「お姉ちゃんの配信、参考にならないよぉ?」
帰宅後。
乙羽は自室のベッドに座り、スマホを手に取っていた。
開いているのは、姉の静が配信しているチャンネルだ。
これから自分たちもダンジョン配信をすることになる。少しでも参考になればと思い、まずは身近な配信者である姉の動画を見てみることにしたのだ。
「ん~……」
画面の中では、静がダンジョンを進んでいた。
モンスターを発見すると、仲間と連携しながら戦闘を始める。動きに無駄がなく、危険な場所でも落ち着いて状況を判断していた。
コメント欄も盛り上がっている。
乙羽はしばらく画面を眺めていたが、やがて首を傾げた。
「……やっぱり、なんか……動きが遅い……?」
静の動きが遅いというより、全体的にゆっくり見える。
モンスターの攻撃も、仲間の動きも、自分が異世界で見ていたものと比べると、どこか緩やかに感じてしまう。
けれど、それが本当に遅いのかどうか、乙羽には判断できなかった。
「基準がわかんないよぉ……」
「そうですね。地球の冒険者としては、十分に優れた動きなのではないでしょうか」
すぐそばで一緒に画面を見ていたリーゼロッテが、静かに答えた。
「先生、そうなの?」
「ええ。以前、静の鑑定をしましたが、レベルは七十三でしたよ」
「七十三……」
乙羽はスマホの画面を見つめた。
「お姉ちゃんって、Sランク冒険者なんだよねぇ?」
「そうですね。地球の冒険者の中でも、かなり強い方なのでしょう」
「そっかぁ……」
乙羽は自分の手を見下ろした。
自分のレベルは百二十。
異世界では、それだけの力があっても、決して何でも簡単に解決できたわけではなかった。強敵もいたし、苦戦することだってあった。
けれど、地球に戻ってきてからは、どうにも自分の感覚が当てにならない。
学校の試験では、手加減したつもりのパンチで測定器の表示が上限に達した。魔法の試験でも、少し力を込めただけで大変なことになってしまった。
(もしかして、普通に動いちゃダメなのかなぁ……?)
画面の中では、静がモンスターの攻撃をかわし、反撃している。
その動きに目を凝らしてみても、乙羽には自分がどの程度合わせればいいのか分からなかった。
「……配信で映っちゃうなら、手加減しないと」
「……乙羽?」
リーゼロッテの声が、少し低くなった。
「何でそう弱く見せようとするのです!」
「ひゃっ!?」
突然の大声に、乙羽はスマホを取り落としそうになった。
「せ、先生ぇ……?」
「あなたの努力の成果を見せるのが配信なのではないのですか!?」
リーゼロッテは、乙羽の目の前まで飛んできた。
「あなたは一生懸命に学び、鍛え、数々の困難を乗り越えてきたではありませんか! それなのに、どうして自分の力を隠そうとするのです!」
「だ、だってぇ……」
乙羽は困ったように眉を下げた。
「目立ちたくないんだよぉ……」
「ですが!」
「だって、異世界帰りなんて言ったら、頭が変になったと思われるもん……!」
乙羽はスマホを胸元に抱え、必死に訴えた。
「二年間、異世界にいましたなんて、普通は信じてもらえないよぉ! 変なことを言ってるって思われるだけだよぉ……!」
もし、配信中に普通では考えられない動きをしてしまったら。
もし、地球では知られていない知識をうっかり口にしてしまったら。
視聴者は不思議に思うだろう。どうしてそんなことができるのか、どうしてそんなことを知っているのかと。
乙羽は、それが怖かった。
「私は普通の高校生として生活したいだけなのにぃ……。変な目で見られたくないよぉ……」
リーゼロッテは、すぐには答えなかった。
乙羽が本気で困っていることは、彼女にも分かっていた。
それでも、師匠としては納得できない。
「……あなたが目立ちたくないという気持ちは分かります。ですが、必要以上に自分を弱く見せる必要はないでしょう?」
「うぅ……でもぉ……」
「せめて、できることは普通にやればいいのです。力を隠すことばかり考えていたら、かえって不自然になりますよ」
「そ、そうなのぉ……?」
乙羽は目を泳がせた。
確かに、わざと動きを遅くしたり、できることをできないふりをしたりすれば、かえって怪しまれるかもしれない。
けれど、何も考えずに動いてしまえば、今度は周囲を驚かせてしまう。
(どうすればいいのぉ……!?)
乙羽は再びスマホの画面に目を向けた。
そこでは静が戦闘を終え、視聴者に向けて説明をしている。
Sランク冒険者である姉の配信ですら、自分にとっては参考になるのかどうか分からない。
「う~ん……。とりあえず、お姉ちゃんの動きを見ながら、どのくらいが普通なのか考えてみるよぉ……」
「……本当に分かっているのでしょうね?」
「わ、分かってるよぉ!」
乙羽は慌てて答えた。
けれど、その頭の中では、すでに別の問題がぐるぐると回っていた。
(目立たないように動いて、変なことを言わないで、異世界のことも隠して……。配信って、思ってたより大変かもぉ……)
乙羽はスマホを握りしめ、小さく息を吐いた。
新しい学校生活。
友達とのダンジョン活動。
そして、避けては通れない配信。
普通の高校生になりたいだけなのに、どうしてこんなに気をつけることが多いのだろう。
「……なんでぇ……」
その呟きに、リーゼロッテは小さくため息をついた。
「まったく……。あなたという人は……」
それでも乙羽の隣を離れるつもりはない。
彼女が地球でどんな学校生活を送るにしても、師匠として見守ることだけは変わらなかった。




