「……それは、面白そうね」
「……ところで、あなた。日本にはいつまで滞在する予定なのです?」
リーゼロッテの何気ない質問に、ヴィクトリアはぴたりと動きを止めた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「いや、そういえば……そこまで考えていなかったわね」
ヴィクトリアは、少し困ったように頬をかいた。
もともと、彼女は乙羽の戦いを見て興味を持ち、日本まで会いに来たのだ。実際に会ってみれば、乙羽は想像以上に面白い人物だったし、彼女が使う魔法にも興味が湧いた。
さらに、乙羽から武術を教えてほしいと頼まれたことで、滞在する理由も増えた。
しかし、だからといって、いつまで日本にいるのかを具体的に決めていたわけではない。
「私は乙羽に武術を教えるつもりだし、できれば彼女の魔法についても学びたいと思っているわ。だから、しばらく滞在したいとは考えているけれど……」
「アメリカ側への報告や、冒険者としての活動記録も必要になるでしょう?」
静が口を挟んだ。
「そうね。さすがに何の活動もせず、日本で遊んでいるわけにはいかないわ」
「遊んでいるつもりだったのですか?」
「違うわよ! ちゃんと修行するつもりだったわ!」
リーゼロッテの指摘に、ヴィクトリアは慌てて否定した。
「ただ、乙羽から武術を教えてほしいと言われるとは思っていなかったし、私も彼女の魔法を学べるかもしれないなんて、来る前には想像していなかったのよ」
「まあ、そういうこともあるわよね」
静は納得したように頷いた。
「それなら、ひとつ提案があるのだけれど」
「提案?」
「ええ。せっかく日本に滞在するのなら、私と一緒にダンジョンを攻略してみない?」
ヴィクトリアの目が輝いた。
「もちろん、喜んで!」
「まだ最後まで話していないわよ」
「あっ、ごめんなさい。続けてちょうだい!」
ヴィクトリアは姿勢を正したものの、期待を隠しきれていなかった。
静は小さく笑ってから、話を続けた。
「ついでに、ティンカーベルと合流できる階層まで進んだら、私が攻略している四十五層まで一緒に来なさい」
「四十五層!?」
ヴィクトリアが驚きの声を上げた。
「横浜ダンジョンの四十五層ということよね?」
「そうよ。私はそこまで攻略しているから、あなたたちが合流できるところまで進んできたら、一緒に奥へ進みましょう」
「待って、静。あなた、横浜ダンジョンを四十五層まで攻略しているの?」
「ええ。以前から少しずつ進めていたのよ」
静は、さも当然のことのように答えた。
「それに、いい加減、横浜ダンジョンを終わらせないといけないと思っていたところなの」
「終わらせるって……完全攻略するつもり?」
「もちろんよ。まだ完全攻略されていないでしょう?」
静は腕を組んだ。
「私も以前から気にはなっていたのだけれど、単独で進めるとなると、どうしても調査や攻略に時間がかかるのよね。だから、そろそろ本格的に片づけたいと思っていたの」
横浜ダンジョンは、現在も完全攻略が確認されていないダンジョンだ。
深い階層へ進むほど、出現するモンスターの種類や能力も未知のものが増えていく。攻略記録がある階層でも、すべての情報が揃っているわけではない。
「それに、深層の情報もほとんどないのよ。どんなモンスターが出てくるのか、どんな地形になっているのか。実際に進んでみないとわからないことも多いわ」
「……それは、面白そうね」
ヴィクトリアは、すっかり乗り気になっていた。
未知の階層を調査しながら攻略する。
しかも、相手は日本でも実力のあるSランク冒険者である静だ。さらに、ティンカーベルとも合流して探索できる。
これほど魅力的な話は、そうそうない。
「最高じゃない! ぜひ参加させてちょうだい!」
「ふふっ。そう言ってくれると思ったわ」
静は満足そうに頷いた。
「もちろん、無理をするつもりはないわよ。未知のモンスターが出てきたら、まずは能力を確認する。危険が大きければ撤退する。それを守ったうえで、攻略を進めるつもりよ」
「ええ、当然ね。私も冒険者として、無謀なことをするつもりはないわ」
ヴィクトリアは真剣な顔で答えた。
ただ強い敵と戦いたいだけではない。
未知のダンジョンを調査し、仲間と連携しながら攻略する。それもまた、冒険者として大きな経験になる。
そして、その活動を続けることができれば、日本に滞在する理由も明確になるだろう。
「それなら、しばらく日本に滞在する予定を組めそうね」
「ええ。具体的な日程は、アメリカ側にも連絡して調整する必要があるけれど……少なくとも、すぐに帰る必要はなくなったわ」
ヴィクトリアは嬉しそうに笑った。
◇
「んぅー……」
それまで二人の話を聞いていた乙羽が、のんびりと声を上げた。
「横浜ダンジョンを完全攻略するんだねぇ」
「そういうことよ」
静が頷く。
「乙羽たちも、そろそろ横浜ダンジョンの攻略を進めたいでしょう?」
「うん。私たちも、まだ先へ進みたいと思ってるよぉ」
乙羽は少し考えてから、リーゼロッテを見上げた。
「でも、私と先生で決めるわけじゃないけどぉ……みんな、断らないと思うよぉ」
「そうですね。横浜ダンジョンの完全攻略は、ティンカーベルにとっても大きな目標でしょうから」
リーゼロッテも頷いた。
「ただし、実際に合流する階層や、攻略の進め方については、琴と柳、それに梓とも相談する必要がありますね」
「うん。みんなで決めたほうがいいよねぇ」
乙羽はいつもの調子で笑った。
ヴィクトリアは、そのやり取りを聞いて楽しそうに頷いた。
「それじゃあ、私は日本での活動予定を調整しておくわ。横浜ダンジョンの攻略、楽しみにしているわね!」
「ええ。こちらこそ、よろしくね」
静が手を差し出すと、ヴィクトリアは笑顔で握手を交わした。
こうして、ヴィクトリアの日本滞在には、新たな目的が加わった。
乙羽への武術指導。
乙羽の魔法を学ぶ機会。
そして、静やティンカーベルと共に挑む、横浜ダンジョンの完全攻略。
まだ具体的な日程は決まっていない。
けれど、少なくともヴィクトリアには、日本に滞在して活動を続ける理由ができたのだった。




