「...Oh, my God.(……もう、勘弁してよ)」
冒険者協会、横浜支部。
アメリカの女性Sランク冒険者、ヴィクトリア・グレイの突然の来訪に、協会内は落ち着かない空気に包まれていた。
そんな中、鈴木太郎はスマートフォンを片手に、ヴィクトリアの隣に立っていた。
配信は続いている。
本人に許可を取ったわけでも、出演の交渉を済ませたわけでもない。それでも、海外の有名なSランク冒険者と直接話せる機会を逃すつもりはなかった。
「あなたがヴィクトリアさんですね。俺は鈴木太郎、横浜支部で活動しているSランクです」
鈴木が自己紹介すると、ヴィクトリアは彼の顔とスマートフォンを交互に見た。
カメラが自分に向けられている。
どうやら、勝手に配信まで始めているらしい。
ヴィクトリアは一瞬、呆れたように眉を上げた。
「Wait, are you seriously filming me without even asking?(ちょっと、まさか私に許可も取らずに撮影しているの?)」
彼女はスマートフォンを指差し、それから鈴木へ視線を戻した。
「That's pretty rude, you know. I came here to meet the Otonashi sisters, not to appear on some random stream.(ずいぶん失礼ね。私はオトナシ姉妹に会いに来たのであって、どこかの配信に勝手に出演するために来たわけじゃないのよ)」
鈴木には、ほとんど理解できなかった。
聞き取れた単語も、意味まではわからない。
ただ、ヴィクトリアが何か話していることだけはわかった。
「ははは! いやあ、こうして直接お話しできるとは光栄です!」
鈴木は笑顔で返した。
ヴィクトリアは、しばらく彼を見つめた。
それから、明らかに面倒くさそうな顔で息を吐いた。
「...Great. He doesn't understand a word I'm saying.(……なるほど。私の言っていること、ひと言もわかっていないのね)」
もちろん、その言葉も鈴木には伝わらない。
彼はヴィクトリアの表情が曇ったことにも気づかず、配信に映る自分の姿を意識して姿勢を正した。
その様子を見て、ヴィクトリアはさらに呆れた。
彼女はもともと、相手に合わせて愛想を振りまくタイプではない。
まして、許可も取らずに撮影を始めた相手に、わざわざ機嫌よく付き合う理由などなかった。
ヴィクトリアは鈴木から視線を外し、受付の職員へ向き直った。
「Excuse me. Any news about Otoha?(すみません。オトハについて、何か連絡はあった?)」
「もう少々お待ちください。現在、確認を取っております」
「Thank you.(ありがとう)」
受付の職員には、ヴィクトリアが自分たちの用件を優先していることが伝わった。
鈴木との会話を続けるつもりは、ほとんどないらしい。
しかし、鈴木はそれを理解していなかった。
「いやあ、やはりオトナシ姉妹は海外でも有名なんですね!」
ヴィクトリアはゆっくりと振り返った。
「Wait. You're an S-rank adventurer too? Seriously? This guy? How did he even get that rank? Is the Japanese Adventurers' Association actually okay?(待って。あなたもSランク冒険者なの? 本当に? この人が? いったいどうやってそのランクになったの? 日本の冒険者協会、本当に大丈夫なの?)」
さっきまでの不満に、今度は純粋な困惑まで加わった。
ヴィクトリアは鈴木をじっと見つめる。
彼女の知るSランク冒険者たちは、それぞれ得意分野こそ違うものの、実力も経験も一筋縄ではいかない人物ばかりだった。
だからこそ、鈴木が同じランクだと聞いて、思わず疑問を口にしたのだ。
ところが、鈴木が聞き取れたのは「S-rank」という言葉だけだった。
「ははは!そうです、俺はSランクですよ!」
鈴木は得意げに胸を張った。
「日本でもSランクになれる冒険者は限られていますからね。俺もそれなりに実績を積んできたんですよ!」
ヴィクトリアは数秒間、彼を見つめた。
「...Oh, my God.(……もう、勘弁してよ)」
額に手を当てたい気分だった。
どうやら、彼女の言葉はまったく伝わっていない。
それどころか、鈴木は自分が褒められているとでも思っているらしい。
ヴィクトリアは、これ以上会話を続けるのをやめた。
彼女は受付の職員へ向き直り、オトハの到着を待つことにした。
鈴木が何か話しかけてきても、短く返事をするだけ。
視線はすぐに受付へ戻る。
態度にも、隠しきれない面倒くささが表れていた。
◇
そのころ、配信のコメント欄では、英語を理解できる視聴者たちが大いに盛り上がっていた。
『今の英語、許可なく撮影してることに呆れてない?』
『ヴィクトリアさん、かなりはっきり言ってるぞw』
『「この人がSランクなの?」って言ってたんだがwww』
『日本の協会は大丈夫かって、めちゃくちゃ疑問に思われてるじゃん!』
『完全に褒められてると思ってるw』
『本人だけめっちゃ得意げなの、どういう状況だよw』
『ヴィクトリアさん、露骨に面倒くさそうな顔してるんだけど』
『英語わかる人とわからない人で、配信の見え方が違いすぎるw』
『これ、後から英語の意味がわかったら大変なことになるのでは……』
コメント欄の一部では、すでに何が起きているのか理解され始めていた。
しかし、スマートフォンを持つ鈴木は、画面に流れるコメントをほとんど確認していなかった。
今回の配信は、ダンジョン内で使う特殊なドローンによる撮影とは違う。
スマートフォンを直接向けて撮影しているため、視聴者のコメントが目の前に浮かび上がるような機能もない。コメントを読むには、画面を確認しなければならなかった。
そのうえ、鈴木はヴィクトリアとの交流を配信に収めることに夢中だった。
視聴者の一部が、ヴィクトリアの英語を理解して盛り上がっていることなど、知る由もない。
一方のヴィクトリアは、相変わらず受付の職員に意識を向けていた。
彼女はオトハに会うために日本へ来た。
それなのに、到着して早々、勝手に撮影を始めた男に絡まれている。
(……早くオトハに会いたいわね)
ヴィクトリアは、もう一度だけスマートフォンへ視線を向けた。
そして、鈴木がまた何か話しかけてくる前に、受付の職員へ尋ねた。
「Could you let me know as soon as Otoha arrives?(オトハが到着したら、すぐに教えてもらえるかしら?)」
「はい。承知しました」
職員は丁寧に答えた。
ヴィクトリアは満足そうに頷く。
鈴木は、その横でまだ得意げな笑顔を浮かべていた。
海外のSランク冒険者と交流している自分。
その姿を配信で見せられているのだから、視聴者も喜んでいるに違いない。
そう信じて疑わなかった。
そして、ヴィクトリアが待ち望むオトハと先生が到着するまで、もう少しだけ時間が必要だった。




