「友達が欲しいだけなのにぃ……」
入学式が終わり、一年生たちはそれぞれの教室へと移動していた。
乙羽は自分の席に座り、そわそわと周囲を見回していた。
(ど、どうしよう……。友達、できるかなぁ……)
せっかく入学したのだから、普通に友達を作りたい。
授業を受けて、一緒にお昼を食べて、放課後には寄り道をする。そんな、ごく普通の学校生活を送りたいのだ。
(うん。最初の自己紹介で失敗しなければ大丈夫……!)
やがて担任の教師が教室に入ってきた。
「それでは、まずは自己紹介をしてもらおう。名前と趣味、入学後にやってみたいことなどを簡単に話してくれ」
そう言って名簿を確認していた教師は、ふと乙羽の肩に座っている小さな妖精へ視線を向けた。
「音無の召喚獣についても、先に紹介してもらおうか。君はリーゼロッテさんだったね?」
「はい。リーゼロッテと申します。乙羽の召喚獣として、こちらでお世話になることになりました。よろしくお願いいたします」
リーゼロッテは乙羽の肩から飛び立つと、教室の前方へ移動し、小さな手でスカートの裾をつまんで丁寧にお辞儀をした。
その姿に、教室のあちこちから感嘆の声が上がる。
「うわ、本当に妖精なんだ……」
「ちっちゃい、かわいい……!」
「召喚獣って、あんなにはっきり意思疎通できるんだな」
リーゼロッテは注目されていることにも動じず、落ち着いた様子で続けた。
「私は乙羽の魔法の師でもあります。まだまだ教えてあげたいことはたくさんありますので、学校でも彼女の成長を見守っていきたいと思っています」
(せ、先生!? そこまで言わなくてもいいよぉ……!)
乙羽は内心で慌てた。
魔法の師という説明自体は、家族にも話してある設定だ。問題は、クラスメイトたちがそれをどう受け取るかだった。
「魔法の師……?」
「召喚獣が主人に魔法を教えてるのか」
「じゃあ、音無の魔法がすごいのって……」
リーゼロッテは、さらに微笑んだ。
「乙羽はとても優秀な生徒ですよ。教えたことを覚えるのも早いですし、実践でも――」
「せ、先生! もう大丈夫だよぉ!」
乙羽は勢いよく手を挙げた。
リーゼロッテがきょとんと振り返る。
「乙羽? まだ紹介の途中ですが」
「う、うん! でも、私のことは普通でいいから!」
「普通、ですか?」
「そ、そう! 普通!」
リーゼロッテは少し考えたあと、真面目な顔でうなずいた。
「なるほど。乙羽は謙虚なのですね」
(違うのぉ! そういう話じゃないのぉ!)
教室の生徒たちは、二人のやり取りを興味深そうに見つめていた。
「本人は謙虚なんだな……」
「先生があそこまで褒めるって、相当な実力なんじゃないか?」
「しかも、本人は普通でいいって……」
乙羽は、まだ自己紹介すらしていないのに、早くも嫌な予感がしていた。
担任が軽く咳払いをする。
「ありがとう、リーゼロッテさん。それでは、生徒たちの自己紹介に移ろう。順番に名前と趣味、入学後にやってみたいことを話してくれ」
生徒たちは順番に立ち上がり、自分のことを話していった。
得意な武器について話す者。魔法を極めたいと語る者。将来は有名な冒険者になりたいと意気込む者。
教室には少しずつ和やかな空気が広がっていった。
(よし……! みんな普通に話してるし、私も普通に話せば大丈夫だよね!)
そして、乙羽の番がやってきた。
乙羽は立ち上がり、緊張した笑顔で教室を見渡した。
「あ、音無乙羽です……。えっと、姉が配信者をやってます。あんまり強くないですが、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
乙羽は、自分のことをあまり強くないと言ったつもりだった。
ところが、教室が静まり返った。
「……あんまり強くない?」
「姉が配信者って、SHIZUKAのことだよな?」
「Sランク冒険者のSHIZUKAを、強くないって……?」
(あれっ?)
乙羽は慌てて両手を振った。
「あっ、違うの! お姉ちゃんはすっごく強いんだよ!」
よし。これで誤解は解けるはずだ。
「私なんかとは全然違うんだから!」
――教室が再び静まり返った。
「私なんかとは、全然違う……?」
「それって、つまり……」
「自分のほうが強いってことか?」
(なんでぇ!? お姉ちゃんを褒めたんだよぉ!?)
乙羽は涙目になりながら、必死に説明を続けた。
「ち、違うよぉ! お姉ちゃんは本当にすごい人なの! 私なんて、まだまだだし……!」
「まだまだ、か……」
「今でもあの実力なのに、まだ上を目指してるってことか?」
「いや、あの入学試験の結果を考えたら……。自分のほうが上だと思ってるんじゃないか?」
(ちがうのぉ! 私は普通に仲良くなりたいだけなのぉ!)
乙羽はすっかり困り果てていた。
そこへ、リーゼロッテが再び口を開いた。
「皆さん、乙羽のことを誤解しないでください。乙羽は、まだまだ成長できる子です。あの程度の結果で満足するような子ではありませんから」
教室が凍りついた。
「……あの程度?」
「パンチングマシンの九百九十九が?」
「魔法の標的を爆散させたのも、満足してないってことか……?」
(せ、先生ぇぇぇ!?)
乙羽は頭を抱えたくなった。
リーゼロッテは、乙羽が自分の実力に満足せず、もっと成長したいと思っているのだと説明したつもりだった。
しかし、周囲には「今の結果ですら本気ではない」と聞こえてしまったらしい。
「そ、それに! 私、本当にみんなと一緒に勉強したいんだよ! まだまだ知らないこともいっぱいあるし!」
乙羽は何とか話を戻そうとした。
「だから、いろいろ教えてくれたら嬉しいなぁって……」
すると、クラスの男子が困惑したように尋ねた。
「……俺たちが、音無さんに教えるのか?」
「えっ? う、うん。だって、私、まだ一年生だし……」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
男子は言いにくそうに口ごもった。
「音無さん、入学試験であれだけの結果を出したんだろ? それなのに、俺たちから何を学ぶつもりなんだ?」
「ええっ!? そ、それは……」
乙羽は答えに詰まった。
地球の冒険者事情については知らないことが多い。武器の扱い方やダンジョンの攻略法だって、地球の常識はこれから覚えていく必要がある。
けれど、それを全部説明するわけにもいかない。
「えっと……。みんなの得意なこととか、いろいろ知りたいなって……」
「得意なこと、か……」
リーゼロッテがうなずいた。
「乙羽は、相手の長所を見つけるのが上手ですからね。皆さんも、気負わずに自分の得意なことを見せてあげてください」
「……見せてあげて?」
「乙羽に、実力を見てもらうってことか……」
「いや、これ、完全に挑発だろ……」
(先生ぇ……! お願いだから、もう黙っててぇ……!)
乙羽は心の中で泣いた。
リーゼロッテは乙羽のためを思って助け舟を出している。だからこそ、本人に悪気がないこともわかっている。
けれど、今はその善意がとんでもない方向へ転がっていた。
担任が慌てて咳払いをする。
「……わかった。では、次の人に自己紹介をしてもらおう」
乙羽は、ようやく席に戻ることができた。
(お、終わったぁ……)
ほっとしたのも束の間、隣の席の女子が、おそるおそる話しかけてきた。
「音無さん……」
「は、はいっ!」
「本当に、SHIZUKAさんより強いの?」
「ふぇっ!? ち、違うよぉ! お姉ちゃんのほうがずっと強いよ!」
「……ずっと?」
「う、うん! 私なんかじゃ、全然かなわないもん!」
乙羽は必死に首を振った。
だが、女子の表情はますます複雑になった。
「……そっか。そういうことなんだね」
(えっ、何がわかったのぉ!?)
女子はそれ以上追及せず、前を向いてしまった。
乙羽は机に視線を落とした。
(うぅ……。私、何か間違えたのかなぁ……)
そのとき、リーゼロッテが乙羽の肩にちょこんと座った。
「乙羽。あまり気にしなくてもいいですよ。あなたは、いつもどおりにしていれば大丈夫です」
「……先生の、いつもどおりって何?」
「え?」
「……ううん。なんでもないよぉ……」
乙羽は力なく笑った。
どうやら、普通の学校生活への道のりは、思っていたよりもずっと険しいらしい。
それでも、乙羽はまだ諦めていなかった。
(明日こそ……明日こそ、ちゃんと友達を作るんだから……!)
その決意を胸に、乙羽は小さく拳を握った。
――教室の生徒たちは、その仕草を見て、また別の意味に受け取っていた。
「……あれ、絶対に何か企んでるだろ」
「やっぱり、わざと煽ってるんじゃないか?」
乙羽の学校生活は、始まったばかりだった。




