「逃げられるんだけどぉ」
自己紹介が終わり、教室が少しずつ賑やかになってきた頃。
教壇に立っていた先生が、手を叩いて生徒たちの注目を集めた。
「よし、自己紹介はこれくらいにしておこう。次はパーティー編成だ。これからの授業やダンジョン実習では、基本的に三人一組で行動してもらう。今から自由に声をかけ合って、三人でパーティーを組んでみてくれ」
その言葉を合図に、教室のあちこちで生徒たちが動き始めた。
「ねえ、よかったら一緒に組まない?」
「俺たち二人なんだけど、あと一人どう?」
「じゃあ、よろしく!」
次々と声がかかり、あっという間にグループができていく。
乙羽も、せっかく同じクラスになったのだから、誰かに話しかけてみようと思った。
(よ、よぉし……! 今度こそ、お友達を作るんだよぉ……!)
近くにいた女子生徒が、ちょうど一人で立っている。
「あ、あのっ……! よかったら、私と――」
「あっ、ごめん! もう誘われちゃってて!」
「そ、そっかぁ……!」
女子生徒は申し訳なさそうに笑って、別のグループへ駆けていった。
(う、うん……! まだまだ、これからだよね……!)
乙羽は気を取り直して、今度は男子生徒たちの方へ歩いてみる。
「あのぉ、もしよかったら――」
「あ、俺たちもう三人だから」
「そ、そうなんだぁ……!」
またしても、あっさり断られてしまった。
いや、断られたというより、単純にもう人数が揃っているだけなのだろう。そう自分に言い聞かせながら、乙羽は次の相手を探した。
(だ、大丈夫……! まだ時間はあるもん……! 焦らなくても、きっと……!)
しかし、教室を見渡すたびに、空いている席の周りで生徒たちが集まっていく。
声をかけようと近づけば、なぜか相手が一歩下がる。
目が合ったと思ったら、そっと視線を逸らされる。
なかには、乙羽が近づいてきた瞬間に、慌てて別のグループへ滑り込んでいく生徒までいた。
(えっ……? あれ……? 私、そんなに怖い顔してる……? 笑顔、笑顔だよね……?)
乙羽は精いっぱいにこにこしてみた。
すると、目の前にいた女子生徒が、なぜか少し緊張した顔で会釈し、そのまま友人のところへ行ってしまった。
(あっ、あっ……! 待ってぇ……! まだ何も言ってないよぉ……!)
そうこうしているうちに、教室のほとんどでパーティーが完成してしまった。
乙羽は、ぽつんと取り残された。
(うそぉ……。私、今日から学校生活が始まったばかりなのに……もう一人ぼっちなのぉ……?)
泣きそうになりながら周囲を見回す。
すると、まだ二人だけで立っている女子がいた。
一人は、背筋をぴんと伸ばした黒髪の少女。腰には木刀を携え、姿勢や立ち方の端々から、日頃の厳しい鍛錬がうかがえる。凛とした雰囲気は、どこか時代劇の剣士を思わせた。
もう一人は、少し着崩した制服に鋭い目つき。腕を組み、いかにも不機嫌そうな顔で教室を見渡している。周囲の生徒たちは彼女の近くを避けるように通り過ぎていた。
乙羽は、二人の顔を見て、ぱっと表情を明るくした。
(あっ……! あの二人も、まだ決まってないんだ……!)
その瞬間、隣を飛んでいたリーゼロッテが嬉しそうに声を上げた。
「よかったですね、乙羽! 三人ですよ!」
「せ、先生ぇ……! 声、大きいよぉ……!」
嬉しい。とっても嬉しい。
けれど、ここまで誰にも声をかけてもらえなかった身としては、まだ安心するには早かった。
乙羽は涙目のまま、二人の少女へと歩いていった。
「あ、あのぉ……! わ、私もまだパーティーが決まってなくて……! よかったら、一緒に組んでもらえませんか……?」
剣術少女は、びくりと肩を揺らした。
「……っ」
何かを言おうと口を開く。けれど、言葉がうまく出てこないらしい。
彼女は乙羽をじっと見つめた。
入学試験での、あの動き。
いや、正確には、動きを見たはずなのに、彼女には捉えられなかった。
剣術を幼い頃から叩き込まれてきた自分でさえ、乙羽が何をしたのか理解できなかったのだ。
(……やはり、何か隠しているのだろうか)
聞きたいことは山ほどある。
けれど、初対面の相手にいきなりそんなことを尋ねるわけにもいかない。
「よ、よろしく頼む……」
ようやく出てきた言葉は、少しぎこちなかった。
「ほ、ほんとぉ!? よかったぁ……!」
乙羽の顔が、ぱあっと明るくなる。
その表情を見た剣術少女は、なぜか少しだけ目を泳がせた。
「……ああ。こちらこそ」
もう一人の少女は、二人の様子を眺めてから、肩をすくめた。
「まぁ、あたしもまだ決まってなかったしな。よろしく頼むわ」
「は、はいっ! よろしくお願いします……!」
「そんなかしこまんなくていいって。普通でいいぞ」
口調はぶっきらぼうだったが、別に嫌がっているわけではなさそうだった。
乙羽は胸を撫で下ろした。
(よ、よかったぁ……! お友達……とまではいかなくても、パーティーは組めたよぉ……!)
そのとき、ヤンキー風の少女が、ふと思い出したように乙羽の顔を見た。
「……あ、そういやさ。あんた、SHIZUKAの妹なんだって?」
「えっ? う、うん……そうだけどぉ……?」
「マジか! あのSHIZUKAの!?」
先ほどまでの気だるそうな態度が、少しだけ崩れた。
「いやぁ、あたし、SHIZUKAの配信けっこう見てんだよ! すげぇよな、あの人。ダンジョンでの立ち回りとか、マジで憧れるわ!」
「そ、そうなんだぁ……」
乙羽は困ったように笑った。
姉が褒められるのは嬉しい。けれど、自分は姉の配信をそれほど熱心に見ていないので、どう反応すればいいのかよくわからない。
「……あんたも、配信とか見んの?」
「え、えっとぉ……たまに、かなぁ……?」
「妹なのに!?」
「ひゃっ!? ご、ごめんねぇ……!」
「いや、謝んなくていいけどよ!」
少女は思わず笑い、乙羽はびくっと肩をすくめた。
剣術少女はそんな二人を見ながら、少しだけ表情を和らげた。
(……不思議な人だ。試験のときとは、まるで印象が違う)
あの圧倒的な記録を出した少女が、今はパーティーを組めただけで泣きそうになっている。
いったい、どちらが本当の姿なのだろう。
いや、そもそも自分は、彼女のことをほとんど知らないのだ。
ならば、これから一緒に行動する中で確かめればいい。
「……改めて、よろしく頼む。私は柳生琴だ」
「桜庭柳。よろしくな、乙羽」
「あ、音無乙羽です……! こ、こちらこそ、よろしくお願いします……!」
三人がそれぞれ挨拶を交わす。
こうして、入学試験一位の音無乙羽、二位の柳生琴、三位の桜庭柳。
周囲からは少し近寄りがたいと思われていた三人が、ひとつのパーティーを組むことになった。
「乙羽、よかったですね!」
「う、うん……! 先生、私、ちゃんとお友達できるかなぁ……?」
「大丈夫です! 乙羽ならきっとできますよ!」
「そ、そうかなぁ……?」
乙羽はまだ少し不安そうだったが、それでも先ほどまでの泣きそうな顔には、小さな笑顔が戻っていた。
――ただし。
琴は乙羽の実力に興味津々で、柳は彼女の姉の大ファン。
そして乙羽本人は、二人が自分に興味を持っている理由を、まだ何ひとつ理解していなかった。




