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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「ええ。強さと品格は別問題だもの」

「私はティンカーベルのマネージャーもしていますからね」


 リーゼロッテは、鈴木の手元にあるスマートフォンを見ながら、淡々と告げた。


「乙羽の許可もなしに、そのまま配信を続けるようなら、弁護士にも相談しないといけませんよ」


「……えっ?」


 鈴木の表情が引きつった。


 これまで彼は、配信中に有名な冒険者と遭遇したことを、むしろ幸運だと考えていた。Sランク冒険者である自分が、海外のSランク冒険者やティンカーベルと交流する姿を映せば、視聴者も喜ぶはずだと思っていたのである。


 しかし、リーゼロッテの口調には冗談めいた響きがまったくなかった。


 そもそも、彼女はティンカーベルの活動を管理する立場にいる。メンバーの許可も取らずに撮影や配信を続けることを、簡単に見過ごすつもりはなかった。


 鈴木の配信画面には、視聴者からのコメントが次々と流れていた。


『えっ、乙羽ちゃんの許可取ってなかったの?』

『先生、マネージャーもしてるのか!』

『そりゃ勝手に配信されたら困るだろ』

『さっきからヴィクトリアさん、あんまり楽しそうじゃないぞ』

『英語わからないけど、怒ってる雰囲気は伝わってくる』

『いや、これ普通に許可取るべきだろ』

『有名な人が来たからって、勝手に撮っていいわけじゃないぞ』

『鈴木さん、そろそろ配信止めたほうがよくない?』

『マネージャーから弁護士の話が出てるんですが……』

『これ以上続けたら本当に問題になりそう』


 鈴木はスマートフォンを握り直した。


 コメント欄に目を向ける余裕はなかったが、画面の向こうから自分の行動を疑問視する声が上がっていることには、まだ気づいていなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください! そこまで大げさにする必要はないでしょう!?」


「大げさかどうかを決めるのは、撮影されている側です。少なくとも、許可を取らずに配信を続けてよい理由にはなりませんよ」


 リーゼロッテは一歩も譲らなかった。


 乙羽も、困ったように鈴木を見た。


「また鈴木さん、迷惑かけてるのぉ?」


「……っ」


「本当に協会に警告されても、私、関係ないんだけどぉ……」


 乙羽は深いため息をついた。


 以前も、鈴木はティンカーベルの配信に突然割り込み、自分の都合で企画を変えようとしていた。あのときは模擬戦にまで発展したが、今回もまた似たようなことをしている。


 乙羽としては、もう少し相手の都合を考えてほしいところだった。


「私はただ、ヴィクトリアさんとお話ししているだけなんだけどねぇ」


 乙羽はそう言って、ヴィクトリアへ視線を戻した。


 彼女にとって、今はせっかく会えた海外のSランク冒険者との交流を楽しみたい時間だ。鈴木の配信に付き合うために、ここへ来たわけではない。


 ヴィクトリアも、リーゼロッテの言葉を聞いて何か思うところがあったようだった。


 彼女はスマートフォンをちらりと見てから、乙羽へ向き直る。


「そういえば、ミスタースズキはSランク冒険者だと言っていたわね」


「うん。そう言ってたねぇ」


「オトハやシズカに比べると、実力は少し見劣りするようだけど……。あなたは、彼と仲がいいの?」


「んぅ~?一回、配信中に乱入してきただけぇ」


「……それだけ?」


「うん。それだけだよぉ」


 あまりにもあっさりした返事だった。


 ヴィクトリアは一瞬きょとんとしたあと、くすりと笑った。


「そうなのね。私はてっきり、親しい仲間なのかと思ったわ」


「仲間じゃないよぉ。ティンカーベルは、乙羽と琴ちゃんと柳ちゃんと梓ちゃん、それから先生だもん」


 乙羽は指を折りながら説明した。


 その言葉を聞いて、リーゼロッテも頷く。


「そういうことです。鈴木さんとは、特別な関係はありませんよ」


 鈴木の配信には、すぐさま新しいコメントが流れた。


『一回乱入してきただけwww』

『乙羽ちゃん、鈴木さんと仲間ですらなかった』

『ティンカーベルのメンバー構成、本人から説明されてて草』

『つまり鈴木さんは完全に部外者ってことか』

『本人がいないところで話してるんじゃなくて、目の前にいるんだよな……』

『乙羽ちゃん、普通に迷惑だったって思ってるんだろうな』

『あの模擬戦のあとでも、仲良くなったわけじゃないのか』

『むしろ、前回のことを考えたら納得』

『鈴木さん、今どんな気持ちなんだろう』

『英語わかる人、今の会話の内容教えて!』


 英語がわかる視聴者の中には、ヴィクトリアが鈴木を特別な仲間だとは思っていないことに気づいた者もいた。


『ヴィクトリアさん、鈴木さんと仲がいいのかって聞いたら、乙羽ちゃんが「一回配信に乱入してきただけ」って答えたぞ』

『それ、仲良しどころか距離置かれてるやつでは……』

『ヴィクトリアさんも、鈴木さんが乙羽ちゃんたちの仲間だとは思ってたみたいだな』

『そりゃ、同じ場所にいるしSランク同士だから、知り合いだと思うだろ』

『でも、実際はほとんど関係ないんだな』


 リーゼロッテは、コメント欄の内容を知る由もない鈴木を見て、改めて口を開いた。


「それにしても……。彼は、どこでもこんなことをしているのでしょうか?」


 その問いかけに、ヴィクトリアは少し考えるように目を細めた。


「今回のことといい、確かに問題になりそうね……」


 彼女は、鈴木が持つスマートフォンへもう一度視線を向けた。


「彼が強いのは、まあ本当なのでしょう。Sランクに認定されるだけの実力はあるのだと思うわ」


 そこまでは、ヴィクトリアも否定していなかった。


 Sランク冒険者という肩書きが、まったくの嘘だと決めつけるつもりはない。実際、鈴木のレベルは68。一般的な冒険者と比べれば、十分に高い実力を持っている。


 ただし、それと彼女が鈴木を高く評価するかどうかは別の話だった。


「でも、Sランクの中では、かなり下のほうでしょうね」


「……えっ?」


 鈴木の眉がぴくりと動いた。


 ヴィクトリアは英語で話しているため、彼には内容がわからない。


 それでも、彼女が自分を見ながら話していることはわかった。しかも、リーゼロッテと乙羽の表情は明らかに自分を歓迎しているものではない。


 鈴木は不快感を覚えたが、配信中であることを思い出し、何とか表情を取り繕った。


 一方、ヴィクトリアは気にせず話を続ける。


「沖縄でのオトナシシスターズの配信を見れば、ミスタースズキは実力差くらい、すぐにわかると思うのだけど」


 彼女は本当に不思議そうだった。


 乙羽と静が見せた戦闘能力は、どちらも印象的だった。特に、乙羽の魔法と静の剣技は、それぞれ異なる方向で高い完成度を持っている。


 あの映像を見たうえで、自分の実力をどう評価するか。


 それは本人次第だが、少なくともヴィクトリアには、鈴木が姉妹と同じような実力を持っているとは思えなかった。


「もちろん、経験を積んで強くなることは大切よ。でも、今の実力を正しく理解することも、同じくらい大切でしょう?」


「そうですね」


 リーゼロッテが同意した。


「彼は、自分に都合のいいことにしか目を向けないようですから」


 その言葉に、乙羽も小さく頷いた。


「んぅ~。自分の話ばっかりだもんねぇ」


 鈴木の顔が、さらに引きつった。


 会話の内容は理解できない。


 だが、明らかに自分について何か言われていることはわかる。しかも、乙羽たちが自分に対して好意的な話をしている様子もない。


 これ以上、黙っているわけにはいかなかった。


「ちょっと、そこまで言うほどではないでしょう!?」


 鈴木は思わず口を挟んだ。


 ヴィクトリアがこちらを見る。


 彼女の表情は、先ほどと変わらなかった。


 鈴木は、ここぞとばかりに胸を張る。


「ヴィクトリアさんは、音無姉妹がよっぽどお気に入りのようですね! ですが、俺だってちゃんとSランクとしての実力を持っています!」


 自信たっぷりの発言だった。


 少なくとも本人は、自分がSランク冒険者として認められるだけの力を持っていることを、ここで改めて示すつもりだった。


 しかし、ヴィクトリアには、彼が何を言っているのかまではわからない。


 彼女は鈴木の勢いを見て、少しだけ眉を上げた。


 そして、短く英語で返した。


「Strength and dignity are two different things. Haven't you ever heard of manners?(強さと品格は別問題よ。マナーっていう言葉を知らないのかしら)」


「……え?」


 鈴木は固まった。


 聞き取れた単語は、ほとんどない。


 ただ、ヴィクトリアが自分に向けて何かを言ったことだけはわかった。


 そして、その表情は、決して褒めているようには見えなかった。


「……ヴィクトリアさん? 今、何と?」


 当然、返事は英語だった。


 鈴木には理解できない。


 ヴィクトリアは、彼が困惑していることに気づいたようだったが、わざわざ通訳してあげるつもりはないらしい。


 そもそも、鈴木は最初から彼女の許可も取らずに配信を続けているのだ。


 彼のために、そこまで気を遣う必要はなかった。


 リーゼロッテは、そんな鈴木を見て静かに告げた。


「鈴木さん。まずは配信を止めて、乙羽に許可を取ってください。それから、ヴィクトリアさんにも撮影してよいか確認することです」


「……わかりましたよ!」


 鈴木は不満そうに答えた。


 だが、スマートフォンをしまおうとはしなかった。


 配信を止めれば、せっかくの機会を失うことになる。ヴィクトリアとの交流を映せば、自分のチャンネルにとって大きな宣伝になるはずだった。


 彼はまだ、その考えを捨てられずにいたのである。


 鈴木の配信コメント欄では、さらに厳しい声が増えていた。


『いや、まだ止めてないんかい!』

『「わかりました」って言ったのにスマホしまわないの?』

『先生がはっきり言ってくれてるんだから、まず止めようよ』

『ヴィクトリアさんも撮影許可を出したわけじゃないぞ』

『本人たちが嫌がってるのに配信を続けるのはダメだろ』

『英語がわからなくても、撮影の許可を求められてることくらいはわかるはず』

『鈴木さん、これ以上は本当に印象が悪くなるぞ』

『視聴者を増やすことばかり考えてない?』

『Sランクなら何をしてもいいわけじゃない』

『強い冒険者なら、なおさら行動には気をつけてほしい』


 鈴木はコメント欄を確認しなかった。


 自分が正しいと信じているのか、それとも都合の悪い反応を見たくないのか。


 少なくとも、今の彼は、配信を止めるという簡単な判断さえ先延ばしにしていた。


 乙羽は、そんな鈴木を見て、もう一度ため息をついた。


「……先生ぇ。やっぱり、鈴木さんって変わらないねぇ」


「そうですね。本人が変わる気にならない限り、難しいでしょう」


 リーゼロッテは淡々と答えた。


 ヴィクトリアは二人のやり取りを見て、少しだけ肩をすくめた。


「なるほど。オトハが彼と親しくない理由も、なんとなくわかった気がするわ」


「んぅ~。そうなのぉ?」


「ええ。強さと品格は別問題だもの」


 ヴィクトリアは、今度は乙羽に向けて穏やかに微笑んだ。


 乙羽も、いつものように笑顔を返す。


 鈴木だけが、何を言われているのかわからないまま、会話の外に取り残されていた。


 それでも、彼はまだ諦めていなかった。


 ヴィクトリアはSランク冒険者だ。


 彼女と手合わせをすれば、自分の実力を示す機会になるかもしれない。


 それに、彼女が乙羽や静に興味を持っているのなら、自分も同じように注目される可能性はある。


 鈴木はそう考え、再びヴィクトリアへ声をかけようとした。


 しかし、その前に彼女が乙羽へ話しかけた。


 鈴木のことなど、もう話題にする必要もないというように。


 その様子を見て、鈴木は内心で苛立ちを募らせた。


 ――このとき、鈴木はまだ知らなかった。


 彼にとって思いがけない展開につながっていくことを。

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