「そろそろ、私も本気でいきましょうか」
しばらく攻防が続いたあと、ヴィクトリアが一度だけ後ろへ下がった。
彼女は両手を軽く開き、鈴木の姿を見つめる。
「……さて」
その声が、会場のマイクに拾われた。
「そろそろ、私も本気でいきましょうか」
『おおっ!』
『ここから本気!?』
『まだ余力があったのか!』
『ヴィクトリアさん、何をするつもりだ?』
ヴィクトリアは、にっと笑った。
「実は、今回の戦いで試してみたいことがあるのよ」
彼女はカメラのほうへ一瞬だけ目を向けた。
「オトハの雷神モードを見てから、私も自分なりに考えていたの。ああいうふうに、自分の魔法を戦い方そのものに組み込めないかってね」
乙羽が、ぱちぱちと瞬きをした。
「んぅ? 私の雷神モード?」
「ええ。あれは本当にかっこよかったわ。でも、私には雷魔法の適性がない。だから、同じことを真似するのは無理なのよね」
ヴィクトリアは肩をすくめた。
「だったら、自分が使える魔法で考えるしかないでしょう?」
彼女の足元に、土色の魔力が広がった。
地面の表面が細かく震え、砂や小石が浮かび上がる。
次の瞬間、それらがヴィクトリアの周囲へ集まり始めた。
腕。
脚。
胴体。
肩。
そして、頭部を守るように輪郭が形作られていく。
土魔法によって生み出された装甲が、ヴィクトリアの全身を覆った。
ただし、巨大な鎧ではない。
体の輪郭に沿うように薄くまとまり、関節部分には動きやすさを考えた隙間が残されている。肩や前腕、すねなどには、衝撃を受け止めるための厚みがあった。
顔の周囲も、視界を遮らない形に整えられている。
全体としては、細身のゴーレムの内部にヴィクトリアが入っているかのような姿だった。
ごつごつとした岩の塊ではない。
土の装甲で全身を覆いながらも、彼女本来のしなやかな体つきと動きやすさを残した、洗練された戦闘形態だった。
『うわああああ!』
『何だあれ!? ゴーレムみたいになった!』
『でも、細身でかっこいい!』
『土魔法で全身を覆ったのか!?』
『雷神モードを見て考えたって、今言った!?』
『自分の魔法で独自の戦闘形態を作ったのか!』
観客席からも、驚きの声が上がった。
乙羽は目を輝かせて、ヴィクトリアの姿を見つめていた。
「おぉ~! かっこいいねぇ!」
「本当に、よく考えられた形ですね」
リーゼロッテも興味深そうに装甲を観察していた。
「全身を覆うだけでなく、関節の動きを妨げないように設計されています。土魔法の密度も場所によって変えているようですね」
静も感心した様子だった。
「見た目だけじゃないわね。肩や前腕、すねは厚くして、動きを妨げたくないところは薄くしている。攻撃を受ける場所と、動かす場所を分けて考えているんだわ」
「うんうん。さっきより、ずっと大きく見えるねぇ。でも、動きにくそうには見えないよぉ」
乙羽は、ヴィクトリアが軽く腕を動かす様子を見ていた。
「装甲の重さを魔法で支えているのでしょうね。そうでなければ、あの形で素早く動くのは難しいはずです」
リーゼロッテが説明した。
「ヴィクトリアさんは土魔法を、単なる攻撃や防御に使うだけではなく、身体強化と組み合わせているようです。自分の動きに合わせて装甲を維持できるなら、戦い方の幅も広がるでしょう」
「へぇ~。すごいねぇ」
乙羽は感心したように頷いた。
雷神モードは、雷属性の魔法を自分の身体にまとわせて速度を引き上げる技術だ。
しかし、ヴィクトリアには雷魔法の適性がない。
だからこそ、彼女は自分が扱える土魔法に目を向け、独自の方法を考えたのだろう。
誰かの技をそのまま真似するのではなく、見たものから発想を得て、自分に合う形へ変えていく。
その考え方は、乙羽にとっても興味深かった。
(私も、雷神モード以外の魔法で、似たようなことができるかなぁ……)
乙羽は、ヴィクトリアの装甲を見つめながら考えた。
火や風、水や土。
それぞれの魔法を、ただ攻撃するために使うだけではなく、自分の身体や動きと組み合わせることもできるのかもしれない。
もちろん、ヴィクトリアと同じ方法を使う必要はない。
自分には自分の戦い方がある。
それでも、こうした工夫は参考になる。
◇
「それでは、ここからが本番ですね」
リーゼロッテが進行を続けた。
「ヴィクトリアさんは、土魔法による装甲を展開しました。ここから、鈴木さんがどのように対応するのかも見どころです」
鈴木は剣を構え直した。
彼の表情から、余裕が完全に消えたわけではない。
だが、先ほどまでの攻防で、相手がただ力任せに戦っているわけではないことは理解したようだった。
「なるほど……。それがあなたの本気というわけですか」
「そうよ。さあ、続けましょう」
ヴィクトリアが一歩踏み出す。
鈴木は剣に魔力を流し込んだ。
刃の周囲に光が走る。
身体強化をさらに高め、迎え撃つ。
ヴィクトリアの拳が飛んできた。
鈴木は剣の腹で受け止めようとした。
ガンッ!
金属音にも似た音が、訓練場に響き渡る。
「……っ!?」
鈴木の腕が、わずかに沈んだ。
拳を受け止めた剣が、大きく揺れている。
ヴィクトリアは止まらなかった。
拳を引くと同時に、今度は反対側から打ち込む。
鈴木は剣を動かして受け止めた。
再び、重い衝撃が響く。
ガンッ!
今度は、鈴木の足が一歩下がった。
『重い!?』
『今の音、すごくないか?』
『土の装甲って、あんなに重量があるのか!?』
『鈴木さん、剣で受けてるけど押されてるぞ!』
「おぉ~。ヴィクトリアさん、さっきより重そうな攻撃をしてるねぇ」
乙羽が画面を見ながら言った。
「ええ。装甲の重さを攻撃に乗せているのでしょうね」
静が補足する。
「ただ腕を振るっているのではなく、全身の動きを使って打ち込んでいるわ。あの装甲の重量が加われば、受け止める側にかかる負担も大きくなるはずよ」
「なるほどぉ。体全体で押してるんだねぇ」
「そういうことね」
ヴィクトリアは、さらに踏み込んだ。
今度は拳ではなく、肩から体当たりするように鈴木へ迫る。
鈴木は剣を横に構え、受け止めようとした。
ドンッ!
衝撃が伝わった瞬間、鈴木の体が後ろへ押し戻された。
剣を握る手に力が入る。
身体強化の魔法を使っているため、簡単に押し切られることはない。
しかし、ヴィクトリアの装甲は、見た目以上の重量と硬さを持っていた。
攻撃を受けるたびに、剣を握る腕へ負担がかかる。
鈴木は歯を食いしばり、再び踏み込んだ。
「まだです!」
剣を振り上げ、ヴィクトリアの肩へ斬り込む。
ガキンッ!
刃が土の装甲にぶつかった。
しかし、装甲には大きな傷がつかない。
鈴木はすぐに剣を引き、今度は腕を狙って斬りつけた。
ガキンッ!
またしても、硬い音が響く。
ヴィクトリアは攻撃を受けながらも、ほとんど体勢を崩さなかった。
「……硬いですね」
「そうでしょう?」
ヴィクトリアは笑った。
「でも、ただ硬くしただけじゃないのよ」
彼女は腕を引き、鈴木の剣が戻るタイミングに合わせて前へ出た。
土の装甲をまとった拳が、鈴木の剣へ叩きつけられる。
ガァンッ!
その瞬間だった。
鈴木の剣に、ひびが入った。
「……え?」
鈴木の目が見開かれる。
刃の根元から先端へ、細い亀裂が走っていた。
彼は慌てて剣を引こうとした。
だが、ヴィクトリアは攻撃の手を緩めない。
もう一度、装甲をまとった拳が剣へぶつかった。
バキンッ!
鈴木の剣が、折れた。
『ええええええ!?』
『剣が折れた!?』
『スキルで強化してた剣だよな!?』
『土魔法の装甲、どれだけ重いんだよ!』
『硬さだけじゃなく、重量まで武器になってるのか!』
鈴木は、折れた剣を見つめたまま固まっていた。
剣には、魔力を通して強化するスキルが使われていた。
通常の武器よりも耐久性を高め、モンスターの硬い外殻にも対応できるようにしていたはずだ。
それが、ヴィクトリアの装甲にぶつかったことで折れてしまった。
ただの土の塊ではない。
魔力によって密度と形状を調整された装甲。その重量と硬さが、鈴木の武器の限界を超えたのだ。
「……なるほど」
静が画面を見つめながら呟いた。
「ヴィクトリアさんは、装甲そのものを武器として使っているのね。拳や肩に重量を乗せることで、相手の武器に大きな負荷をかけている」
「うん。剣が当たっても、ヴィクトリアさんはあんまり動いてないねぇ」
乙羽が続けた。
「それで、鈴木さんの剣だけが、どんどん大変になってるんだねぇ」
「ええ。身体強化で鈴木さん自身の力を高めても、武器の耐久性まで無限に上がるわけではないからね」
静は真剣な表情で説明した。
「剣を強化していたとしても、あれだけの重量と硬さを持つ相手を何度も受け止めれば、限界は来るわ」
「なるほどぉ……」
乙羽は、ヴィクトリアの姿を見つめた。
土魔法で身体を覆い、その装甲を攻防の両方に利用する。
これは、単に防御力を高めただけの戦い方ではない。
相手の攻撃を受け止めながら、こちらの武器や体勢に負担をかけてくる。
そして、相手が守りを固めるなら、装甲の重量を乗せた攻撃で押し切る。
雷神モードとはまったく違う方向性だが、魔法を自分の戦闘スタイルへ組み込んでいる点では共通していた。
(これも、すごく参考になるねぇ……)
乙羽は心の中で呟いた。
自分なら、どんな魔法を使って、どんな形にできるだろう。
雷神モードのように速度を高めるだけではなく、攻撃や防御の方法そのものを変えることもできるかもしれない。
そんな考えが、次々と浮かんでいた。
◇
鈴木は、折れた剣を見下ろした。
武器を失った以上、これ以上の戦闘を続けるのは難しい。
素手で戦うこともできなくはないが、ヴィクトリアの装甲を相手に、同じような攻防を繰り返すのは危険だった。
彼は一度、ヴィクトリアを見た。
彼女は攻撃を止め、鈴木の判断を待っている。
「……私の負けです」
鈴木は、静かにそう告げた。
審判がすぐに試合終了を宣言する。
「勝者、ヴィクトリア・グレイ!」
観客席から、大きな拍手と歓声が上がった。
『ヴィクトリアさんの勝利!』
『土魔法の使い方がすごかった!』
『雷神モードを見て、自分なりのスタイルを考えたっていうのが面白い』
『鈴木さんも最初の攻防はよかったけど、対人経験の差が出た感じかな』
『モンスター討伐の経験と、対人戦の経験は別なんだな』
『剣が折れた瞬間、びっくりした!』
『あの装甲、見た目以上に重いんだろうな……』
ヴィクトリアは土の装甲を少しずつ解除した。
腕や肩を覆っていた土が細かく崩れ、地面へ落ちていく。やがて、彼女本来の姿が現れた。
「ありがとうございました。いい模擬戦でした」
ヴィクトリアは鈴木へ向かって手を差し出した。
鈴木は一瞬だけ迷ったものの、その手を取った。
「……ありがとうございました。勉強になりました」
悔しさはあるだろう。
それでも、鈴木は最後まで戦い、敗北を認めた。
ヴィクトリアは、そんな彼に穏やかに頷いた。
「あなたの身体強化も、剣の扱いも悪くなかったわ。ただ、私との戦いでは、モンスター相手とは違う判断が必要だった。それだけのことよ」
「……はい」
鈴木は短く答えた。
自分が積み重ねてきた経験が無意味だったわけではない。
ただ、対人戦闘には、まだ学ぶべきことが多かった。
今回の模擬戦は、それを知る機会になったのだ。
◇
「それでは、勝利したヴィクトリアさんにお話を聞いてみましょう」
リーゼロッテが進行を再開した。
「まずは、今回披露された土魔法の装甲についてです。あの戦闘形態は、以前から使っていたものなのでしょうか?」
ヴィクトリアは笑顔で首を横に振った。
「いいえ。あれは、最近考えた戦い方なの」
「最近、ですか?」
「ええ。オトハの雷神モードを見たのがきっかけよ。自分の魔法を身体に組み込んで、戦い方そのものを変えているのが面白いと思ったの」
ヴィクトリアは、実況解説席にいる乙羽へ視線を向けた。
「でも、私は雷魔法を使えない。だから、同じようにすることはできないでしょう?」
「うん。私は雷を使ってるからねぇ」
乙羽が頷く。
「それで、自分が得意な土魔法を使って、身体を守りながら攻撃にも利用できないかと考えたのよ。装甲の形や厚さを調整して、動きやすさを残しつつ、攻撃するときには重量を乗せられるようにしたの」
「なるほど。自分の適性に合わせて、独自の戦闘スタイルを作り上げたのですね」
リーゼロッテは興味深そうに頷いた。
「ええ。まだ改善できるところはあると思うけど、今日の試合では、ある程度うまくいったみたいね」
「十分に完成度の高い技術だと思いますよ。装甲の重量と密度を部位ごとに調整し、身体強化と組み合わせる。単に硬い鎧を作るのとは、まったく違いますからね」
リーゼロッテの言葉には、率直な感心がにじんでいた。
彼女は多くの魔法を知っている。
それでも、魔法をどのように組み合わせ、個人の戦闘スタイルへ落とし込むかという点では、本人の発想や工夫が重要になる。
ヴィクトリアの技術は、まさにその一例だった。
「おぉ~。ヴィクトリアさん、すごいねぇ」
乙羽も素直に感心した。
「雷神モードを見て、自分でも考えてみたんだねぇ」
「そうよ。オトハの戦い方は、私とはかなり違うけれど、参考になるところはたくさんあったわ。見たものをそのまま真似するのではなく、自分に合う形に変える。それが大事だと思ったの」
「そっかぁ……」
乙羽は、もう一度ヴィクトリアの装甲を思い返した。
自分の魔法を、別の使い方に変える。
その発想は、今後の修行にも役立ちそうだった。
雷神モードだけでなく、ほかのモードにも応用できることがあるかもしれない。
もちろん、ヴィクトリアの土魔法と同じ形になるとは限らない。
それでも、彼女の戦い方を参考にすることで、新しい可能性が見つかるかもしれなかった。
「ありがとうねぇ、ヴィクトリアさん。私も、いろいろ考えてみるよぉ」
「ふふっ。お互い、もっと強くなれるといいわね」
ヴィクトリアは楽しそうに笑った。
静も、満足そうに頷いていた。
「今日の試合は、二人の違いがよく出ていたわね。鈴木さんはモンスター討伐で培った経験を生かして戦っていたけれど、ヴィクトリアさんは対人戦闘で積み重ねてきた技術を、魔法と組み合わせていた」
「そうですね。どちらの経験も冒険者には必要ですが、戦う相手が変われば、求められる判断も変わります」
リーゼロッテが補足した。
「今回の試合は、その違いがよくわかるものだったと思います」
配信のコメント欄には、試合の感想が流れ続けていた。
『いい試合だった!』
『ヴィクトリアさんの新スタイル、かっこよかった!』
『雷神モードを参考にして、土魔法で別の形を作ったのが面白い』
『鈴木さんもこれから対人戦の経験を積めば、もっと強くなりそう』
『乙羽ちゃんが新しい戦い方を考え始めてるのも気になるw』
『先生の解説もわかりやすかった!』
『静さんの近接戦闘解説、さすがだった』
こうして、協会公式チャンネルによる模擬戦配信は、ヴィクトリアの勝利で幕を閉じた。
鈴木はモンスター討伐で培った経験と身体強化を持つ、決して弱くない冒険者だった。
しかし、対人戦闘に慣れたヴィクトリアは、相手の動きや隙を読み、体術と魔法を組み合わせて戦った。
そして最後には、雷神モードから着想を得て作り上げた、土魔法による新たな戦闘形態を披露したのだった。
その姿は、細身のゴーレムの中に入ったかのようでありながら、ヴィクトリア自身の動きやすさを失っていなかった。
乙羽は、そんな彼女の戦い方から多くのことを学んでいた。
自分とは違う戦闘スタイル。
自分とは違う魔法の使い方。
そして、自分の得意な力を生かすための工夫。
それらは、乙羽にとって新しい発見だった。
雷神モードをさらに磨くことも、ほかのモードへ応用することも、まだまだ考える余地がありそうだ。
「んぅ~……。私も、もっといろいろ試してみようかなぁ」
乙羽は小さく呟いた。
その隣で、静が笑う。
「そうね。でも、まずは今日見たことを整理してからにしなさい。思いついたことを全部一度に試そうとしないのよ」
「はぁい」
乙羽は素直に返事をした。
Sランク冒険者同士の模擬戦は、勝敗が決まって終わった。
けれど、乙羽にとっては、新しい戦い方を考えるための学びが始まったばかりだった。
そして、ヴィクトリアが披露した土魔法の戦闘形態もまた、彼女自身の工夫によって生まれた、新たな一歩だった。




