「みんなぁ、こんにちはぁ。今日は協会の公式配信に来てるよぉ」
土曜日、午後。
冒険者協会の公式配信チャンネルで、特別な模擬戦の生配信が始まろうとしていた。
会場は、協会が所有する大型訓練場。
普段から高ランク冒険者の訓練や、実戦を想定した模擬戦などに使われている施設だ。広い戦闘区画の周囲には観覧席が設けられ、今回は外部の観客も約100人まで入場できるようになっていた。
会場には、配信開始を待つ冒険者や関係者の姿がある。
アメリカから来日したSランク冒険者、ヴィクトリア・グレイ。
そして、日本のSランク冒険者、鈴木太郎。
二人の模擬戦は、協会の正式な許可を得て行われることになった。
配信の告知が出ると、協会の公式チャンネルには多くの視聴者が集まり始めた。
『協会公式で模擬戦配信!?』
『ヴィクトリアさんと鈴木さんの試合か!』
『海外のSランク冒険者が日本で戦うの、かなり珍しくない?』
『今回はちゃんと許可を取った配信なんだな』
『会場に100人も入れるのか。現地で見たかった!』
『実況解説は誰なんだろう?』
そんなコメントが流れる中、配信画面が切り替わった。
映し出されたのは、訓練場全体を見渡せる実況解説席だった。
そこには、乙羽、静、そしてリーゼロッテの姿があった。
「みんなぁ、こんにちはぁ。今日は協会の公式配信に来てるよぉ」
乙羽がカメラに向かって手を振る。
「こんにちは。今日は模擬戦の様子を、皆さんと一緒に見ていきたいと思います」
静も落ち着いた声で挨拶した。
「そして、本日の司会進行と魔法面の解説は、私、リーゼロッテが担当します。よろしくお願いいたしますね」
リーゼロッテが丁寧に頭を下げた。
今回は、彼女が司会進行も任されている。
試合前の選手紹介からルール説明、試合中の解説、終了後のインタビューまで、配信全体を取り仕切る役目だ。
協会側としても、ただ試合を流すだけではなく、視聴者にわかりやすく楽しんでもらえる配信にしたいという考えがあった。
そのため、実際の戦闘を知るSランク冒険者である静と、魔法について幅広い知識を持つリーゼロッテ、そして二人と親しい乙羽に声がかかったのである。
「おぉ~。なんだか、ちゃんとした番組みたいだねぇ」
「協会の公式配信だからね。いつもの私たちの配信とは、少し勝手が違うわよ」
静が乙羽に説明した。
「そっかぁ。じゃあ、私もちゃんとお話ししないとねぇ」
「ええ。乙羽は、見えたことをそのまま伝えてくれればいいわ。無理に難しい解説をしようとしなくても大丈夫よ」
「はぁい」
乙羽は素直に頷いた。
本人としても、試合を実況すること自体に問題はない。
動きはしっかり見えるし、どちらが攻撃して、どちらが避けたのかもわかる。魔法が使われれば、その種類や効果もある程度は把握できる。
ただ、近接戦闘の細かな技術については、静ほど詳しいわけではなかった。
相手の攻撃を受け流して反撃につなげたとき。
乙羽には、その一連の動きが見えている。
だが、どの関節をどう動かし、どのように重心を移し、何を利用して相手の体勢を崩したのか。それを専門的な言葉で説明しようとすると、途端に難しくなるのだ。
見えていないわけではない。
理解できていないわけでもない。
ただ、言葉にするのが得意ではないのである。
「まあ、乙羽は普段から魔法を使って戦うことが多いものね」
静が微笑んだ。
「近接戦闘の細かな技術については、私が補足するわ。乙羽は、気づいたことがあれば遠慮なく話してちょうだい」
「うん。わかったよぉ」
乙羽は安心したように頷いた。
「それぞれ得意分野が違いますからね。無理に同じことを説明する必要はありません。乙羽は乙羽の視点で、静は静の視点で話していただければ十分ですよ」
リーゼロッテもそう付け加えた。
乙羽は戦闘を観察する能力が低いわけではない。むしろ、相手の動きや魔力の変化を捉えることには長けている。
ただ、見えたものを適切な言葉に置き換え、専門的な解説として伝えることには慣れていないのだ。
その点、静は剣術だけでなく、冒険者として数多くの実戦を経験している。
今回の実況解説席では、二人の違った視点が役に立つだろう。
◇
「それでは、選手を紹介しましょう」
リーゼロッテがカメラへ向き直った。
「まずは、アメリカから来日しているSランク冒険者、ヴィクトリア・グレイさんです」
画面が切り替わり、訓練場の片側に立つヴィクトリアの姿が映し出された。
金色の髪を後ろでまとめ、動きやすい服装に身を包んでいる。表情は明るく、これから模擬戦を行うというのに、どこか楽しそうだった。
「そして、対戦相手は日本のSランク冒険者、鈴木太郎さんです」
反対側に立つ鈴木が映る。
彼は観客席へ向かって手を振り、堂々とした態度でカメラにも視線を向けた。
「本日は、海外のSランク冒険者と戦える貴重な機会をいただき、ありがとうございます! 私の実力をしっかりとお見せしたいと思います!」
鈴木は自信たっぷりに宣言した。
観客席から拍手が起こる。
彼は決して弱い冒険者ではない。
ダンジョンが出現してからの約2年間、冒険者としての活動を続け、数多くのモンスターを討伐してきた。身体強化の魔法も使えるし、剣の扱いにも慣れている。
実際のダンジョン攻略に限れば、十分な経験と実績を持つSランク冒険者だった。
ただし、その経験の大部分はモンスターとの戦闘によって得られたものだ。
人間を相手に、互いの技術をぶつけ合う対人戦闘については、ほとんど経験がない。
一方のヴィクトリアは、冒険者になる前からさまざまな体術を学んでいた。
空手、カポエイラ、柔術をはじめ、複数の武術や格闘技に触れてきた。学生時代には大会で優勝した経験もあり、対人戦闘には慣れている。
覚醒して魔法を使えるようになってからは、それまでに身につけた技術と魔法を組み合わせ、自分なりの戦闘スタイルを築いてきた。
同じSランクでも、二人が積み重ねてきた経験は大きく違っていた。
ヴィクトリアも、鈴木へ向かって軽く手を振った。
「よろしくお願いします」
彼女の態度は、あくまで自然だった。
勝負を楽しみにしている様子はあるものの、相手を見下すような雰囲気はない。どんな戦い方をするのか、自分の目で確かめたいという気持ちが強いようだった。
「それでは、試合のルールを確認しましょう」
リーゼロッテが進行を続ける。
「今回は協会の管理する訓練場で行う模擬戦です。双方の合意のもと、相手を戦闘不能と判断できる状態にするか、どちらかが降参した時点で終了となります。危険な状態になった場合は、協会側が試合を中断します」
模擬戦とはいえ、Sランク冒険者同士の戦いだ。
お互いの実力を確かめるため、ある程度は本格的な戦闘が認められている。ただし、相手を故意に傷つけることや、必要以上に危険な攻撃を続けることは認められていない。
「では、準備が整い次第、試合を開始しましょう」
リーゼロッテがそう告げると、画面は再び戦闘区画全体を映し出した。
ヴィクトリアと鈴木が、少しずつ距離を詰めていく。




