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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「I'm Victoria Gray. It's a pleasure to meet you, Otoha!(私はヴィクトリア・グレイよ。会えて嬉しいわ、オトハ!)」

 冒険者協会、横浜支部。


 アメリカの女性Sランク冒険者、ヴィクトリア・グレイの突然の来訪に、協会内は落ち着かない空気に包まれていた。


 そんな中、鈴木太郎はスマートフォンを片手に、ヴィクトリアの近くに立っていた。


 配信は続いている。


 本人に許可を取ったわけでも、出演の交渉を済ませたわけでもない。それでも、海外の有名なSランク冒険者と直接話せる機会を逃すつもりはなかった。


「あなたがヴィクトリアさんですね。俺は鈴木太郎、横浜支部で活動しているSランクです」


 鈴木が自己紹介すると、ヴィクトリアは彼の顔とスマートフォンを交互に見た。


 カメラが自分に向けられている。


 どうやら、勝手に配信まで始めているらしい。


「Wait, are you seriously filming me without even asking?(ちょっと、まさか私に許可も取らずに撮影しているの?)」


 ヴィクトリアはスマートフォンを指差し、それから鈴木へ視線を戻した。


「That's pretty rude, you know. I came here to meet the Otonashi sisters, not to appear on some random stream.(ずいぶん失礼ね。私はオトナシ姉妹に会いに来たのであって、どこかの配信に勝手に出演するために来たわけじゃないのよ)」


 鈴木には、ほとんど理解できなかった。


 聞き取れた単語も、意味まではわからない。


 ただ、ヴィクトリアが何か話していることだけはわかった。


「ははは! いやあ、こうして直接お話しできるとは光栄です!」


 鈴木は笑顔で返した。


 ヴィクトリアは、しばらく彼を見つめた。


 それから、明らかに呆れた様子で息を吐いた。


「...Great. He doesn't understand a word I'm saying.(……なるほど。私の言っていること、ひと言もわかっていないのね)」


 その言葉に、鈴木の配信コメントが反応した。


『今の英語、許可なく撮影してることに呆れてない?』

『ヴィクトリアさん、かなりはっきり言ってるぞw』

『英語わかる人、今の意味教えて』

『ざっくり言うと、勝手に撮るなって怒ってるように聞こえた』

『鈴木さん、普通に笑顔で返してるけど大丈夫か?』


 鈴木はコメント欄を確認せず、ヴィクトリアとの会話を続けようとしていた。


 ヴィクトリアも、彼が英語を理解していないことを察したらしい。


 しかし、わざわざ翻訳アプリを使って説明するほど、鈴木に興味があるわけでもなかった。


 彼女は視線を外し、受付の職員へ向き直った。


「Excuse me. Any news about Otoha?(すみません。オトハについて、何か連絡はあった?)」


「もう少々お待ちください。現在、確認を取っております」


「Thank you.(ありがとう)」


 受付の職員は丁寧に答えた。


 鈴木は、そのやり取りを横で聞いていた。


「いやあ、やはりオトナシ姉妹は海外でも有名なんですね! 俺も同じSランクとして、ぜひ一度お話ししてみたいと思っていたんですよ!」


 ヴィクトリアはゆっくりと振り返った。


「Wait. You're an S-rank adventurer too? Seriously? This guy? How did he even get that rank? Is the Japanese Adventurers' Association actually okay?(待って。あなたもSランク冒険者なの? 本当に? この人が? いったいどうやってそのランクになったの? 日本の冒険者協会、本当に大丈夫なの?)」


 早口だった。


 彼女は鈴木の顔を見ながら、心底不思議そうに尋ねている。


 もちろん、鈴木には何を言っているしばらくして、受付から連絡が入った。


「ヴィクトリア様、乙羽さんがこちらへ向かっているそうです」


「Really? That's wonderful!(本当? 嬉しいわ!)」


 ヴィクトリアの表情が、一気に明るくなった。


 先ほどまで鈴木に向けていた、どこか冷めた視線とは大違いだ。


「Thank you so much!(本当にありがとう!)」


 受付の職員へ礼を言うと、ヴィクトリアは嬉しそうに待合スペースのほうを見た。


 その様子に、鈴木もようやく期待を膨らませる。


(よし……音無姉妹が来れば、もっと話が広がるはずだ。ここでうまく立ち回れば、ヴィクトリアさんとのコラボも夢じゃない!)


 鈴木はスマートフォンを構え直した。


 コメント欄には、英語がわかる視聴者たちの反応が続いていた。


『乙羽が来るって聞いた瞬間、めっちゃ嬉しそうになったw』

『さっきまでの鈴木さんへの反応と全然違うじゃん』

『ヴィクトリアさん、目的がはっきりしてるな』

『鈴木さん、これ以上どう絡むつもりなんだ……』

『乙羽が来たら、もう鈴木さんのこと見なくなりそうw』


 しかし、鈴木は画面をほとんど見ていない。


 ヴィクトリアとの交流を配信に収めることに意識が向いていた。


 そして、待ち望んでいた二人が姿を現した。


     ◇


「先生ぇ、急に呼ばれたけど、何かあったのぉ?」


 小さな妖精のリーゼロッテと一緒にやってきた乙羽は、受付の前に立つヴィクトリアを見つけた。


 ヴィクトリアも乙羽に気づいた瞬間、顔をぱっと輝かせた。


「Oh! Otoha! Finally! I've been wanting to meet you in person!(あっ、オトハ! やっと会えたわ! ずっと直接会ってみたかったのよ!)」


「……んぅ?」


 乙羽は、にこにこと笑顔を浮かべた。


 相手がとても嬉しそうなのはわかる。


 自分に向かって何か話しかけていることもわかる。


 しかし、何を言っているのかは、さっぱりわからなかった。


「Oh, you're even cuter in person! And that lightning form from the video was amazing! I really wanted to see you after watching that match!(実際に会うと、動画で見るよりもっと可愛いわね! それに、あの雷の姿もすごかった! 試合を見てから、ずっと会いたかったのよ!)」


「…………」


 乙羽の笑顔が、わずかに引きつった。


 ヴィクトリアは、そんなことには気づかず、楽しそうに話を続けている。


「I'm Victoria Gray. It's a pleasure to meet you, Otoha!(私はヴィクトリア・グレイよ。会えて嬉しいわ、オトハ!)」


「……えへへぇ」


 乙羽は、とりあえず笑った。


 笑顔である。


 ちゃんと笑顔なのだが、頭の中は大混乱だった。


(えっ、えっ、えっ?何を言ってるのぉ?英語?英語だよねぇ!?)


 ヴィクトリアは嬉しそうに乙羽の手を取った。


「I've watched your streams, too! The Okinawa one was so much fun! And thank you for reading my Super Chat!(配信も見ているのよ! 沖縄の配信もすごく楽しかったわ! それに、スーパーチャットを読んでくれてありがとう!)」


(沖縄? 配信? スパチャ? えっ、私のことを知ってるのぉ!?)


 乙羽は必死に笑顔を保った。


 相手は悪い人ではなさそうだ。


 むしろ、自分に会えて嬉しいと言ってくれているように見える。


 だからこそ、何もわからないまま適当に返事をするのも申し訳なかった。


 けれど、何を話せばいいのか、まったくわからない。


「……あ、あははぁ」


 口元は笑っている。


 目元も笑っている。


 しかし、その目にはじわじわと涙が浮かび始めていた。


(せ、先生ぇ……! 助けてぇ……!)


 乙羽は、隣に浮かんでいるリーゼロッテへ視線を向けた。


 ヴィクトリアは、さらに話しかけてくる。


「I'd love to hear more about your magic sometime! Especially that lightning mode! How do you control it so well?(いつか、あなたの魔法についてもっと聞きたいわ! 特にあの雷のモード! どうやってあんなに上手く制御しているの?)」


「……っ」


 乙羽の目に、とうとう涙が浮かんだ。


 そして、小さな声で先生に助けを求める。


「せ、先生ぇ……翻訳魔法してぇ……!」


 リーゼロッテは、そんな乙羽の様子を見て、納得したように頷いた。


「ああ、そうでしたね。乙羽は英語がわからないのでした」


「わ、わからないよぉ……! 何を言ってるのか、全然わからないんだよぉ……!」


「ふふっ。わかりました。では、翻訳魔法をかけましょう」


 リーゼロッテが指先を軽く振る。


 淡い光が乙羽を包み込んだ。


 すると、先ほどまで理解できなかったヴィクトリアの言葉が、自然と意味を持って聞こえてくるようになった。


「――というわけで、ずっとオトハに会ってみたかったの! 実際に会えて、本当に嬉しいわ!」


「……え?」


 乙羽は、ぱちぱちと瞬きをした。


 そして、ヴィクトリアの顔を見つめる。


「えっと……私に、会いたかったのぉ?」


「もちろん! あなたの雷神モードを見て、すっかり気に入っちゃったのよ! それに、オトハ自身も楽しそうな人だと思ってね!」


「……そ、そうなんだぁ」


 乙羽の表情が、少しずつ柔らかくなっていく。


 自分に会うために、わざわざアメリカから来てくれた。


 しかも、配信まで見てくれていたらしい。


「えへへぇ。そう言ってもらえると、嬉しいねぇ」


 今度の笑顔は、無理に作ったものではなかった。


「私も、ヴィクトリアさんとお話しできて嬉しいよぉ。遠いところから来てくれて、ありがとぉ」


「ヴィクトリアでいいわよ! 私もオトハって呼んでいい?」


「うん! もちろんだよぉ!」


 二人の会話が、ようやく自然に噛み合い始めた。


 ヴィクトリアは嬉しそうに笑い、乙羽もすっかり安心した様子で応じている。


 その隣では、リーゼロッテが満足そうに頷いていた。


「これで、ようやく会話ができるようになりましたね」


「先生、ありがとぉ……。本当に助かったよぉ」


「いえいえ。乙羽が困っているようでしたからね」


 リーゼロッテは何でもないことのように答えた。


 その様子を、少し離れたところから鈴木が眺めていた。


 ヴィクトリアは、今度は乙羽と楽しそうに話している。


 鈴木に向けていた態度とは、まるで違う。


 コメント欄には、英語がわかる視聴者たちの反応が続いていた。


『乙羽が来てから、ヴィクトリアさんのテンションが違いすぎるw』

『さっきまで鈴木さんに何を言っても通じてなかったからな……』

『ヴィクトリアさん、やっと話が通じる相手が来て嬉しそう』

『鈴木さん、完全に蚊帳の外じゃん』

『そもそも無許可配信なのが問題なんだよなぁ』

『乙羽は鈴木さんの配信だって知らないから、コメントも見えてないんだよね』

『これ、鈴木さんだけ状況を理解してないのが面白い』


 しかし、乙羽はコメント欄を見ていない。


 鈴木が配信をしていることも、視聴者たちが何を書き込んでいるのかも知らなかった。


 ただ、目の前のヴィクトリアが自分に会いたがっていたことを知り、安心して話せるようになっただけだった。


 ヴィクトリアもまた、鈴木の配信など気にしていなかった。


 彼女は、ようやく会えた乙羽との会話を楽しんでいた。


 そして鈴木は、二人のやり取りを眺めながら、少しずつ不機嫌になっていくのだった。

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