「主席って、私のことなのぉ?」
神奈川冒険者育成学校。
入学式当日の朝。
乙羽たち三人は、ほかの新入生よりも早い時間に学校へ来るよう言われていた。
「えっと……校長室って、こっちで合ってるんだよねぇ?」
「はい。先ほど案内していただいた方向で間違いありません」
制服姿のリーゼロッテが、乙羽の隣をふわふわと飛んでいる。
静はその後ろを歩きながら、スマートフォンで時間を確認した。
「時間には余裕があるわね。ほら、入るわよ」
静が扉をノックすると、中から返事があった。
「どうぞ」
三人が校長室へ入ると、机の向こうに座っていた校長が立ち上がった。
「よく来てくれました。音無乙羽さん、音無静さん。そして、リーゼロッテさんですね」
「は、はいっ!」
乙羽は緊張した面持ちで頭を下げた。
(うぅ……。入学式の前に校長室って、何だかすごく緊張するよぉ……。私、何かやらかしたかなぁ? ……いや、試験では色々やらかしたけどぉ!)
「まずは、入学おめでとうございます。今日はお二人に、いくつかお願いしたいことがありましてね」
「お願い、ですか?」
静が尋ねると、校長はリーゼロッテへと視線を向けた。
「ええ。まず、リーゼロッテさんのように、召喚された存在が生徒と一緒に学校生活を送るというのは、本校でも前例がありません」
「そうなのですか?」
「少なくとも、私が知る限りでは」
リーゼロッテは興味深そうに頷いた。
「なるほど。地球では、召喚魔法そのものがまだ一般的ではないのですね」
「ええ。ですから、学校側も対応を検討しているところです」
校長は穏やかな口調で続けた。
「リーゼロッテさんに何か問題があるというわけではありません。ただ、ほかの生徒や教職員が、あなたの存在に驚いたり、必要以上に騒いだりする可能性があります。場合によっては、召喚の仕組みや能力について、無遠慮に質問してくる者もいるでしょう」
「その可能性は理解できます」
「そこで、できる限り乙羽さんから離れないようにしていただきたいのです。少なくとも、学校側の対応が落ち着くまでは」
「わかりました。乙羽のそばにいるようにします」
リーゼロッテはすぐに了承した。
「それなら、私も安心です。乙羽さんも、何か困ったことがあれば先生方に相談してください」
「は、はい……!」
(よかったぁ……。先生と一緒にいていいんだねぇ。まあ、先生が離れたら離れたで心細いけど……。制服を着ていることについては、まだちょっと納得してないからねぇ……!)
校長は手元の書類を確認した。
「それから、もう一つあります」
「まだあるんですかぁ……?」
乙羽が思わず漏らすと、校長は小さく笑った。
「ええ。乙羽さん、あなたは今回の入学試験で主席となりました」
「…………えっ?」
乙羽の思考が止まった。
「しゅ、主席……?」
「はい。総合的な評価の結果です。入学式では、新入生代表として挨拶をお願いしたいのですが」
「えぇぇっ!?」
乙羽の声が校長室に響いた。
(なんでぇ……!? 私、普通に試験を受けようとしただけだよぉ!? パンチングマシンは999になったし、魔法の的は壊れたけどぉ! それで主席って、どういう評価なのぉ!?)
「えっと……あの……。ほかの人じゃ、ダメですかぁ……?」
「申し訳ありませんが、すでに新入生代表として選出されていますので」
「そ、そんなぁ……」
乙羽は助けを求めるように静を見た。
だが、静は腕を組んで頷いていた。
「まあ、主席なら仕方ないわね。堂々と挨拶してきなさい」
「お姉ちゃんまでぇ……!」
(助けてくれないんだぁ……! むしろ背中を押されちゃったよぉ……!)
リーゼロッテも嬉しそうに微笑んだ。
「乙羽、主席入学とは立派ですね。きっとよい経験になりますよ」
「先生までぇ……!」
(みんな、どうしてそんなに前向きなのぉ……。私、人前で挨拶なんてしたくないよぉ……!)
校長はさらに静へと向き直った。
「そして静さんには、来賓としてご出席いただき、新入生へ一言ご挨拶をお願いできればと思っています」
「わかりました。こちらは引き受けます」
静はあっさりと答えた。
「ありがとうございます。では、お二人には式の進行について、あとで担当者から説明させます」
「は、はい……」
乙羽はしぶしぶ頷いた。
(うぅ……。入学式って、もっとこう……制服を着て、式を聞いて、教室に行くものだと思ってたのにぃ……。どうして初日から挨拶する側になってるのぉ……?)
こうして、乙羽の入学式は始まる前から予定外の展開を迎えることになった。
やがて、入学式の開始時刻が近づく。
三人は校長室を出て、式場へと案内されることになった。
新入生たちが集まり始める中、乙羽は壇上の位置や挨拶の順番について説明を受けていた。
(落ち着いて……。普通に挨拶すればいいんだよねぇ。変なことを言わなければ大丈夫……。たぶん!)
そう自分に言い聞かせていると、式場の前方から、ひとりの男子生徒が歩いてきた。
整った制服の着こなしに、余裕のある表情。周囲の生徒たちが自然と道を空けている。
「あれは二年生の主席ですね」
案内役の教員が小声で説明した。
「成績優秀で、実技でも高い評価を受けています。入学式では、在校生代表として挨拶をする予定です」
「へぇ……」
乙羽は何となく彼を見た。
男子生徒は乙羽に気づくと、足を止めた。
「君が、今年の新入生主席か」
「は、はい。音無乙羽です……」
「そうか」
男子生徒は乙羽を上から下まで眺めた。制服姿の乙羽と、その隣を飛ぶリーゼロッテに目を留め、少しだけ眉を上げる。
「ずいぶんと賑やかな入学になりそうだな」
「えっ?」
「いや、悪い意味ではないさ。主席ともなれば、注目されることも多いだろう。せいぜい頑張ってくれたまえ」
にこりと笑って、男子生徒はその場を去っていった。
乙羽はしばらく、その背中を見つめていた。
「…………」
(なんかケンカ売られてるぅ……?)
言葉だけなら、ただの激励とも受け取れる。
けれど、あの目線と口調。どうにも素直に受け取れない何かがあった。
リーゼロッテが小声で尋ねた。
「乙羽、どうしました?」
「ううん……。なんでもないよぉ」
(いや、絶対なんか含みがあったよねぇ!? でも、初対面だし、私の考えすぎかもしれないし……。うん、そういうことにしておこう!)
静は男子生徒の去った方向をちらりと見たが、特に何も言わなかった。
「気にしないで、乙羽。今は入学式に集中しなさい」
「う、うん……」
乙羽は小さく頷いた。
そして、入学式の開始を告げるアナウンスが流れ始める。
新しい学校生活。
かわいい制服を着て、先生と一緒に通えることを楽しみにしていたはずなのに。
(……私、ちゃんと普通の学校生活を送れるのかなぁ……)
乙羽の不安をよそに、入学式は静かに幕を開けた。




