「私、レベル82なのよ? 出来ないと思う?」
6月21日(日)午後12時。
横浜ダンジョンの入り口付近から、一つの配信が始まった。
「こんにちは! ヴィクトリアです! 今日、横浜ダンジョン、攻略します!」
カメラに向かって手を振るのは、アメリカのSランク冒険者、ヴィクトリア・グレイ。
日本でも有名な彼女の配信とあって、開始直後から視聴者が集まり始めていた。
『始まった!』
『ヴィクトリアさんの攻略配信だ!』
『日本語で頑張ってるなあ』
ヴィクトリアはコメントを読み、笑顔で頷いた。
「ええと……今日、まず20層。ティンカーベル、記録20層。そこまで、行きたいです!」
『ティンカーベルの記録を追うんだな』
『でも、ティンカーベルも攻略を続けてるんだよね?』
『追いつけるのか?』
ヴィクトリアは質問の意味を理解し、少し考えてから答えた。
「どこまで進むか、ティンカーベル次第。でも、まあ、そのうち追いつくでしょう!」
そして、胸を張る。
「私、レベル82なのよ? 出来ないと思う?」
『出たwww』
『レベル82の余裕!』
『その自信は嫌いじゃない』
『ティンカーベルも簡単には追いつかせてくれないぞw』
ヴィクトリアは楽しそうに笑った。
「ふふっ! 楽しみ!」
そこへ、一つのコメントが流れた。
『翻訳さん:ヴィクトリアさん、翻訳するので、まずこの配信の大事なところを教えてもらえる?(10円)』
ヴィクトリアはそのコメントを見つけ、ぱっと表情を明るくした。
「Oh! ありがとう! ええと……私、横浜ダンジョン、攻略します。それから、シズカとティンカーベル、合流したいです。一緒に、もっと上、行きたい!」
『翻訳さん:ヴィクトリアさんは、横浜ダンジョンの攻略を進め、シズカさんとティンカーベルに合流したいそうです。合流後は一緒に、さらに上の階層を目指したいとのことです』
『翻訳さんありがとう!』
『目的が分かりやすい!』
『シズカさんとも合流するんだな』
続いて、視聴者から質問が流れた。
『なんでティンカーベルとの合流が目的なんだ?』
『Sランクならソロでも攻略できそうだけど』
ヴィクトリアはすぐに答えた。
「オトハ、私の弟子です!」
『乙羽ちゃんの師匠って、魔法の師匠?』
『魔法を教えてるのかな?』
『乙羽ちゃん、魔法の才能すごいもんな』
ヴィクトリアは勢いよく首を横に振った。
「No, no! 魔法、違う! 私、オトハの格闘技の師匠!」
『……え?』
『格闘技?』
『今、格闘技って言った?』
『乙羽ちゃん、格闘技も始めるの!?』
コメント欄が一気に騒がしくなった。
『いや待て、乙羽ちゃんって戦闘中の動き、けっこう適当だよな?』
『分かるwww』
『魔法で何とかしてる感はあるw』
『魔法だけでもやばいのに、格闘技まで!?』
『乙羽ちゃん、どこに向かってるんだw』
ヴィクトリアはコメントを追いながら、少し首を傾げた。
「オトハ、動き、まだまだ。でも、がんばる! Good student!」
『翻訳さん:ヴィクトリアさんによると、乙羽さんの動きはまだ成長途中。でも、頑張っている良い弟子だそうです』
『師匠から見てもまだまだなのかw』
『いや、伸びしろがあるってことだろ!』
『レベル82のSランクに教わってるんだぞ』
『魔法に格闘技が加わったら、いよいよ何でもありじゃないか』
そのとき、スパチャの通知が表示された。
『乙羽:師匠、頑張ってねぇ!(500円)』
「Oh! オトハ! ありがとう!」
ヴィクトリアはぱっと笑顔になり、カメラに向かって大きく手を振った。
『えっ、乙羽ちゃん本人!?』
『弟子から応援スパチャ来たw』
『ちゃんと配信見てるんだな』
『師匠と弟子のやり取り、いいなあ』
乙羽はさらに、コメント欄に流れた質問に返事をする。
『視聴者:乙羽ちゃん、格闘技って本当に習ってるの?』
『乙羽:そうだねぇ! 師匠に教えてもらってるよぉ!(10円)』
『本人から返事きたwww』
『本当に習ってたんだ!』
『魔法の師匠じゃなくて格闘技の師匠だったのか』
『乙羽ちゃん、これ以上強くなってどうするんだ……』
ヴィクトリアは、乙羽のコメントを読んで嬉しそうに頷いた。
「Yes! オトハ、もっと強くなる! 私、教える!」
『翻訳さん:乙羽さんをもっと強くするために指導しているそうです』
『翻訳さん、助かるなあ』
『英語が出てもちゃんと分かる』
『ところで翻訳さん、毎回いるの?』
『この人、初めて見た気がするけど有能すぎるw』
ヴィクトリアは翻訳さんのコメントを見つけると、笑顔で手を振った。
「翻訳さん、今日、ありがとう! とても助かります!」
『翻訳さん:どういたしまして。配信を楽しみにしています』
『もう名前覚えられてるw』
『翻訳さん、次回もお願いします!』
『謎の常連候補が生まれた瞬間である』
◇
横浜ダンジョン、1層。
転移した先は、薄暗い岩場だった。
ヴィクトリアは周囲を見回し、カメラの向きを調整する。
「ここ、1層。今日、4層まで、目標です。Probably……たぶんね!」
『翻訳さん:今日は4層まで進むことを目標にしているそうです。最後の「たぶん」は、ちょっとお茶目な付け足しですね』
『翻訳さん、ニュアンスまで分かってるw』
『4層が目標か。20層まではまだまだだな』
『まあ初日だし、様子見だろうね』
直後、岩陰から魔物が飛び出してきた。
ヴィクトリアは慌てない。
相手の攻撃を見切り、半歩だけ横にずれる。
次の瞬間には、魔物が地面に倒れていた。
『速っ!』
『カメラが追いついてないw』
『さすがSランク』
『これがレベル82の戦闘か』
「Next! 次、来て!」
残りの魔物も、あっという間に片付いた。
「Good! 問題ないです!」
『翻訳さん:問題ないそうです。まだまだ余裕がありそうですね』
『強いw』
『20層までどれくらいで行けるんだろう』
『ティンカーベルに追いつくのが楽しみだな』
ヴィクトリアはカメラに向かって親指を立てた。
「まだ、始まったばかりです!」
◇
午後1時過ぎ。
ヴィクトリアは2層へ進んでいた。
1層よりも魔物が増え、通路も入り組んでいる。それでも、彼女は焦らず周囲を確認しながら進んでいた。
「ここ、少し狭いね。でも、大丈夫!」
魔物の攻撃をかわし、反撃する。
力任せに進むのではなく、相手の動きや地形を見極めて、無駄のない戦い方をしていた。
『経験が違うな』
『レベルだけじゃなく技術もあるんだろうな』
『こういう攻略配信は見応えあるわ』
戦闘を終えたヴィクトリアは、水筒を取り出して一口飲んだ。
「順調です!」
そこへ、再び翻訳さんからコメントが届く。
『翻訳さん:ティンカーベルが先に進んでいたら、どうするんですか?(10円)』
ヴィクトリアはコメントを読み、すぐに答えた。
「それは……ティンカーベル次第です! 私、急ぎすぎない。安全、大事!」
『翻訳さん:ティンカーベルが先に進んでいたら、その分さらに進むつもり。ただし、無理はせず安全を優先するそうです』
『強気だけど無茶はしないんだな』
『レベル82でも安全第一か』
『翻訳さん、質問もちゃんと伝えてくれるから助かる』
ヴィクトリアは満足そうに頷いた。
「Yes! 安全、大事!」
◇
午後2時。
ヴィクトリアは3層に到達していた。
魔物の配置を確認し、少し遠回りでも安全なルートを選ぶ。
「This way……ええと、こっち、魔物、多い。だから、右、行きます!」
『翻訳さん:正面は魔物が多そうなので、右側のルートを選ぶようです』
『助かる!』
『翻訳さん、もう配信に欠かせない存在だなw』
『英語が分からなくても攻略が分かるのありがたい』
ヴィクトリアはコメント欄を見て笑った。
「翻訳さん、すごいね!ありがとう!」
『翻訳さん:こちらこそ。ヴィクトリアさんの攻略を応援しています』
『謙虚だ』
『この人、何者なんだろうな』
『英語ができて、状況整理もうまい』
『謎すぎるw』
やがて、3層の攻略も終わった。
配信開始からおよそ2時間。
「今、3層。次、4層! 今日の目標、もう少し!」
『翻訳さん:現在3層。今日の目標である4層までもう少しだそうです』
『順調だな』
『ここまで危なげない』
『このペースなら20層もいずれ届きそう』
ヴィクトリアはコメント欄を見て、笑顔で答えた。
「はい! そのうち、追いつくでしょう!」
『レベル82の自信、再びw』
『その言い方好きだわw』
◇
午後4時50分。
ヴィクトリアは4層の攻略を終え、安全な場所で足を止めた。
配信開始から、およそ5時間。
「Okay! 今日は、ここまで!」
カメラに向かって手を振る。
「今日、4層まで。明日も、がんばります!」
『翻訳さん:今日は4層まで進んだので、ここで終了するそうです。明日以降も攻略を続ける予定とのことです』
『お疲れさま!』
『初日から順調だったな』
『明日はどこまで進むんだろう』
『翻訳さんもお疲れさま!』
ヴィクトリアはコメントを読み、嬉しそうに頷いた。
「みんな、ありがとう! 翻訳さん、今日、本当に助かりました!」
『翻訳さん:お役に立てたなら何よりです。皆さんもお疲れさまでした』
『もう締めまで完璧w』
『翻訳さん、次回も待ってます!』
『ヴィクトリアさん、明日も楽しみにしてます!』
最後に、もう一つスパチャが表示された。
『琴:攻略頑張ってください!(500円)』
「Thank you! コト!」
ヴィクトリアは嬉しそうに手を振った。
『琴ちゃんも見てたのかw』
『ティンカーベルのメンバー、応援してるんだな』
『師匠と弟子の交流が見られる配信、いいね』
ヴィクトリアは配信終了の操作をした。
今日の攻略は4層まで。
目標の20層までは、まだ距離がある。
けれど、焦るつもりはなかった。
ティンカーベルがどこまで進むかは、彼女たち次第。
それでも、いずれ追いつく。
なにしろ、自分はレベル82のSランク冒険者なのだから。
「……待っててね、オトハ」
配信が終わった画面の前で、ヴィクトリアは小さく呟いた。
そして、明日の攻略に備えるため、ダンジョンを後にしたのだった。




