。


 地球で暮らしていたはずの妹が、どうしてそんな基本的なことを知らないのか。


(おかしいわよね……。この世界で暮らしていたなら、知らないはずがないもの)


 静は眉を寄せた。


 乙羽は、ダンジョンができる前の世界しか知らないかのような反応をしていた。


 けれど、ダンジョンが出現してから、もう二年も経っている。


(……まさか、あの子。ダンジョンが出現した頃から、何かあったの?)


 そして、今になって現れた異常な魔力量と、説明のつかない戦闘能力。


 それらは、何か関係しているのだろうか。


(もしかして、乙羽がこの世界のことを知らないのも、力が変わったのも……同じ理由?)


 考えても、答えは出ない。


 静は小さく息を吐いた。


(……今は決めつけない方がいいわね。本人に聞くにしても、落ち着いてからだわ)


 静は再び配信画面に意識を戻した。


 そこでは、乙羽が政宗に何かを言われ、またも困った顔をしている。


「……はぁ」


 静は小さくため息をついた。


「まあ、考えるのはあとね。とりあえず、妹が本気で困ってるみたいだし」


 そう言って、静は通路から一歩踏み出した。


「はいはい、そこまで。みんな、ちょっと落ち着こうか」


 よく通る声が、騒がしい一団に届いた。


 乙羽が、ぱっと顔を上げる。


「……えっ?」


 その視線の先にいたのは、見慣れた姉の姿だった。


「お、お姉ちゃん!?」


「はい、静お姉ちゃんですよー。乙羽、ずいぶん賑やかなことになってるわね?」


「うぅ……! お姉ちゃん、助けてぇ……!」


 乙羽は一目散に静のそばへ駆け寄った。


「はいはい。よしよし、ちょっと落ち着きなさい」


 静は妹の頭を軽く撫でてから、周囲を見渡す。


 その瞬間だった。


「し、シズチャン……!?」


 柳が目を見開いた。


 次の瞬間、彼女の表情がぱあっと輝く。


「う、うわあああっ!? 本物!? マジでシズチャン!? Sランクの音無静!?」


「えっ、あ、うん。本物だけど……?」


「すっげぇぇぇ!! あたし、配信いつも見てるんだ! 装備の解説回も、ボス戦の配信も! あのときの回避、どうやったんだ!? あと、魔力の制御って普段どうしてるんだ!?」


「ちょ、ちょっと柳、落ち着け!」


 琴が慌てて止めようとするが、柳の勢いは止まらない。


「いや、だってよ! 目の前にSランカーがいるんだぞ!? テンション上がるだろ普通!」


 静は思わず笑った。


「ふふっ、ありがとう。そんなに見てくれてるんだ?」


「もちろんだって!」


「じゃあ、今度配信でも装備の話をしようかな。今日のところは、まず実習を続けられるようにしないとね」


「マジか! 絶対見る!」


 柳は目を輝かせた。


『柳ちゃん、ガチファンじゃんw』

『本人を前にしたオタクの反応で草』

『シズチャン、ちゃんとファンサしてくれるの好き』

『妹を助けに来たはずなのに、柳ちゃんが一番元気になってるw』


 静はコメントにも軽く手を振った。


「みんなも見てくれてありがとう。今日は妹たちの様子を確認しに来ただけだから、あんまり大騒ぎしないでね?」


『無理です』

『もう大騒ぎです』

『妹さんのせいで無理ですw』


「もう、あなたたちねぇ……」


 静は苦笑しながら、改めて乙羽の顔を見た。


「それで、乙羽。何があったの?」


「えっとねぇ……」


 乙羽は困ったように視線を泳がせた。


「私、普通にダンジョンに来ただけなのにぃ……。なんか、政宗先輩が怒って、先生が魔法を使って、みんなが喧嘩して……」


「なるほど……」


 静は一瞬だけ目を閉じた。


(……うん。詳しい話を聞く前から、だいたい想像できるのが嫌ね)


 それでも、乙羽を責めるつもりはなかった。


 静は妹の肩に手を置き、穏やかな声で言った。


「わかった。まずは私が話を聞くから。みんなも、順番に説明してくれる?」


 その言葉に、政宗たちもリーゼロッテも、ひとまず口を閉じた。


 静は笑顔のまま、全員を見渡す。


「大丈夫。怒りに来たわけじゃないからね」


 そう言いつつ、彼女の視線は一瞬だけ乙羽の手元へ向かった。


(……それにしても、乙羽。あなた、本当に何があったの?)


 答えはまだわからない。


 けれど、少なくとも今日の騒ぎは、ただの子供同士の口喧嘩では済まなくなりそうだった。

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