「配信って、何をすればいいのぉ?」
昼休み。
音無乙羽は、トレーを両手で持ちながら学食のメニューを眺めていた。
中学校に通っていた頃、昼食といえば母が用意してくれたお弁当だった。こうして学食で好きな料理を選ぶのは、乙羽にとって初めての経験である。
しかも、この学校の学食には普通の肉や魚を使った料理だけでなく、モンスターの食材を使った料理まで並んでいた。
「わぁ……本当にあるんだぁ」
「ん? 乙羽、何見てんだ?」
隣から柳がメニューを覗き込む。
「これだよぉ。モンスターのお肉を使った料理だって」
「いや、それは知ってるけどさ。学食に普通に並んでるんだな……」
柳はメニューに目を向けたまま、少しだけ顔をしかめた。
琴も隣で、料理の説明を慎重に読んでいる。
「食材として流通しているのは知っていたが……こうして見ると、少し不思議な感じがするな」
「そうなの?」
「そもそも、モンスターを食べる機会なんてほとんどなかったからな。安全だと分かっていても、多少は抵抗がある」
「わかる。あたしも、わざわざ食べようとは思わなかったし」
二人の反応を見て、乙羽は小首を傾げた。
異世界ではモンスターの肉を食べることも珍しくなかった。もちろん、食べられる種類を選ぶ必要はあったが、調理すれば普通においしいものも多かったのだ。
しかし、こちらの世界に戻ってきてからは一度も食べていない。
しかも、目の前にあるのは日本の料理をベースにアレンジされたモンスター料理だ。
(わぁ……どんな味なんだろぉ。異世界の料理とは、また違うのかなぁ?)
「ふふっ、乙羽。気になるなら食べてみればいいじゃありませんか」
肩の近くをふわふわと飛んでいたリーゼロッテが、楽しそうにメニューを覗き込んだ。
「先生は食べたことあるの?」
「いいえ。ですから、食べてみたいんです!」
リーゼロッテは胸を張った。
地球に召喚されて以来、彼女は地球の料理を片っ端から試すことを趣味にしている。初めて見る食材も、見慣れない調理法も、彼女にとっては興味の尽きない研究対象だった。
「このカレーという料理も気になりますし、こちらのハンバーグも捨てがたいですね……。あっ、モンスター肉の唐揚げもありますよ!」
「先生、すっごく楽しそうだねぇ」
「当然です! 知らないものを食べるのは楽しいですからね!」
「……なんか、先生のほうが冒険してる気がする」
柳が呆れたように呟いた。
結局、乙羽はモンスター肉を使ったカレーを、リーゼロッテは唐揚げとハンバーグを選んだ。柳と琴はしばらく迷った末、まずは普通の料理を選んでいる。
四人は空いているテーブルを見つけ、向かい合って席に着いた。
「それじゃ、いただきまーす!」
「いただきます」
「いただきます……!」
「いただきます!」
それぞれが食事を始める。
乙羽はスプーンでカレーをすくい、少しだけ緊張しながら口に運んだ。
「……!」
香辛料の香りと、柔らかく煮込まれた肉の旨味が口の中に広がる。
「おいしい……!」
「本当ですか!?」
リーゼロッテも唐揚げを頬張り、ぱっと表情を輝かせた。
「こちらもおいしいです! 外はサクサクで、中はジューシー……! 地球の料理は本当に奥が深いですね!」
「先生、口の周りに何かついてるよぉ」
「むっ。これは失礼しました」
リーゼロッテが慌てて口元を拭く。
その様子を見て、柳が小さく笑った。
「二人とも、モンスターの肉ってだけでテンション上がりすぎだろ」
「だって、地球の料理に使われてるのは初めてだもん」
「なるほどな。そういうもんか」
柳はそう言いながら、乙羽のカレーをちらりと見た。
「……そんなにうまいなら、あたしも今度食べてみようかな」
「はい。食わず嫌いはよくありませんからね!」
「先生に言われると、なんか説得力あるな……」
そんなやり取りをしながら食事を続けていると、琴がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、私たちの配信についても考えなければならないな」
「あっ……」
乙羽のスプーンが止まった。
(そうだったぁ……!)
冒険者学校に入学した以上、避けて通れないものがある。
ダンジョンでの活動配信だ。
この日本では、ダンジョンに入る際、安全確認のための配信が義務付けられている。授業であっても例外ではなく、配信用のドローンを持参しなければならない。
ダンジョンの入口では職員が装備を確認しており、配信機材を持っていなければ入場を認めてもらえないのだ。
「配信って、どうやればいいんだろうな。とりあえず、ドローンを飛ばしておけばいいのか?」
柳が首を傾げる。
「安全確認が目的なら、戦闘中もきちんと状況を映せるようにする必要があるだろう。カメラの位置も考えたいところだ」
琴は真面目な顔で考え込んだ。
「剣術が映える配信……いいな。せっかくなら、見ている人に私の剣をしっかり見てもらいたい」
「おお、琴はやる気だな!」
「当然だ。やる以上は、中途半端にはしたくない」
琴は真剣そのものだった。
その隣で、乙羽はできるだけ存在感を消すように背中を丸めた。
(私は、できれば映らないくらいでいいんだけどなぁ……)
しかし、学校の授業で配信する以上、そういうわけにもいかない。
「それに、配信にはスパチャとかもあるんだろ?」
柳が指を立てた。
「視聴者から応援してもらえれば、そのお金で装備やアイテムを買えるんだよな。だったら、ちゃんと見てもらえる配信にしたほうがいいってことか」
「そうだな。装備の更新や回復アイテムの購入にも費用はかかる。活動資金を確保する手段としても、配信は重要だ」
琴が頷く。
「なるほどぉ……。配信って、ただ映しておけばいいわけじゃないんだねぇ」
「そういうことだ。だから、最初に方針を決めておこうぜ」
柳はそう言ってから、ふとリーゼロッテに目を向けた。
「……なあ、先生って、かなり珍しい存在なんだよな?」
「はい? そうですね。少なくとも、私のような妖精は珍しいのではないでしょうか」
「だったらさ、先生をマスコットにするってのはどうだ?」
「マスコット、ですか?」
リーゼロッテがぱちぱちと瞬きをした。
「そうそう! ほら、妖精が一緒にいる冒険者なんて珍しいだろ? 先生が配信に映ってれば、それだけでも目を引くんじゃないか?」
「ふむ……マスコット……」
リーゼロッテは顎に手を当て、少し考え込んだ。
「皆さんに私の魅力を知っていただく、ということでしょうか?」
「まあ、そんな感じ!」
「なるほど。それは、なかなか悪くありませんね!」
リーゼロッテの顔が明るくなった。
「地球の皆さんに、妖精の素晴らしさを知っていただく機会にもなります。私、頑張ります!」
「先生、結構乗り気だねぇ……」
乙羽は目を丸くした。
だが、すぐに別の考えが頭に浮かぶ。
(先生が目立ってくれたら、私への注目が減るかもしれない……?)
それは、とても魅力的な案だった。
「うん、いいと思うよぉ。先生、かわいいし、珍しいし……。マスコットにぴったりなんじゃないかなぁ」
「乙羽! あなたもそう思いますか!」
「うんうん。先生が中心になってくれたら、私も安心だよぉ」
「ふふふ……では、皆さんの期待に応えられるよう、頑張らなくてはなりませんね!」
リーゼロッテは小さな胸を張った。
柳は満足そうに頷いたが、琴は少しだけ考え込んでいた。
「マスコットを置くのはいいと思う。ただ、私たち自身の活動も見てもらいたいな。私は剣術を、柳は近接戦闘を、それぞれ見せ場にできるだろう」
「おう! 強いモンスターが出てきたら、あたしがガンガン前に出て――」
「待て」
琴が即座に止めた。
「まだ、配信方針を決めている段階だ」
「いや、だからこそだろ! 戦ってるところを見てもらうんだから!」
「勢いだけで突っ込むのはやめてくれ。安全確認のための配信でもあるんだぞ」
「わ、わかってるって!」
柳は少しむっとした顔をした。
その様子を見ながら、乙羽はのんびりとカレーを口に運ぶ。
「とりあえず、脳筋にならないようにしようぜ」
柳が、なぜかそんなことを言い出した。
「……柳が言うのか?」
「なんだよ琴、その顔!」
「いや……自分で分かっているならいいんだ」
「だから、どういう意味だよ!」
二人のやり取りに、乙羽は思わず笑ってしまった。
「えへへ……。でも、配信ってめんどそうだねぇ……。視聴者さんがうるさそう~」
「乙羽、配信を始める前からそんなことを言うなよ!」
「だってぇ……。何を話せばいいのかも分からないし、変なことを言ったら大変そうだし……」
乙羽は困ったように頬を掻いた。
視聴者との交流。戦闘中の会話。何気ない一言への反応。
考えれば考えるほど、面倒なことばかりに思えてくる。
そして、乙羽には何よりも避けたいことがあった。
(異世界のことだけは、絶対にバレちゃダメ……!)
異世界で過ごした二年間。
そこで身につけた力も、知識も、経験も。
乙羽は、それらを地球の人々に知られたくなかった。
だからこそ、配信では慎重に行動しなければならない。
不用意な発言をしない。知っているはずのない知識を披露しない。異世界での経験を思い出して、うっかり口に出したりもしない。
(よし……! 目立たないように、気をつけよう……!)
そう決意した乙羽だったが、そもそも彼女は、自分が普通に振る舞っているつもりでも周囲に誤解されてしまうことが多い。
そのことを、本人はまだ十分に理解していなかった。
「まあ、最初から完璧にやろうとしても仕方ないだろ。まずは一回やってみて、そこから考えようぜ」
柳の言葉に、琴も頷いた。
「そうだな。実際にやってみなければ、分からないことも多いだろう」
「私も賛成です! 新しいことに挑戦するのは大切ですからね!」
「えへへ……そうだねぇ」
乙羽も、ひとまず頷いておく。
配信のことは、まだ分からないことだらけだ。
それでも、四人で相談して決めていけば、何とかなるかもしれない。
そんなことを考えていると、琴がふと提案した。
「そういえば、今度の休日は空いているか?」
「休日?」
「装備やアイテムを買うなら、実際に店を見て回るのもいいと思うんだ。配信に必要なものも、確認しておきたい」
「あ、それいいな! みんなで出かけようぜ!」
柳がすぐに賛成した。
「私も行きたいです! 地球のお店を見て回るのは楽しそうですからね!」
リーゼロッテも、ぴょんと飛び上がる。
「乙羽はどうだ?」
「えっ? 私も?」
乙羽は少し驚いたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「うん! 私も行きたいなぁ。みんなでお出かけするの、楽しそう!」
「よし、決まりだな!」
「では、休日の予定を合わせておこう」
こうして四人は、今度の休日に一緒に出かける約束をした。
初めての学食。
初めてのモンスター料理。
そして、これから始まる四人での配信活動。
乙羽は、友達と過ごす新しい学校生活に、少しだけ胸を弾ませていた。
(……でも、配信だけは本当に気をつけないとぉ……!)
楽しいことが増えるのは嬉しい。
けれど、異世界バレだけは絶対に避けなければならない。
乙羽の新しい学校生活は、まだまだ始まったばかりだった。




