「そ、そこまで考えてないよぉ……!」
「なんとか冒険者の人たちも認めてくれたが、あたしらがダンジョン初挑戦だってのは変わらねぇな……」
ダンジョンへと足を踏み入れた柳が、周囲を警戒しながら言った。
「ああ……。気をつけて探索することにしよう」
琴も真剣な表情で頷く。
「うんうん。あんまり先に進まないようにしてねぇ。ケガしちゃうからねぇ」
乙羽は二人にそう声をかけながら、のんびりと後ろを歩いていた。
(よしよし……。二人ともやる気みたいだし、私はなるべく目立たないようにしていよう……)
そのとき、通路の奥から小さな影が飛び出してきた。
ウサギのような姿をしたモンスターだ。
しかし、その動きは見た目からは想像できないほど素早い。
「くそっ! すばしっこいな!」
柳が武器を振るうが、モンスターはひらりと身をかわす。
「柳! 落ち着け! 動きをよく見て、私に合わせるんだ!」
「わ、わかってるって!」
琴が冷静に指示を出し、柳もそれに応じて攻撃のタイミングをうかがう。
けれど、ウサギ型のモンスターはちょこまかと動き回り、なかなか攻撃を当てさせてくれない。
(うぅ~ん……。あれって、相当弱いモンスターだよねぇ……?)
乙羽は首を傾げた。
(私だったら、普通に捕まえられると思うけど……。でも、ここで私が倒したらまずいことになっちゃうよねぇ……?)
せっかく二人が頑張っているのだ。
自分が横から倒してしまったら、経験にもならないだろう。
(どうしよぉ……。あっ、そうだぁ!)
「む? 乙羽? どうしたのですか? あなたも参戦しなさい!」
リーゼロッテが不思議そうに声をかけてきた。
「せ、先生! 私、二人に支援魔法を使うよぉ!」
「なるほど……。さすが乙羽ですね。二人のレベル上げを優先するということですか」
「そ、そこまで考えてないよぉ……!」
(ち、違うよぉ! 私が普通に戦ったら、また変なことになっちゃいそうだからだよぉ! でも、支援魔法なら後ろからこっそり応援できるし……!)
乙羽は慌てて二人へと声をかけた。
「琴ちゃん、柳ちゃん! 魔法で強化するよぉ?」
「きょ、強化魔法も使えるのか……!?」
琴と柳が驚いたように乙羽を振り返った。
「う、うん……。ちょっとだけだよぉ? ほんのちょっとだからねぇ……?」
(そう! ちょっとだけ! 必要最低限! 絶対に目立たない程度にするんだよぉ!)
乙羽は二人に向けて手をかざした。
「えっとぉ……身体強化、敏捷強化……。あとは、反応速度も少しだけ上げておくねぇ……」
淡い光が二人の身体を包み込む。
「おっ……?」
柳が軽く拳を握り、足を踏み出した。
「おおっ!? 身体が軽い! なんだこれ!?」
琴も驚いたように目を見開く。
「反応が……違う。周囲の動きが、いつもよりはっきり見える……!」
先ほどまで素早いウサギ型モンスターを追いきれなかった二人の目が、その動きを捉え始めた。
ウサギが横へ跳ぶ。
「そこだぁっ!」
柳の攻撃が、今度はしっかりとモンスターを捉えた。
さらに琴が逃げ道を塞ぐように踏み込み、二人の連携でウサギ型モンスターを仕留める。
「やった! 当たったぜ!」
「ふぅ……。これなら、十分に戦えそうだな」
二人は喜びながら、自分たちの身体を確かめていた。
(よ、よかったぁ……! 二人ともちゃんと戦えてるよぉ……!)
乙羽はほっと胸をなで下ろす。
(これなら私は後ろで支援するだけでいいよねぇ……。うん、完璧! これなら絶対に目立たないよぉ!)
「……待て」
琴がふと、真剣な顔で乙羽を振り返った。
「乙羽。今、いくつの強化魔法を重ねた?」
「えっ? えっとぉ……身体強化と、敏捷強化と、反応速度の強化だよぉ……?」
「三種類を同時に……?」
琴が目を丸くする。
「しかも、私たち二人に同時にかけたんだよな?」
柳も自分の腕を見下ろしながら呟いた。
「これ、どれくらい持つんだ?」
「え? 普通に動いてる間なら、しばらくは大丈夫だと思うよぉ?」
「普通に……?」
琴が小さく繰り返す。
「乙羽、今の支援魔法は、どの程度の魔力を使ったんだ?」
「ええっ!? ど、どの程度って……?」
(ど、どうしよぉ……! 魔力なんてほとんど使ってないよぉ……! でも、そんなこと言ったら、また変なことになっちゃうよねぇ!?)
「え、えっとぉ……。二人が動きやすいように、ちょっと調整しただけだよぉ……?」
乙羽は必死に曖昧な笑顔を浮かべた。
「調整……。複数の強化を同時に維持しながら、対象ごとに効果を調整しているのか……?」
「マジかよ……。そんな細かいことまでできるのか?」
「えっ!? あ、いやぁ……! そういう難しい話じゃなくてぇ……!」
(ちがうよぉ! そんな高度なことを考えてやったわけじゃないんだよぉ! ただ、二人が戦いやすいようにしただけなのぉ!)
リーゼロッテが満足そうに頷いた。
「ふふん! 乙羽は支援魔法も得意ですからね! 攻撃だけでなく、仲間を強化することもお手のものなのです!」
(先生ぇぇぇ! 今は余計な説明をしないでぇぇぇ!)
乙羽は心の中で悲鳴を上げた。
そして、当然のように配信のコメント欄も盛り上がり始める。
『強化魔法三種類を同時に二人へ!?』
『支援役としても優秀なのかよ!』
『攻撃もできて支援もできる魔法師って、かなり貴重じゃないか?』
『さっきの戦い方といい、戦闘経験が豊富なんだろうな』
『拳に魔法をまとわせる近接型で、支援魔法まで使えるのか……』
『殴り賢者、マジで賢者なのでは?』
(な、なんでぇ……!? なんで支援魔法を使っただけで、また話が大きくなってるのぉ……!?)
乙羽は頭を抱えたくなった。
(私は二人に頑張ってほしかっただけなのにぃ……! 攻撃したら殴り賢者って呼ばれるし、支援したら万能魔法師みたいに思われるし……! どうしたら普通に冒険できるのぉ……!?)
「よし! 乙羽の支援があるなら、もっと先まで行けそうだな!」
「いや、柳。焦るな。まずはこの階層で確実に経験を積もう」
「そうだな! 乙羽、次も頼むぜ!」
「う、うん……。無理しないでねぇ……」
(お願いだから、あんまり期待しないでぇ……! 私、普通に学校の課題としてダンジョンに来ただけなんだよぉ……!)
乙羽の願いとは裏腹に、配信画面には新たなコメントが流れていく。
『ティンカーベル、バランス良すぎないか?』
『前衛二人を強化しながら後衛を務める魔法師……』
『これ、パーティーとして完成度高いぞ』
(完成度なんて考えてないよぉぉぉ……!)




