「バスケって難しいんだねぇ」
パーティーが結成された翌日。
乙羽は、冒険者学校の校舎を歩きながら、時間割をじっと見つめていた。
「えっとぉ……今日は座学に、魔法の基礎実習、それから体育……?」
「そうですね! 冒険者といえど、まずは身体が資本です。基礎体力を鍛える授業は大切ですよ!」
肩の近くを飛ぶリーゼロッテが、教師のようにうなずいた。
「う、うん……そうだよねぇ……」
乙羽は曖昧に笑った。
(体育かぁ……。普通の学校っぽいねぇ。バスケとか、そういうのかなぁ……)
それなら大丈夫だろう。
魔法を使わなければいい。身体強化も使わなければいい。ボールを投げたり、走ったりするだけなら、さすがに目立つこともないはずだ。
――と、乙羽は考えていた。
この世界の一般的な高校生にとって、どの程度の運動能力が普通なのか。
それを彼女は、まだよく理解していなかった。
そして体育の授業が始まる。
「今日は基礎体力の確認も兼ねて、バスケットボールをやるぞ! チーム分けはこっちで決めてある。勝ち負けだけじゃなく、周りを見て動くことも意識するように!」
体育館に先生の声が響く。
生徒たちはそれぞれのチームに分かれ、ボールを手に取った。
乙羽も、琴と柳と同じチームになっていた。
「よっしゃ、やるからには勝とうぜ!」
柳はボールを受け取り、軽く手の中で回した。
「う、うん……! よろしくねぇ……!」
琴は静かにうなずきながら、乙羽をちらりと見た。
(バスケットボールか……。試験のときの動きを考えれば、運動能力も相当なものだろう。だが、あのときは結局、何も見えなかった……)
彼女は今日こそ、乙羽の動きを観察しようと決めていた。
一方の乙羽は、別のことを考えていた。
(どうしよう……。ボールって、どれくらいの力で投げればいいんだろう……?)
他の生徒たちは、すでにパスを回したり、シュートを練習したりしている。
乙羽も見よう見まねでボールを受け取り、軽く投げ返してみた。
ぽんっ。
ボールは相手の胸元へ、ちょうどよい力加減で飛んでいった。
(あっ、よかったぁ……! 今のは普通だったよね……?)
ほっとしたのも束の間。
「おっ、ナイスパス!」
柳が走り込んでボールを受け取った。
「そのまま行くぜ!」
勢いよくドリブルを始め、相手をかわしてゴールへ向かう。
シュートはリングに弾かれたものの、柳はすぐにボールを拾って戻ってきた。
「悪い、外した! 次は決める!」
「い、いいよぉ! 頑張ってぇ……!」
乙羽は胸を撫で下ろす。
(よかった……。私が頑張らなくても、みんな上手だもんね……! このまま応援していれば、普通に終わるかも……!)
「乙羽、何をしている! パスが来ているぞ!」
「えっ?」
先生の声に顔を上げる。
目の前には、ボール。
慌てて受け取った乙羽は、すぐ近くにいた味方へパスを出した。
ぽんっ。
ボールは味方の手元に収まった。
「ナイス!」
「よ、よかったぁ……!」
そのまま乙羽は、なるべく目立たないように走った。
全力では走らない。相手を抜かない。シュートもしない。ボールが来たら、近くの味方へ渡す。
これなら大丈夫。
きっと、普通の高校生らしく振る舞えている。
ところが。
「……乙羽さん」
試合の合間、琴がそっと話しかけてきた。
「な、なにかなぁ……?」
「あなた、どうしてシュートを打たないんだ?」
「えっ? えっとぉ……。私、パスの方が好きだから……?」
「そうなのか……」
琴は納得したような、していないような顔でうなずいた。
(今の動きも、どこか不自然だった。走る速度を抑えているように見えるのに、ボールへの反応だけは妙に速い……)
乙羽は琴の視線に気づき、内心で青ざめた。
(えっ、もしかしてバレた!? いやいや、何が!? 私、ちゃんと手加減してるよねぇ……!?)
「おーい! 乙羽! 次はこっちにパス頼むぜ!」
「は、はいぃ!」
柳の声に助けられ、乙羽は慌てて試合へ戻った。
その様子を、体育館の端からリーゼロッテが見守っている。
「頑張ってください、乙羽! あなたならもっと動けますよ!」
「せ、先生ぇ……! 応援は嬉しいけど、もっと普通にぃ……!」
乙羽の小声は、体育館の騒がしさに紛れて誰にも届かなかった。
リーゼロッテは満面の笑みで、さらに大きく手を振る。
「乙羽ー! 頑張ってくださーい!」
(先生ぇぇぇ……! お願いだから目立たせないでぇぇぇ……!)
こうして乙羽は、ボールを追いかけながら、ひたすら自分の力を抑え続けることになった。
勝ちたいわけじゃない。
負けたいわけでもない。
ただ、普通に授業を終えたいだけなのだ。
――それなのに、琴はますます疑問を深め、柳は「乙羽、もっと本気でやってもいいんだぜ!」と笑っている。
(本気って……どこまでなのぉ……?)




