「ええっ!? お、おかしいこと言ったぁ?」
「君は……本当に、何も知らないんだな……!」
政宗は額を押さえ、深々と息を吐いた。
「う、うん……。ごめんねぇ……」
「だから、なぜ謝るんだ!」
「ええっ!? だ、だって、先輩が怒ってるからぁ……」
乙羽は今にも泣き出しそうな顔で、柳の背中に半分隠れた。
何を言っても怒られる。黙っていても怒られる。謝っても怒られる。
(どうしよぉ……。もう何を言えばいいのかわかんないよぉ……)
「……もういい。君と話していても埒が明かない」
政宗は乱れた襟元を整え、乙羽を見据えた。
「そもそも、君は本当に主席にふさわしい実力を持っているのか? 僕は君の名前を聞いたことすらなかった。入学試験で、いったい何をしたんだ?」
「えっ? 試験?」
乙羽はきょとんとした。
「えっとぉ……普通に受けただけだよぉ?」
「普通に、だと……?」
「うん。そしたら主席って言われてぇ……。私もびっくりしたんだよぉ」
「君は……!」
政宗のこめかみに青筋が浮かんだ。
努力して成績を積み上げてきた自分に対して、目の前の少女は試験を受けただけで主席になったと言う。しかも、本人が一番驚いているらしい。
これを馬鹿にされていると感じるなというほうが難しかった。
『本人もびっくりの主席www』
『入学試験を普通に受けたら主席になった女』
『その「普通」が信用できないんだよなあ』
『殴り賢者、学力まで規格外なのか?』
『いや、勉強は好きじゃないってさっき言ってたぞw』
『何が得意で何が苦手なのか全然わからん』
『政宗先輩、そろそろ深呼吸しよう』
『乙羽ちゃんも深呼吸して!』
『二人とも別々の理由で限界を迎えてるwww』
「……乙羽」
柳が振り返り、少し声を落とした。
「お前、ステータスカード持ってるか?」
「えっ? う、うん。持ってるよぉ?」
「なら、見せてくれねえか。あたしもお前のこと、ちゃんと知りたいし」
「そ、それはいいけどぉ……」
乙羽は鞄からステータスカードを取り出した。
柳と琴が横から覗き込み、政宗も腕を組んだまま視線を向ける。
カードには、名前とレベル、適性などが表示されていた。
「……レベル2?」
政宗が目を見開いた。
「君のレベルは2なのか!?」
「う、うん。そうだよぉ?」
「そんなはずがあるか!」
「ええっ!? で、でも、カードにはそう書いてあるよぉ……?」
乙羽はカードを見直した。
何度確認しても、表示はレベル2だ。
別に隠しているわけではない。学校で受けた測定の結果がそうだったのだから、乙羽にとってはそれが当たり前だった。
「……本当に、2なのか?」
琴も驚いた様子でカードを覗き込んだ。
「私はレベル8だが……。乙羽の戦い方を見る限り、とてもそうは思えない」
「えっ? 琴ちゃんは8なのぉ?」
「あ、ああ……。そうだが」
「すごいねぇ!」
「えっ?」
琴が一瞬、言葉を失った。
「レベル8なんて、すごいと思うよぉ。私、まだ2だもん」
「……いや、しかし……」
「乙羽、お前なぁ……」
柳が呆れたように肩を落とした。
「お前、さっきから自分がどれだけおかしなこと言ってるかわかってるか?」
「ええっ!? お、おかしいこと言ったぁ?」
「自覚がねえのかよ……!」
『レベル2!?!?!?』
『待って、あの壁ドン吹き飛ばしがレベル2!?』
『肩を押しただけで壁に激突させたレベル2』
『もうレベルって何だよwww』
『琴ちゃんレベル8なのに、乙羽ちゃんを見て驚いてるの面白い』
『レベルが高ければ強い、とは限らない……?』
『いや、限度があるだろ!』
『殴り賢者の謎が深まった』
『レベル2であれなら、レベルが上がったらどうなるんだよ』
『ダンジョンが消し飛ぶんじゃない?』
『やめろwww 縁起でもないwww』
「……待て」
政宗がカードから顔を上げた。
「では、君はどうやって魔物を倒しているんだ?」
「えっ? 普通に殴ってるよぉ?」
「そういうことを聞いているんじゃない!」
「ひゃっ!? ご、ごめんなさいぃ!」
乙羽は慌ててカードを胸元に引き寄せた。
「だ、だって、魔法を使うより殴ったほうが早いこともあるしぃ……」
「魔法師なのに、か?」
「う、うん……。私、魔法師だよぉ?」
「適性と戦闘方法がまるで一致していないじゃないか!」
「そ、そうなのかなぁ……?」
乙羽は困ったように首を傾げた。
異世界では、魔法を覚えていても、近くにいる敵を殴って倒すことは珍しくなかった。魔法を使うより、拳を振るうほうが早い場面もある。
ただ、それを地球で説明しても理解されないだろうということくらいは、乙羽にもわかっていた。
だからこそ、あまり詳しく話したくなかったのだ。
「乙羽。ひとつ聞いてもいいか?」
琴が遠慮がちに尋ねた。
「な、何かなぁ?」
「先ほどの攻撃だが……。本当に、魔法を使っていなかったのか?」
「えっ?」
乙羽の肩がびくりと跳ねた。
(ど、どうしよう……。見られてたぁ……!)
あのときは、ただ軽く拳を振っただけだった。風魔法だと説明したものの、実際には魔法など使っていない。
ここで正直に言えば、また騒ぎになる。
かといって、嘘を重ねれば重ねるほど話がややこしくなるのは、もう十分に経験済みだった。
「え、えっとぉ……。あれは、そのぉ……」
「やはり、何か隠しているのか?」
政宗が鋭く問い詰める。
「ち、違うよぉ! 隠してるとかじゃなくてぇ……!」
「なら、説明できるはずだ!」
「うぅ……。先生ぇ……!」
乙羽は助けを求めてリーゼロッテを見上げた。
「乙羽は身体強化や速度強化、反応速度強化などの補助魔法も使えますよ」
「先生ぇぇぇ!? 今は説明しなくていいよぉぉぉ!!」
リーゼロッテは不思議そうに瞬きをした。
「ですが、聞かれているのですから、説明したほうがよいでしょう?」
「そういう問題じゃないのぉ……!」
『先生、情報を追加するのやめてwww』
『レベル2、殴る、補助魔法も使える』
『属性は風と火じゃなかったっけ?』
『魔法師としての能力もちゃんとあるのか』
『じゃあ、殴り賢者って何なんだよwww』
『先生が情報開示するたびに謎が増える』
『乙羽ちゃん、先生を止めて!』
『無理です。先生は善意でやっています』
『善意が一番怖いwww』
「補助魔法だと……?」
政宗はリーゼロッテを睨んだ。
「君が彼女に魔法をかけていたのか?」
「ええ。乙羽が戦いやすいように、必要に応じて補助しています」
「では、先ほどの力も君の魔法によるものなのか!?」
「いいえ。乙羽自身の力です」
「……は?」
「補助魔法で能力を高めることはできますが、先ほどの攻撃は乙羽自身が行ったものです。私が代わりに攻撃したわけではありません」
「先生ぇぇぇ!! もうちょっと曖昧に説明してぇぇぇ!!」
「曖昧にする必要があるのですか?」
「あるのぉぉぉ!!」
乙羽は頭を抱えた。
リーゼロッテは間違ったことを言っていない。だからこそ、訂正のしようがない。
柳は腕を組んで、乙羽をじっと見つめていた。
「……なあ、乙羽。お前、あたしたちにも補助魔法をかけてたよな?」
「う、うん。二人が戦いやすくなるようにって……」
「そのとき、あたしと琴が強くなったのも、お前の魔法か?」
「そうだよぉ?」
「……そっか」
柳はしばらく考え込んだ。
自分が強くなったことは実感していた。身体が軽くなり、反応も速くなった。以前なら間に合わなかった攻撃にも対応できるようになっていた。
あれが乙羽の補助魔法だったのなら、確かにすごい。
だが、それ以上に気になることがあった。
「じゃあ、お前自身は、どれくらい強くなれるんだ?」
「えっ? 私?」
「そうだよ。あたしたちをあれだけ強化できるなら、自分にも使えるんだろ?」
「う、うん。使えるけどぉ……」
「なら、なんで自分には使わねえんだ?」
「えっ……?」
乙羽は固まった。
しまった。
そこまで考えていなかった。
自分が普段から補助魔法を使っていることは、異世界では当たり前だった。地球では目立たないようにしようと決めていたから、むしろ自分には使っていない。
しかし、それを説明すれば、さらに疑問が増えるに決まっている。
「え、えっとぉ……。自分には、必要ないかなぁって……」
「必要ない?」
「う、うん……」
「……乙羽」
柳の声が低くなった。
「お前、それ、あたしたちの前でも言うのか?」
「ええっ!? ち、違うよぉ! 柳ちゃんたちが弱いとか、そういう意味じゃなくてぇ!」
「いや、わかってる。わかってるけどよ……」
柳は頭を掻いた。
「お前の言い方、いちいち誤解を招くんだよ……」
「そんなぁ……!」
琴も困惑した表情で頷いた。
「乙羽が私たちを見下しているとは思わない。だが……。どうしてそこまで自分の力に差があるような言い方をするのか、気になるのだ」
「さ、差があるなんて言ってないよぉ……!」
「では、どういう意味なんだ?」
「うぅ……」
乙羽は言葉に詰まった。
どう説明すればいいのだろう。
自分が本気を出したら、二人を傷つけてしまうかもしれない。そう思っていることを話せば、余計に気を遣わせてしまう。
だから、できれば黙っていたかった。
けれど、黙っていると、今度は隠し事をしていると思われる。
(なんでぇ……。どうして普通に話すだけで、こんなことになるのぉ……)
『柳ちゃん、ちゃんと仲間として聞いてるのいいな』
『琴ちゃんも疑ってるんじゃなくて理解しようとしてる』
『乙羽ちゃん、仲間に心配かけたくないんだろうな』
『でも説明しないと余計に心配されるんだよw』
『本人が秘密にしてるというより、説明の仕方がわからない感じ』
『先生、そろそろ助けてあげて!』
『先生「ありのままを話しましょう!」』
『やめろwww 全部明かされるwww』
「……乙羽。もうひとつ、いいでしょうか?」
リーゼロッテが穏やかに尋ねた。
「な、何かなぁ……?」
「あなた、先ほどから傷を負った政宗を気にしていますね」
「えっ? う、うん……。だって、頬から血が出てるしぃ……」
「でしたら、治してあげてはいかがですか?」
「……えっ?」
乙羽は政宗の頬を見た。
確かに、まだ小さな傷が残っている。血も少し滲んでいた。
「あっ、そ、そうだねぇ……! 先輩、ちょっとこっち向いてぇ?」
「な、なんだ?」
「傷、治してあげるからぁ……」
「君がつけた傷だろう!」
「あっ……。そうだったぁ……」
乙羽はうっかり納得してしまった。
「そ、そうだよねぇ……。ごめんねぇ……。でも、治したほうがいいと思うからぁ……」
「だから、謝るくらいなら最初から……」
「はい、じっとしててねぇ」
「話を聞きたまえ!」
乙羽は政宗の前に立ち、小さな手を頬の近くにかざした。
淡い光が傷口を包み込む。
数秒後には、血も傷もきれいに消えていた。
「……なっ!?」
政宗が頬に触れた。
「傷が……消えた……?」
「うん。よかったぁ……」
乙羽はほっと胸を撫で下ろした。
「これで、もう痛くないよねぇ?」
「……君は、回復魔法まで使えるのか?」
「えっ? う、うん……。なんか、できたからぁ……」
「なんか、できた……?」
「ええっ!? あ、あの、変な意味じゃなくてぇ……!」
乙羽は慌てて手を振った。
魔法を使えること自体は、乙羽にとって特別なことではない。傷を治すことも、できるならやったほうがいいと思っただけだ。
それなのに、政宗はまるで信じられないものを見るような顔をしていた。
『回復魔法まで使えるの!?』
『レベル2の魔法師、攻撃も補助も回復も完備』
『何でもできるじゃねえかwww』
『「なんかできた」で回復魔法を使うなwww』
『いや、本人は本当にそういう感覚なんだろうな』
『殴って、強化して、治療する』
『殴り賢者、ついにヒーラーも兼任』
『職業欄、魔法師で合ってる?』
『レベル2とはいったい……』
『政宗先輩、もう驚きすぎて顔が戻らないwww』
「……君は、何者なんだ?」
政宗が呆然と呟いた。
「えっ? 音無乙羽だよぉ?」
「名前を聞いているんじゃない!」
「ひゃあっ!?」
乙羽は再び柳の後ろに隠れた。
「もうやだぁ……。私、普通にしてるだけなのにぃ……」
「乙羽、お前……」
柳は苦笑しながら、彼女の肩を軽く叩いた。
「とりあえず、あたしはお前のこと、もう少し知りたいと思ってる。何か事情があるなら、無理に全部話せとは言わねえよ」
「柳ちゃん……」
「ただ、仲間なんだからさ。危ないことがあったら、ちゃんと相談してくれよ」
乙羽は少しだけ目を見開いた。
柳は怒っているわけではなかった。自分の力を疑っているわけでもない。ただ、仲間として心配してくれているのだ。
「……うん。ありがとう、柳ちゃん」
乙羽は小さく頷いた。
琴も、静かに続けた。
「私も、乙羽を責めたいわけではない。ただ……。君が何を考えているのか、少しでも知りたいと思っている」
「琴ちゃん……」
「無理に話せとは言わない。だが、私たちは同じパーティーだ。困ったことがあれば、頼ってほしい」
「……うん。ありがとうぉ……」
乙羽は、ようやく少しだけ笑うことができた。
普通に学校生活を送りたい。そのために、二人にはできるだけ迷惑をかけたくない。
けれど、二人が自分を仲間として受け入れようとしてくれていることは、素直に嬉しかった。
……だからこそ。
「じゃあ、乙羽。最後にひとつだけ聞かせてくれ」
政宗の声がした瞬間、乙羽の笑顔が固まった。
「ええっ!? ま、まだあるのぉ!?」
「当然だ! 君の実力が本物なのか、僕はまだ納得していない!」
「そ、そんなぁ……!」
乙羽は再び頭を抱えた。
『いい話になりかけたのに政宗www』
『柳ちゃんと琴ちゃん、ちゃんと仲間してる』
『乙羽ちゃん、少し救われたと思ったらこれ』
『政宗も自分の中で納得できてないんだろうな』
『気持ちはわかる。レベル2で回復魔法まで使われたら混乱する』
『でももう少し落ち着いてwww』
『乙羽ちゃんの受難、まだまだ続く』
『先生は何をしているの?』
『先生なら後ろで誇らしげに見守ってます』
『やめてwww』
リーゼロッテは、乙羽の頭にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ、乙羽。あなたの実力は、私がよく知っていますから」
「先生ぇ……。その言い方、また誤解されるからぁ……!」
乙羽の悲鳴に、配信のコメント欄が再び沸き立った。




