「神奈川はティンカーベルだけではないのだからね」
6月21日(日)
政宗の家にあるトレーニングルーム。
財閥の家だけあって、広さも設備も一般家庭のそれとは比べものにならない。各種トレーニング器具に加え、冒険者向けの訓練設備まで整えられており、生徒会メンバーや翔も普段から利用させてもらっていた。
その日も、ひと通りのトレーニングを終えたメンバーたちは、休憩を兼ねてティンカーベルのダンジョン攻略配信を見ていた。
画面の中では、乙羽たちが攻略を進めている。
そして、配信が終了した。
「23層かぁ。まぁ、俺らでも出来そうだけどな」
タオルで汗を拭きながら、龍太があっけらかんと言った。
「そうだね。今の僕たちなら、十分に攻略できると思うよ」
政宗も特に驚いた様子はない。ティンカーベルの実力は認めているが、だからといって自分たちが劣っているとは思っていなかった。
「実際、私たちも協会からAランクの暫定認定を受けているわけですしね。もう普通の学生冒険者とは違いますから」
ヒカルがそう言うと、アリスが静かに口を開いた。
「ええ。だからこそ、私たちだけ何もしないというのはありえないな」
静かな声だった。
けれど、その言葉には明確な意志があった。
「私たちはもう、学生レベルを超えている。沖縄の合宿で使う11層までなら、敵も大した脅威ではないだろう。本気を出す必要もない」
「ああ。合宿を提案したのは僕たちだからね。必要なところまでは自分たちで進めておこう」
「ティンカーベルに、もう一度11層まで付き合ってもらう必要もないってことか」
翔が確認するように尋ねた。
「そういうこと。彼女たちには彼女たちの攻略計画があるからね。僕たちの都合で何度も付き合わせるのも悪いだろう?」
「転移陣の記憶もある。わざわざ最初から攻略する必要はないし、週末を使えば十分に間に合うはずだ」
「土曜の昼から沖縄に入って、日曜の夕方には戻る。学校生活にも影響が出にくい日程ですね」
ヒカルが現実的な予定を確認する。
「いいじゃねぇか! どうせ行くなら、さっさと11層まで進めちまおうぜ!」
龍太は乗り気だった。
「うちらもダンジョン攻略配信するんだよね? だったら、ちゃんと映える感じにしたいじゃん!」
瑠奈はスマートフォンを手に、楽しそうに笑った。インフルエンサーとして、配信の見せ方にはこだわりがあるらしい。
「配信自体は予定どおり行おう。ただし、競技会までは実力を見せすぎないようにしたいね」
「そうですね。実力を見せて対策されるのも面白くないですし」
「んじゃ、沖縄でも配信はするけど、全力は出さねぇってことでいいな?」
「ええ。それで問題ないと思います。わざわざ手の内を見せてあげる必要もありませんからね」
小金沢祐樹は、すでに遠征の手配を考え始めているようだった。
「土曜から日曜にかけての滞在なら、ホテルの予約も含めて調整できます。合宿本番の宿泊先についても、あわせて確認しておきましょう」
「助かるよ、祐樹。細かいところは任せるね」
「分かりました」
「うちら、今は弱いって思われてるっしょ! 競技会でガチなの見せれば、絶対映えるって!」
「瑠奈、配信映えだけで考えていない?」
ヒカルが呆れたように言う。
「えー、だって大事じゃん! 普段は余裕で攻略してるのに、本番で本気出したらめっちゃカッコよくない?」
「ははっ、そりゃそうだな! 強い相手が出てきたら、思いっきりぶっ飛ばせばいいんだろ!」
「龍太、競技会なのだから、勝つために必要な力を使えばいい。無闇に力を誇示する必要はないよ」
「分かってるって!」
「まあ、方針は決まったね。沖縄では合宿に必要なところまで進める。配信は続けるけれど、実力の全貌は見せない。横浜ダンジョンについては、合宿が終わってから各自で攻略すればいい」
「それなら、ティンカーベルの進行を気にする必要もないな。こっちはこっちで、やるべきことをやればいい」
翔の言葉に、アリスが頷いた。
「そのとおりだ。私たちには私たちの役割がある」
アリスは、先ほどまで配信が映っていたモニターへ視線を向けた。
後輩たちが努力し、実績を積み上げている。それは喜ばしいことだ。
だが、自分たちにも先輩としての意地がある。
生徒会として合宿を提案した以上、その準備を他人任せにするつもりはなかった。
「神奈川はティンカーベルだけではないのだからね」
落ち着いた声だった。
けれど、その場にいた全員が、彼女の言葉に込められた意味を理解していた。
「じゃあ、今週の土曜から始めようか。沖縄ダンジョンの攻略をね」
「よし! 腕が鳴るぜ!」
「配信の準備もしなきゃ! どんな感じで撮るか考えとこーっと!」
「まずは日程と必要な準備を整理しましょう。勢いだけで出発するわけにもいきませんから」
「宿泊関係はこちらで手配します」
「俺も準備を手伝うよ」
それぞれが動き始める。
彼らは、自分たちが弱いとは思っていない。沖縄ダンジョンの11層までなら十分に攻略できるし、そこで経験を積めばレベルも上がる。
合宿が始まれば、さらに成長するだろう。
そして横浜ダンジョンは、合宿が終わってから自分たちのペースで攻略すればいい。
今は、競技会に向けて手の内を明かす必要などないのだから。
本気を見せるべき時は、まだ先にある。




