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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「なんかケンカ売られてるぅ」



「続きまして、来賓挨拶。冒険者Sランク、音無静さん」


 名前を呼ばれた静が壇上へ上がった。


 会場からは大きな拍手が送られる。現役のSランク冒険者であり、配信者としても知られる静の姿に、配信画面のコメント欄も賑わい始めた。


 静はマイクの前に立ち、会場を見渡してから、落ち着いた声で話し始めた。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」


 静は会場を見渡してから、落ち着いた声で続けた。


「これから皆さんは、冒険者として必要な知識や技術を学んでいくことになります。ですが、ひとつ覚えておいてください。ダンジョンでは、強いだけでは生き残れません」


 静の言葉に、新入生たちの表情が引き締まる。


「自分の実力を正しく知ること。仲間の力を信じること。そして、自分にできないことを認めること。どれも簡単そうに聞こえるかもしれませんが、実際のダンジョンでは、それが難しい場面もあります」


 そこで静は、ほんの少しだけ表情を和らげた。


「私も、まだまだ学ぶことはあります。Sランクになったからといって、何でもできるわけではありませんからね」


 会場のあちこちで、緊張が少し和らいだような気配があった。


「皆さんも、最初から何でもできる必要はありません。失敗から学んで、仲間と助け合って、少しずつ強くなってください。ただし、ダンジョンでの失敗は命に関わることもあります。だからこそ、ここで学べることを大切にしてほしいと思います」


 静は最後に、まっすぐ新入生たちを見た。


「いつか皆さんと、冒険者として同じ現場に立つ日が来るかもしれません。そのときに胸を張って会えることを、楽しみにしています。ご入学、おめでとうございます」


 深く一礼すると、会場から大きな拍手が送られた。


『Sランクの言葉は重いな』


『「強いだけでは生き残れません」か……』


『実際にダンジョン潜ってる人の話って感じする』


『シズチャン、配信のときと雰囲気違うなw』


『いや、普段も真面目なときはこんな感じだぞ』


『妹の装備選びしてたときはだいぶお姉ちゃんだったけどな』


『最後の「同じ現場に立つ日」っていいな』


『この学校から未来のSランクが出るかもしれないんだよな』


『ところで妹ちゃんもこのあと挨拶するんだよね?』


『999パンチの新入生代表が?』


『挨拶で何を999にするんだよw』


 静が壇上を降りると、次に新入生代表の挨拶へと移った。


「続きまして、新入生代表挨拶。新入生主席、音無乙羽さん」


「ひゃっ……!」


 名前を呼ばれ、乙羽は小さく肩を跳ねさせた。


(つ、ついに来ちゃったよぉ……!)


 乙羽は原稿を握りしめ、壇上へと向かった。


 大勢の視線が集まっている。


 普段なら、これだけ注目されるだけで逃げ出したくなるところだ。けれど、ここで逃げるわけにもいかない。


(だ、大丈夫……! 原稿どおりに読めばいいんだよね……! 変なことを言わなければ、きっと大丈夫……!)


 マイクの前に立ち、乙羽は小さく息を吸った。


「新入生代表、音無乙羽です。本日は、私たち新入生のために、このような式を開いていただき、ありがとうございます」


 声は少し震えていたけれど、乙羽は原稿を見ながら、ひとつずつ言葉を読み上げていく。


「私たちはこれから、冒険者として必要な知識や技術を学んでいきます。まだわからないことばかりですが、先生方に教えていただきながら、できることを少しずつ増やしていきたいと思います」


(うん、いい感じ……! ちゃんと読めてるよぉ! この調子、この調子……!)


「それから、同じ学校で学ぶ皆さんとも、たくさん協力していきたいです。ひとりでは難しいことも、みんなで力を合わせれば、できるようになるかもしれません」


 乙羽は一度だけ顔を上げ、会場にいる新入生たちを見た。


「私も、皆さんと一緒に成長していけたら嬉しいです。これから三年間、よろしくお願いいたします」


 最後まで読み終え、乙羽は深く一礼した。


 拍手が会場に広がる。


(お、終わったぁ……! よかったぁ、変なこと言わずに済んだよぉ……!)


 乙羽が壇上を降りると、配信のコメント欄には、彼女の試験を見ていた視聴者たちからも反応が寄せられていた。


『思ったより普通の挨拶だった』


『いや、入学式の挨拶なんだから普通でいいだろw』


『試験のときとのギャップがすごい』


『本人はめちゃくちゃ緊張してそうでかわいい』


『「できることを少しずつ増やしたい」って言ってるけど、試験で何を増やすつもりだったんだ……』


『やめろw あの魔法の的の惨状を思い出すだろw』


『999パンチも十分おかしいけど、魔法のほうもおかしかったからな』


『あれで本人は手加減したつもりらしいぞ』


『えっ、あれで!?』


『本人の感覚が一番信用できないタイプなのでは?』


『妖精先生も映ってる! 今日も制服だ!』


『先生、妹ちゃんの挨拶を見守ってるのいいな』


『この二人、学校でもずっと一緒なのかな?』


(なんでぇ!? 普通に挨拶しただけなのに、どうしてまた試験の話になってるのぉ!?)


 乙羽は壇上から戻りながら、内心で頭を抱えた。


 無事に挨拶を終えられたことには、心からほっとしている。


 けれど、どうやら試験での出来事は、まだまだ忘れてもらえそうになかった。


 そして、最後の挨拶へと移る。


「続きまして、在校生代表挨拶。二年生主席、綾小路政宗さん」


 ひとりの男子生徒が壇上へ上がった。


 整った制服に、落ち着いた歩き方。周囲から向けられる視線にも慣れているようで、緊張した様子はない。


 綾小路政宗はマイクの前に立ち、会場を見渡した。


「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」


 滑らかな口調で挨拶が始まる。


「この学校では、知識だけでなく、実技を通じて自分の能力を磨くことになります。入学時の評価は、あくまで現時点での目安にすぎません。実際のダンジョンで何ができるのか。それは、これからの学校生活で明らかになっていくでしょう」


 そこまで話したところで、政宗の視線が新入生席の一角へ向いた。


 音無乙羽。


 新入生主席として壇上に立った少女を、彼は数秒ほど見つめていた。


 まるで、相手の反応を確かめるかのように。


(……ん? またこっち見てるぅ?)


 乙羽が不思議そうに瞬きをすると、政宗はわずかに口元を緩めた。


「特に、入学時の評価が高かった方には、その評価に見合うだけの実力を期待したいところです」


 会場の空気が、ほんの少しだけ変わった。


「もちろん、主席で入学したからといって、それだけで周囲から認められるわけではありません。大切なのは肩書きではなく、実際に何ができるかですから」


 政宗はそこで言葉を切り、もう一度乙羽を見た。


「新入生の皆さんには、ぜひ自分の力で、その評価が正しかったことを証明してほしいと思います。……主席の方には、特に期待していますよ」


 最後の一言だけ、妙にはっきりと乙羽へ向けられていた。


(ええっ!? やっぱり私のことだよねぇ!? なんでそんなに私を見てくるのぉ!?)


 乙羽は困惑したが、周囲の生徒たちは挨拶の続きを聞いている。ここで自分だけ反応するわけにもいかず、どうにか平静を装った。


 政宗は何事もなかったかのように挨拶を締めくくる。


「皆さんがこの学校で有意義な時間を過ごせることを願っています。以上です」


 丁寧に一礼し、壇上を降りていった。


 会場からは拍手が送られる。


『二年主席、堂々としてるな』


『言ってること自体は正論だけど……』


『今の、絶対に新入生主席を意識してただろw』


『最後の「特に期待していますよ」、音無さんに向けて言ってない?』


『試験配信を見て、実力を確かめたいとか?』


『いや、あの999パンチを見てたら気になるのはわかるw』


(なんでぇ……! どうして入学初日から、二年生の主席に目をつけられてるのぉ……!?)


 乙羽は席に戻りながら、そっと肩を落とした。


 昨日の「せいぜい頑張ってくれたまえ」という言葉を思い出す。今日の挨拶も、表向きはごく真っ当な内容だった。けれど、あの視線と最後の一言まで含めれば、単なる祝辞として片づけるのは難しい。


(これって、遠回しに「本当に実力があるのか見せてみろ」って言われてるんだよねぇ……? ええっ、私、何かしたかなぁ!? 主席になりたくてなったわけじゃないんだけどぉ!)


 隣では、リーゼロッテが小さく首を傾げていた。


「乙羽。あの方は、あなたをずいぶん気にしているようですね」


「そ、そうだよねぇ……。どうしよう、先生……」


「実力を見たいのであれば、いずれ実技で確かめる機会もあるでしょう。あまり気にしすぎなくてもよいと思いますよ」


「そ、そうかなぁ……」


(実技で確かめるって、まさか私と戦うことになったりしないよねぇ!? いやいや、そんなことになったら絶対に目立っちゃうよぉ!)


 乙羽は慌てて首を横に振り、余計な想像を追い払った。


 せっかく入学したのだ。まずは普通に学校生活を楽しみたい。


 そう考えていると、壇上から降りた政宗が、保護者席にいる静へ一瞬だけ目を向けた。


 そして、すぐに乙羽へ視線を戻す。


 静がそばにいることを承知したうえで、あえてあの言い方をしたのだろう。


 政宗は小さく笑みを浮かべると、何もなかったかのように在校生席へ戻っていった。


(……ううっ。絶対、私のことを気にしてるよぉ……! お願いだから、普通の新入生としてそっとしておいてぇ……!)

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