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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「ええっ!? 煽ってないよぉ……!」

 冒険者協会での登録を終えた乙羽たちは、教師に引率されてダンジョンへと向かっていた。


 琴も柳も、今日は最初からダンジョンに挑戦するつもりだったらしい。二人とも装備を持参しており、冒険者として登録したその日から活動できると聞いて、すっかりやる気になっていた。


「いやー、いよいよ冒険者デビューだな!」


 柳は拳を握り、目を輝かせている。


「我々の初陣というわけだな。事前に学んだことを実践する機会だ。気を引き締めていこう」


 琴も真剣な面持ちで頷いた。


 そんな二人とは対照的に、乙羽はぼんやりと説明を聞いていた。


(ダンジョンかぁ……。どのくらい手加減すればいいのかなぁ……)


 気になっているのは、もっぱらそのことだった。


 相手が弱すぎても不自然だし、強すぎれば二人を危険にさらしてしまう。かといって、自分が本気を出すわけにもいかない。


(うぅ……。普通って、どのくらいなんだろう……)


 考えれば考えるほど、わからなくなってくる。


 その間にも、教師の説明は続いていた。


 この世界にダンジョンが出現した際、入り口には厳重な監視設備と警備が配置された。許可された入り口を通らなければ内部へ入ることはできず、入場する冒険者の確認も行われる。


 配信カメラの起動も、その場で確認される仕組みだった。


 使用するカメラは、ダンジョン専用の配信サイト『Dtube』に自動で登録される。これによって、冒険者がダンジョン内で活動する様子を配信し、記録として残せるようになっている。


 安全管理と活動記録を兼ねた仕組みというわけだ。


「……ということだなー。初めて潜るときは、ちゃんと決まりを守るようになー」


「はい!」


 柳が元気よく返事をした。


 琴も頷く。


「承知した。準備はできている」


 説明が終わると、乙羽たちは冒険者ギルドの更衣室へ向かった。


 乙羽も、姉と一緒に買いに行ったグローブとスパッツを身につける。魔法師として登録されているのに、装備はどう見ても近接戦闘向けだった。


(うん……。一応、これで戦えるよねぇ……)


 もちろん、戦えるどころの話ではない。


 ただし、本人はできる限り普通の冒険者らしく振る舞うつもりだった。


 着替えを終え、ダンジョンの入り口へ戻る。


 厳重なゲートの向こうには、暗い通路が続いていた。警備員が登録情報を確認し、配信カメラの起動を促す。


 カメラが起動すると、Dtubeへの登録が完了したことを示す表示が出た。


「よしっ! 準備完了だな!」


 柳が振り返る。


「おい、おい、乙羽? 始めるぞ?」


「あ、あぁ……」


 乙羽は慌てて顔を上げた。


「うぅん~……」


「どうした、緊張しているのか?」


 琴が心配そうに尋ねる。


「そ、そういうわけじゃないよぉ……」


(緊張というか、手加減が難しいんだよぉ……)


 そんなことを口にできるはずもない。


「まぁ、あなたたちに合う階層で、まずは今日はお試しですよ?」


 リーゼロッテが二人に向かって告げた。


「私と乙羽がいないときは、無理をしてはいけませんよ? 自分たちの実力を把握して、危険だと思ったら引き返すこと。いいですね?」


「わかってるって!」


「当然だ。安全を軽視するつもりはない」


 二人の返事に、リーゼロッテは満足そうに頷いた。


 ところが、乙羽の返事はどこか歯切れが悪かった。


「あ、あぁ……。うぅん~……。あんまり行き過ぎると危険だしねぇ……」


 その言葉を聞いた瞬間、リーゼロッテの表情が変わった。


「乙羽! そんな弱気でどうするんです!?」


「えっ!?」


「あなたならダンジョンごとき制覇できるでしょう!?」


「や、やめてぇ……!」


 乙羽は慌ててリーゼロッテの口を塞ごうとした。


(なんでそんなこと言っちゃうのぉ!? 目立ちたくないのにぃ!)


 柳がぽかんと口を開け、琴も驚いたように乙羽を見つめている。


「……おい、乙羽。今の、どういう意味だ?」


「ち、違うよぉ! 先生はいつも私を褒めすぎるんだよぉ……!」


「私は事実を言っているだけですが?」


「先生ぇぇ……!」


 初めてのダンジョン配信。


 まだ一歩も中へ入っていないというのに、乙羽はすでに頭を抱えたくなっていた。


 ダンジョンの入り口。


 乙羽たちは、いよいよ初めてのダンジョン探索に挑もうとしていた。


 入り口の周辺には、これから探索に向かう冒険者たちの姿がある。装備を整えて仲間と打ち合わせをする者もいれば、受付で手続きを済ませてダンジョンへ向かう者もいた。


 乙羽はそんな光景を眺めながら、落ち着かない様子で自分の手袋を確かめていた。


(いよいよダンジョンかぁ……。学校で習ったことを実践するんだよねぇ……)


 もっとも、乙羽が気にしているのは授業で習った内容ではない。


(どのくらい手加減すればいいんだろぉ……。普通にやったら目立っちゃうし、かといって弱すぎても変だよねぇ……)


 そんなことを考えているうちに、リーゼロッテの説明が終わった。


 配信用のカメラが起動し、配信開始を知らせる表示が出る。


「よし! じゃあ、配信始めるぞ!」


 柳がカメラに向かって元気よく手を振った。


「みんな、今日からダンジョンに潜ることになるティンカーベルだ! 育成学校の今期入学の1席から3席でパーティーを組むことになった! あたしは柳! よろしく! 適性はトレジャーハンターだ!」


 初めての配信だというのに、柳に緊張した様子はない。


 むしろ、見ている人たちに自分たちのことを知ってもらおうと、いつも以上に張り切っているようだった。


『お、配信始まった!』

『今期の主席たちのパーティーか』

『柳って、あの3席の柳?』

『トレジャーハンターなんだ。意外と探索向き?』

『元気いいなw』


 コメントが流れ始めたのを確認して、柳は満足そうに頷いた。


「よし、次は琴だ!」


「は、はいっ!」


 名前を呼ばれた琴が、ぴしっと背筋を伸ばした。


 普段なら、これからダンジョンに挑むという状況でも落ち着いていられる。事前に学んだ知識を確認し、必要な準備を整え、仲間に声をかける。そういうことなら得意だった。


 しかし、今は違う。


 目の前には配信用のカメラ。


 そして、その向こうには自分の知らない大勢の視聴者がいる。


「は、はじめまして……! こ、琴です……! 適性は剣術家です。よ、よろしくお願いします……!」


 最後の方は、ほとんど声が小さくなっていた。


 琴は一礼すると、逃げるように柳の隣へ戻った。


『琴ちゃん、かわいいw』

『普段の雰囲気と違いすぎない?』

『めちゃくちゃ緊張してるじゃん』

『剣術家ってかっこいいな』

『自己紹介だけでこんなに緊張するのかw』


「うぅ……」


 コメントを見た琴の頬が、さらに赤くなった。


「こ、これは……その……」


「琴、もっと堂々としろよ! ダンジョンに入ったら、そんなこと気にしてる暇ないんだぞ!」


「そ、それは承知している……!」


 思わずいつもの調子で答えた琴だったが、カメラが自分を映していることに気づくと、また口をつぐんでしまった。


 柳は不思議そうに首を傾げた。


「なんだよ。普段はもっとしゃべるだろ?」


「そ、それとこれとは話が違うのだ……!」


 言い返したものの、琴はカメラから目を逸らした。


 乙羽はそんな琴を見て、くすっと笑った。


「えへへ……琴ちゃん、緊張してるのぉ?」


「うっ……。そ、そういうわけでは……!」


 否定する声まで、すっかり上ずっていた。


 そして、次は乙羽の番になった。


「お、乙羽だよぉ……。よろしくねぇ……。適性は魔法師でぇす……」


 乙羽は小さく手を振った。


 できるだけ普通に、目立たないように。


 それが乙羽の目標だったのだが、すでに入学時から主席として名前が知られている。配信を見ている人たちにとっても、乙羽は気になる存在らしい。


『この子が主席か!』

『魔法師なんだ』

『なんかふわふわしてるなw』

『おっとり系主席?』

『お姉さんも有名な冒険者なんだっけ?』


(うぅ……。やっぱり見られてるよぉ……)


 乙羽は内心で頭を抱えた。


 そして、その隣でリーゼロッテがふわりと宙に浮かび、カメラに向かって優雅に一礼した。


「ティンカーベルのマスコット、フェアリープリンセスのリーゼロッテと申します。よろしくお願いしますね」


 にこやかに微笑むリーゼロッテ。


 その姿を見た瞬間、コメント欄の流れが一気に速くなった。


『本当に妖精がいる!』

『フェアリープリンセスって何!?』

『マスコットが普通にしゃべった!』

『しかもプリンセス!?』

『今期の主席から3席まで揃ってるのに、マスコットまで濃いw』

『ティンカーベルって名前、妖精がいるからか!』


 リーゼロッテは満足そうに微笑んだ。


「ふふっ。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね」


(先生、自己紹介だけでこんなに注目されちゃってるよぉ……)


 乙羽はますます小さくなった。


 自分たちのパーティー名を決めるだけでも苦労したのに、配信を始めた途端にこれである。


 とはいえ、自己紹介そのものは無事に終わった。


 柳は改めてカメラに向き直る。


「よし! じゃあ、さっそくダンジョンに――」


「おい、ちょっと待て」


 不意に、背後から低い声がかかった。


 柳が振り返る。


 そこには、装備を身につけた数人の冒険者が立っていた。彼らは乙羽たちをじろじろと眺めてから、不機嫌そうに顔をしかめた。


「さっきの話、聞かせてもらったぞ。ダンジョンごとき制覇できる、だったか?」


「お前ら、学校生だろ? 配信で目立ちたいからって、あんまり舐めたこと言ってんじゃねぇぞ」


 どうやら、配信を始める前のリーゼロッテとの会話を聞かれていたらしい。


 先ほどのやり取りを、彼らは自分たち冒険者を軽く見た発言だと受け取ったようだった。


「え、えぇ……? なんか絡んできたんだけどぉ……。なんでぇ……?」


 乙羽は困惑しながら、柳と琴を見た。


 まだダンジョンに入ってすらいない。自己紹介をしていただけなのに、どうして怒られているのだろう。


「そりゃ煽ってるからだろ?」


 柳は呆れたように答えた。


「ええっ!? 煽ってないよぉ……!」


「いや、あの言い方はそう聞こえるだろ……」


 柳はそう言いながらも、冒険者たちから目を離さなかった。


 琴も何か言おうとしたが、配信中だと意識した途端、言葉が出てこなくなった。


「ま、待て……。配信中だぞ……。ど、どうする……?」


 普段なら、相手の言い分を聞いてから冷静に対応できるはずだった。


 だが、カメラが回っている。視聴者が見ている。そう考えるだけで、頭の中が真っ白になってしまう。


『あれ、なんか揉めてる?』

『先輩冒険者かな』

『入る前から大丈夫か?』

『琴ちゃん、また固まってるw』

『柳は冷静だな』

『乙羽ちゃん、何が起きたかわかってなさそう』


 コメント欄にも、戸惑いの声が流れ始めた。


 冒険者の一人は、そんな乙羽たちの様子を見て鼻で笑った。


「俺たちは毎日のようにダンジョンに通ってるんだ! 遊び気分のお前ら学校生は芸能人気取りだろうがな! こっちは本気でやってんだよ!」


 その言葉に、乙羽ははっとした。


 相手が何に怒っているのか、ようやくわかった気がしたのだ。


「そ、その通りだと思うよぉ……?」


 乙羽はおずおずと頷いた。


 毎日のようにダンジョンへ通っている冒険者が、本気で活動している。それは当然のことだ。


 学校で学んでいる自分たちが、実際にダンジョンへ潜る前から一人前のつもりになってはいけない。乙羽はそう考えたからこそ、素直に同意した。


 ところが、冒険者たちの表情はますます険しくなった。


「……あ?」


「お前、今なんつった?」


「えっ……?」


 乙羽は目をぱちぱちさせた。


(えっ……? なんでぇ……? 普通に同意しただけなのにぃ……)


 柳は片手で顔を覆った。


「お前なぁ……。そういうところだぞ……」


「ど、どういうところぉ……?」


「だから、煽ってるように聞こえるんだって!」


「そ、そんなつもりないよぉ……!」


 乙羽は必死に首を横に振った。


 自分たちはまだ新人だ。経験豊富な冒険者たちが本気で活動しているのは当たり前だし、学ぶべきことも多い。


 だから、相手の言っていることに同意しただけなのに。


『乙羽ちゃん、悪気はなさそうなんだけどなw』

『これ、どう返しても怒られるやつでは?』

『先輩の言い分もわかるけど、今の返事でさらに怒るのか』

『柳、苦労人ポジションになってるw』

『琴ちゃんが一言も入れないままピンチになってるぞ!』


 コメント欄も、すっかり騒がしくなっていた。


 乙羽はカメラと冒険者たちを交互に見た。


(どうしよぉ……。まだダンジョンに入ってもいないのにぃ……!)

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