「先生、お願いだから目立たないでぇ!」
「君の実力が本物なのか、僕はまだ納得していない!」
政宗は、乙羽を真っ直ぐに見据えていた。
「ええっ!? ほ、本物って……。私、別に嘘なんてついてないよぉ……」
「ならば、証明したまえ!」
「な、何をぉ……?」
「君が主席にふさわしい実力を持っているということをだ!」
乙羽は、思わずリーゼロッテを見上げた。
どうしてこうなったのだろう。
最初は、ただダンジョンを探索していただけだった。途中で先輩たちに絡まれ、指導対戦をすることになり、手加減したつもりの攻撃で相手を吹き飛ばしてしまった。
それからは何を言っても誤解され、説明するたびに疑問が増え、今ではレベル2なのに攻撃も補助も回復もできる謎の魔法師として扱われている。
(もうやだぁ……。普通に帰りたいよぉ……)
「……先生。何とかならないかなぁ?」
「何とか、とは?」
「せ、先生が説明してくれたら……」
「わかりました!」
「えっ、ほんと!?」
乙羽の顔がぱっと明るくなった。
これでようやく話が終わるかもしれない。リーゼロッテなら、自分の事情もわかっている。きっと、うまく説明してくれるはずだ。
「乙羽は私の大切な教え子です! この程度のことで実力を疑われるような子ではありません!」
「先生ぇぇぇ!! そういう説明じゃないよぉぉぉ!!」
乙羽はその場にしゃがみ込んだ。
「……何が不満なのですか?」
「全部だよぉ……!」
リーゼロッテは心底不思議そうに首を傾げた。
本人としては、乙羽を褒めているだけなのだ。しかも、決して誇張しているつもりもない。
だからこそ、乙羽は強く言い返せない。
『先生、説明する気がないwww』
『いや、本人は説明したつもりなんだろうな』
『「大切な教え子です!」は説明じゃないんよ』
『先生の乙羽ちゃん愛が重い』
『でも先生、乙羽ちゃんの実力を誰よりも知ってるからなあ』
『本人が一番隠したがってるのにwww』
『乙羽ちゃん、先生を信じたのが運の尽き』
『師弟漫才が完成してる』
「……君たちは、いったい何をやっているんだ?」
政宗が呆れた声を出した。
「僕は真剣に聞いているんだぞ!」
「わ、私も真剣だよぉ……!」
「ならば、答えたまえ!」
「だから、何をぉ……!?」
「君がどれほどの力を持っているのかだ!」
乙羽は口を開きかけ、すぐに閉じた。
自分の力を正直に説明するわけにはいかない。かといって、また嘘をつけば、今度はどんな騒ぎになるかわからない。
そもそも、地球の冒険者がどれくらい強いのか、乙羽にはまだよくわかっていなかった。
「……あのぉ。先輩は、どうしてそんなに私の実力が気になるのぉ?」
「君が主席だからだ!」
「えっ? でも、主席って、そんなに大事なのぉ?」
「大事に決まっているだろう!」
「そ、そうなんだぁ……」
乙羽はしょんぼりと肩を落とした。
自分にとっては、突然与えられた称号にすぎない。主席になりたくて努力したわけでもないし、それを誇りにしているわけでもなかった。
けれど、政宗にとっては違うのだろう。
「……先輩、ごめんねぇ。私、主席にこだわりがあるわけじゃないんだよぉ……」
「そういう態度が気に入らないと言っている!」
「ひゃあっ!?」
乙羽はまた柳の後ろに逃げ込んだ。
「おい、政宗先輩。ちょっと落ち着けって!」
柳が間に入った。
「乙羽が気に入らねえのはわかったけどよ、さっきから何を言っても怒ってるじゃねえか」
「君は黙っていたまえ!」
「はあ!? なんだと!」
「や、柳ちゃん! お願いだから喧嘩しないでぇ!」
乙羽は慌てて柳の腕を引いた。
琴も困ったように政宗を見つめる。
「あ、あの……。政宗先輩。乙羽が何かを隠しているように見えるのは、私にもわかります。ですが、無理に問い詰めても……」
「君まで彼女をかばうのか!」
「そ、そういうわけでは……!」
琴は言葉に詰まった。
普段なら、相手の話を聞いてから自分の意見を伝えることができる。だが、今の政宗は感情的になりすぎていて、何を言っても聞き入れてくれそうになかった。
「……まったく。どうして誰も彼も、彼女の肩を持つんだ!」
「ええっ!? 私、そんなつもりじゃないよぉ……!」
乙羽は頭を抱えた。
どうやら、ここにいる全員が別々の方向を向いているらしい。
『全員が別々の方向を向いてる、は本当にそうwww』
『政宗は実力を知りたい』
『柳は仲間を守りたい』
『琴は話をまとめたい』
『先生は乙羽を褒めたい』
『乙羽は帰りたい』
『目的が一人だけ違うwww』
『乙羽ちゃん、帰宅欲が強すぎる』
「……乙羽」
リーゼロッテが、静かに彼女の名前を呼んだ。
「はいぃ……?」
「あなたが自分の力を隠したい理由はわかっています」
「せ、先生……」
「ですが、あなたが何もしていないのに責められ続けるのは、私も納得できません」
リーゼロッテの表情から、いつもの明るさが消えた。
「あなたは、誰かを傷つけたくないから手加減しているのでしょう? それなのに、そのことで責められるのはおかしいと思います」
「……うん」
乙羽は小さく頷いた。
リーゼロッテは、乙羽が本気を出すことを恐れているのではなく、力を制御できずに誰かを傷つけることを心配しているのだと知っている。
そして、乙羽がどれだけ普通の生活を望んでいるかも。
「ですが、乙羽。あなたが苦しんでいるのなら、私はあなたを助けたいのです」
「先生……」
「だから、今回は私に任せてください」
「……えっ?」
乙羽は嫌な予感を覚えた。
リーゼロッテがこういうことを言うときは、たいてい何かが起こる。
「せ、先生? あのねぇ……。できれば、目立たない感じでお願いしたいんだけどぉ……」
「もちろんです!」
「ほんとぉ?」
「ええ!」
リーゼロッテは自信満々に頷いた。
乙羽は少しだけ安心した。
……安心してしまった。
その直後、リーゼロッテは政宗たちの前へ飛び出した。
「では、皆さん。少しだけ、私の力をお見せしましょう!」
「先生ぇぇぇぇぇ!!」
乙羽の悲鳴が響いた。
『あっ』
『あーあwww』
『目立たないとは』
『先生、もうやる気満々じゃん!』
『乙羽ちゃん、完全にフラグを立てた』
『「もちろんです!」を信じちゃダメなんだよwww』
『先生が何をするのか楽しみすぎる』
『ダンジョンの壁、もう一回壊れる?』
『やめろwww 修繕費が大変だろwww』
「君が……何をするつもりだ?」
政宗は警戒するようにリーゼロッテを見た。
「大したことではありません。少し、魔法を使うだけです」
「妖精が魔法を……?」
「ええ。私はフェアリープリンセスですから!」
リーゼロッテは小さな胸を張った。
「それでは……えいっ!」
軽く手を振る。
次の瞬間、通路の奥で凄まじい閃光が走った。
轟音。
衝撃波。
空気が震え、地面が揺れる。
少し離れた場所にいた柳と琴でさえ、思わず身をかがめた。
「うおっ!?」
「な、何だ……!?」
政宗たちは目を見開いたまま、爆発の起きた方向を見つめていた。
煙が晴れていく。
そこには、魔物の群れが跡形もなく消えた通路があった。
残っていたのは、焦げた地面と、壁に刻まれた大きな傷跡だけだった。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も、何も言えなかった。
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
「いかがでしょうか?」
「せ、先生ぇ……」
乙羽は顔を引きつらせていた。
「これのどこが、少しだけなのぉ……?」
「えっ? 魔物を倒しただけですが?」
「そ、そうだけどぉ……!」
乙羽は頭を抱えた。
違う。
そうじゃない。
目立たないようにしてほしいと頼んだはずなのだ。
どうして通路の景色が変わるほどの魔法を使ってしまうのだろう。
『待って待って待ってwww』
『妖精の一撃で通路が変わったんだが!?』
『今の「えいっ!」で済ませていい威力じゃない』
『爆発の規模がボス戦なんよ』
『先生、これでも「少し」なの!?』
『乙羽ちゃんが頭を抱える理由がわかった』
『この子たち、いったい何のパーティーなの?』
『妖精も規格外だったwww』
『殴り賢者の師匠、魔法賢者説』
『師匠も弟子もおかしいじゃねえか!』
「……君は」
政宗が、ようやく声を絞り出した。
「君は、こんな力を持った妖精を連れていたのか……?」
「えっ? う、うん……。先生だよぉ?」
「先生……?」
政宗は、ゆっくりとリーゼロッテを見た。
小さな身体。白い髪。透き通った羽。
見た目だけなら、かわいらしい妖精にしか見えない。
だが、先ほどの魔法は何だ。
あれほどの威力を、ほとんど予備動作もなく放ったのか。
「……危険すぎる」
政宗の仲間の一人が、青ざめた顔で呟いた。
「政宗、もういいだろ……。これ以上、刺激しないほうがいい」
「そ、そうだ。あの妖精、普通じゃないぞ……」
「何を言っている! 僕はまだ……!」
「先輩」
乙羽が、おずおずと声をかけた。
「先生に何か見せてほしいって言ったの、先輩だよねぇ……?」
「……っ!」
政宗が言葉に詰まった。
確かに、実力を見せろと言ったのは自分だ。
それなのに、いざ目の前で力を見せられると、恐怖に近い感情が込み上げてくる。
「で、でも、君自身の力を……!」
「ええっ!? 先生の力じゃダメなのぉ!?」
「そういう意味ではない!」
「うぅ……。もう、どうしたらいいのぉ……」
乙羽は再びしゃがみ込んだ。
『政宗、言いたいことはわかるけどwww』
『見せろって言ったのは政宗なんだよなあ』
『見せたら見せたで怖がられる先生』
『乙羽ちゃん、先生に頼ったのが間違いだった』
『いや、先生は頼まれた通りに見せただけだから……』
『威力が頼まれた範囲を超えてるんよ』
『「少しだけ」の定義を教えてくれwww』
「……乙羽」
リーゼロッテが、乙羽のそばへ戻ってきた。
「どうですか? これで皆さんも、あなたの実力を理解してくれたでしょう!」
「……先生」
「はい!」
「私、先生に自分の実力を見せてって頼んでないよぉ……」
「えっ?」
「目立たないようにしてって言ったんだよぉ……!」
リーゼロッテは、ぴたりと動きを止めた。
「……あ」
「気づいてなかったのぉ!?」
「す、すみません……。つい、乙羽のことを認めてもらいたくて……」
「うぅ……。もういいよぉ……」
乙羽は力なく首を振った。
こうなったら、もう仕方がない。
むしろ、ここまで派手な魔法を見せてくれたのなら、都合のいい説明ができるかもしれない。
乙羽はそっとリーゼロッテの服を引っ張った。
「……先生。ちょっと、お願いがあるんだけどぉ」
「はい? 何でしょう?」
「えっとねぇ……。私が強いのは、先生が力を貸してくれてるから、ってことにできないかなぁ?」
「……はい?」
「先生の補助があるから、私も戦えてるんだよぉ、みたいな……。そういうことにしてくれたら、私が特別強いわけじゃないって説明できると思うんだけどぉ……」
乙羽は必死だった。
このままでは、地球の冒険者たちに自分の実力を疑われ続ける。何とかして、話を丸く収めなければならない。
リーゼロッテは、じっと乙羽を見つめた。
「……乙羽」
「な、なにぃ?」
「それでは、あなた自身の努力が認められないではありませんか!」
「えええええっ!?」
乙羽は叫んだ。
「そ、そこは認められなくてもいいんだよぉ!!」
「よくありません!」
「よくあるのぉぉぉ!!」
リーゼロッテは頬を膨らませた。
「私は、あなたがどれだけ努力してきたか知っています。魔法を覚え、戦い方を学び、何度も失敗しながら強くなったあなたを、私はずっと見てきたのです!」
「せ、先生……!」
「それなのに、どうしてあなたは、自分の力をなかったことにしようとするのですか!」
「そ、それはぁ……!」
乙羽は言葉に詰まった。
リーゼロッテの言葉は嬉しかった。
自分の努力を認めてくれていることも、自分のことを大切に思ってくれていることも、よくわかる。
でも、今は違う。
そういう話をしているのではないのだ。
(先生ぇ……。お願いだから、私の平穏な学校生活を守ってよぉ……)
『乙羽ちゃん、ついに自分から隠蔽工作を提案したwww』
『でも先生が全力で拒否』
『先生、弟子の努力を認めてほしいんだろうな』
『師弟愛は尊い』
『ただし周囲への被害は甚大』
『乙羽ちゃんにとっては迷惑なの草』
『「強いのは先生のおかげ」作戦、開始三秒で失敗』
『先生が一番の難敵じゃんwww』
「……乙羽」
柳が、呆然としたまま声をかけた。
「お前、さっきから先生のこと、ただの補助役みたいに言ってなかったか?」
「えっ? う、うん……。先生は補助魔法を使ってくれるからぁ……」
「いや、今の見たら、補助どころじゃねえだろ!」
「そ、そうなのぉ……?」
「そうだよ!」
柳は頭を抱えた。
「先生も先生で、普通に魔物の群れを吹き飛ばしてるし……。お前ら、いったい何なんだよ……」
琴も、まだ信じられないという顔でリーゼロッテを見ていた。
「……先生。あれほどの魔法を、あの小さな身体で……」
「ふふん。これでもフェアリープリンセスですから!」
「……そういう問題なのだろうか」
琴は呆然と呟いた。
乙羽は、もう何も言えなかった。
自分が目立たないようにしようとするたびに、先生が余計なことをする。
しかも、そのたびに柳と琴まで巻き込まれている。
(どうしよぉ……。私、これからどうやって学校生活を送ればいいのぉ……)
政宗はしばらく黙り込んでいたが、やがて、険しい表情で乙羽を見た。
「……君は、あの妖精の力を借りているのか?」
「えっ? う、うん……。先生は、私の先生だよぉ?」
「質問に答えたまえ!」
「ひゃっ!? え、えっとぉ……」
乙羽は少し考えた。
ここは、先生に力を借りているということにしたほうがいいのだろうか。
先ほどの魔法を見れば、そう思うのも無理はない。実際、リーゼロッテは補助魔法も使えるし、自分の戦いを助けてくれている。
ならば、少しだけ話を合わせてもらえれば……。
「……先生」
「はい?」
「私、先生に助けてもらってるってことで……」
「いいえ!」
「えええええっ!?」
即答だった。
「乙羽の力は乙羽自身のものです! 私はあなたの努力を知っていますから、あなたが実力を隠すために私を利用するようなことは認めません!」
「せ、先生ぇぇぇ!! 今だけでいいからぁぁぁ!!」
「ダメです!」
「なんでぇぇぇ!?」
乙羽はとうとう、両手で顔を覆った。
『先生、頑固www』
『弟子の努力を守るためなら一歩も引かない』
『なお弟子は守られたくない模様』
『師弟の方向性が真逆すぎる』
『乙羽ちゃん、先生のこと大好きなのに相性が悪いw』
『いや、相性が悪いんじゃなくて目的が違うんだよwww』
『先生は認められたい、乙羽は帰りたい』
『今日の名言きたwww』
政宗の仲間たちは、もう完全に及び腰になっていた。
「政宗……。今日はもう帰ろうぜ……」
「そうだ。これ以上は、何が起きるかわからない」
「……君たちまで、何を弱気なことを言っている!」
「弱気とかじゃなくて、普通に危険なんだよ!」
仲間の一人が、声を潜めて言った。
「さっきの魔法を見ただろ? あの妖精、俺たちがどうこうできる相手じゃないぞ……」
政宗は言い返そうとしたものの、言葉が出てこなかった。
彼自身、理解していたのだ。
あの魔法は、自分たちの知っている冒険者の力とは、明らかに違っていた。
そして、その妖精を先生と呼び、当たり前のように連れ歩いている乙羽もまた、普通ではない。
「……君は、本当に何者なんだ……?」
「ええっ!? だから、音無乙羽だよぉ……!」
「名前を聞いているんじゃない!」
「もう、何なのぉぉぉ!!」
乙羽の悲鳴が響き渡った。
柳は天井を見上げ、琴は小さくため息をついた。
リーゼロッテだけは、どこか満足そうだった。
「ふふっ。皆さん、乙羽のすごさが少しはわかったようですね!」
「先生ぇぇぇ!!」
『最後まで先生が楽しそうwww』
『乙羽ちゃん、今日だけで何回叫んだ?』
『コメント欄も数えきれないくらい笑ってる』
『政宗はプライドを折られ、柳と琴は常識を揺さぶられた』
『そして先生は弟子を誇りに思っている』
『誰も悪意がないのに大惨事』
『これが殴り賢者の配信か……』
『いや、殴り賢者だけじゃなくて妖精もやばい』
『ティンカーベル、名前に反して火力が高すぎるwww』
乙羽は、ゆっくりと顔を上げた。
みんなが自分を見ている。
政宗たちは警戒し、柳と琴は困惑し、リーゼロッテは誇らしげに笑っている。
そして、配信のコメント欄は、今も猛烈な勢いで流れ続けていた。
(……もう、やだぁ……)
乙羽は心の中で叫んだ。
(私、普通に学校へ通いたいだけなのにぃ……!)
「……お姉ちゃーん!」
とうとう、乙羽は天を仰いだ。
「お姉ちゃん、助けてぇぇぇ!!」
もちろん、配信中である。
その悲鳴は、コメント欄にもしっかりと拾われていた。
『お姉ちゃんに助けを求めたwww』
『シズチャン、妹さんが大変です!』
『これは後でお姉ちゃんに怒られるやつ?』
『いや、静さんなら事情を聞いて頭を抱えそう』
『乙羽ちゃん、もう帰っておいで……』
『でもまだダンジョンの中です』
『現実を突きつけるなwww』
「……お姉ちゃんは、私が強いのを知ってるからぁ……。でも、私、普通に暮らしたいだけなんだよぉ……!」
乙羽は涙目で訴えた。
「なのに、みんなして強いとか、主席とか、実力を見せろとかぁ……!」
政宗が眉をひそめた。
「君は……。僕たちがどれだけ真剣に冒険者を目指しているのか、わかっているのか?」
「……えっ?」
「僕たちは、本気でダンジョンを攻略しようとしているんだ! 世界を脅かす魔物を倒し、人々を守るために努力している!」
「う、うん……」
「それなのに君は、ダンジョンを大したことがないように言い、実力を隠し、挙げ句の果てには帰りたいとばかり言っている!」
「だ、だってぇ……」
乙羽は困ったように首を傾げた。
「ダンジョンって、そんなに強いのぉ……?」
「…………は?」
政宗の動きが止まった。
柳も、琴も、リーゼロッテも、ぴたりと黙り込んだ。
乙羽は本気で不思議そうな顔をしていた。
「だって、ゴブリンとか、そんなに強くないしぃ……。さっきも、普通に殴ったら倒れちゃったしぃ……」
「君は……!」
政宗は言葉を失った。
乙羽は、彼らが命懸けで攻略しているダンジョンを、まるで近所の公園のように語っている。
それが侮辱のつもりではないことは、彼女の表情を見ればわかる。
だからこそ、余計に理解できなかった。
「……乙羽」
柳が、恐る恐る声をかけた。
「お前、マジで言ってんのか?」
「えっ? う、うん……」
「このダンジョン、結構強い魔物も出るんだぞ?」
「そうなのぉ……?」
「そうだよ!」
柳は思わず声を上げた。
「さっきだって、あたしたち、魔物に囲まれて危なかっただろ!」
「えっ? あれぇ……?」
乙羽は少し考え込んだ。
「でも、みんな普通に倒せてたしぃ……」
「それは、お前が強化してくれたからだろ!」
「あっ……。そ、そうだったぁ……」
乙羽はようやく思い出したように頷いた。
柳は顔を覆った。
「……お前、ほんとに自分の基準でしか考えてねえんだな……」
琴も、静かに頷いた。
「乙羽。私たちにとっては、あれでも十分に危険だったのだ。君が助けてくれたから、無事に切り抜けられた」
「そ、そうだったんだぁ……。ごめんねぇ……」
「いや、謝ってほしいわけではないのだが……」
琴は困ったように言葉を濁した。
乙羽は、本当に悪気がない。
だからこそ、二人は彼女の基準がどこから来ているのか、ますますわからなくなっていた。
『乙羽ちゃん、ダンジョンの難易度を知らない説』
『いや、入学したばっかりだから知らないのは仕方ない……のか?』
『でも魔物の群れを見ても平然としてたぞ』
『強化魔法をかけてる本人は余裕なんだろうな』
『柳ちゃんと琴ちゃん、乙羽に助けられてたことを再認識してる』
『本人は「みんな普通に倒せてた」って思ってるのがまた』
『基準が違いすぎる』
『この子、何を相手に戦ってきたんだよ……』
『考察班、出番です』
「……君は、ダンジョンの攻略を軽く考えすぎている!」
政宗が声を張り上げた。
「そんな態度では、いつか必ず痛い目を見るぞ!」
「ええっ!? そ、そんなつもりじゃないよぉ……!」
「ならば、きちんと実力を示してみせろ!」
「……えぇ……」
乙羽は、今度こそ泣き出しそうになった。
「さっき、先生が見せてくれたのにぃ……」
「君自身の力をだ!」
「うぅ……。私、どうしたらいいのぉ……」
リーゼロッテは、そんな乙羽を見て、そっと微笑んだ。
「乙羽。あなたは、もう少し自分に自信を持ってよいのですよ」
「先生ぇ……。今は励まさないでぇ……」
「ですが……」
「お願いだからぁ……!」
乙羽は再び頭を抱えた。
ダンジョンを探索しに来ただけなのに。
魔物を倒して、無事に帰る。それだけのはずだった。
それなのに、今では自分の実力を証明しろと言われ、先生が大魔法を披露し、仲間たちには心配され、政宗には怒鳴られ、コメント欄は大盛り上がり。
もう、何が何だかわからない。
「……こっちが知りたいよぉ!」
乙羽はとうとう、涙目で叫んだ。
「ダンジョンって、なんなのぉ!?」
その瞬間、配信のコメント欄が爆発した。
『wwwwwwwww』
『そこから!?!?!?』
『ダンジョン探索配信で一番聞いちゃいけない質問www』
『政宗先輩が一番聞きたいことだろうな』
『いや、こっちが聞きたいわwww』
『乙羽ちゃん、ダンジョンを何だと思ってたの!?』
『ゴブリンが弱いって言う人の質問じゃないんよwww』
『今日の配信、情報量が多すぎる』
『殴り賢者、強さだけじゃなく常識も謎』
『先生の魔法もやばかったし、もう何もわからん』
『シズチャン! 妹さんがダンジョンの概念から疑い始めました!』
『伝説の配信になってしまったwww』
政宗は、口を半開きにしたまま固まっていた。
柳は天を仰ぎ、琴は額に手を当てている。
リーゼロッテだけが、乙羽の頭を優しく撫でていた。
「……大丈夫ですよ、乙羽。少しずつ学んでいきましょうね」
「先生ぇ……。もう、帰りたいよぉ……」
乙羽の小さな呟きは、騒がしいコメント欄に埋もれていった。
そして、ティンカーベルの初ダンジョン配信は、誰も予想していなかった方向へと進んでいくのだった。




