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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「I see. That's not okay.(そう。そんなの、駄目に決まっているわ)」

 ヴィクトリアが横浜支部を訪れてから、しばらく。


 冒険者協会の応接スペースでは、乙羽とリーゼロッテ、そしてヴィクトリアの三人が楽しそうに話していた。


 正確には、乙羽とヴィクトリアが話し、リーゼロッテが必要に応じて会話を補助している。


 翻訳魔法のおかげで、乙羽にはヴィクトリアの英語が日本語として聞こえ、ヴィクトリアには乙羽の日本語が英語として伝わっていた。


「それでねぇ、雷神モードは自分の体に雷を流して、動きを速くするんだよぉ」


「なるほど! 自分の体に雷をまとわせているのね! 映像で見たときは、ただ雷を放っているのかと思ったけど、あれは身体強化だったのね!」


「うん。まだ練習中だけどねぇ」


「練習中であれなの!? オトハ、あなた本当に面白いわね!」


 ヴィクトリアは目を輝かせていた。


 彼女は、乙羽の雷神モードに強い興味を持っているらしい。乙羽が説明するたびに頷き、さらに質問を重ねていく。


「それじゃあ、あの速度で動いている間も、周りの状況はちゃんと見えているの?」


「うん。見えてるよぉ。速く動いても、周りが見えなくなったら危ないもんねぇ」


「確かに! 速さだけじゃなくて、周囲を把握することも大切よね!」


「そうそう。あと、雷神モードはずっと使ってると魔力も使うから、必要なときに使うようにしてるんだよぉ」


「いいわね! ただ速くなるだけじゃなくて、使いどころも考えているのね!」


 ヴィクトリアは、すっかり夢中だった。


 乙羽も、自分の話にこれほど興味を持ってもらえるのが嬉しいらしい。最初は英語がわからず困り果てていたのに、今ではすっかり打ち解けていた。


「ところで、ヴィクトリアさんはどんな戦い方をするのぉ?」


「私? 私は力と速度を生かして、正面から一気に攻めるのが好きよ! 実際に戦って、そこから学ぶほうが性に合っているの!」


「おぉ~。なんだか、ちょっと私と似てるかもねぇ」


「そうなの? それなら、いつか一緒に戦ってみたいわね!」


「うん。楽しそうだねぇ」


 リーゼロッテも二人の会話を聞きながら、穏やかに頷いていた。


「ヴィクトリアさんは、海外のダンジョンにもよく潜るのですか?」


「ええ! 仕事でいろいろな国へ行くわ。場所によって出現するモンスターも違うし、環境も違うから、毎回新しい発見があるのよ!」


「それは興味深いですね。地球のダンジョンについては、まだ調べる余地が多くありますから」


「そうなのよ! ほかの国の冒険者と話すと、戦い方や考え方の違いもわかるから、すごく勉強になるわ!」


「なるほど。そうした情報交換は、私たちにとっても有益でしょうね」


 話題は、雷神モードから海外のダンジョン事情へと移っていく。


 乙羽が興味を持ったことを尋ね、ヴィクトリアが楽しそうに答える。リーゼロッテも魔法やダンジョンについて質問し、会話は自然に広がっていた。


 そして、三人が盛り上がれば盛り上がるほど、輪の外に取り残されている男がいた。


 鈴木太郎である。


「…………」


 鈴木は笑顔を保ちながら、三人の様子を眺めていた。


 だが、会話の内容はほとんどわからない。


 ヴィクトリアが英語で話せば、乙羽には日本語として伝わる。乙羽が日本語で返せば、ヴィクトリアには英語として伝わる。


 リーゼロッテも翻訳魔法を通して会話しているため、三人の間には言葉の壁がない。


 しかし、鈴木には翻訳魔法がかかっていなかった。


「Oh, that's amazing!(まあ、すごいわね!)」


「んぅ~、そうなのぉ?」


「Yes! Exactly!(そう! そのとおりよ!)」


 ヴィクトリアが楽しそうに話し、乙羽が笑顔で頷く。


 鈴木には英語の意味がわからない。会話に入ろうとしても、何を話しているのかすら把握できないのだから、どうしようもなかった。


 それでも、ときおり聞こえる日本語には反応できる。


「雷神モード、今度はもうちょっと長く使えるように練習したいんだよねぇ」


「なるほど。持続時間を延ばすことも課題なのですね」


「うん。あと、速く動くだけじゃなくて、途中で方向を変えたりするのも練習したいねぇ」


 乙羽とリーゼロッテが話している。


 鈴木は、その内容を聞いているふりをしながら、二人が話し終わるのを待った。


 しかし、乙羽が話し終わると、すぐにヴィクトリアが英語で質問をする。


 また英語。


 また、理解できない会話。


(……なんなんだ、こいつらは)


 鈴木は内心で苛立った。


 自分もSランク冒険者だ。それなのに、まるで自分がそこにいないかのように話が進んでいる。


 ヴィクトリアは一度も自分に話を振らない。乙羽もリーゼロッテも、鈴木を会話に加えようとはしなかった。


 しかも、鈴木が理解できるのは、乙羽たちが日本語で話している部分だけだ。


 自分の知らないところで、三人だけが盛り上がっている。


 その状況が、鈴木には面白くなかった。


 彼はスマートフォンを持つ手に、少し力を込めた。


 もちろん、配信は続いている。


 ヴィクトリアの来訪をきっかけに始めた、鈴木自身の配信だ。


 画面の向こうでは、視聴者たちが目の前の光景を見守っていた。


『ヴィクトリアさん、めっちゃ楽しそうだな』

『英語わかる人いる? 鈴木さん、完全に会話に入れてなくない?』

『何言ってるか全部はわからないけど、乙羽の話で盛り上がってるのはわかる』

『鈴木さん、ずっと笑顔だけど全然会話に入れてなくて草』

『そもそも、ヴィクトリアさんに撮影許可は取ったのか?』

『あれ、これって鈴木さんが勝手に配信始めたんじゃなかった?』

『英語わかるけど、ヴィクトリアさん最初から撮影にかなり怒ってたぞ』

『えっ、そうなの!?』

『しかも今は乙羽たちと話すのが楽しくて、鈴木さんのことなんて気にしてない感じ』

『鈴木さん、何とか話に入ろうとしてるけど無理そうだな』


 コメント欄には、少しずつ疑問の声が増えていた。


 鈴木はスマートフォンの画面をほとんど確認していない。目の前の会話に意識を向けているため、視聴者たちが何を話しているのかも知らなかった。


 その間にも、乙羽たちの会話は続いていく。


「そういえば、ヴィクトリアさんは、私のお姉ちゃんの配信も見たことあるのぉ?」


「ええ! 沖縄配信でシズカの剣技も見たわ!ぜひ、直接会ってみたいと思っているの。でも、今日は会えないのよね?」


「うん。お姉ちゃんはダンジョンに潜ってるから、今日は難しいんだよぉ」


「そう……残念だけど、仕方ないわね。しばらくは滞在の予定になっているの。また機会があったら会ってみたいわ!」


 ヴィクトリアは少し残念そうにしながらも、すぐに笑顔を取り戻した。


「でも、今日はオトハに会えたから、それだけでも来た甲斐があったわ!」


「えへへぇ。そう言ってもらえると嬉しいねぇ」


 鈴木には、二人が何を話しているのかほとんどわからない。


 ただ、乙羽が笑顔で返事をし、ヴィクトリアが楽しそうに笑っていることだけはわかった。


 自分が話に入れないまま、時間だけが過ぎていく。


 その様子を見ていたリーゼロッテが、ふと鈴木のほうへ目を向けた。


 彼女は、鈴木がずっとスマートフォンをこちらへ向けていることに、ようやく気づいたのだ。


 しかも、ただ手に持っているだけではない。


 画面には、配信中であることを示す表示が出ている。


「……鈴木さん」


 リーゼロッテの声が、すっと低くなった。


「はい?」


 鈴木は、ようやく自分に話が振られたと思い、笑顔で顔を上げた。


「それ、配信中なのでは?」


「えっ?」


 鈴木の表情が一瞬止まった。


 リーゼロッテはスマートフォンを見つめたまま、淡々と続ける。


「まさか、ヴィクトリアさんの許可も取らずに撮影しているのですか?」


「い、いや、それは……」


 鈴木は言葉に詰まった。


 ここで誤魔化すことはできない。


 配信画面には、ヴィクトリアの姿も、乙羽たちの姿も映っている。しかも、ヴィクトリア本人には、撮影について何も説明していない。


 リーゼロッテの表情から、いつもの柔らかさが消えていた。


「あなた、何を考えているのですか?」


「いや、これは、その……冒険者同士の交流を……」


「交流?」


 リーゼロッテが、鈴木の言葉を遮った。


「相手の意思を確認することもなく、勝手に撮影して公開することが、あなたの言う交流なのですか?」


 その声には、明らかな怒りが込められていた。


 鈴木は、思わず口を閉じた。


「ヴィクトリアさんは、あなたの配信に出演することを承諾していません。そもそも、ここへ来た目的も、あなたの配信に参加することではないでしょう」


「そ、それは……」


「すぐに配信を止めなさい。今すぐです」


 リーゼロッテは、はっきりと言い切った。


 普段の彼女なら、ここまで強い口調で誰かを責めることは少ない。


 しかし、今回は違った。


 ヴィクトリアは海外から来た客人だ。乙羽たちと話すためにここへ来たのであって、本人の知らないところで配信に利用されるためではない。


 しかも、鈴木は許可を取っていない。


 リーゼロッテにとって、見過ごせる行為ではなかった。


 そして、その怒りは鈴木の配信を通じて、視聴者たちにも伝わっていた。


『まって! 許可取ってないの!?』

『やばいんじゃ? 乙羽ちゃん、本当に怒ってるぞ』

『常識的に考えてこれはマナー違反だろ?』

『迷惑系ユーチューバーじゃないんだからさ』

『相手が海外のSランク冒険者だからって、勝手に配信していいわけじゃないだろ』

『先生が怒るのも当然だわ』

『これ、鈴木さんが悪いだろ……』

『本人に許可を取ってから配信しろよ』

『英語わからなくても、撮影を嫌がってるのは最初から伝わってたぞ』

『ヴィクトリアさん、最初から乗り気じゃなかったんだな』

『そりゃそうだよ。会いに来ただけなのに、勝手に配信されてたら嫌だろ』

『乙羽ちゃんも、さっきまで笑ってたのに表情が変わったぞ』


 コメント欄の空気は、明らかに変わっていた。


 先ほどまでは、英語の会話に置いていかれる鈴木を面白がる声もあった。


 だが、無断配信だとわかると、視聴者たちの反応は一気に厳しくなった。


 乙羽も、鈴木を見ていた。


 普段のようなのんびりした笑顔はない。


「……鈴木さん」


 乙羽が静かに口を開いた。


「配信したいなら、ちゃんと聞いてからにしてねぇ」


「……っ」


「ヴィクトリアさんは、私たちに会いに来てくれたんだよぉ。鈴木さんの配信に出るために来たわけじゃないよねぇ?」


 乙羽の声は大きくない。


 それでも、不機嫌になっていることは明らかだった。


「勝手に撮られるの、嫌な人もいるんだよぉ」


 鈴木は言葉を返せなかった。


 先ほどまで、英語の会話についていけず、苛立っていた。


 だが、今はそれどころではない。


 リーゼロッテだけでなく、乙羽からも明確に非難されている。


 それでも、鈴木はヴィクトリアが何を考えているのか、まだわかっていなかった。


 彼女の英語は、翻訳魔法を受けていない鈴木には理解できないままだ。


 ヴィクトリアは、リーゼロッテの怒った様子を見て、ようやくスマートフォンの存在に意識を向けた。


 そして、画面を確認すると、すぐに事情を察したようだった。


「Oh, he's streaming? Without asking me?(あら、彼は配信しているの? 私に確認もせずに?)」


 リーゼロッテが翻訳魔法をかける。


「ええ。どうやら、あなたの許可を取らずに配信していたようです」


「I see. That's not okay.(そう。そんなの、駄目に決まっているわ)」


 ヴィクトリアは鈴木を見た。


「Mr. Suzuki, you should stop the stream and ask people before filming them.(ミスタースズキ、配信を止めて、撮影する前に相手へ確認するべきよ)」


 鈴木には、その言葉の意味がわからない。


 聞こえてくるのは、またしても理解できない英語だった。


「……?」


 ただ、ヴィクトリアが自分のほうを見ていることには気づいた。


 ようやく自分の話題になったのだろうか。


 鈴木は、さっきまでの居心地の悪さを忘れたように、少しだけ背筋を伸ばした。


 そして、ヴィクトリアが何かを話している間に、聞き取れた単語を探す。


 英語はほとんど理解できない。


 それでも、彼女が自分を見ている。


 その事実だけで、鈴木は勝手に期待を膨らませていた。


 ――このとき、鈴木はまだ知らなかった。


 ヴィクトリアが、自分の実力に興味を持ち始めていることを。


 そして、その質問が、彼にとって思いがけない展開につながっていくことを。

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