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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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ヴィクトリアVS鈴木

「それでは、始め!」


 審判の声が響いた。


 先に動いたのは、鈴木だった。


 彼は剣を構え、地面を蹴って一気に距離を詰める。踏み込みに合わせて身体強化の魔法を使い、剣を振るう速度を高めていた。


 鋭い斬撃が、ヴィクトリアへ向かう。


 しかし、彼女は慌てなかった。


 上体をわずかに傾け、剣先をかわす。


 そのまま一歩だけ横へ動き、鈴木の攻撃が通り過ぎるのを待った。


「おぉ~。ヴィクトリアさん、避けたねぇ」


 乙羽が実況する。


「ええ。剣の軌道を見て、必要な分だけ体を動かしているわね」


 静が補足した。


「大きく下がらずに避けたことで、次の動きにも移りやすくなっているわ」


「なるほどぉ。確かに、あんまり動いてないねぇ」


 乙羽は画面を見つめながら頷いた。


 鈴木は攻撃を外した直後、すぐに剣を引き戻した。


 間を置かず、今度は横から斬り込む。


 ヴィクトリアは腕を上げて攻撃を受け流し、相手の懐へ入ろうとした。


 だが、鈴木もそれを読んでいたらしい。


 剣を引くと同時に足を動かし、距離を保つ。


 二人は一度離れ、再び向き合った。


『おお、いきなり速い!』

『鈴木さん、ちゃんと対応してるな』

『ヴィクトリアさん、無駄な動きが少ない』

『今の、剣を受け流してから近づこうとしたのか?』


「そうね。ヴィクトリアさんは、剣を受け止めるよりも、攻撃の方向をずらして近づこうとしたように見えたわ」


 静が説明した。


「ただ、鈴木さんもすぐに距離を取り直した。あの判断は悪くないわね」


「うんうん。ヴィクトリアさん、横に動いてから、すぐに前に行こうとしてたよぉ」


 乙羽も、自分が見た動きを言葉にする。


「でも、鈴木さんが剣を引いたから、近づけなかったんだねぇ」


「そういうことね」


 静が頷いた。


 乙羽の説明は専門的なものではない。


 それでも、二人の動きを正しく捉えていた。


 何が起きたのか。


 どちらが何をしようとしたのか。


 そこまでは、しっかりと伝えられている。


 ただし、技術的な細部を解説する役目は、静のほうが向いていた。


     ◇


 二度目の攻防。


 今度はヴィクトリアが先に動いた。


 彼女は地面を蹴り、鈴木へ向かって真っ直ぐに踏み込む。


 鈴木は剣を構え、迎え撃つ姿勢を取った。


 ヴィクトリアの拳が伸びる。


 鈴木は剣の柄を使ってその軌道をずらし、すぐに斬撃へつなげた。


 ヴィクトリアは上体を引いてかわす。


 だが、鈴木は追撃を止めなかった。


 連続する斬撃が、次々とヴィクトリアの立ち位置を狭めていく。


「おぉ~。今度は鈴木さんが攻めてるねぇ」


 乙羽が画面を見ながら言った。


「ええ。連続攻撃で、ヴィクトリアさんの動ける方向を制限しようとしているわね」


 静は、画面の中の足運びに注目していた。


「ただ斬り続けているわけではないわ。ヴィクトリアさんが避けた先を狙いながら、少しずつ位置を変えている」


「そっかぁ。だから、ヴィクトリアさんが横に動いても、次の剣が来るんだねぇ」


「そういうことよ」


 静が頷く。


 ヴィクトリアは何度か攻撃をかわしたが、次第に後退する形になっていた。


 鈴木の剣は、単純な速度だけでなく、次の攻撃へつなげるための動きも整っている。


 Sランク冒険者として経験を積んできたことは、確かなようだった。


 だが、ヴィクトリアもただ押されているわけではない。


 彼女は鈴木の剣が振り抜かれる瞬間を見極め、わずかな隙を探していた。


 そして、横から振られた剣をかわした直後。


 ヴィクトリアは一気に前へ踏み込んだ。


「おっ!」


 乙羽が声を上げる。


 鈴木が剣を戻すより早く、ヴィクトリアの拳が伸びた。


 鈍い音が響く。


 鈴木は腕で受け止めたものの、その勢いに押されて一歩下がった。


『入った!』

『ヴィクトリアさん、隙を見逃さなかった!』

『剣を振り抜いた直後を狙ったのか』

『鈴木さん、受け止めたけど押されたぞ』


「今のは、剣を振った直後に踏み込んだのねぇ」


 乙羽が興味深そうに言った。


「うん。鈴木さんの剣が戻る前に、距離を詰めたんだねぇ」


「ええ。攻撃が終わった直後は、次の動作へ移るまでにわずかな間ができることがあるわ。そこを狙ったのね」


 静は頷いた。


「鈴木さんも腕で受けているから、完全に不意を突かれたわけではない。ただ、ヴィクトリアさんの踏み込みが速かったから、剣で対応する余裕はなかったのでしょう」


「なるほどぉ。あのタイミングで近づくんだねぇ」


 乙羽は画面をじっと見つめた。


 ヴィクトリアの動きは、単に速いだけではない。


 相手が何をしているのかを見て、次の行動に移る瞬間を狙っている。


 乙羽にも、そうした動き自体は見えていた。


 ただ、それを自分の戦い方へどう取り入れればいいのかは、まだはっきりしていない。


(ああいうふうに、相手が動いたあとに入るんだねぇ……)


 乙羽は頭の中で、今の動きを思い返した。


 自分の場合は、相手の攻撃を避けて、そのまま魔法で反撃することが多い。身体能力に任せて一気に距離を詰めることもできる。


 しかし、ヴィクトリアのように相手の動作を利用し、近接戦闘の流れそのものを組み立てることは、あまり意識してこなかった。


 雷神モードの速度を、こうした技術と組み合わせることはできるだろうか。


 それとも、迅雷天翔モードのような別のモードでも応用できるのだろうか。


 乙羽は、試合を見ながら考え始めていた。


 自分には自分の戦い方がある。


 けれど、ほかのSランク冒険者の動きを見ることは、間違いなく参考になる。


     ◇


 鈴木は一度距離を取り、剣を構え直した。


 身体強化の魔法は維持している。


 これまでの攻防でも、彼は魔力を無駄にしていたわけではなかった。踏み込みの速さを上げ、攻撃の威力を高め、相手の動きに対応しようとしている。


 ただ、ヴィクトリアの動きは、モンスターを相手にするのとは勝手が違った。


 モンスターは種類ごとに攻撃の癖がある。何度も戦えば、動きの傾向を覚え、対処の仕方を身につけられる。


 しかし、対人戦では相手もこちらの動きを見て、次の手を変えてくる。


 攻撃を受け流されたからといって、同じ攻撃を繰り返しても通じない。相手の足運びや重心の移動を読み、次の行動を予測しなければならない。


 鈴木には、そうした経験が圧倒的に不足していた。


 もっとも、それは彼の戦闘能力が低いという意味ではない。


 剣の速度も、身体強化も、Sランク冒険者として十分な水準にある。


 ただ、実戦で培ってきた技術が、主にモンスター討伐に向けられていたのだ。


 対するヴィクトリアは、学生時代から対人競技で勝利を重ねてきた。


 空手の打撃、カポエイラの独特な足運び、柔術で学んだ崩しや組み技。それぞれ異なる技術を学び、覚醒後には身体強化や土魔法を組み合わせて、自分だけの戦い方へと昇華させていた。


 その経験の差が、少しずつ表れ始めていた。


「……なるほどねぇ」


 乙羽は画面を見ながら呟いた。


「鈴木さんも速いし、力も強そうなんだけどぉ……」


「ヴィクトリアさんは、その力をどう使うかという部分で経験を積んでいるのでしょうね」


 リーゼロッテが補足した。


「身体強化の魔法を使えることと、それを対人戦闘で効果的に使うことは、必ずしも同じではありませんから」


「うん。ヴィクトリアさん、鈴木さんが動く前に、次にどこへ行くか考えてるみたいだねぇ」


 乙羽が言う。


「ええ。相手の動きに合わせて、自分の立ち位置を変えているわ。攻撃を避けるだけでなく、反撃しやすい場所を選んでいるのよ」


 静は、ヴィクトリアの足運びを注意深く見ていた。


「技術を積み重ねてきた人の動きね。身体強化を使っていても、力任せにはなっていない」


 ヴィクトリアは再び鈴木へ踏み込んだ。


 鈴木が剣を振るう。


 彼女は正面から受けず、体を半身にして刃をかわした。そのまま相手の腕の外側へ回り込み、肩を押しながら足をかける。


 鈴木の上体が傾いた。


 だが、彼もすぐに身体強化を使い、強引に体勢を戻した。


 倒れはしなかった。


 ヴィクトリアはそこで無理に追撃せず、すっと離れた。


「おぉ~。今のも、鈴木さんが倒れそうになったねぇ」


「ええ。ヴィクトリアさんは、相手の体勢を崩してから倒そうとしたのね。ただ、鈴木さんも身体強化で踏ん張った」


 静が説明する。


「体勢を崩す技術は通じているわ。でも、相手の力が強ければ、そこからさらに押し切る必要がある。今のヴィクトリアさんは、無理に力比べをせず、次の機会を探したのね」


「そっかぁ。倒せそうでも、すぐに決めようとしないんだねぇ」


「そうね。無理に攻めれば、こちらが隙を見せることもあるから」


 乙羽は何度も頷いた。


 目の前で起きていることは、きちんと見えている。


 ただ、それをどう説明すればわかりやすいのか、乙羽はまだ考えながら話していた。


 それでも、静が補足してくれることで、視聴者にも二人の戦い方の違いが伝わっていた。

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