「……何よ、これ……」
沖縄からティンカーベルが帰って来た翌日、学園の教室では、沖縄のダンジョンを攻略した配信の切り抜き動画が話題になっていた。
その中でも特に注目されているのは、乙羽と静が二人だけで深夜のダンジョン攻略に挑み、沖縄ダンジョンの最高到達階層を更新した場面だった。
そして、その映像をスマートフォンで見ていた梓は、画面を凝視したまま固まっていた。
「……何よ、これ……」
思わず漏れた声に、近くにいた柳が顔を上げる。
「あ? どうした?」
「これよ、これ!」
梓はスマートフォンの画面を柳へ向けた。
「乙羽と静さんが、二人だけで沖縄のダンジョンを攻略してるんだけど!?」
「ああ、切り抜きでしょ? さっき見たよ」
琴が横から画面を覗き込み、あっさりと答えた。
「……見たの?」
「うん。SNSで流れてきたからね」
「なんでそんなに普通なのよ!?私達何も聞いてないわよ!」
梓は思わず声を上げた。
映像では、乙羽が雷をまとって空中を駆け抜け、静が聖魔法の翼を広げて飛行している。二人は息の合った連携でモンスターを倒し、次々と深い階層へ進んでいた。
しかも、攻略したのは一晩で五階層以上。
以前の最高到達階層を更新したというのだから、驚くなというほうが無理だった。
「私たちがいないと本気の攻略ができないから、夜中に行ったってこと!?」
「わざわざ行ってきたって言う必要ないだろ?静さんの配信なわけだし。それに、ぶっちゃけ二人には物足りなかったとは思うぜ?」
柳は肩をすくめた。
「足りなかったって……」
梓は、再び映像へ目を向ける。
画面の中では、乙羽が雷をまとったままモンスターの攻撃をかわし、あっという間に反撃を決めていた。
その横では、静が聖魔法を使って敵の動きを封じ、剣で仕留めている。
どう見ても、余裕のある戦いだった。
「……あれで、本気を出していなかったっていうの?」
「うん。乙羽はいつも私たちに付き合っているようなものだしね。本気はほとんど出していないと思うよ?」
琴は落ち着いた口調で答えた。
「…………」
梓の動きが止まった。
「本気なの!?」
「梓、声がでけぇって!」
柳が思わず耳を押さえる。
「だって、あれよ!? あの速度で動いて、六属性の魔法まで使って、それで本気じゃないっていうの!?」
「まあ、そういうことなんだろうね」
琴は苦笑した。
「もちろん、乙羽も修行しているし、以前より強くなっていると思うよ。でも、私たちと一緒に攻略するときは、みんなが戦えるように調整してくれているんだと思う」
「……私たちに合わせて?」
「そういうことだな」
柳は腕を組んだ。
「あたしらだって強くなったけど、乙羽と同じように戦えるわけじゃねぇからな。あいつが本気で動いたら、あたしたちがついていけなくなる場面もあるだろ」
「そんな……」
梓は悔しそうに唇を結んだ。
乙羽の強さは知っていた。
序列戦で実際に戦い、その差を身をもって理解したつもりだった。
それでも、こうして自分たちの知らないところで、さらに規格外の力を見せられると、どうしても考えてしまう。
自分は、どこまで強くなれば彼女に追いつけるのだろうか。
「……でも、だからって、このままでいいわけじゃないわね」
梓はスマートフォンを握り直した。
「私たち、もっと強くならないと」
「そうだな」
柳も、先ほどまでの軽い調子を少しだけ引っ込めた。
「あたしも、足手まといにはなりたくないしな。ただ、それで終わらせる気もねぇけど!」
拳を握り、前を向く。
「乙羽が強すぎるからって、あたしたちが諦める理由にはならねぇだろ? 卒業したあとも、あたしたちはずっと同じパーティーを組んでいくんだ。だったら、これからも強くなればいいんだよ!」
「柳……」
「今すぐ乙羽と同じレベルになれって話じゃねぇしな。少しずつでも差を縮めていけばいいんだ」
柳の言葉に、琴も頷いた。
「そうだね。実は、前にもこの問題はあったんだ」
「前にも?」
梓が尋ねる。
「うん。乙羽だけが突出して強くなって、ただの付き添いみたいになってしまう可能性があるってね」
琴は少し苦笑した。
「私たちも以前よりずっと強くなったけど、まだまだ足りていない。今回の映像を見て、改めてそう思ったよ」
「……そうね」
梓は静かに頷いた。
自分は、乙羽たちと同じ十席に入り、同じ場所で活動するようになった。
そのことに安心していた部分があったのかもしれない。
けれど、同じ場所にいることと、同じ実力を持っていることは違う。
序列戦で乙羽と戦ったときも、その差ははっきりと感じていたはずだ。
「私も、どこか慢心していたのかもしれないわね……。あなたたちと同じ十席になって、同じように活動できるようになった。それだけで、少し安心していたのかも」
「別に、同じ十席だからって、実力まで同じである必要はないんじゃねぇか?」
柳が言った。
「それぞれ得意なことも違うしな。琴には琴の戦い方があるし、梓には梓の武術がある。あたしだって影の魔法をもっと使いこなせるようになりたい」
「そうだね。大切なのは、今の自分に何が足りないのかを知って、それを補っていくことだと思う」
琴はそう言って、スマートフォンをしまった。
「ただ……先生には、あとで相談しないといけないかもしれないね」
「先生に?」
梓が反応する。
「うん。タイムジェイルのことだよ。私たちがもっと強くなるために、もう一度修行する機会がないか、聞いてみたいんだ」
「それはいいな!」
柳の表情が明るくなった。
「ただし、先生が協力してくれるかどうかは別の話だけどね」
「……そうだったわね」
梓は、以前リーゼロッテから聞いた話を思い出した。
タイムジェイルは、誰にでも使わせてくれるような場所ではない。
利用するには、リーゼロッテ本人の協力が必要だ。こちらが強くなりたいと望んだからといって、簡単に認めてもらえるとは限らない。
「それに、静さんが以前修行したときは、レベル100に到達するまで一年かかったらしいぞ」
「一年……長いわね!」
梓は目を見開いた。
「まあ、静さんの場合は、今のあたしたちより低いレベルから始めたんだろ? それに、今回は三人で挑むことになるかもしれない。前より効率よく成長できる可能性はあるんじゃねぇかな」
「でも、その間に乙羽がまたレベルを上げていたら、追いつけないわよ!」
「んー……」
琴は少し考え込んだ。
「この間、タイムジェイルで三か月ほど修行したときは、乙羽のレベルは三か四くらいしか上がっていなかったね」
「三か月で、三か四……?」
梓は思わず聞き返した。
「うん。だから、必要な経験値がとんでもないことになっているんじゃないかな?」
「……なるほどね」
梓は、少しだけ考えを改めた。
乙羽が強くなり続けているのは間違いない。
けれど、レベルが上がるほど必要な経験値も増えていくのなら、ずっと同じ速度で成長できるわけではないのかもしれない。
それなら、自分たちにも追いつくための時間はある。
もちろん、簡単な道ではないだろう。
それでも、何もしないまま差を眺めているよりは、ずっといい。
「……最低でも、静さんと同じレベルにはなっておきたいわね」
梓は、はっきりとそう言った。
Sランク冒険者としての実力を持つ静。
そのレベルに届けば、少なくとも今よりは乙羽の隣で戦える可能性が高まるはずだ。
「いい目標だと思うよ」
琴が頷いた。
「まずは先生に相談して、どんな方法があるのか聞いてみよう。タイムジェイルを使えるかどうかも含めてね」
「おう! それまでは、今できる修行を続けるだけだな!」
柳は元気よく立ち上がった。
「乙羽に追いつくのは大変かもしれねぇけど、あたしたちだってまだまだ強くなれるはずだ!」
「そうね」
梓も頷いた。
スマートフォンの画面には、今も乙羽と静の攻略映像が映っている。
その強さは、確かに圧倒的だった。
けれど、梓はもう、ただ驚いているだけではなかった。
自分も、あの場所へ近づきたい。
そしていつか、乙羽たちと並んで、同じ景色を見られるようになりたい。
そのために何が必要なのか。
まずはリーゼロッテに相談するところから始めよう。
梓はそう決意し、スマートフォンの画面を閉じた。
乙羽たちが進んだ先へ、自分たちも進むために。
新たな目標が、三人の中に生まれたのだった。




