「ちゃんとした場を用意して、そこで見てもらえばいいんじゃないかなぁ」
場所は変わって、冒険者協会の支部長室。
「このたびは、誠に申し訳ございませんでした!」
支部長は深々と頭を下げていた。
その向かいには、ヴィクトリアと乙羽、リーゼロッテ、そして鈴木がいる。
先ほどまでの騒ぎを受け、協会側が改めて話し合いの場を設けたのだった。
「いえ、支部長。あなたが謝る必要はないわ」
ヴィクトリアは困ったように答えた。
「私は、勝手に撮影されていたことに少し驚いただけよ。最初から悪意を持って何かをされたわけでもないのでしょう?」
「しかし、当支部に所属する冒険者が、許可なく配信を続けていたことは事実です。しかも、先ほどはリーゼロッテさんから弁護士への相談までお話が出たと聞いております」
「それは、私が必要だと判断した場合の話ですよ」
リーゼロッテは落ち着いた声で補足した。
「撮影や配信には、相手の許可が必要です。そこを曖昧にしたまま活動されては困りますからね」
「おっしゃるとおりです……!」
支部長は再び頭を下げた。
どうやら、かなり気にしているらしい。
ヴィクトリアはそんな支部長を見て、少しだけ肩をすくめた。
「もう、そこまで謝らなくてもいいわ。私自身は、もう怒っていないもの。ただ……」
彼女は鈴木へ視線を向けた。
「次からは、撮影する前に許可を取ってほしいわね。私だって、いつでも撮られていいわけではないのだから」
「……はい」
鈴木は、今度こそ素直に頷いた。
さすがに支部長まで出てきた以上、これ以上強気な態度を取るわけにもいかない。
ただ、彼の表情には、まだ少しばかり不満が残っていた。
せっかくヴィクトリアと会えたのに、配信のことばかり問題にされてしまった。自分の実力を見せるどころか、マナーについて注意される結果になっている。
しかし、そんな鈴木の様子を見ていた乙羽が、ふと思いついたように手を挙げた。
「んぅ~。じゃあさぁ」
「はい、乙羽さん。何でしょうか?」
支部長がすぐに顔を上げる。
「鈴木さんが、ヴィクトリアさんに自分の力を見てほしいっていうならぁ、配信を正式にやればいいんじゃないかなぁ?」
「……え?」
鈴木が顔を上げた。
ヴィクトリアも興味深そうに乙羽を見る。
「正式に、というと?」
「ちゃんと協会に許可を取って、配信するってことだよぉ。撮影することも、配信することも、最初からみんなに確認しておけば問題ないでしょぉ?」
乙羽は、いつもののんびりとした口調で続けた。
「ちゃんとした場を用意して、そこで見てもらえばいいんじゃないかなぁ」
「なるほど……」
支部長は少し考え込んだ。
確かに、協会が管理する模擬戦であれば、撮影や配信の許可を事前に確認できる。戦闘区画を確保し、安全面の条件を整えれば、問題なく実施できる可能性はある。
もちろん、両者が同意することが前提だ。
支部長はヴィクトリアへ視線を向けた。
「ヴィクトリア様は、いかがでしょうか? ご本人が希望されるのであれば、協会として模擬戦の会場を用意し、配信についても正式な手続きを進めることは可能です」
ヴィクトリアは、少しだけ考えてから笑った。
「面白そうね」
「本当ですか!?」
鈴木が思わず身を乗り出した。
「ええ。私だって、正式な許可があって、相手も同意しているのなら、模擬戦を断る理由はないわ」
ヴィクトリアは鈴木を見た。
「ミスタースズキが私と戦いたいというのなら、相手をするわよ。せっかく日本に来たのだもの。こういう機会があってもいいでしょう?」
「……っ!」
鈴木の顔が、ぱっと明るくなった。
先ほどまでの気まずさが、嘘のように消えていく。
「ありがとうございます! いやぁ、そう言っていただけるとは思いませんでした!」
鈴木は、すっかり機嫌を直した様子だった。
「俺としても、ヴィクトリアさんに実力を見てもらえるなら願ってもない機会です。しかも、正式な配信にできるのなら、視聴者にも堂々と見てもらえますからね!」
彼にとっては、これ以上ない話だった。
勝負の結果はまだわからないが、海外のSランク冒険者との模擬戦を配信できる。それだけでも、自分のチャンネルにとって大きな機会になる。
しかも、今度は許可を取ったうえでの配信だ。
先ほどの問題も解消できる。
鈴木は、すでに配信の構成や告知のことまで考え始めているようだった。
その様子を見て、乙羽は満足そうに頷いた。
「うんうん。これなら、みんな安心して見られるねぇ」
「そうですね。正式な手続きを踏むのであれば、こちらも問題ありません」
リーゼロッテも同意した。
「ただし、配信に出演する人には全員、事前に確認を取ること。撮影範囲や公開内容についても、きちんと決めておきましょう」
「もちろんです!」
鈴木は勢いよく返事をした。
今度こそ、余計な問題を起こすつもりはないらしい。
少なくとも、本人はそう考えているようだった。
乙羽は、ヴィクトリアと鈴木を交互に見た。
「じゃあ、ヴィクトリアさんと鈴木さんで模擬戦配信ねぇ」
「ええ。そういうことになるわね」
ヴィクトリアは楽しそうに頷いた。
「ミスタースズキがどんな戦い方をするのか、私も見てみたいわ」
「お任せください! Sランク冒険者として、恥ずかしくない戦いをお見せします!」
鈴木は胸を張った。
今度こそ、自分の実力を披露する機会ができた。
そう思うと、自然と自信が湧いてくる。
だが、ヴィクトリアは彼の言葉を聞いても、特に大きな反応を示さなかった。
「楽しみにしているわ」
そう言って、穏やかに微笑むだけだった。
乙羽はその様子を見ながら、のんびりと首を傾げる。
「んぅ~。じゃあ、いつやるのぉ?」
「日程は、協会側で調整させていただきます。会場の確保と安全確認、それから配信の許可についても、こちらで進めましょう」
支部長はようやく落ち着きを取り戻したように答えた。
「お二人の都合を確認したうえで、正式に日程を決めさせてください」
「わかったわ。私は予定を調整できると思うから、連絡をもらえると助かるわね」
ヴィクトリアが答える。
「俺も問題ありません。ぜひお願いします!」
鈴木も、すぐに頷いた。
こうして、先ほどまで問題になっていた無許可配信の話は、正式な模擬戦配信の企画へと変わっていった。
もちろん、まだ日程も決まっていない。
会場の準備も、配信の手続きも、これからだ。
それでも、鈴木にとっては願ってもない機会ができた。
海外のSランク冒険者であるヴィクトリアと、正式な場で戦えるのだから。
そして乙羽にとっても、二人の模擬戦は興味深いものになりそうだった。
「ふふっ。楽しみだねぇ」
乙羽はそう言って、ヴィクトリアを見上げた。
「そうね、オトハ。せっかくだから、いい模擬戦にしましょう」
ヴィクトリアは笑顔で答えた。
一方、鈴木は、すでに自分の配信でこの模擬戦をどう告知するか考えていた。
正式な許可を得て、海外のSランク冒険者と戦う。
視聴者の注目も集まるだろう。
彼はまだ、自分がどれほどの相手と戦うことになるのか、正確には理解していなかった。
ただ一つ確かなのは、今度の模擬戦が、先ほどのような無許可配信ではなく、協会公認の企画として進められることになったということだった。




